第18話 初めてのカラオケ
『喫茶メテオラ』で優雅なひと時を過ごした俺たちは店を後にしてから近くのカラオケ店に来ていた。
やっぱり高校生で放課後に遊ぶと言ったらカラオケなのだろう。
中山と間宮と桜井の三人が受付で手続きをしてくれている間に俺は辺りを見回していた。
「どうしたんだ?一樹」
俺の様子が挙動不審に見えたのか玲音に声をかけられた。
「実はカラオケ店に来るのが初めてでな、少し周りを見ていただけだ」
「カラオケに来んの初めてとかマジかよ?今時小学生でも来るだろ」
「別に一樹って自分から進んでカラオケするタイプにも見えないしおかしくはないんじゃない?」
玲音には驚かれてしまったが瞬からしたら解釈一致だったようで妙に納得されてしまった。
それから少し経ち、中山たちに名前を呼ばれて受付に行くとどうやら学生証があれば学割が効くらしく俺たちも学生証を提示する事になった。
受付のスタッフさんが全員分の学生証の確認が終わると人数分のドリンクバー用のコップを入れた籠と伝票を代表の間宮に手渡す。
間宮は伝票に書かれた番号の部屋が上の階にあるのか迷いなく階段に向かう。
ちなみに俺たち男子三人は女子の後ろをついて行くだけだ。
3階まで上がるとすぐ近くにあった部屋へと女子たちは入っていった。
部屋の扉に書かれた数字は『311』でどうやらこれが俺たちが今日使う部屋の番号のようだ。
俺たち三人も女子に続く感じで入室する。
初めてカラオケ店の部屋に入りさっきと同じく挙動不審になってしまうのは仕方のない事だろう。
「今日は3時間のコースだから。それだけ先に伝えておくわ」
間宮が俺たち男子にそれだけ言うと早速曲を入力する機械を慣れた手つきで触り出した。
俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
今18時くらいという事はカラオケ終わるのが21時くらいになりそうだな。
俺はRAINを使いソフィに今日は遅くなるから夕食はいらないという旨を先に伝えておく。
既読はすぐに着き『了解しました』という文章と親指を立てた可愛いスタンプが送られてきた。
俺はそれに既読つけてからポケットにしまい自然と玲音の隣に座る。
「ねぇ、龍崎。あたしの隣空いてるしこっちに来なよ。このままじゃそっち側とこっち側で4対2で不自然じゃん?」
実は気づいていた。
間宮と中山は隣同士に座ったが何故か桜井だけ反対側に座りその隣に瞬と玲音も座ったのだ。
俺はできるだけ気まずくならないようにあえて同性の隣に座ったのだが中山に自分の隣に来るよう言われてしまった。
俺は仕方なく立ち上がり反対側に移り中山の隣に腰を下ろす。
中山は少しだけ俺に体を寄せてきて今にも触れそうなくらいの距離まで近づいてくる。
何故か間宮と桜井はニヤニヤしながらこっちを見てくる。
瞬は何か納得したかのように俺の方を見てくる。
俺は疑問を浮かべながら玲音以外の面々を見るが何も分からないので気にしない事にした。
ちなみに玲音はというと機械に曲名を入力している最中である。
機械は2つありもう片方は今中山が使っているようだ。
中山は曲を入れ終わったのか俺に機械を渡してからコップを持って立ち上がり部屋の外に出ていった。おそらくドリンクバーに行ったのだろう
さて何を入れようか。
俺はあまり曲を知らないからレパートリーが少ない。
今流行りのJ-POPでも入れておくか。
前にテレビで聞いた時に耳に残っている曲ならいくつかある。
俺は曲を入力してからコップを持って立ち上がりドリンクバーへと向かう。
確かさっきフロントで辺りを見回していた時に『ドリンクバーは2階にのみあります』って張り紙を見かけた気がする。
俺は朧げな記憶だがそれを頼りに階段を下って行く事にする。
そして2階に着き少し進むとドリンクバーらしき所を見つけたが少し騒がしい声が聞こえてくる。
「中山礼奈ちゃんだろ?俺たちファンなんだよ。ファンサとでも思ってさ、一緒に遊ばない?」
「礼奈ちゃんに会えるとか俺たち運良すぎっしょ。なぁ、いいだろ?少しでいいからさ。俺たちと遊ぼーや。な?」
「俺たちの部屋に来れば絶対に後悔させねえからよ。一緒に遊ぼうぜ」
どうやら中山が下卑た笑みを浮かべたチャラ男3人にナンパされているようだ。
中山は可愛いからこういう事は日常茶飯事なのかもしれない。
「い、嫌だから!絶対に行かないから!」
「ちっ、強情な女だな。おい連れて行くぞ」
俺は少しだけ状況を分析していたが無理やり腕を掴まれて連れていかれそうになっているのを見過ごすわけにはいかない。
「それ以上は俺が許さない」
俺は中山の腕を掴んでいたチャラ男の腕を掴み力を込める。
「なんだ、てめぇ」
「この子の友人だ。中山も助けるのが遅くなって悪かったな」
チャラ男は中山から腕を離し、中山は腕を離された瞬間サッと俺の後ろに隠れる。
だいぶ怖い思いをしたようだ。
「はっ、モデルである礼奈ちゃんに彼氏いるなんてなぁ。これは大スキャンダルだよな!?炎上間違いないぜ!」
そう言ってチャラ男の1人がスマホで写真を撮ろうとしてきたのを俺は足で蹴り落とす。
「俺と彼女はただの友人だ。それと二度と彼女に近づいてみろ。次⋯⋯」
俺はそう言いながら地面に落ちたスマホを思いっきり踏みつけて壊して見せる。
「⋯⋯こうなるのはお前らだからな」
そう脅しておくとチャラ男三人は怯えた様子で逃げていった。
これで一件落着だな。
俺は後ろを振り返って何も言わずに中山の事を優しく抱きしめる。
後で殴られても仕方のない事をしている自覚はある。
しかし人間という生き物は怖い出来事の後に抱きしめられると何故か安心するのだ。
俺は少ししてから中山から離れる。
最近中山の赤面を見慣れたと思っていたが今の中山の顔は今までにないくらいに赤面していた。
「た、助けてくれてありがとね!じ、じゃああたし先部屋戻ってるから!」
中山は早口でそう捲し立てるとジュースの入ったコップを持って階段を駆け上がっていった。
俺もコップに緑茶を入れてからみんなのいる部屋に戻るのだった。
部屋に戻ると中山はまだ赤面しており既に一曲歌い終わった状態の間宮と桜井からジト目をされてしまった。
俺はそれを華麗にスルーして今歌っている最中の瞬の方に耳を傾ける。
⋯⋯にしても瞬って歌上手いんだな。
まぁ瞬はなんでもできそうな感じはするしそこまで意外ではないが。
それから曲が終わり点数が出るがなんと94点だった。
俺は一般人の点数は分からないが瞬の点数は高い方なんだろう。
カラオケによく来るであろう女子三人も瞬の事をベタ褒めしてるしな。
そして次は中山の番となった。
相変わらず俺の知らない曲だったが中山も相当歌が上手いのが分かる。
俺にとっては知らない曲のはずなんだが思わず聞いてしまうくらいの上手さだ。
さっきの瞬も上手かったが俺は中山の歌い方の方がどっちかというと好きだ。
思わず聞き入ってたせいか曲が終わると物足りない感じがする。
点数は98点とだいぶ高い点数を叩き出してきた。
普段から歌が上手いのか間宮と桜井は「相変わらず礼奈は上手すぎ」とか「れなちんはレベルが違いすぎだって」といった感じに褒めている。
中山自身はちょっと照れた感じで「別にそんな事ないって。普通だよ、普通」と謙遜している。
その次は玲音が歌ったが上手すぎず下手すぎずと言った感じで超普通だった。
普段はちょっと戦闘狂っぽいところがあるから荒れた歌い方をすると思いきや、別にそんな事もなく普通に歌いきり点数も83点と結構普通な結果となった。
さてついに俺の番がやってきた。
俺は今まで歌を歌った事は音楽の授業くらいでしかないし、人前で歌った事は音楽のテストくらいでしかない。
要するに人前で歌うというのはほぼ初めての経験で緊張しているのだ。
テレビから音楽が流れ始め前奏が始まった。
俺は一度深呼吸してテレビを見つめる。
少ししてから歌詞が始まりそれに合わせて歌い始める。
最初は緊張していたはずだが歌っているうちに緊張もほぐれて気持ちよく最後まで歌い切る事ができた。
曲が終わると同時に中山に声をかけられた。
「龍崎、めっちゃ上手いじゃん!」
「別にそんな事ないだろ」
俺は褒められるのが慣れていないので褒められるのがなんだか恥ずかしく感じて顔を中山から背けてしまった。
点数は92点と中山と瞬には及ばなかったがそれでも満足する結果にはなったと思う。
そんな風に過ごしているうちにあっという間に3時間が過ぎてしまい時間は21時になろうとしていた。
楽しい時というのはいつも一瞬で過ぎてしまう。
俺たちは部屋の後片付けをしてからフロントに行き、会計を済ませてから外に出る。
外に出ると夜空に綺麗な三日月と星が浮かんでおり風も気持ちよく吹いている。
ちなみにお金は既に部屋で間宮に自分の分を払っている。
「みんな夕飯一緒に食べるでしょ?どこで食べる?」
外に出てから間宮が全員の顔を見回す感じで聞く。
「ラーメン食いに行こうぜ!」
「却下」
玲音が真っ先に手を挙げて言うが間宮が一瞬で却下してしまった。
「スパゲッティとかはどうだ?」
俺は麺類が大好物なのでラーメンが却下されてしまったので違う案を出してみる事にした。
「あたしはさんせー!」
真っ先に中山が賛成してくれたおかげか間宮と桜井も特に反対はしなかった。
瞬と玲音もこの案を受け入れてくれたので今日の夕飯はスパゲッティに決定した。
それからは間宮が近くのスパゲッティが美味しい店を検索してくれてそこに向かう事となった。