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第8話 高3・秋篇(その2)

その1の続きです


 9月中旬の週末。

 IW市市民体育館に詩奏の姿はあった。

 深月の応援に、結唯と来ていたのだ。


 伝統の4校対抗戦。

 IW市内にある私立高女子バス4校のトーナメント戦で、3年生の最後の試合として位置付けられている。


 学園校の初戦は、古豪のSW院高。

 残念ながら、勝てる見込みは無い。

 相手側は2軍であったが、全く歯が立たなかった。

 それでも深月は自身の力を出し切るべく、必死に戦う。

 応援に力が入る詩奏と結唯。

 深月がシュートを決めた時は2人で大喜びしていた。


 試合終了のホイッスル。

 大差のスコア。

 でも、深月はやり切ったという清々しい顔をしていた。

 

 「深月、お疲れ様」

 控室で、最後の試合を終えた仲間達と涙を流した後、2人のところにやって来た深月。

 「応援ありがとう〜」

 「その姿も、今日で見納めだものね」

 「もう着ること無いんだろうな~。 一生」

 そう呟いた深月は、汗混じりの涙を一筋流すのであった。

 「綺麗だね。深月」

 心の中の呟きを、思わず言葉に出してしまった詩奏。

 「ちょっと恥ずかしいよ〜」

 「彼氏の言葉みたい」

 「やり切った感に、深月の美貌が重なったから、つい......」

 ちょっと言い訳する詩奏。

 

 「なんだか、観客減ったね~」

 体育館内を見渡すと、各校の教師や生徒を除く一般観客が随分減っている。

 「詩奏は初めてだものね。 深月はアイドル級の人気が有るんだよ。 この世界では」

 「帰った人の大半、もしかして盗撮軍団?」

 「そこまでは言い過ぎかもしれないけど、そういうこと」

 「深月、大丈夫なの?」

 「嫌だけど、ジャージ着たまま試合する訳にも行かないでしょ? バスケだからユニフォーム大きいので、気にしないようにしてる」

 「陸上とか、バレーとかはユニフォームちっちゃいものね」


 「ところで詩奏」

 「なに?」

 「私服、地味ね」

 「今ここで、それ言う?」

 「キャップ帽で顔を半分隠しているし、伊達メガネ掛けて、芸能人みたい」

 深月のその反応に、結唯が、

 「いや、ミュージシャンだから」

 「......」

 「......」

 「ごめん。 忘れてた」

 「私、普段からこんな感じだよ。 目立つの好きじゃないし」

 「あっ、お母さん達待たせてたんだ。 これからお疲れ様昼食会なの、ごめんね~。 応援来てくれたのに。」

 「この埋め合わせは今度するから。 今日はありがとう〜」

 「連休明け、学校でね~」

 そう言い残すと、深月は関係者控室の方に走り去って行った。


 その後、2人は一緒に帰りながら、

 「なんか、やり切ったって顔は美しいね~」

 「いよいよ、受験モードか〜」

 「ちょっと焦りが出て来たんでしょ?」

 「運動部の3年生は、殆どみんな部活引退してるからね〜」

 「文化部は、文化祭が有るから、そうも行かないでしょ?」

 「そんなこと言ったら、私なんかヤバ過ぎでしょ?」

 「詩奏は規定外。 最初から浪人する予定だから」

 「人それぞれの事情が有るからね」

 「でも、高3の1年間の努力次第で、人生の道筋がある程度決まっちゃうって、なんだか少し理不尽だな~、まだ全然子供なのにって思っちゃう」

 「詩奏って、既に大人の世界に居る訳じゃない? その経験から見たらどう思う?」

 「アオハルな世界も良いと思うよ。 なんか純粋で」

 「野球とかサッカーとか、プロの世界を目指す人が集まってやってる様なプロ予備軍の学校の部活は別だけど、それ以外の部活って将来に繋がるっていう訳じゃないよね?」

 「でも、みんなで一緒に練習して、時には喧嘩して、泣いて笑ってっていう経験、素敵だなって思う」

 「私は、そういうの全く経験していないから、ちょっと羨ましいよ。 年齢に応じた経験が出来たってことが。 深月や結唯を見ているとそう感じるな~」

 「そういうものなのかなあ? 私の部活はただの遊びだけど、深月のさっきの姿を見ていると、確かに詩奏の言っている通りかもね」

 「私が経験してきたことって、いずれ大人になれば、誰しもが嫌でも経験することになるのだから。 子供の時は、その年齢に応じた経験をした方が良いと思う。 だって大人になったら、その経験はもう出来ないんだからね......」

 「それが詩奏の答えね。 ありがとう。 早く大人になろうと焦る必要は無いってことね」

 「そういうこと」

 「ただし、勉強だけはサボっちゃダメだよ。 これは今、超実感している〜」

 「やっぱり、そこだけは重要か〜」



 「ただいま〜」

 「お帰り」

 『家の玄関を開けて、挨拶すると、人の声が返って来るって良いなあ~』

 そんな実感をしみじみと味わっていた詩奏。

 帰宅すると、シルバーウィークに年休を付けて9連休の遅い夏休みを取っている璃玖が在宅している。

 「明日、ゴルフ行って来る」

 「うん、わかった~」

 「それで、一緒に行く部下が一人、今日泊まりに来るから」

 「えっ、聞いてないよ」

 「ゴメンゴメン。 明日の朝かなり早いんだけど、その部下、家がKN県YH市なんだよね。 だから泊めさせることにしたんだ」

 「年頃の娘が居るんだから、早く言ってよね~。 まあ、部屋は空きが有るからイイけどさ」

 「で、何処に行くの?」

 「IB県KSヶ浦のゴルフコース」

 「なるほどね~」


 そんな会話をした後、勉強をしていたら夕方に。

 「お父さん、夕ご飯どうする?」

 「俺が作るよ。 もう食材も買って有るから」

 「そうなんだ~。 じゃあ今日は任せるね~」

 「私、ピアノの練習しているから」

 その後、防音室内でピアノの練習をずっとしていたら、璃玖が

 「詩奏、夕飯出来たよ」

と呼びに来た。

 「わかった~」

と言って、片付けをしてからリビングダイニングに移動。

 すると、璃玖以外にも別の人の気配が......

 『誰だろう? もう来ているのかな』

 ドアを開けて覗くと、

 「なんだ、やっぱり〜。 今まで会社の人を泊まらせる様なこと一度も無かったのに、おかしいと思ったんだよね」

 「お父さん、本気で私とくっつけようとしているでしょ?」

 部下とは、海野信之だったのだ。


 「詩奏さん、お邪魔しています」

 「シン、ゆっくりしていってね」

 予想外の柔らかい挨拶の言葉に、璃玖も信之も少し驚いた顔をしている。

 「2人共、そこまでビックリすることないでしょ?」

 「お父様の大事なお客様ですもの。 私もお淑やかに接しますわ」

 「そこまで、似合わない言葉遣い、無理にしなくても良いんじゃないのか?」

 「食生活に少し問題が有りそうな海野家でしょ? たまには遊びに来て貰っても構わないと思っているから、優しい言葉遣いなの」

 「シン、今日は父の手料理だから、お口に合うかどうかわかりませんが......」

 「部長に作って頂いたなんて、本当に申し訳なく思います」

 「挨拶はこれぐらいで、早く食べましょう」


 いつもより賑やかな教来石家の食卓。

 会話もいつも以上に弾む。

 「美味しいです。 スゴく」

 信之の味覚には、少し問題が有ると思っている父娘。

 ただ、お世辞では無い本音での肯定的な反応に、皆が笑顔になるのであった。


 夕食後。

 ただゴルフに行くから泊まりに来た訳では無い。

 早速本題に入る。

 「こちらが、ミサキ社長から預かって来た書類です。 目を通して、承諾頂けるなら、お二人のサインをして、書留で送り返して下さい」

 信之が2人に渡したのは、CMの放映期間延長に伴う契約関係の書類である。

 3ヶ月の延長で、出演料は300万円であった。

 「引退した18歳のミュージシャンだから、知名度とか加味しても、これぐらいでしょう」

 「お父さんから聞いた金額より多いけど、良いの?」

 「条件で追加撮影が有るぞ。 来年用のを、国内で少し撮りたいって」

 「場所は?」

 「来週、詩奏が俺と行くところ」

 「HK道?」

 「雪景色で撮りたいって言ってたよ。 場所は決まっていないけど」

 「お二人で旅行に行かれるのですか?」

 「シルバーウィーク後半の三連休で。 相部屋だよ。 シンも一緒に行く?」

 「そんなことしたら、部長に怒られちゃいます」

 「俺は怒らないよ。 俺とも相部屋ってことだからな」

 「うちはオープンだから。 欧米的なんだよね」

 「一緒に行きたかったら、ゴルフの行き帰りにでもお父さんと話をしてね。 璃玖さん払いだから」

 その様な雑談をしながらも、きっちり書類に目を通す詩奏。

 サインをして、父に手渡す。

 「他には?」

 「次は、こちらの書類です」

 CM出演料のうち、事務所の取り分を除いた、実際に詩奏に支払われる金額に関係する承諾書である。

 「こんなものでしょう。 筆頭株主だから、事務所の経営のことも考えないといけないし」

 金額は秘密だそうである。


 「事務所の方には、怪しい人達来ているの?」

 「時々居るそうですよ。 RYUの正体を暴こうと」

 「警察呼ぶ時も有るそうです」

 「デビュー初めの頃も居たけど、今回の方が映像が有るから、しつこそうね。 いくら保秘って言っても、少しは漏れちゃうから......」

 実際に、SAYAの娘では?という情報は出てしまっている。

 ただ、SAYAの両親も亡くなっており、兄妹もおらず、実家が既に無いことで、手掛かりが少ないのが幸いし、それ以上の情報は特に出ていないようだ。

 「来春以降も、CM続けるのかなあ?」

 「一旦終了とするそうですよ。 効果の程度を見極めるという話ですね」

 「今の流している分の評価は?」

 「社内評価ですか? まあまあっていうところですよね? 部長」

 「イメージ用としては、まずまずっていうところだよ」

 「良かった。 私も突っ走っちゃったから、ちょっと心配で。 シンもでしょ?」

 「それは、もうドキドキでした。 評価低かったら、会社辞めようと思い詰めるぐらいに......」


 「さて、仕事の話はこれぐらいにして、いつもの演りますかね」

 「今日はゲストも居るので、お父さん、いつもと少し違う雰囲気で飲めるんじゃない?」

 「そうだね~。 明日接待ゴルフで早いから、あまり悠長に飲んでは居られないけどな」

 ワイングラスを2つ持って来て、準備を始める璃玖。

 ギターを取りに行って戻って来る詩奏。

 璃玖の二十代を思い出させる様な、メロディの時間が始まるのであった。


 演奏終了後、空き部屋に客用の布団を敷く詩奏。

 男達には、翌朝早いのだから、先にお風呂入って寝る準備をするように指示をする。

 ほろ酔いの男2名は、何か楽しげに談笑している。

 その姿を横目に、詩奏は勉強をする為、部屋に戻った。

 もちろん、集中して真剣に勉強をする。

 この日、結唯と話をした内容の最後の部分は、今、詩奏が実感している本音だ。

 どんな環境に有っても、勉強を疎かにしない。

 母にも言われていたことだが、母の死後、そのショックで無気力になり、約1年半疎かにしてしまったツケは、大きな痛手として、しっかりしっぺ返しを喰らっているのであった。


 夜遅くなって、リビングに行って見ると、2人は居なかった。

 それぞれの部屋で寝てしまった様だ。

 空き瓶となったワインが2本、テーブルの上に残っており、いつも以上に父が楽しい晩酌を過ごしていた様子が伺える。

 「飲み過ぎたみたいだから、寝坊しないように、起こしてあげるか」

 詩奏は呟きながら、自身も睡眠の準備に取り掛かるのであった。


 翌早朝。

 朝5時半に起きたが、リビングダイニングには誰も居ない。

 「やっぱり、2人共爆睡か〜」

 とりあえず、璃玖を起こしに行く。

 なかなか起きなかったが、頬をつねって、起こすことに成功。

 次に空き部屋へ。

 ノックしても起きる様子が無いため、部屋の中へ。

 まだ9月で暑いのに、エアコンが無い部屋なので、ムワッとした空気に満たされている。

 布団の上には、酔っ払って寝た影響と暑さから、Tシャツとパンツ姿で、酷い寝相の信之が。

 声を掛けるも起きず。

 仕方無く、照明を点けて、体を揺する。

 すると、ようやく目を開ける。

 「あれっ、詩奏さんがどうしてここに......」

 視線を下に向ける詩奏。

 「シン、起きて。 あれ丸見えだよ」

 そう言われて、はっと目が覚める信之。

 暑さで布団を蹴っ飛ばしていて、何も掛かっていない自身の下半身を見ると、顔を真っ赤にする。

 「ちゃんと起こしたからね。 早く準備しないと間に合わないよ」


 詩奏が出て行ってから、事態の深刻さに顔面蒼白の信之。

 『どうしよう~』

 落ち込んだまま準備を始め、俯いたままリビングダイニングへ。

 詩奏が簡単な朝ごはんを作っている。

 視線を合わせられず、俯いたまま、椅子に座る。

 元気の無い様子に、璃玖が、

 「二日酔いか? 大丈夫?」 

と声を掛けるも、蚊の鳴く様な声で、

 「大丈夫です」

と答える。

 その様子に気付いた詩奏が、

 「お父さん、大丈夫だよ。 起こす時、私にあれ見られちゃったから、ショック受けているの」 

 顔を真っ赤にする信之。

 すると、璃玖が、

 「あははは。 シン君も見られちゃったか〜。 俺なんかもっと酷い状態の見られちゃってるよ~。 流石にその話聞いた時はショックだったけどな」

 笑い続ける璃玖。

 真っ赤なままの信之。

 『仕方無いなあ』

と思った詩奏が、信之に声を掛ける。

 「シン、気にしないで。 起こす為とは言え、客人が寝ている部屋に勝手に入った私のせいだから」

 それでも、元気の無い信之。

 「仕方無いね。じゃあ、元気出させてあげるか〜」

 そう言うなり、椅子に座っている信之の頬にキスをしたのであった。

 如何にも帰国子女の詩奏らしいやり方であったが、信之は真っ赤だった顔色が、益々赤くなってしまった。

 「あれっ、お父さんは喜んでくれるのに......」

 イマイチの反応に、少し気落ちする詩奏。

 爆笑している璃玖。

 「詩奏、早朝から刺激が強過ぎて、パニックを起こしているぞ、シン君は」

 「とにかく、2人共、早く食べないとゴルフ遅刻するよ。 他にも参加者居るんでしょ?」

 「シン、明日も休みだから、もう一泊していく? するのなら洗濯しておくから、出掛ける前に洗濯物出しておいてね」

 「私眠いから、二度寝する。 いってらっしゃーい」

 そう言うと詩奏は、欠伸をしながら自室に戻ってゆくのであった。


 二度寝して起きた詩奏。

 既に午前9時を過ぎており、

 「寝すぎちゃった」

と呟きながら、家事を始める。

 食器を洗って、洗濯を始めようとすると、洗濯機の上に見慣れない洗濯物と一緒に書き置きが。

 『早朝から、お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした。 部長からも今日のゴルフの帰り、かなり遅くなるのでもう一泊して行くように勧められました。 お言葉に甘えさせて頂こうと思います。 洗濯物よろしくお願いします』

 『それと元気出過ぎました。 これからより一層毎日頑張ります。 信之』

 それを読み終えると、暫くクスクス笑ってしまった詩奏。

 『本当に、真面目な人だなあ~』

と思いながら、洗濯を始めるのであった。

 

 ゴルフ帰りの2人。

 特急列車の中で、信之は璃玖に話し掛けた。

 「副社長が仰っしゃられていたお話、部長はお受けするのですか?」

 「そのつもりだよ。 妻が亡くなってから、随分面倒見て貰っちゃったからね」

 「そうですか......」

 「そんなに、詩奏と離れたくないか? 多分、あの子は今の家に残るだろうけどな」

 「いえいえ、そんなことを考えているわけではありませんが......折角、教来石部長と親しくさせて貰えているのに、それもあと半年なのかと思うと......」

 「話は変わるけど、今朝、詩奏に見られたあれだけど、ヤバい方のか?」

 「はい......」

 「そっか〜。 俺もこの間それ言われて、スゴくショックだったよ。 これから家帰るけど、顔見れるか?」

 「自信ありません」

 「でも、下着を洗濯物で出したのだろ? じゃあ気にするな。 あの子は、自分の下着と男物の下着を一緒に洗濯しても気にしない子だからさ」

 「はい......」


 ゴルフはHHD社側主催の接待で、HHD社側は役員と部長級幹部、Sケミカル側は副社長と璃玖と信之であった。

 ゴルフ後、慰労会も有ったので、帰りはかなり遅くなってしまっていた。

 自宅の玄関の鍵を開けると、

 「お帰り〜」

の声が聞こえた。

 その後、ギターの音色と歌声も。

 リビングのドアを開けると璃玖は、

 「もう寝ていると思っていたよ」

と時計を見ながら、話し掛ける。

 「受験生だよ私、一応だけど。 午後10時半じゃ、まだ寝てないよ」

 「シンも、お帰り〜」

 まだ何処か恥ずかしいそうな顔をしている信之。

 「ほら2人共、手洗ったら、そこに座って〜」

 「私の歌、聴きたくないの?」


 しばらくすると、弾き語りが再開される。

 夜遅いので、トーンは低目だ。

 慰労の飲み会帰りで、ほろ酔いの2人だったが、缶ビールを一本開けて、半分ずつにして飲みながら、詩奏の歌を聞く。

 なんだか涙が滲んでしまうミサキのバラード。

 同じ曲を3回繰り返すと、この日は終演となった。

 「シン、恥ずかしさ、だいぶ消えた?」

 「はい」

 「この歌聴くと、最も悲しいことに比べれば、大概のことは大したことないっていう気持ちになるよね?」

 「僕も、そう思います」

 「でしょ?」

 「璃玖も、そう思うでしょ?」

 「失敗して落ち込んでいる人を気遣う選曲......やっぱり詩奏は、俺と彩陽の子だ〜」

 そう言いながら、涙をこぼす璃玖。

 貰い泣きする信之。

 「あ~あ。 うちの男達は涙もろいね~」

 「でも、そういうピュアさ、何歳になっても失わないでね」

 詩奏は、そう言いながら、ティッシュケースを2人の前に置いて、ギターを仕舞うのであった。


 翌朝。

 ゴルフ疲れの2人はなかなか起きて来ない。

 『今日はお昼頃迄、寝させておいてあげようかな』

 詩奏は、その様に考えて、とりあえず自分の分だけのフルーツを切って、ヨーグルトとサラダチキンを並べて、簡単な朝食に。

 その後は、2人を起こさないように、洗濯と水回りの掃除をする。

 まだ起きて来ないので、勉強をすることにした。

 しかし、午前11時を過ぎたので、いい加減起こすことにする詩奏。

 今日は、部屋のドアをノックすると、2人共に、それぞれ起きたのであった。

 「詩奏、ごめん。 寝すぎた~」

 「お父さん、昨日は朝早かったから仕方無いよ。 もう少し寝かせてあげたかったけど、一応お客さんも居るから」

 「シン君は?」

 「一緒に起こしたから、今こっちに来るでしょ?」


 「すいません、詩奏さん。 寝坊しちゃって......」

 「2人共、朝食兼お昼ごはん作るから、顔ぐらい洗ってきなさいよ~」

 「はーい」

 「すいません、ご迷惑ばかりお掛けして」


 しばらくすると、香ばしい匂いが台所に充満する。

 詩奏特製エビチャーハンであった。

 3人分をテーブルに並べると、お腹が減っていたのか、男2人はガツガツ食べる。

 「おや、珍しく感想を言わずに食べてるね~」 

 美味しそうに食べている2人を眺めながら、少し嬉しそう。

 「お腹減りすぎてて、美味しくて、無言で食べてしまいました」

 「お父さんの感想は?」

 「以下同文です」

 「よろしい」

 詩奏はそう短く言うと、自分の分を食べ始める。

 「我ながら、上出来ですね」


 昼食後、信之はそろそろお暇すると申し出た。

 「ちょっと待って、そんなに髪ボサボサで帰るの?」 

 「......」

 「そこに座って。 私が髪型セットしてあげるから」

 「そこまでして貰っては、大変申し訳ないので......」

 「お洒落な街のYH迄帰るんでしょ? デザイナーのお姉さんに、みっともないって言わせたくないからね。 大人しく従って」

 素直に従った信之。

 詩奏は、ドライヤーと櫛を使って、手際よく信之の髪をセットする。

 「その姿を見ると、詩奏が彩陽の髪をセットしていた頃を思い出すね~」

 璃玖がしみじみ言う。

 「お母さんの体調がイマイチの時は、よくやってあげたよね? 女の人は時間掛かるし、髪セットするの辛そうだったから......」


 「はい、出来たよ。 シン」

 「結構イケメンなんだから、少しは気を使わなくちゃ」

 「ありがとうございます。 でも......」

 「でも?」

 「僕は、詩奏さんにだけ見てもらえれば十分なので......」

 「それって、告白?」

 「いや、そういう訳じゃなくて......はい、そうです」

 「他の女性の視線なんて、どうでもいいんです」

 「......」

 「シンの私への気持ち、前からわかっています。 でも、まだ私、高校生だから、答えは出せないよ」

 「お父さんは、早くシンのこと婿養子にしたそうだけどね」

 「バレた?」

 「バレバレ。 シンって次男?」

 「HK道旅行も、一緒に行くことにしたの?」

 「あはは、まあな」

 「だって、お父さん楽しそうだもん。 シンとお酒飲んでいる時とか」


 その後、信之は帰ることとなり、詩奏が駅まで見送ることとなった。

 「部長、ありがとうございました。 また、よろしくお願いします」

 「シン君、またなあ〜」

 「はい」

 マンションの正面玄関を出ると、詩奏が、

 「シン、手を出して」

 「はい......」

 詩奏がシンの手を取って、繋いで歩き始める。

 また少し顔を赤らめる信之。

 「恥ずかしがらないの。 勇気を出して告白したことに対する御礼」

 「でも、さっきも言ったけど、まだ高校生だから、もう少し私が大人になるまで、返事は待って欲しい」

 「わかりました。 僕はずっと待ちます......」

 「ごめんね。 まだ色々と気持ちの整理が付いていない面も有るから......」

 その後は、黙ったまま駅まで歩く2人。

 信之は、

 『駅までの道のりが、もっと長かったらいいのに』

と思っていたが、あっと言う間の到着となった。


 「気をつけて帰るんだよ、シン」

 「詩奏、またね」

 お互い手を振って別れた。

 『アイツ、やっと呼び捨てで言えたか〜』

 詩奏がそう思って、家に帰ろうとした時、

 「詩奏」

と声を掛けて来た人が......

 結唯であった。

 「さっきの男の人、だ~れ?」

 嬉しそうに質問される。

 「呼び捨てにされてたよね。 彼氏?」

 「彼氏候補だね。 だいぶ先の」

 「???」

 「お父さんのお気に入りの部下。 将来、私の旦那にしたいって」

 「詩奏の家って、オープンだと感じていたけど、父娘でそういう話もするんだ......なんか凄いね」

 「そうかな? お互い隠し立てするのが嫌いだからだよ。 気持ちや考えを素直に表現したいじゃない? 2人だけの家族だからね」

 「結唯は買い物?」

 「そうだよ」

 「何買うの?」

 「秘密〜」

 「じゃあ、一緒に買いに行こうか?」

 「それだと、秘密にならないよ」

 「いいじゃん、さあ行こう〜」

 父にRAINで、少し遅くなることを連絡してから、結唯の買い物に付いて行ったのであった。 

 

 買い物終了後、帰ろうとした詩奏を引き止めて、2人は駅前のSBCafeに入店。

 結唯は詩奏に、色々と質問を始める。

 「さっきの彼氏、年齢は?」 

 「だから彼氏じゃないって。 年齢は25歳」

 「背高かったけど、身長は?」

 「181センチって言ってたよ」

 「何処の大学出ているの?」

 「TKG大だって」

 「超難関国立の理系か〜。 いいなあ~」

 「かっこいいし、付き合っちゃえばイイんじゃない?」

 「......」

 「何が物足りないの?」

 「物足りないんじゃなくて、私には勿体無いんだよ」

 「奥手だけど、真面目だし」

 「私って、あまり言えないけど、お母さんが亡くなった後、高2の時、精神的に不安定になっちゃって」

 「心のぽっかり空いた隙間を埋めようと、男に走っちゃったんだ」

 「......」

「そうしたら、悪い連中に引っ掛かって。 お父さんが大学時代の同級生であるCB県の刑事さんに必死に相談して、お願いして、一緒に助けに来てくれなかったら、私、廃人になってたんだよ」

 「......」

 「そういう過去がある私みたいな人間が、凄く真面目で純粋で素敵な男性ひととお付き合いするなんて、おこがましいって思うんだ」

 「......」

 「あの世界って華やかだけど、大金が動くあの世界の裏にはヤバい人達も沢山居て。 一歩道を踏み外せば、帰って来れなくなるから......だから、もうイイんだ。 あそこには居るべきじゃないって思って」

 「......」

 それを聞いた結唯は、無言で詩奏の頭を抱きしめるのであった。


 暫くして、

 「詩奏ってスゴく大人びていて、とても同い年とは思えないって感じてたけど、それは今まで、普通に暮らしてきた同級生とは違って、色々な経験や辛い思いを繰り返してきたからなんだね」

 「前にも言ったけど精神年齢40歳くらいだよ」

 「さっき手繋いでいたけど、詩奏からでしょ?」

 「そうだよ」

 「普通の18歳の女の子だったら、年上の男の人に対して、自分から積極的に手繋げないな~。 色々なこと考えちゃって」

 「そうかな?」

 「だって、なんだかガッツイているみたいじゃない? まして年上なら『男なんだから、お前の方が積極的になれよ』って思っちゃう」

 「私、ガッツイているって思われたかな? 正式に告白されて、10分後ぐらいだよ。 手を繋いだの」

 「10分か〜。 詩奏らしいや」

 「高学歴の理系で、メーカー勤務だったら、奥手だろうから、今回の場合まあ良いんじゃない? きっと高校は男子校出身だよ」

 「結唯は好きな人、居ないの?」

 「居ないよ。 今は大学受験で頭いっぱい。 私はごく普通の容姿だし、特に高望みも無いから、大学行ってからゆっくり、自分に合った普通の男の子を探すよ」

 「さて、そろそろ帰ろうか? 明日は学校だし」

 「そうだね。 じゃあ明日ね~」


 帰宅した詩奏。

 「おかえり〜」

 「偶然、結唯と駅の改札で会ったから、買い物付き合って、お茶してた」

 「そうか〜。 少しスッキリした顔している様な気がするけど?」

 「シンと一緒に居るところ見たから、色々質問されちゃって」

 「少し、私の暗い過去の話を聞いて貰ったんだ。 だからだと思う」

 「あの頃のことを聞いて貰えるお友達が出来て良かったな~。 やっぱり転校して正解だったと俺も思うよ」

 「お父さん、色々とありがとう......」

 やはり、まだ過去の話をするのは、少し辛いらしく、詩奏は泣き出してしまうのであった。

 

 金曜日の放課後。

 結唯は部活に行き、詩奏はこの後、璃玖と出掛ける用事が有るので、ドラムの練習は休んで、深月と一緒に帰宅方向としていた。 

 「深月、部活引退してどんな感じ?」

 「なんだか、ぽっかり穴が空いちゃったって感じ......」

 「中1からずっとバスケやって来たからね」

 「大学行ったら、やらないの?」

 「そこまでのレベルには無いから。 もう少し上手かったら同好会くらいには、参加すると思うけど」

 「そっか〜。 なんだか勿体無いね」

 2人が校門を出るところで、後輩の女の子が待っていた。

 何か、話し掛けたそうにしているその子。

 そして、

 「深月先輩。 長い間お疲れ様でした」

 「私、深月先輩に憧れてて......」

 「これ、読んで下さい」

 そう言って、深月に手紙を渡すと、真っ赤な顔をして、走って行ってしまった。

 「深月......もしかして?」

 「違う違う。 私、彼氏居るからね」

 「私って、背が高いでしょ? だから時々有るのよ。 憧れられてって感じなのかな?」

 「わかるわ~。 私も深月好きだもの。 顔も体も好みよ。 胸も大きくて触ってみたいくらい」

 「キスしちゃおうかなあ〜」

 「詩奏......」

 「でもさっきの子に、結構睨まれちゃったなあ~。 恋のライバルっていう感じ?」

 「......」

 「まあ、モテるっていうのも大変だね。 色々な恋の形が有って」

 「この後は?」

 「今日は、予備校の授業」

 「じゃあ少し、駅前で時間潰してく?」

 「詩奏は?」

 「これから、お父さんとHK道旅行」

 「受験生なのに?」

 「勉強はしているよ。 でも今しか出来ないことも、しっかりやっておきたいんだ」

 「HK道なんて、何時でも行けるじゃない?」

 「色々有って、お父さんと行くのは今回を逃すと、だいぶ先になりそうだから」

 「そうなんだ~」


 MYW駅前のSBCafeに入ると、飲み物を注文してから席に座る2人。

 受験生なので、勉強を始める。

 30分ぐらいすると、

 「詩奏さん」

と誰かが声をかけてきた。

 深月が声のした方を見ると、スーツ姿の若い男の人が立っている。

 「お父様から頼まれて迎えに来ました」

 「シン、ごめんね~。 逆方向なのに」

 「ちょうど、CB県での仕事が有ったので」

 「そうなんだ~」


 「深月、迎えが来たから、私出発するね。 HK道土産買って来るからね」

 「うん、わかった。 気を付けて行って来てね」

 「じゃあ、連休明け」

 「じゃあね~」

 詩奏は、その男の人と楽しそうに会話しながら、私鉄の駅の方へ向かって歩いて行ってしまった。

 見送った深月は、

 「詩奏も、やるわね。 しかし、年上ばかりよね」

 そう思った深月も予備校に向かう時間になったので、片付けをして、店を出るのであった。


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