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第28話 過去④

 空は黒く覆われ、空中に三人の男女が立ちながら地上を見下ろしている。


 左から青碧の服を身に着けた少年、漆黒の服を身に纏った青年、深紅のドレスに身を包んだ少女、三人共が人間とは思えない幻想的な美しさを持っていた。


 俺は思わずその姿に見惚れてしまったが、次の瞬間意識を取り戻すことになる。


 深紅のドレスを纏った少女が手を高く上げた瞬間、空から炎の雨が降り注いできたのである。


「相変わらず派手だね、バハムート。少しくらい僕の分も残しておいてよ?」


 青碧の服を着た少年がバハムートと呼ばれた少女に釘を刺す。


「私は無駄な殺生は好みません。人間を虐殺したいなら好きにしてください、リヴァイアサン」


 リヴァイアサンと呼ばれた少年はバハムートの言葉に無邪気に微笑む。


「二人とも無駄な会話は控えろ。今宵は我らが人間の絶対的な支配者になる為の侵略戦争なのだ。人間の強者を見つけ次第殺せ」


「はい、ファフニール兄様(にいさま)


「分かってるよ、ファフニール兄さん」


 ファフニールと呼ばれた男は無機質な声で、表情を動かさず、ただ冷酷に二人に告げる。


 三人が再度地上を攻撃しようとした時、高ランクの冒険者、異能警察などが空に浮かび三人を取り囲む。


 その様子を見ながらファフニールは一切表情を動かさず冷静に分析する。


「ふむ、人間は空を飛べない生き物のはずだが何者かがこの人数を空中に浮かせているとでもいうのか?まぁよい。殺せば問題ない事だ。リヴァイアサン、やれ」


「はいはい、任せて兄さん。海よ(Mer)広がれ(étendue)!さぁ、一方的な虐殺の始まりだ!」


 リヴァイアサンが技名を唱えると、彼を中心に空に海が出来上がりそれに巻き込まれた人間が次々と命を落としていく。


 まさに空そのものが海になったと言っても過言ではない。


 その様を見ながらリヴィアサンは狂ったような笑い声をあげる。


 そうこれは彼の言った通り一方的な虐殺だった。


 俺は地上から見上げながら恐怖で一歩も足を動かすことができないでいた。


 周りを見渡してもソフィも葉月も空中の攻防──否、一歩的な暴力を見ながら全く足が動かないようだ。


 何とか立ち上がった父が俺と葉月を、母がソフィを抱え込みながらその場から逃げるように走り出す。


「と、父さん・・・・・・?」


 俺が不安そうな顔をしながら見上げると父は安心させるように笑顔を見せてから答える。


「大丈夫だよ、一樹。僕たちがお前たちを死なせたりなんかしないさ」


 父はそう言いながら無理に笑顔を作っているが俺は父の足が傷がついていることに気づいてしまった。


 おそらく先ほどのバハムートの炎の雨によって崩壊した家の破片が飛んできたのだろう。


 俺はそれを見た瞬間泣きそうになってしまったが、涙はぐっと我慢して父にしがみつく力をさらに込める。


 しばらく進んでから父がピタッと立ち止まった。


「悪い、明菜。三人の事を頼んでもいいかい?」


「あなた・・・・・・?」


 母は父の唐突な言葉に聞き返してしまう。


「ごめんね、僕はここまでみたいだ」


「・・・・・・どういうことなの?」


「思った以上に足の怪我が深刻でね。これ以上は一緒に逃げることはできなそうだ」


 母はそこで初めて父の足の負傷に気づいたのか冷静さを欠いて父を問い詰める。


「なんで・・・・・・なんでもっと早く言ってくれなかったの!?もっと早く言ってくれれば先に救助隊がいる所に寄る事もできたのに!」


「ははは・・・・・・そんなことはできないさ、だって救助隊の所もすぐ危険になるからね」


 そう言って父は空を見上げる。


 それに釣られるように母も空を見上げて驚きの声を上げる。


「え、嘘・・・・・・なんで冒険者たちが・・・・・・」


 俺も母の言葉で空を見上げるがそこには冒険者が一方的に殺されるだけの悪夢が広がっていた。


「冒険者の中には腕利きや熟練もいた。しかしドラゴン達の方が一枚上手だったようだね。皆がこの様さ。人間ではドラゴンに敵わない。だから救助隊の所に寄れば君達全員を危険に晒す事になってしまう。今の状況で一箇所に留まることほど危険な事はないからね。僕にとって大切な君達を危険な目に合わせるわけないだろ?」


「で、でも・・・・・・」


「そろそろお喋りは終わりのようだ」


 父が前に向き直るとそこには空から降りてきたファフニール、バハムート、リヴァイアサンがいた。


「あはは、君たちは逃げ遅れたのかな?もうここら辺に人間がいなくて殺し足りなかったんだよね。だから君たちは僕が殺してあげるよ」


 リヴァイアサンが不気味に嗤う。


「私は無駄な殺生は好みませんので全てリヴァイアサンに任せます。ただしあまり苦しませずに逝かせてあげてください」


 バハムートが無機質な声で釘を刺す。


「悪いな人間。貴様らに恨みはないが我らの為に死んでくれ」


 ファフニールが淡々と冷酷に告げる。


 それに対し父は作り笑いを崩さずに言い返す。


「ははは・・・・・・確かに人間は君達の思っている通り弱い生き物だ。でもね、僕だってただで死ぬわけにはいかないんだよ」


 そこで父は息を大きく吸ってから声を張り上げた。


「明菜!今すぐ子供達を連れて逃げろ!早く!」


 俺は父が声を張り上げる姿を生まれて初めて目にした。


 今までは温厚であまり叱るという事もせずにいた人が初めて声を荒げた。


 母は目尻に涙を浮かべながら俺とソフィの手を引き葉月をおんぶしてからその場を走り出した。


「はぁ?逃がすわけないでしょ」


 後方からリヴァイアサンの声が聞こえてくる。


「君たちの相手は僕だよ。妻と子供達は襲わせないさ」


 父が足止めをしてくれるようだ。


 俺は父の行いを無駄にしない為にも後ろを振り返らずに走った。


 ただ前だけを向いて走り続けた。


 そして数分が経過した。


 先ほど父がいた場所から轟音が鳴り響き辺りを巻き込む大爆発を起こしていた。


 俺はその様子を目に入れると自然と涙が溢れてきた。


 それから何分経っただろうか?


 俺もソフィもまだ小学生で、そんなに体力もあるわけではない。


 十数分後には息切れを起こして、足も止まっていた。


 もうどこに逃げているのかも分からない。


 辺り一面が火の海と化していてどこに避難したところで安全とは思えない状況だ。


「一旦休憩しましょうか」


 母が気を利かせてくれたのか俺とソフィの為にちょっと休ませてくれるようだ。


 近くの壊れたコンビニに入りペットボトルの水を持ってきて飲ませてくれた。


 俺は先に葉月とソフィに飲ませてから口を付ける。


 普段何も思っていなかった水だがこういう時に飲むとなぜか美味しく感じる。


「母さん、水ありがと──」


 俺が母にお礼を言おうとした瞬間に母の背後にいる存在に気づく。


「なんでお前たちが・・・・・・」


 俺の恐怖に染まった表情に気づいたのか母も振りかえる。


「なんであなた達が生きてるの・・・・・・?」


 そこには相変わらず不気味な笑顔のリヴァイアサンが無傷な状態で立っていた。


 その後方にファフニールとバハムートが空中からこちらを見下ろした状態で立っている。


「君達探すの苦労したよ。逃げ足結構早いんだね?それともさっきの男の足止めが効いたのかな?まぁどっちでもいいや。どうせ人間は大体殺すつもりだったし」


 リヴァイアサンは人の事を何とも思っていないのかそんな事を言う。


「あの人は・・・・・・あの人は、どうなったの?」


 母は涙声になりながら問いかける。


 リヴァイアサンは一瞬はてな顔になったがすぐに思い出したのか笑顔になる。


「あぁ、もしかしてさっきの男の事?あいつなら僕が殺したよ?いやぁ僕を楽しませてくれた人間は久しぶりだったなぁ」


 まるで無邪気に笑う子供のようにリヴァイアサンは話す。


 俺の中で何かがプツンと切れる音がした。


「彼は面白かったよ。僕たちを殺すために放った奥義だったんだろうね。自爆に僕たちを巻き込もうとして殺そうとしてきたんだけど、僕たちが人間の爆発ぐらいで死ぬわけないでしょ?」


 笑い声を上げながら語るリヴァイアサンに俺は本格的に怒りを抑えることができなかった。


「お前、お前、お前、お前お前お前お前お前お前お前おまえおまえおまえおまえおまえ!!!!」


 俺は感じていた。


 自分の中にある力が暴走し始めたことを。


「かず・・・・・・き?」


 母が不安そうに見上げてくる。


「お兄ちゃん・・・・・・?」


「一樹さま・・・・・・?」


 葉月とソフィも心配そうに見上げてきたが俺はすでに自分の力を抑えきれない段階まで来ていた。


「なんかヤバそうな気配纏ってるね。もしかして君がこの町で一番強かったりするのかな?」


 リヴァイアサンもそう言っているがこちらを警戒してか少しずつ後ずさっている。


 俺の力の影響か周りの建物も全て破壊されつくしている。


「一樹・・・・・・大丈夫よ、落ち着いて」


 母はそう言ってくれているが、父が死んだ事による悲しみから落ち着きを取り戻せるはずもなかった。


 俺は徐々に意識が遠のいていってるのを感じながら、朦朧とした意識の中で母のぬくもりだけを感じていた。


☆☆☆☆☆


 次に目を覚ました時は病院のベッドの上にいた。


「ここは・・・・・・」


 俺が状況を把握できないままキョロキョロしていると丁度扉が開き知っている顔が入ってきた。


「一樹様、やっと目を覚まされましたか。一週間も眠っていてもう目を開かないのではないかと内心不安でしたよ」


 そう言って真っ先に声をかけてきたのは頭に包帯を巻いたカイルだった。


 後ろにはソフィもいた。


「えっと・・・・・・」


「まずは現状報告だね。何から話そうか」


 カイルから聞いた話によると俺は数年ぶりに異能を暴走させてしまったようだ。


 俺によって壊された建物はカイルが上手く手回しをしてくれたようで全てドラゴンのせいとなっているらしい。


 ちなみにファフニールとバハムートとリヴァイアサンの三人は俺の異能によって少しだが怪我を負わされたようであの後すぐに姿を消したようだ。


 そしてこの場にいない母と妹だが、母は俺の近くにいた為か大怪我をしたらしい。妹に至っては行方不明となっているようで状況から分析するに死んだ可能性が高いという事だった。


 ちなみにソフィも俺の近くにいた為大きな怪我を負っていたそうだがそこは吸血鬼の回復力が勝ったようだ。


 俺はその報告を聞いて下を向く。


 母と妹の事に関しては俺が原因と言っても過言ではない。


 二人をそんな目に合わせた俺を俺自身が許せなかった。


「それにしても龍王三体相手に怪我を負わせるとはやりますね、一樹様」


 カイルは元気のない俺を元気づけようとしているのか明るい声で話しかけてくれる。


「龍王・・・・・・?」


 俺はカイルの言葉の中にあった初めて聞いた単語について気になって聞いてしまう。


「一樹様はもしかして知らなかったのですか?一応あの三体はそれぞれ黒龍王ファフニール、炎龍王バハムート、海龍王リヴァイアサンだったんですよ。ドラゴンと呼ばれている種族の中で名前がある龍は上位龍と呼ばれています。その上位龍の中でも断トツに実力を有しているのが龍王達です。今回、龍王が三体来たという事は本気で侵略をしてきたんでしょうね」


 あいつらはそんなヤバい奴らだったのか。


 追い返せたことは奇跡と呼んでも過言ではないレベルだ。


「そしてここからが本題なのですが、これから一樹様はどうされるおつもりですか?」


「僕は異能の特訓をすることにするよ。もう二度と大切な人を失わないために。ついでに武術の特訓でもしようかな。異能は制御するために特訓するけど人を傷つける異能だしできれば使いたくないしね」


「分かりました。では一樹様が強くなれるよう小学校卒業までは私がお世話いたします。私の特訓は厳しいので覚悟してくださいね」


 カイルはそう言って綺麗なウインクを決めた。


☆☆☆☆☆


 カイルはソフィに一樹の世話をするように命じてから一樹の病室を出て隣の明菜の病室に入る。


 そこには明菜に抱き着いた状態のアリアとアリアの頭を撫でている最中の明菜がいた。


「体調は大丈夫ですか?明菜様」


「えぇ、大丈夫よ。それより一樹の様子は?」


「今は落ち着いておられます。それにしても不思議ですね。予言者の予言が外れるなんて」


「・・・・・・そうね、てっきり私も死ぬものかと思っていたのに」


「おそらくですが一樹様の異能の力でしょう。異能”破壊”。この世界でも数が少ない災害系能力カタストロフの一つだと思わしき異能。災害系能力カタストロフともなれば予言の内容に含まれないのも納得できます。なんせ災害系カタストロフとは全てにおいて異例イレギュラーですから」


「・・・・・・そうね、私は命を息子に救われてしまったわね。ねぇ、カイル。私が退院したら私をイギリスに連れて行ってくれないかしら?」


「・・・・・・理由をお聞きしても?」


 カイルは明菜の唐突な発言に少し戸惑いながらも聞き返す。


「一樹は優しいから賢一が死んだ事、私が怪我を負った事、葉月が行方不明になった事のすべてが自分のせいだと思いかねない。だから少しでも一樹が楽に暮らせるようにしばらくの間離れて暮らそうかなって。私と一緒にいるとあの子も今回の事を思い出して精神的に不安定になっちゃうかもしれないしね」


「一樹様の事は何でもお見通しなんですね」


「えぇ、だって息子だもの」


 一樹が眠っていた一週間全く笑顔を見せなかった明菜が久々に笑ったことでカイルも自然と笑みがこぼれる。


「分かりました、世話役にアリアを付けます。アリア、私はしばらくこっちで一樹様の世話をするから明菜様の事は任せたよ」


「勿論!ちゃんとお世話するわよ」


「絶対にご迷惑はおかけしないように」


「任せて!」


 カイルは少し不安もあるが明菜の事はアリアに託す事に決めたのだった。


☆☆☆☆☆


 俺はカイルがいなくなった後にリンゴの皮を剝いてくれているソフィに問いかける。


「ねぇ、ソフィ。僕強くなるよ」


「はい」


「もう大切な人を失いたくないんだ」


「はい」


「次龍王達が来ても殺せるくらいの強さを手に入れるよ」


「はい」


「絶対に皆を守ってみせる」


「はい」


「だからさ」


「はい」


「今泣いてもいいかな?」


「はい、私が一樹様のすべてを受け入れてあげます」


 そう言って一樹はソフィにしがみついて泣きじゃくった。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 たかが小学生が家族を失って悲しくないはずがないのだ。


 俺はもうこれ以上涙は出ないんじゃないかと思えるほど涙を流した。


 ソフィは何も言わず、ただ静かに俺の頭を優しく抱きしめていた。


 数分近く泣いていた一俺は顔を上げ、涙を拭きとってからソフィの目を見て宣言する。


「これから僕は──いや俺は感情を捨てることにした。喜びも怒りも悲しみも楽しみもその全てが強くなる過程では不要なものだ。俺は強くなる。誰よりも強く。ソフィ、こんな俺でも付いてきてくれるか?」


「はい、勿論です。一樹様」


 そこで俺の夢は終わった。


 俺の記憶の中だとこの後小学校を卒業すると同時にカイルもイギリスに帰ってしまい、俺とソフィは母方の叔父さん夫婦の家で中学生活を送ることになる。


 感情を捨てた俺に寄ってくる物好きがいるはずもなく中学時代は友人一人作らずに終わった。


 そして中学を卒業して今に至るというわけだ。


 徐々に意識が覚醒してきた。


 俺は目を開いて枕元に置いてあるスマホで時間を確認するとまだ六時を回ったところだった。


 俺にしては珍しく早い時間の起床だ。


 体を起こし窓の外を見ると暗雲が広がっており今にも雨が降りそうだ。


「久々に昔の夢を見たな。天気も悪いし不吉な事が起きなければいいが・・・・・・」


 俺は日の出を過ぎたはずなのに明るくならない空を見上げながら嫌な予感を感じていた。


 そして不思議な事に嫌な予感ほどよく当たるものなのだ。

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