第7話 高3・秋篇(その1)
夏休みも終わり、学校が再開。
詩奏も、多くの新しい出逢いと新しい体験が続いた夏休みが終了し、仕事も引退して終え、普通の女子高生に戻った。
受験も近付く中、日常生活が始まる......
今日は9月2日。
二学期が始まった翌日。
詩奏は、朝ごはんの支度をしていた。
すると、テレビから聞き覚えのあるメロディが......
そう、前日発売されたばかりの新曲のサビの部分が流れたのだ。
前日も学校から帰宅後、1回だけ放映されているのを聞いたが、その時はテレビ画面を見ていなかったので、映像を見たのは今朝が初めてであった。
思わず手を止めて、画面を凝視する詩奏。
たった15秒であったが、少し長く感じた。
身支度をしながら、リビングダイニングにやって来た璃玖。
「さっき、CM流れてたよ」
「おー、そうか。 自分の姿を見た感想は?」
「後ろ姿だけだから。 それほど悪くないと思うけど」
「そう言えば、口パクが後ろになったんだね」
「15秒は短いから、演奏→口パク→社名ロゴになったんだよ。 最終的に」
「なるほどね~」
「暫くは15秒版が大半で、時々メッセージ性を持たせた30秒版を流すらしいよ」
「じゃあ、長いやつは見る機会無さそう。 私、テレビ殆ど見ないし」
「1か月間流して、効果があれば、ネット広告でも流し始めると思うよ。 テレビよりもネットの方が若い人向けに効果があるだろ? 優秀な大卒、院卒の間で企業としての認知度を高めたいわけだからさ」
「それなら、見る機会増えるかもね」
昨日から放映が始まったCMについて、父娘間での感想の会話は、このくらいであった。
その後、2人で自宅を出て、詩奏はいつも通り、結唯と駅の出入口で合流した。
CMも流れ始めたし、新曲も配信になったので、何かしらの反応が有ると思ったが、結唯は全く気付いていないようであった。
『結構なヒント出したつもりだったけど、受験生じゃあ、あまりテレビ見ないし、気付かないか〜』
詩奏は、そのようなことを考えながら、結唯との雑談に興じていた。
先に気付いたのは、深月の方であった。
母の柚月がミサキとSAYAのファンであるから、配信当日に曲を買って、スマホにダウンロードしていたのだ。
1日の夕方、深月が学校から帰宅すると、母が涙ぐんでいた。
「お母さん、どうしたの? 何かあった?」
ビックリして確認する深月。
すると、
「この新しい曲がね......彩陽先輩の最期の曲だそうなんだけど、なんか泣けてしまって......」
そこで、母がダウンロードした曲を聴かせて貰うと、
『この曲、この間このピアノで、詩奏が弾いて歌った曲と同じじゃない? 声も似ている?同じ?様な気がするし......なんで配信前なのに、完璧に歌えていたのだろう......』
少し考えてみると、
『ヒントって、そういうことか〜。 歌っているのは詩奏で、うちの学校アルバイト禁止だから、音楽活動絡みで学校長に呼び出されたんだ』
という結論に達したのであった。
学校に向かって歩いている詩奏と結唯に追い付いた深月。
「おはよう、結唯、詩奏」
いつも以上に明るい声で声を掛ける深月。
「あれ?深月。 何だか嬉しそうな感じだね。 いいこと有ったの?」
「そんなこと無いよ〜」
「詩奏、イイ曲だね。 お母さん泣いてたよ」
「感想、ありがとう〜」
「えっ、何の話?」
「RYUの最後の新曲の話。 昨日から販売されているよ」
「???」
「結唯も買って聴けば分かるよ。 意味深な理由も」
「えー、教えてよ~」
「私と結唯は長い付き合いだけど、買わない人には教えられないよ~」
「じゃあ詩奏、教えてよ~」
「卒業迄、心のうちに留めておいてって言う約束」
「......」
ようやく、2人が含みを持った言い方をしている理由がわかった結唯。
そして、
『昼休みにダウンロードして聴いてみよう』
と思ったのであった。
その日の放課後。
「詩奏帰りどうする? 私達部活だけど」
結唯と深月が確認する。
「金曜日だから、図書室で勉強して待っているよ」
そう答えた詩奏。
「わかった。 じゃあ図書室で合流ね」
図書室で気合いを入れて勉強する詩奏。
夏休みは新曲絡みで、勉強が進まなかったからだ。
『本気で挽回しないと、浪人しても大学受からないかも』
流石に危機感を持っている。
当面、音楽関係の仕事は無く、やっと勉強に専念出来る環境となったので、巻き返しを密かに誓っていたのだ。
集中して勉強していると、部活を終えた結唯がやって来た。
静寂の図書室。
予備校の時間迄、ここで勉強している3年生が結構居る。
だから結唯も、詩奏の隣に座ると、静かに勉強を始めるのであった。
それから1時間程経つと、深月も部活を終えて図書室にやって来た。
「みんな揃ったから、帰りますか」
誰とも無く、そう言い雰囲気を醸し出すと、片付けをして図書室をあとにする。
「昼休みに曲、買ったよ~ 聴いてみて、2人の言っていたこと、大体わかった」
「『詩奏って、そうだったんだ』っていう感じだね」
「そうなると、秋の文化祭で詩奏と音楽部のコラボは無理だよね」
その様に言って、ちょっと残念そうな結唯。
「春から、その話をしていたよね? 全くダメっていう訳じゃ無いと思うよ」
「歌は無し、ピアノとギター演奏もNG。 でもそれ以外の楽器ならやっても良いよ」
「歌無しか〜」
結唯が嘆くと、深月が、
「高校の文化祭でプロの歌はダメでしょ? 大学祭ならば、お金出して呼ぶけど」
「高校は、素人が演るから価値が有るんだと思うよ」
「そうだよね」
「上手い下手じゃなくて、楽しく出来れば良いんだよ。 音楽って」
「うちの学校、何処も部活低調なのだから、高いレベルは求められてないでしょ?」
「二学期も始まったし、文化祭で演る曲、そろそろ決めて練習に入らないの? 受験も有るから、それ程練習時間取れないでしょ?」
「本番は、11月初旬とは言っても、中間試験も有るからね」
詩奏が疑問を結唯に尋ねる。
「そう言えば、音楽部って何人居るの?」
「7人しか居ないよ。 活動も低調で幽霊部員が3人居るから......」
「部室に来ているのは、4人だけ」
「私、部活ってやったこと無いからよくわからないけど、そんなものなの?」
「うちの学校は中高一貫で、中学の部活参加率が低いから、高校はより低くなっちゃっているね」
「普通の高校に比べたら、帰宅部率高過ぎでしょ? 7割以上だよね~」
「それで、4人は何の楽器やっているの?」
「私がサックスで、ベースが1人、キーボードが2人だよ」
「キーボードの2人はピアノ経験者っていうだけだけど」
「あとの幽霊3人は、特に何も出来ないかな。 出てきてくれたとしても、カスタネットとかタンバリンとか位だね」
「じゃあ、音楽部ってプチ軽音みたいな感じ?」
「そうね。 元々は吹奏楽部だったらしいよ、昔」
「でも、CB県って吹奏楽の強豪校だらけでしょ? だから、徐々に衰退して、名前も変わってって感じで、私が中学入った時には、既に文化祭オンリーの部活になっていたね」
「詩奏って専門以外だと、何が出来るの?」
「ドラム、ベースは一応少しは出来るよ」
「そのどちらか、頼んだら演ってくれるの?」
「全然、構わないよ〜」
「やったー」
「じゃあ、見せて欲しいなあ~。 ドラムとベース」
「良いよ。 いつでも」
「放課後に、そのうち設定するから、よろしくね」
「うん、わかった」
「でも、結唯サックス吹けるのか〜。 予想していなかった」
「大したこと無いよ。 吹けるっていうのが恥ずかしいレベル」
「文化祭でジャズやったら? スローテンポなジャズのリズムのドラムだったら出来ると思う。 ロックの激しいドラムは無理だから」
「ジャズか〜。 出来るかなあ......」
「高校最後だし、チャレンジも有りだと思うけどな~」
KW駅で結唯と別れた後、土日分の食材を買って帰った詩奏。
誰も居ない自宅の鍵を開け、部屋の中へ。
9月に入ると、日が落ちるのも徐々に早くなり、薄暗くなった部屋の照明を点ける。
『誰も居ない家に帰るのって、ちょっと寂しいなあ』
いつも、その様なことを感じながら、夕食の準備を始める。
CMが少し気になるので、テレビを点けながらの準備だ。
すると、暫くして、例のCMが流れた。
手を止めて、じっと画面を見つめる。
この時の、画面の中の詩奏の口元だけを映した口パクは、
『ありがとう』
と言っている様に見えた。
このワードがRYUとして、一番言いたかったものなのだ。
彩陽に『ありがとう』
璃玖に『ありがとう』
ミサキに『ありがとう』
そして、みんなに『ありがとう』と。
RAINを確認すると、父から
『急遽の飲み会で、少し遅くなるので、先に食べていて』
とのメッセージが入っていた。
『もう少し早く言ってくれれば』
と、少しムッとしたものの、金曜日だから仕方がないなと思い直す。
その為、夕ご飯は一旦後回しにして、ピアノの練習を始めることに。
少し集中して弾いていると、時間が過ぎるのを忘れる位、熱を入れてしまい、急に防音室の扉が開いた。
「ただいま、詩奏」
「あれっ、お父さん飲み会じゃないの?」
「簡単な会だったから。 1時間だけだよ」
「今から帰るって、RAIN送ったけど......」
慌ててスマホを確認すると、ピアノの練習を始めた頃に、届いていたのであった。
「夕ご飯の準備出来てない。 ごめん」
「たまには、俺が作るよ。 詩奏はそのままピアノの練習、切りの良いところ迄続ければ?」
「じゃあ、一緒に作ろうよ。 夕ご飯」
「おお、そうするか」
2人で並んで夕食を作る詩奏と璃玖。
「彩陽とも、新婚の頃は、こうして作ったよ」
「私が小さい頃迄は、時々やっていたよね?」
「そうだったなあ。 そのうち2人共、それぞれの仕事が忙しくなって、難しくなっちゃったけど」
夕食後。
詩奏は璃玖に質問をしてみた。
「お父さん、この間海野君をRYU最後の挨拶に、Sケミカル代表として送り込んだでしょ?」
「そうだよ」
「海野君を将来、私の彼氏にしたいと思っているの?」
「いや、そこ迄考えている訳では無いけど......」
「ただ、詩奏が16歳の時のことを考えると心配なんだよね。 もし俺が不慮の事態で居なくなったらって思うと......」
「......」
「それと、詩奏が一つ勘違いしていることが有るからさ」
「私の勘違い?」
「海野君が詩奏のこと気になり始めたのって、最近の新しい写真を見たからでは無いよ」
「えっ......」
「その前から、俺が自席で詩奏の歌を聴いていることが結構有ってね。 彼が質問してきたんだ」
「『部長、よく休み時間に音楽聴いていますけど、誰の歌ですか?』って」
「だから、『RYUの歌だよ』って答えてね」
「そうしたら、『部長、若い人向けの歌を聴くんですね』って言われて。 『僕もRYUの曲好きです。 歌声はもっと好きです』ってさ〜」
「俺も嬉しくて、つい『詩奏が歌っている』って、ある時教えちゃったんだよ。 ゴメンネ」
「それからだよ。 彼が詩奏に興味を持ったのは」
「俺は、彩陽というスゴく素敵なミュージシャンが、路上ライブしているのを直接見ることが出来て、その出逢いが俺の人生を大きく変えたって話しをしたよね?」
「好きになり過ぎて、交際を申し込んでもさ〜、彩陽には何度も断られたよ。 『私は音楽を一番愛しているから、璃玖さん苦しむよ。 私は止めておきな〜』って」
「ところが海野君は、詩奏の生歌を聴くことが出来ないよね? それが可哀想だし、勘違いで目茶苦茶嫌がられているのも、ちょっと不憫で」
「だからかな? 応援しちゃっているのは。 拒否られ続けているところも、俺と彩陽とのあの頃の関係に少し似た境遇だなって」
「......」
璃玖の話を聞いて、少し考えた詩奏。
「私、謝らなきゃいけないね。 結構酷いこと言っちゃってたから」
「うーん。 そこ迄はしなくていいと思うよ。 CMの件を企画発案した理由に、詩奏が指摘した面が有ったのは否めないし、企画が通った後のダメっぷりは、ちょっと言い訳出来ないだろ?」
「でも、やっぱり私の気が収まらないよ。 お母さんにも『詩奏の音楽を好きになってくれた人は、大事にしなきゃダメよ』って言われていたし」
「そう言えば、チンチクリン君って言い方止めたの?」
「この間のRYU引退の挨拶の後、ミサキさんと話をしている中で、止めることに決めたの」
「私、そういう言い方を出来るような人間じゃないって気付いたんだよね。 璃玖が命を賭けて救いに来てくれなきゃ、私は性の玩具にされて死んでいた、人を見る目のない屑だから......」
「詩奏......」
「お父さん、大丈夫だよ。 ああいう大馬鹿な経験が有って、今の私が有るの。 だからあの時のこと思い出しても、心が壊れたりしないから」
「......」
「私の生歌が聴けないのが可哀想って言ったよね?」
「じゃあ、ここに来て貰えば良いんだよ。 明日来れるなら、何時間だって聴かせてあげるから......」
「だからお父さん、連絡して。 海野君に」
「詩奏、お前......イイのか?」
「うん。 それぐらいはしてあげないと、今までの酷い態度の埋め合わせにならないから」
結局、璃玖は信之に連絡をしたところ、明日の午前10時KW駅改札で待ち合わせることに決まった。
翌日午前。
約束の時間の前から待っていた詩奏と璃玖。
すると、やはり、待ち合わせ時刻より早い時間に改札から出て来る海野信之の姿が見えた。
180センチを少し超える身長が有るので、遠目でも比較的わかりやすい。
信之も教来石父娘を見付けて、真っ直ぐ近寄って来た。
「おはようございます」
「海野君、おはよう」
「良いのですか? いきなりご自宅で......」
「この娘が、お願い、良いって言うからさ〜」
詩奏は、この時、信之を見て少し見惚れてしまっていた。
普段のスーツ姿と異なり、私服姿がお洒落で非常に似合っていたからだ。
見た目もスーツ姿は真面目さ全開だが、私服姿は優しそうな雰囲気に包まれている。
「おい、詩奏。 どうした? ぼーっとして」
父に尋ねられ、信之にも、
「教来石さん、体調悪いのですか?」
と心配されてしまったのだ。
我に返って、
「おはようございます。 って教来石さんじゃダメでしょ? お父さんも私も教来石さんなんだから......」
「前にも言ったけど、詩奏でイイよ」
「詩奏さん、それでは行き......」
「詩奏。 私、7歳も歳下だよ?」
「じゃあ、詩奏」
信之は、恥ずかしそうに言う。
「それで、よろしい」
「じゃあ、早速我が家へゴー」
璃玖と信之が会話をしながら先に歩き、詩奏が後から付いてゆく。
そして、すれ違う若い女性が、信之をチラ見する様子を何度も見掛ける。
『ずっと私服姿だったら、モテモテなんだろうな~。 なんでスーツ姿は、あんなに真面目そうな感じにしているんだろ?』
そんなことを考えながら歩いていると、直ぐ自宅マンションに着いてしまった。
部屋に上がると、璃玖がリビングに案内する。
ひとまず、リビングで一息入れてから、詩奏の独演会となる予定だ。
2人分のコーヒーを璃玖が淹れてから、雑談へ。
「海野君、急な話でごめんな」
「『海野君が以前から詩奏の歌声が好きだったんだよ』って昨晩話をしたら、『勘違いが有ったので謝りたい』って言うんでね」
「僕は土日、特にすること無いので、お誘い頂いて嬉しいです。 まして詩奏さんの生演奏を聴かせて頂けるなんて......」
「そこまで期待されると、ね~」
「先ずは、私から謝罪させてください」
「以前から、私の歌を好きでいてくれたのに、お父さんが新しく机に飾った写真を見て、少しイヤらしい想像も含めてイメージを膨らませた過ぎた結果、CMの企画を出したと決め付けちゃって、ごめんなさい」
「詩奏さん、謝らないでください」
「し・お・ん」
「詩奏、謝らないで。 その決め付け、間違っていないですから」
「えっ」
『ほらね』という顔をする璃玖。
コーヒーを啜りながら、2人のやり取りを見続ける。
「部長から、1年くらい前に、RYUの歌声が詩奏さんだって教えて貰ってから、どんな女性なのか、物凄く気になっていました」
「でも、部長の席には詩奏さんが小学生くらいのときの家族写真しか飾られてなくて......」
「ずっと、
『今、どんな顔しているのかなあ』
『歌声はどうなっているんだろう』
『もう二度と歌わないのかなあ』
『生歌聴いてみたいなあ』
とか、色々な想像を膨らませていました」
「同時に、諦めてもいたんです。 1年以上RYUの活動は無かったですし、部長からもお母様であるSAYAさんの死やその他色々な出来事が重なり、もう歌えそうも無いっていうことを少し聞いていたので」
「ところが、ある日部長が職場で、『詩奏が歌った』って言って、凄く嬉しそうにしていて。 それで直ぐに家族写真も一つ増えたので、見せて貰ったら、想像以上の美少女でした」
「それから、どうして僕があの企画提案書を作って出したのか、興奮し過ぎで、実はあまりよく覚えて居ないんです」
「多分、
『また歌って欲しい』
『会ってみたい』
『生歌生演奏聴きたい』
とか、色々な感情が入り乱れた結果なのだと思います」
「その結果、詩奏さんに多大なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳無かったです」
「勝手な希望や妄想から、イメージだけでCMの企画作っちゃったのはいいけど、いざやってみろって言われたら、その先どうして良いのか、全くわからなくて......」
その様に信之は説明すると、頭を下げ続けるのであった。
「海野さん、頭あげて」
「あと、チンチクリン君って言ってたことも謝らせて下さい。 私、他人に悪いあだ名を付ける様な資格、何も無い女の子なのに、本当にごめんなさい。 今から私が海野さんを呼ぶ名前は......」
詩奏は少し考えると、
「『シン』でイイ? ノブだと芸人さんみたいだし、『信』の字を『シン』って呼ぶことで。 何だかちょっとカッコイイ呼び名でしょ?」
「お父さんも、プライベートでは『シン』って呼ぼうよ」
「『シン』か〜。 確かに『うんのくん』じゃあ、味気無いな」
「はい、決まり〜」
「シン」
「はい」
「シンはどうして、スーツ姿の時は真面目で堅苦しい感全開なの?」
「今日の私服はお洒落だし、全然堅苦しい感じ無くて、優しそうで、素敵だからさ」
「うーん。 特に理由は無いですよ。 姉がデザイナーなので、休みの日は姉の着せ替え人形になっているんです。 髪型とかも弄られて。 人の目線が集まっている様な気がして、恥ずかしいのですけど......」
『人の注目浴びる容姿だっていう自覚無いのか......しかし、お姉さんの腕凄いなあ~』
「でも、憧れの人にそう言われると嬉し過ぎです。 ずっと着せ替え人形で居ようかな?」
「ダメダメ。 そんなことしたらシンの同世代の美人さんに......」
「あっと、何でも無い」
「そろそろ、演奏しようか?」
「準備して来るから、お父さん、5分後連れてきてね」
詩奏は、そう言い残すと、急いで準備を始めるのだった。
「シン君」
「......はい」
「色々とせわしなく忙しい娘だけど、よろしくな」
「はい。???」
「それと、CMの関係で、暫く音楽事務所に行けないので、シン君が伝書鳩するのだろ?」
「はい、音楽事務所の方にお願いされました」
「当面は、詩奏が残りの高校生活を平穏に送れるように、協力してあげてくれよな」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
2人が防音室に入ると、詩奏がピアノ演奏を始め、歌い出す。
SAYAが作詞作曲した曲を十数曲歌い続けた。
最後はRYUの4曲。
観客2名の為に行った約2時間のライブであった。
シンはずっと涙が止まらなかった。
憧れていたけど、表舞台に一切出て歌わない詩奏。
その子が、眼の前でライブを開いてくれている。
それも、自分の為に......
そのシチュエーションだけでも感涙モノなのに......
その歌声は、彼女の師匠である2人を上回るものであったからだ。
演奏が終わると、
「璃玖もシンも泣き過ぎ。 お母さんの曲がバラードばかりだとは言ってもね」
「CMの関係があっての身バレ対策で、ここでしか歌えないけど、また聴きたくなったら言ってね。 2人だけには、何時でも袖の下なしで歌ってあげるよ。 私のファン第2号と第5号だから」
信之について、この間は第20号と言っていたが、第5号に格上げとなったようだ。
午後になったので、詩奏が昼ごはんを作り始める。
信之は、「歌だけでも申し訳ないのに、そこまで......」とは言ったものの、
「2人分も3人分も一緒だから」
「それに、女の子の手料理、食べたことある? 最近」
「無いです」
「璃玖とシンが居る職場の美女さん達に、容姿は到底及ばない子供な私だけれども、料理の腕は負けないよ~」
と言うと、嬉しそうな顔をして、作り始めたのだ。
暫くすると、ベーコンとキノコのパスタ&サラダセットがテーブルに並べられた。
「美味しい、これ美味しいです」
信之の予想以上の反応に、父娘は少し意外な顔をする。
「シンって、実家住まいだよね?」
「そうなんですけど、母は料理非常に苦手で」
「姉も料理よりデザインですから。 コンビニやスーパーのお弁当が多いんです」
「そうなんだ~」
「シン、栄養バランス、気を付けるんだよ」
詩奏が少し心配する。
「野菜ジュース飲んでますから〜」
笑顔の信之。
『ヤバい食生活の家の典型だな......』
そう思い、顔を見合わせる父娘であった。
食後。
再び璃玖が、コーヒーマシンでコーヒーを2人分淹れて、テーブルに置く。
詩奏がギターを持って来て、演奏を始める。
「いつも、こんな感じなのですか? 部長、贅沢ですね」
「普段は夜だけどな。 ビールかワイン飲みながら、聴かせて貰っているよ」
「シンも、あの子の心を射止められたら、同じ様なことが出来るぞ~」
璃玖に耳打ちされる信之。
そして、顔を少し赤らめている様子に気付いた詩奏は、
「お父さん。 勝手にまだ高校生の娘の結婚相手を決めない!!」
だいぶ不満そうな顔をしたが、急に何かを思い出したようで、
「3週間の海外出張にお供させた2人の社員は、その後変わった?」
と質問をした。
すると、
「だいぶ変わったよな? 海野君」
「はい。 あの時、世界を周りながら、皆さんが一つのものを最上に、そして完璧に作り上げようという熱い情熱が、自分を少し変えた様な気がします」
「だそうだよ」
「上司の目から見てどう?」
「受動的だったのが、能動的になったと思うよ」
「難しい言い方しないでよ。 受動とか能動とか......」
「自発的に動くようになったって言うことだよ」
「ミレちゃんも?」
「本庄さん?」
「そうだよ。 本庄さん、どうかしたの?」
「彼女は今、会社休んでいるよ」
「うそ......海外出張中、元気いっぱいだったよ。 どうして?」
すると、信之は、
「彼女は、うちの会社でも指折りの美人さんですよね? 会社のイケメン先輩に見初められて、入社して1年位で結婚したのですけど、最近旦那さんと上手く行って無かったんです」
「そして、詩奏さんや僕と3週間の海外出張中の美嶺さんが居ないタイミングをチャンスと見て、その旦那が酷い噂を流しまくったみたいなのです。 婿養子に入った本庄家の悪口迄流す始末で......」
「同じ会社内だからな。 色々噂もされて、辛いのだろう。 旦那が保身を図って、自分に都合の良い言い訳を社内に流しているから」
「その旦那、社内でも有名な遊び人なんだよ。 大学卒業後1年で結婚だったから、見極め出来なかったんだろうね。 そういう部分を」
「ひどいね~。 男って、ほんと自分勝手」
思わず本音を言って怒る詩奏。
目の前に座る男2名は、少し小さくなって顔を見合わせる。
その様子に気付き、
「お二方は、そういうタイプの人では無いと、私は思っているから大丈夫だと思いますが......」
「なんで、今の言葉に、テンテンテンが付いている? 詩奏は、お父さんのことをそういう目で見ていたのか? 信じられない......」
「思ってません。 大好きです」
最愛の娘にそう言われ、嬉しそうな璃玖。
『部長も、娘さんには、超甘甘でデレデレだね』
ほんわかしている父娘の会話を聞かされる信之であった。
暫く、ギター演奏を聞いてから、お暇した信之。
駅まで見送ってから、璃玖は詩奏に、
「どうだった。今日は」
「モヤモヤがスッキリした。 お父さんありがとうね」
「シン君のことは?」
「わかんないなあ~。 『今日はイイな~って思ったけど、明日見たら、やっぱり違うかな?』っていう感じだね。 まだそれくらいの存在。 人の心ってそういうものでしょ?」
「そうかもな」
「一つ言えるのは、今、私の心の大半を占めているのは璃玖さんってこと」
そう言われた璃玖は、少し顔を赤らめながらも、別の心配も有って、ちょっと複雑な表情をするのであった。
この日の話題で、詩奏が心配していた本庄美嶺は、直後に旦那の浮気が原因で離婚し、会社に退職届を提出した。
旦那に、事実と逆の噂を流されてしまい、心に大きな傷を負ってしまったからだ。
しかし、璃玖は退職届を一旦預かりとし、経営陣に善処を求めたところ、先ず虚偽の噂を流して自己保身に走った男性社員の処分を優先することになった。
弁護士の調査結果をもとに、事情聴取の結果、虚偽の噂を流して、本庄美嶺の信用を失墜させた事実を渋々認めた為、主任から平社員に降格の上、九州支社への異動を命じることとなった。
その後、改めて本庄美嶺自身の意思を確認したが、退職の意向は変わらなかった。
そこで、アメリカの重要子会社SNtechへの永久転職を打診した。
彼女がそれを受け入れた為、この件はその様な形で結論をみた。
詩奏は、その結果を聞いて、的確で温情ある措置をした父を誇りに思うのであった。
翌週。
とある日の放課後。
結唯が詩奏に、
「この間、話に出た、ドラムとベースの件、今日時間ある?」
「大丈夫だよ」
「よし、じゃあお願いね。 いつも来ている部員には話しをしてあるからね」
「うん、わかった」
初めて入る、部室という場所に緊張する詩奏。
結唯がドアをガラガラと開ける。
「オッス」
「部長、こんちわー」
「あれっ、その子は?」
「入部希望者?」
「うちにそんな子居るわけないよ? しかも6年生(中高一貫なので。高3のこと)だぞ」
「この子は、この間話しをした子だよ。 音楽科からの転校生の」
「ああ、文化祭手伝ってくれるという子ね。 部長と同じクラスの」
「教来石詩奏です。 よろしくお願いします」
「詩奏、ここに居る3人を紹介するね」
「私達と同じ学年の秋山愛海さん。 ピアノ経験者ね」
「こちらの2人が高2の中条大海君と黒田拓海君で、中条君がベース、黒田君がキーボード」
「よろしく〜」
「先輩カワイイから5年でも有名だよ。 彼氏居るの?」
「居ないですよ。 今は作る気無いんです」
「受験生だから当たり前だろ?」
「こら。 助っ人を困らせちゃダメでしょ?」
「はーい」
「とりあえず、ドラムとベース準備してあるけど......」
「ベースからやろうか?」
お手並み拝見という感じの3人の部員。
詩奏のベースもドラムも、流石にそこそこ出来ているが、あくまで一応というだけのレベルでしか無かった。
「ごめんね~、大した腕じゃなくて」
「いや、うちの部員でドラム叩ける人居ないから、そっちでお願いしようかな?」
「わかった。 まあ、あとは部員の方達と相談して決めてよ。 いきなり部外者が来たって、あまりいい気分しないでしょ?」
詩奏がそう言うと、3人は図星という顔をした。
「ほら、結唯。 皆さんの本音はそうだってさ」
詩奏がイタズラっぽい笑顔を浮かべる。
「部長だけ突っ走っても、イイ演奏は出来ないよ。 よく相談して決めてね」
「皆さん、お邪魔しました〜」
そう言うと、詩奏は結唯に、図書室に行くと言って、音楽部の部室をあとにしたのであった。
「詩奏ちゃんか〜。 ちょっと取っ付きにくい感じを纏っているけど、目の前で見るとカワイイなあ~」
「部長の親友の深月先輩に匹敵だな」
「演奏はともかく、あの先輩の笑顔があれば人が集まるよ」
「で、先輩ああ言ってたけど、部長どうするの?」
「みんなの意見は?」
「曲次第じゃない? 必要ならお願いしても俺達はイイと思うよ。 な拓海」
「うん。 お近付きになりたいし」
「私は、反対かな。 だって音楽科出だって言っても、ドラムもベースもそれ程でも無い感じだし、だいいち今更でしょ? 私と部長は6年間一緒で、2人の海君達も5年間一緒にやっているんだから、4人でやるべきだと思う。 私達が卒業したら、この部人数不足で廃部になるんだよ......」
「......」
「結唯が詩奏ちゃんと仲良いの知っているし、それにあの子本当はピアノが専門でしょ? 私もピアノずっとやっているから、手見れば分かるよ。 あの子のピアノの腕前がスゴイってことも」
「でも、あの子がピアノ演るって言わないのは、1人だけ上手くても、多人数で演る音楽としてはダメだと知っているからなんだよ。 一番大事なのは調和だから......」
「わかった。 ちょっと私一人で突っ走っちゃったね。 もう少し考えてみるよ」
結唯は、再考を余儀なくされるのであった。
図書室に向かった結唯。
詩奏は、勉強をしている。
その横に座り、ため息をつきながら、同じ様に勉強を始める。
その横顔をチラッと見ながら、詩奏も勉強を続ける。
深月と合流後、帰り道で、
「結唯、秋山さんだっけ?に言われたのでしょ? 部外者は必要無いんじゃないって」
「当たり。 詩奏がピアノ専攻だと見抜いていたし」
「みんなのレベルが大体揃っていないと、ダメだよって怒られちゃった。 音楽は調和だって」
「その通りだね。 だから私も文化祭迄一緒に練習出来そうな楽器を選んだんだけどね」
「そうなの? そこまで考えてくれていたんだ」
「部活っていうものを、少し体験してみたかったなあ~。 みんなと一緒に少しずつ練習して上手くなるっていうところに惹かれていたの」
「えっ、待って。 本気なの?」
「もちろん。 文化祭の本番だけ参加して終わりっていうつもりは無いよ」
「うーん。 もう少し結論待ってくれるかな? 愛海も詩奏がそこまですると思っていないだろうから」
「OK。 ただ毎日練習は無理かな? うち父子家庭だから、週2〜3回ね」
翌日の放課後。
結唯はもう一度部員と話し合いをしていた。
「詩奏のことだけど、助っ人っていう私の言い方が悪かった。 文化祭迄の体験入部ってことならどう?」
「......」
「昨日も言ったけど、5年の俺達2人は反対しないよ。 今まで頑張ってきた部長の最後の花道だから、部長のやりたいようにして欲しい」
「愛海。 ダメかな?」
「詩奏、父子家庭だから、毎日は出来ないけど、隔日なら練習にも参加するって言っているし」
「......」
「少し考えさせて」
音楽部で演奏が一番上手なのは、秋山愛海であった。
それは中1の入部の時から、ずっと変わらないポジション。
それが変わってしまうかも。
彼女は、この数名しか所属していない部活という非常に小さな世界において、トップという位置を維持し続けて卒業したかったのだ。
でも、結唯の言っている意味も理解していた。
昨年の文化祭は感染症で縮小開催であったが、それでも7人居た。
先輩3人が卒業して、今年は4人。
しかも、愛海と拓海の演奏楽器が被っている。
部長の結唯も出来るのがサックスということで、非常に選択肢が狭い。
「......」
愛海は10分以上考えてから、小さな声で、
「やってみようか。 5人で」
と言い、ついに承諾したのであった。
結唯は急いで、詩奏を呼びに行った。
そして、
「今年の文化祭は、廃部前音楽部の最後の晴れ舞台です。 だから、5人で有終の美を飾りたいと思います」
パチパチパチ。
やっとメンバーが決まったのであった。
「部長、曲をどうしようか?」
高2の2人がその提案をした時に、
「その前に、教来石さん。 本気でピアノを一曲弾いて欲しい。 それを聴いたら、私の気持ちの整理がつくと思うから」
「愛海......」
「......」
黙って、ピアノの準備を始める詩奏。
そして、ショパンの革命のエチュードを弾いたのであった。
シーンとする部室内。
「詩奏、ごめんなさい。 ピアノは弾かないという約束だったのに......」
結唯が謝罪する。
「もう弾かないよ、絶対に。 それは秋山さんの演るべきものだからね」
詩奏は笑顔で言うと、置いてあったベースを手に取り、適当なエレキ音を出して、文化祭に向けて先へ進むよう、部員の気持ちを催促するのであった。
その後、めいめいが自分の楽器の練習を始めたが、詩奏のドラムが昨日と比べても、思った以上に酷かったので、
「先輩〜。 そのレベルじゃあ、文化祭に間に合いませんよ~」
と言われてしまう始末。
「これぐらいで良いのよ。 今の時点ではね」
強がりを言う詩奏。
「ちょっと、不味いんじゃない?」
結唯も指摘する。
「私、リズム感イイから大丈夫。 間に合うよ」
笑いが起きる部室。
「愛海〜。 気持ちの整理付いたの?」
結唯が尋ねる。
「やっぱり、音楽科って凄かった」
呟く愛海。
「愛海〜。 何言ったのか聞こえ無いよ」
「私、音楽科の落ちこぼれだよ~。 本物の連中はもっと凄いよ~」
愛海の呟きが聞こえた詩奏が答える。
「本当に?」
確認する愛海。
「私も挫折したの。 才能の差を感じてね」
「クラシックの世界は、そういう人達に任せて、普通人は、音楽を楽しめば良いんだよ」
そう言うと、リズム良くドラムを叩き始める。
「おっ、ちょっと調子出て来た?」
結唯が嬉しそうな顔をしながら、詩奏に確認する。
「だから言ったでしょ?」
「結唯、秋山さんと相談して早く曲決めてね。 みんな練習出来ないよ」
帰り道で。
「結唯、部員に詩奏を受け入れて貰えて良かったね」
深月が、結果を聞いて、その様に言う。
「まあね。 2年の2人は大丈夫だと思っていたけど......」
「詩奏、本当にごめんね。 ピアノ演奏しない約束をいきなり破らせることになっちゃって」
「瞬間の出来事じゃない? 気にしないで。 あれぐらいなら、演奏したうちに入らないよ」
「深月、部活はいつ迄?」
「今月で終わりだよ。 最後の定期対抗戦で高3は引退だから」
「そっか〜。 その定期対抗戦はいつ?」
「来週末」
「いよいよ部活も終わりか〜。 大学で運動部に入る様な人達を除けば、人生最後の部活動なんだね」
「そういう言い方を聞くと、なんだか人生の最初の節目って感じがするね。 高3って」
「うちの学校はみんな進学だけど、全国的で見れば、高校を卒業した半分くらいの人達は、社会人になるのだから、そう考えると、もっと自分の人生を真剣に考えないとダメかなって思っちゃうね」
「詩奏はどうするの?」
2人の話を聞いていたところ、急に振られたので、答えを全く考えていなかった詩奏。
少し考えながら、
「私は今が幸せだから、あまり深く考えてないよ、特に」
「それに、意外と早く結婚しちゃっている様な気がするんだよね」
「もしかして、相手居るの?」
「居ないけど......でも、私の人生そうなる予感はあるね〜」
「だから、今こうして、2人とお喋りしている時間をしっかり楽しもうと思ってる」
「そういうのも大事な時間かもね」
「登下校のお喋りタイムも、高校卒業したら無くなるのだから......」
「そうだね......」
感慨に少しふける3人。
短い沈黙の後、
「じゃあね~深月」
「結唯、詩奏、また明日〜」
「ばーい」
深月の自宅の手前の分かれ道で、いつも通り別れる3人。
この様な時間も、あと数ヶ月。
卒業したら、二度とこの時間は戻って来ない。
だから、今を一歩一歩噛みしめておきたい。
詩奏は、そんなことを思い抱きながら、結唯と一緒に駅へと歩みを進めるのであった。