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第6話 高3・夏篇(その4)

その3の続きです。


 8月19日の夜。


 璃玖はHN田空港の国際線ターミナルに居た。

 待人は、最愛の娘『詩奏』。

 既にLA発の便は、空港に到着しているので、入国ゲートから出て来る人を注意深く見守る。


 暫く待っていると、後ろから突然抱き着かれた。

 詩奏であった。

 どうも、既に出て来ていたのを見落としてしまったようだ。

 サングラス姿だった詩奏。

 その見慣れ無い姿が原因で、父は見落としたらしい。


 「璃玖さん、ただいま」

 「詩奏、お帰り......」

 少し涙声の璃玖。

 「お父さん、寂しかったんでしょ? 嬉し泣きする位だから」

 「彩陽が亡くなってから初めてのことだったんだぞ。 それに、詩奏に何か有ったらと思うと......」 

 母が亡くなってから初めて、3週間も逢わなかった父娘。

 璃玖は相当寂しかったようだ。


 HHD社の人達も続々集まって来た。

 「娘さんを長くお借りしました」

 長尾祐香が、璃玖に挨拶をする。

 「こちらこそ、思い付きの様な企画から、ここまでやって頂き、ご迷惑お掛けしました」

 「あまり時間が無いので、週明けにはクライアントの役員様達にも、本放映用映像を最終確認頂ける様に致します」

 「よろしくお願い致します」


 「横田さん、ありがとうございました」

 「詩奏ちゃんも元気でな~」

 「チーム長尾の面々の方々、本当にありがとうございました」

 「詩奏ちゃん、ありがとうね~。 また誰かの何処かのライブで会いましょう」

 「楽しかったです。 お疲れ様でした〜」

 「クライアントの若き研修者達、頑張れよ~」

 「本当にお世話になりました」

等々諸々の挨拶が交わされ続け、あちらこちらでハグや握手も続いたのであった。


 「完成したら、詩奏ちゃんも確認する?」

 「私はいいです。 CM放映迄ドキドキすることにします」

 「勉強ヤバいし、ピアノの練習もちょっと力入れないと」

 「分かったわ。 今から普通の女子高生に戻るってことね」

 「それでは。 次はミサキさんの事務所で」

 「お疲れ様でした」

 「祐香さん、ありがとうございました」


 「教来石部長。 色々とありがとうございました」

 「貴重な経験となりました」

 海野信之と本庄美嶺が、約3週間一緒に過ごした一同との別れで、少し感激の涙を浮かべたまま、研修修了の挨拶をする。

 「礼は、週明け課長に言ってくれ。 発案者は土屋課長だから」

 「それに2人共、疲れただろ? 今日は早く帰った方が良いぞ」

 璃玖は、その様に指示すると、2人は頭を下げて帰宅して行った。


 みんながそれぞれ、次の目的地へと旅立って行ったことで、静寂が訪れた璃玖と詩奏の周囲。

 「さて、我々父娘おやこも家に帰ろうか?」

 「そうしようね。 リムジンバスで良い? 疲れたから、電車の乗り換え面倒〜」

 詩奏はそう言うと、早速リムジンバスの券売機に向かうのであった。

 バスに乗ると、直ぐに詩奏は璃玖に寄り掛かって爆睡。

 「お疲れ様〜、詩奏。 本当に頑張ったね。 ありがとう」

 璃玖は心の中で感謝を述べると、優しく頭を撫でるのであった。


 帰宅後。

 詩奏は、色々と掃除状況を確認する。

 「まあまあって言うところだね。 一応合格点です」

 「結構、力入れて掃除したぞ~。 先週の土日に集中して」

 少し不満気な璃玖。

 「お父さん、今日は迎えに来てくれてありがとう。 重い荷物も持って頂き、非常に感謝しております」

 「明日は、詩奏の誕生日だから、ちょっと美味しいもの食べに行こうよ。 もう予約してあるから」

 「お父さん、ありがとう。 期待してるね」

 「そこまで言われると、プレッシャー感じるなあ」

 

 「そう言えば3週間の旅、どうだった?」

 「行ったことの無い場所ばかりだから、凄かった。 感動の連続だったよ」

 「私が対象の撮影も初めてだったから。 色々な体験も出来たね。 もう二度と無いだろうけど」

 「そう言えばチンチクリン君は、どうしてた? 土屋課長の言いつけ守っていた?」

 「本当に融通効かない人だよね~。 今度は逆に言いつけ守り過ぎ。 『荷物持って』って言わないと、私の荷物持とうとしないし、『私と会話してイイヨ』って許可しないと、一言も話そうとしないし」

 「まあ、超マジメって言うことだけは、わかったよ」

 「本庄さんとは仲良くなった。 『しおん』『みれ』の仲だよ」

 「そうか、そうか」

 そう答えた璃玖。

 この時、一つ感じたことがあったが、この時にはまだ話さなかったみたいだ。


 詩奏はその後、溜まった洗濯物を洗濯機にぶち込んでいた。

 「お父さん、今夜だけは終わるまで洗濯物に近付かないでね。 少し臭うから......」

 璃玖が歯磨きをしようと、洗面所に近付くと、

 「ダメ〜。 今は侵入禁止」

 「歯ブラシ取るだけだよ」

 「少し我慢して、お願い〜」

 仕方無くリビングに戻る璃玖。

 直ぐに歯ブラシは、詩奏が持って来た。

 「そんなに、洗濯物臭うのか?」

 「ちょっとヤバいくらい〜」

 「愛娘の匂いなんだから、気にしないよ、俺は」

 「恥ずかしいから〜。 それに『匂い』じゃなくて『臭い』だよ。 漢字だと」

 「......」

 「......」

 笑い始める璃玖。

 「漢字の違いがわかるなら、赤点脱出も出来そうだね」

 「私、日本生まれだよ? 不本意な言われようだけど......」

 『誰かと会話が出来る、我が家が一番だな』

 教来石家では詩奏が帰ってきて、ほんわかとする様な会話が続き、夜は更けてゆくのであった。


 翌日。

 8月20日は、詩奏18回目の誕生日である。

 この日の朝ごはんの準備は、父が行っていた。

 いつもより、だいぶ豪華な朝ごはん。

 珍しく、和食の朝食だが、これは暫く海外に居て、和食を食べたくなっているだろうという、璃玖の気遣いからである。


 準備が完了しても、起きて来ない詩奏。

 「仕方無いなあ~」

 璃玖はそう呟きながら、詩奏の部屋をノックする。

 反応無し。

 ドアを開けても、起きる様子は無い。

 「詩奏。 朝ごはん出来たよ。 起きて」

 声を掛ける父。

 ようやく、少し反応があったが、また寝てしまう。

 体を揺すると、やっと起きる。

 「もう朝〜。 お父さん、おはよう......」

 寝ぼけ眼で、呟く様に挨拶する詩奏。

 酷い寝相で、片胸が見えている。

 「詩奏、見えているぞ」

 「何が......」

 「胸が」

 すると、自分の体を見る詩奏。

 「ゴメン。 いつも寝相悪くて......」

 そう言いながら、ダボダボのTシャツを直す詩奏。

 「朝ご飯出来ているから、待っているぞ」

 そう言いながら、璃玖は部屋を出る。


 味噌汁を温め直していると、髪だけとかして束ねてポニーテールにした短パン姿の詩奏がリビングダイニングに現れた。

 「お父さん、改めておはよう〜」

 「詩奏、おはよう。 誕生日おめでとう」

 「ありがとう〜」

 「誕生日の朝からお見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

 「いや〜なに。 ありがたいものを見せて頂き、光栄です」

 「寝相悪いのは、お父さんに似たから仕方無いね」

 「全くだね」


 お互い寝坊して起こされる時、非常に寝相が悪く、特に薄着の夏は大事なところが見えてしまうのも日常茶飯事の教来石家。

 普通の家庭なら大騒ぎするところだが、慣れきってしまっていて、最早大きな反応はしない2人。

 

 テーブルを見た詩奏は、

 「今朝はスゴイね~。 朝から随分品数揃えて。 旅館の朝ごはんみたい」

 「長期の海外出張から帰国されたお嬢様の為に、前日から準備させて頂きました。 お口に合うかどうかわかりませんが」

 「早速食べよ〜」

 「頂きます」

 「いただきます」

 たった2人の食卓。

 『2年前の食卓には、彩陽が居て、音楽事務所の人達も居て、詩奏の誕生日は賑やかだったなあ~』

 璃玖は、そんなことを思い出してしまい、成長した娘の姿と相まって、少し涙が滲んでしまう。

 「お父さん、美味しいよ」

 「って、涙出てる。 何かにつけて、昔を思い出してしまう私達、なかなか完全には立ち直れ無いね」

 「でも、忘れるのは、もっと嫌だろ?」

 「うん。 もちろん」

 父の涙を見た詩奏も、賑やかだった自身の誕生日のとある日のことを思い出してしまうのだった。


 「あれ、この味食べ覚えがあるような......」

 「わかった。 半分くらいTS屋のデパ地下で買ったでしょ?」

 「わかっちゃったか〜。 家に帰って1人だと、なんだかやる気が出なくてな」

 「そんなもんだよ。 私も1人暮らしだったら、ズボラな自信あるもの」

 「そんなに胸張って言うことじゃないだろ?」

 「人って、誰かの為に料理するから、頑張って幾つか品数作るんだよ。 自分の為だけだったら、3日持つ一品しか作らないよね?」

 「そうかもな。 俺もこの3週間、大量に作った一品を2日おきにだけだったよ」

 「やっぱりー」

 「向こうのご飯は、飽きただろ?」

 「ホテルの朝食ブッフェ、何処行っても大概似たり寄ったりで、ちょっと飽きたね。 そう考えると日本のホテルの朝食ブッフェってスゴイよね? 特色出そうと努力しているから」

 「ホテルと言えば、お父さん、夏休み取ったの?」

 「いや、取って無いよ」

 「取らないの?」

 「来月取ろうかなって思っている」

 「じゃあ、来月の三連休で、何処か行こうよ」

 「詩奏、勉強は?」

 「だから、三連休だけ」

 「CMの評価と反響次第だな」

 「えー。 それは無いよ〜」

 「私、女優さんでも、モデルさんでも、アイドルでも無いんだよ」

 「わかったわかった。 今回、頑張ったから、ちゃんと考えておくよ」

 「やった~」

 その様な会話が続く朝の食卓。

 2人だけの割には、結構賑やかなのであった。


 その後、詩奏は海外出張中、殆ど弾けなかったピアノの練習をずっと行っていた。

 仕事だったので、少しは弾いていたが、3週間のブランクは大きいようだ。

 お昼前になって、リビングに戻って来た詩奏。

 浮かない表情だったので、気になった璃玖は、

 「どうかしたのか?」

と確認する。

 「やっぱり3週間も空くとダメだね。 指の動きが悪くて......」

 「でも、ピアノで飯食っていくつもりは無いんだろ? 将来」

 「お母さんから、大学卒業迄はピアノサボっちゃダメだよって言われていたんだ。 何か理由が有るらしいんだけど......」

 「お母さんのことだから、天国からでもサプライズを用意しているんだと思う。 だから、ピアノを弾ける状態だけは維持しなきゃね」

 「そっか〜。 それじゃあ致し方ないな」

 「今日の誕生日食事会は、ランチだからな。 C味SっていうKW市では老舗の中華だよ」

 「へー。 初めて行くよね?」

 「詩奏は初めてだな。 俺はこの街出身だから、閉店する前の店には何回か行ったことがあるけど」

 「それで帰りに、ケーキ買おうな」

 「はーい。 日本のケーキ久しぶり〜」

 「向こうのは甘過ぎて...... 太りそうだから、一回しか食べなかったよ」


 誕生日食事会が終了し、ケーキを買って帰って来た璃玖と詩奏。

 「お父さん、美味しかった、ご馳走様でした〜。 夕ご飯は私が作るからね」

 「それまで、ちょっと勉強しているね」

 「おー、わかった。 俺もちょっと仕事するよ。 少し英会話の勉強もな」

 「了解」


 その日の夕方。

 詩奏は、二度目のピアノ練習を終えてから買い物をし、久しぶりに夕ご飯作りをしていた。

 『やっぱり、誰かの為に作るゴハンって良いな~』

と思いながら。

 新曲を鼻歌で歌い、手際よく作るその姿は、すっかり板についている。

 仕事と勉強を終えた璃玖がリビングダイニングに来て、ソファーに座りながら、その姿をちらりと見る。

 容貌は、璃玖と似ている詩奏。

 『いつか、この姿が見れなくなる日が来るのか〜』

 そう思うと、だいぶ寂しさを感じる。

 『しかし、ほんと俺そっくりだな~』

 そんなことを考えながら、ワインとグラスを取り出し、日没前からの早い晩酌を始めるのであった。


 夕食後。

 「詩奏。 はい、誕生日プレゼント」

 璃玖はそう言うと、小さな包みを渡す。

 「開けてイイ?」

 「どうぞ」

 包みを開ける詩奏。

 中身は、某高級ブランドのペンダントであった。

 おそらく数十万円もする......

 「カワイイ〜。 着けて見てもイイ?」

 「もちろん」

 鏡を持って来て、着けてみて確認する。

 相当気に入った様子であった。

 「お父さん、ありがとう。 これ高かったのでしょ?」

 「普通は、ある程度年齢いった社会人が恋人にプレゼントするものだからな」

 「18歳は、法律が変わって、大人として扱われる年齢。 だから、詩奏にも大人としてのプレゼントをしたかったんだよ」

 「それに、娘としてだけじゃなくて、俺の為に彩陽の代わりも一生懸命にしてくれて、本当にありがとう」

 璃玖は涙ぐみながら、普段の感謝も述べた。

 「お父さん、最近泣きすぎだよ。 ありがとうね」

と言いながら、嬉し涙を見せるのであった。


 少し落ち着いてから、

 「そうだ、私もお父さんにお土産あったんだ」

 そう言うと、自室に戻って何かを持って来る。

 「はい、お土産だよ」

 「開けるよ」

 「どうぞどうぞ」

 それは、ネクタイとネクタイピンであった。

 「似合うと思うから、使ってね~」

 「私のセンスだから、間違いないでしょ?」

 「そうだね。 早速月曜日から使うよ」

 「私も登校日だから、いつも通りだけど、一緒に駅まで行こうね。 やっぱりネクタイが似合っているか、外でも確認したいからさ」

 「わかった。 寝坊するなよ」

 「明後日は大丈夫だよ。 今朝は海外出張疲れだったの」

 そんな会話を続ける2人。


 暫くすると、詩奏がギターを持って来て、新曲を奏で始めた。

 その音色と歌声は、18回目の誕生日を無事迎えられたことを、亡き母に伝えようとしているようであった。



 月曜日。

 この日は、夏休み最後の登校日。

 1回目の登校日の詩奏は、海外出張に出ていたので、璃玖が学校に休みの届け出をしていた。

 附属高と異なり、学園高は基本アルバイト禁止なので、附属高の時から続けている仕事の関連で休むというキチンと理由を記載した届け出をしていた。


 詩奏は璃玖と一緒に家を出た。

 そして、駅まで歩く父の姿を確認する。

 納得の表情の詩奏。

 「お父さん、ネクタイ似合っているね~。 流石、私」

 「それじゃあ、お父さんいってらっしゃーい」

 結唯と合流した詩奏は、手を振って私鉄の改札に向かう。

 「結唯、久しぶり〜」

 「1日はゴメンネ~」

 「登校日なんて、結構休む子多いから気にする必要無いよ。 1日来てたの6割ぐらいだったから」

 「そうなんだ〜。 意外〜」

 「大半は、勉強で休んでいるんだと思う。 だって、通学時間勿体無いでしょ? 学校も大した授業やらないんだし」

 「高2迄は、家族旅行でのサボりなのだろうけどね」

 「結唯は、受験勉強進んだ〜」

 「結構、勉強しているよ。 詩奏はやって無いんでしょ?」

 「バレた〜」

 「だって、日焼けしているよ」

 「ははは。 ちょっと音楽科時代していた仕事の残りが発生しちゃってね。 もう終わったけど」

 「音楽科って特殊だものね」

 「うん。 海外のコンクール受ける為に長期休み取るとかは、当たり前だし」

 「そうなんだ」

 「夏期講習は、まだ行っているの?」

 「先週迄で終わり。 もう残り10日だものね、夏休み」

 「結唯は、何処も行かないのでしょ?」

 「うん。 予定は無いよ」

 「そっか〜」


 その後は、勉強を始める結唯。

 詩奏も参考書を出しながら、電車内の様子を見渡す。

 日焼けした人も目立つが、全体的に夏休みは終わったという雰囲気が出てきている。

 「世間は、もう夏も終わりっていう感じだな~」

 そんなことを考え、少し物悲しさを抱きながら、学校へ向かう。

 徒歩の途中で深月と合流。

 「深月、おはよう〜」

 「結唯、詩奏。 おはよう〜」

 「詩奏、先月はありがとうね~。 お母さんの無理な誘いに付き合ってくれて」

 「ううん、別に無理っていうわけじゃ無かったよー」

 「何かあったの?」

 事情を知らない結唯が尋ねる。

 「先月、詩奏がうちでピアノ弾いてくれたの」

 「え〜、ズルい。 私も聴きたかった~」

 「少し状況、端折り過ぎじゃない?」

 「補習の帰りに、偶然柚月さんに出会って、そういう流れになっただけだよ。 『少し涼んで行ったら?』って誘われて」

 「また聴きたいな~。 詩奏の演奏と歌声」

 「スゴイよね~、あの歌声。 ミサキより上じゃない? バラード歌った時の詩奏って」

 「音楽科時代、歌手としてデビューの話無かったの?」

 「無い無い。 でも、前に話しをした通り、契約は結んでいるから、プロって言えばプロだよ」

 「そうだったね。 その契約っていつ迄?」

 「来年の3月31日午後11時59分59秒迄」

 「延長するの? その契約」

 「しないよ。 来春で終わり」

 「そっか〜」

 その様な会話をしながら、学校に到着。


 するとホームルーム後、学校長から呼び出される詩奏。

 少しざわざわするクラス内。

 担任と一緒に職員室に行くと、学校長との面談であった。

 校長室に通される詩奏。

 「まあ、そこに座って」

 「はい」

 「お父様から提出されていた就労許可願いだけど、その許可書類を渡そうと思ってね」

 学校長は、そう説明すると、目の前に1通の書類が出された。

 「附属高からも入学時に許可証が出ているからね。 系列校である以上、出さないわけにはいかないから」

 「音楽活動を再開したとのことだけど、注意事項として、学校にマスコミの取材が入ったり、他の生徒に影響が出る様な事態だけは避けて欲しい。 ウチは附属高と異なり、ただの普通の進学校だからね」

 「わかりました。 許可頂きありがとうございます」

 そう短く詩奏は答えると、学校長室をあとにした。

 担任の山本先生は、詳しい事情を知りたそうな顔をしていたが、詩奏は、

 「先生。 私の音楽科時代からの活動については、世間に公表して居ません。 詳細は少数の関係者しか知らず、契約上、先生にも音楽関係の活動だということ以外、お教えすることは出来ません。 ごめんなさい」

 「そうなのか。 悪かったな、知りたそうな顔してしまって」

 「いえ。 教室に戻りますね」

 教室に戻った詩奏を見て、一部のクラスメイトは呼び出しの理由を聴きだそうとして、質問を繰り返すも「ちょっとね......」以外に、詩奏は答えようとしなかった。


 放課後。

 朝、呼び出された理由を知りたそうな結唯と深月の雰囲気を察する詩奏。

 でも、尋ねちゃ悪いと思って、気を遣ってくれているのも感じていた。


 『回想

  「教来石さん、なんで呼ばれたの?」

  「ちょっとね。 大したことじゃないよ」

  「じゃあ、教えてくれても良いんじゃない?」

  「......」

  「なに、人に言えないことなの?」

  「何やらかしたのよ~」


  「ちょっと。 別に何か悪いことした訳じゃないでしょ?詩奏は」

  「それなのに、勝手に決めつけて、そういう聞き方、酷いんじゃない?」

  「誰だって、言いたくないことの1つや2つ有るでしょ?」

  「貴方達、ただのクラスメイトに、そのことを尋ねられたら、教えるの? 教えないでしょ?」

  「深月、結唯......」

  「はい、散った散った~」』


 「朝の件だけど、ありがとう〜」 

 「当たり前のことをしただけだよ。 詩奏と一度も話したこと無いくせに、こういう時だけ、親しげに接して来るああいう奴等、大っ嫌い」

 「人の不幸は蜜の味って言うからね。 でも今回のは不幸じゃないけど。 2人は知りたくないの?」 

 「好奇心は有るよ。 でも、尋ねちゃいけないこともわかっている」

 「例の契約関連でしょ? 夏休み中、海外に長く行っていたみたいだし、それぐらいは察しがつくよ。 だから、詩奏が話せないのもわかる」

 「......」

 

 「そうだ、深月のおうち、寄ってイイ? ピアノ借りたいんだ」

 「大丈夫だよ。 今日はママ居ないけど良いの? 夫婦旅行だから」

 「私の口からは何も話せ無いけど、2人を信頼しているから、ヒントを出しておこうと思って。 もし正解が分かっても、卒業迄は2人の心のうちに留めておいて。 絶対にね」

 「このまま、モヤモヤしているのも、良くないから」


 深月の家に着くと、詩奏はグランドピアノの準備を始めた。

 そして、ピアノを演奏しながら、歌を歌い始める。

 RYUの曲だ。

 発表済みの3曲を、歌詞をスマホで見ながら、結唯と深月も一緒に歌う。

 そして、4曲目。

 2人にとっては聴いたことの無い曲。

 それを詩奏が歌っている。

 黙って聴く2人。

 なんだか、涙が出てきてしまう。

 最後、理由は良くわからないが、悲しさと希望を感じて、号泣になってしまった。

 弾き終わると、詩奏は、

 「彩陽のことを少しでも知っていると、どうしても涙が出てしまうこの曲。 これは彩陽が最期に作った曲なの」

 「2人共、彩陽の高校時代のビデオを見ているし、柚月さんから話を聞いているからね」

 そう説明すると、

 「はい、今日はこれで終わり」

 「......」

 「この曲がヒントなんだね?」

 質問されても、何も答えない詩奏。

 ただ口に指を当てて、「しーっ」と言うだけであった。


 深月の家を出て、電車で一緒に帰宅する結唯と詩奏。

 結唯は、さっきの曲について、色々尋ねたいことがあったが、ぐっと我慢する。

 「詩奏、ありがとう。 本当は言いたくないことを、ヒントだけでも、教えて貰って」

 「来月になれば分かるよ、きっと」

 詩奏は、追加でヒントを出すと、卒業迄、この話題に触れることも答えることも一切無かったのであった。



 8月最終週。

 いよいよ夏休みも終わり。

 先週末に祐香から『全部無事に終わり、放映を待つだけになったよ』とのメールを貰い、一安心した詩奏。

 夏休み最終日のこの日は、都内M田の事務所に向かった詩奏。

 翌日にRYUの最終曲のダウンロード発売と、コラボのCM放映開始が有るので、音楽事務所を訪れたのであった。

 「おはようございます」

 「詩奏ちゃん、おはよう。 久しぶりね」

 「お土産ありがとうね。 わざわざ宅配便で送ってくれなくても良かったのに」

 「勉強とピアノがヤバくて、こっちに行けないから送らせて貰いました」

 事務所の人達との挨拶が続く。

 3週間海外に行っていた影響もあって、かなり間隔が空いてしまっていたのだ。


 社長室を覗くと、

 「詩奏。 随分久しぶりね~。 あまりにも久しぶりだから顔忘れちゃったわ」

と手厳しい挨拶をされる。

 社長のミサキと会うのは、2ヶ月以上ぶり。

 「私も社長の顔忘れていました。 少しお痩せになりましたか?」

 「あら、久しぶりに会話したら、小憎い言い方する様になっているとはね」

 「私は子供の頃からこの事務所に出入りしているので、社長やSAYAの薫陶を非常によく受けておりますから......」

 そう言うと、2人は笑い合う。

 「詩奏、お疲れ様〜。 色々大変だったでしょ? 祐香さんと璃玖さんから全部聞いたわよ」

 「何処でですか?」

 「CMの最終確認でよ。 Sケミカルの経営陣も感謝してたわ。 貴方が出演してくれたことと、担当者の不手際を全部挽回してくれたことに」

 「全部、彩陽の為です。 母の最期の曲ですから......」

 「彩陽も天国で喜んでいるわよ。 こんなに大きな形で最期の曲が発表されるのですもの」

 「それに今日は、事務所のみんなに挨拶したいんでしょ? RYUとして最後の挨拶を」

 「全部見抜かれちゃってるな~」

 「当たり前じゃない。 貴方は彩陽の愛娘だけど、未婚で子供を産めない年齢になった私にとっても、実の娘みたいなものなのだから」

 ミサキはそう言うと、机の上に飾って有る『彩陽、詩奏と自身が一緒に写る写真』を手に取り、ずっと見つめるのであった。

 

 「私も挨拶するからね。 それに詩奏の挨拶に、祐香さんだけじゃなくて、Sケミカルの方からも参列が有るから、ちょっと待ってて。 どちらももう直ぐ着くっていう連絡があったから」

 「わかりました」 


 暫くすると、社長のミサキが事務所の大半の従業員を一番大きな部屋に集める。

 HHD社の長尾祐香とSケミカルの海野信之もそこに居たのであった。

 チンチクリン君の顔を見て、『げっ』 という顔をする詩奏。

 その様子を、ミサキがニヤニヤして見ている。

 先ず、社長が、

 「今回、RYUプロジェクト最後の曲が発売になること、皆様のご協力無しには、成し得なかったと思います。 この場を借りて御礼申し上げます」

と短い挨拶をした。


 『ミサキさん、短すぎるよ挨拶』

と詩奏がミサキに目で合図するも、

 『詩奏に任せるわ』

と、合図を返されてしまった。


 仕方無く、詩奏が進み出る。

 「RYUのメインボーカルの詩奏です。 今回、色々なハードルが有り、未発表のまま、時だけが過ぎてしまっていた最終曲『◯◯◯◯◯◯』の発売に至り、ここに居る関係者皆様のご助力に、大変感謝致しております」

 「本来、RYUの発案者・サブボーカルであり、今回の曲の作詞作曲を手掛けたSAYAが健在であれば、挨拶を頂きたいところですが、一昨年の10月に持病の悪化で息を引き取り、故人となっていることから、それは叶わないものとなってしまいました」

 「私も、母であるSAYAの死に、大きなショックを受け、音楽の世界から一度離れる決意をしておりましたが、亡き母の遺したこの曲だけは、娘として発表する責任があるという結論に至り、一時的にミュージシャンとして復帰することになりました」

 「そしてついに、明日発売というこの日を迎えることが出来ました。 ミュージシャンとしてのRYUは今日をもって終了となりますが、曲は残ります」

 「また、明日以降、最長来春迄、この新曲がSケミカル社のイメージCM曲としてお茶の間に流れることとなります。 RYUの演奏映像と共にです」

 「皆様、もしこの新曲を気に入って頂けましたら、CMの放映期間中だけでも、ご贔屓にして頂けたら幸いです」

 「きっと亡き母、SAYAも喜ぶことでしょう。 皆様、本当にありがとうございました」

 詩奏の挨拶が終わると、事務所内は大きな拍手に包まれるのであった。


 挨拶終了後。

 祐香が詩奏のところにやって来て、

 「今日で引退なの?」

と悲しそうな顔で確認に来る。

 「RYUのボーカルとしては引退です。 明日以降、この曲を商業的に歌うことはありません」

 そう答える詩奏。

 「勿体無いよ~」

 「ダウンロード買って下さい」

 「もしかして、そういう戦略なの?」

 「ふふふ」

 「録音も録画も一切させないっていうことね」

 「スマホで超高画質高音質の動画が、何時でも何処でも録音録画出来る時代なので、敢えてそうさせて頂きました」

 「私、この音楽事務所の筆頭オーナーなので」

 「そうだった」

 「残りの高校生活を平穏に過ごしたいっていうのも有るんですよ。 下手に動画撮られて詮索されて身バレすると、学校にも迷惑掛けちゃうし」

 「そうだったね」

 「私は、この事務所には2週間に一度くらい来ていますので、また来て下さい」

 「わかった、また来るね」


 「そう言えば、海野君が詩奏ちゃんに挨拶したいって」

 祐香はそう言うと、社長室の前の廊下で待っている海野を手招きした。

 緊張した面持ちで、

 「失礼します」

と言って入って来る信之。

 「教来石さん」

 「詩奏でいいよ」

 「詩奏さん、私の適当過ぎる発案から、ご迷惑お掛けっぱなしで申し訳ありませんでした」

 「もう、それ何回も聞いているよ」

 「それで、今日は聞いてもらいたいことがあって来ました」

 「告白? だったら受けないよ〜」

 「違います。 ミュージシャン詩奏のファン宣言です」

 「???」

 「ファン第一号になります」

 「第一号は、彩陽」

 「では第二号に」

 「第二号は、璃玖。 第三号はミサキさん」

 「私は第三号なの?」

 「違います?」

 「いえ」

 「じゃあ第四号に......」

 「第四号は祐香さん」

 「......」


 結局、信之はファン第二十号となった。

 「ファンは、拒否出来ないですから」

 「仕方無いなあ~。 ただストーカーにはならないでよ」

 「はい」

 嬉しそうに返事をした信之。

 「それでは、失礼します」

 「明日からのCMで、皆様にご迷惑お掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」

 そう言うと海野信之は、嬉しそうに帰社して行った。


 祐香も帰社し、社長室に居るのが2人っきりになると、

 「あの男の子のこと、詩奏が珍しく持て余しているわね」

 ミサキが嬉しそうに指摘する。

 「真面目過ぎで......でも、私みたいな子供の何処が良いのかな? 融通は利かないけど、高学歴高身長で、顔もまあまあだし、適年齢の美人さん達が放っておかないでしょ?」

 「なんか、あの男の子を見ていると、思い出すなあ~」

 「誰をですか?」

 「貴方のお父さんよ」

 「えっ、父ですか?」

 「そうよ」

 「今の詩奏のセリフ、同じ様なことを彩陽も言ってたわ」

 「......」

 「若い頃の璃玖さんも不器用だったわ。 あの子みたいに」

 「彩陽が、『音楽の方を恋人より愛しちゃうから、私と付き合うのって難しいよ』って忠告していたのよ」

 「しかし、璃玖さん聞く耳を持たなかったわね」

 「そして、彩陽の行動力やこの事務所のみんなに鍛えられて、人間的に大きく成長したんだよね」

 「それに詩奏、最初の男で大失敗したでしょ?」

 「それは言わないで下さい。 人生最大の悪夢ですから」

 「あの時、みんな凄く心配したのよ。 何であんな屑男に付いていっちゃったのかって。 彩陽の死が有ったとはいえ」

 「そうしたら、案の定」

 「......」

 「璃玖さんが命を賭けて、詩奏を奪い返しに行って無かったら、今頃詩奏は生きてなかったわね」

 「今の詩奏は、璃玖さんのことが大好きだから大丈夫だけど、あくまで父と娘で、超えられない壁が有るから」

 「......」

 「だから、私は凄く心配」

 

 「あの男の子ならば、良い候補ね。 とりあえずあの子にしなさい。 どうしても彼氏が欲しくなったら」

 「それに、ああいう子は諦めないわよ。 詩奏のこと」

 「璃玖さんもそうだった。 何言われても彩陽の隣に並ぶことをね」

 「だから、覚悟しなさい」

 「......」

 ミサキにそう言われた詩奏。

 母の死後、精神的にドン底だった時とはいえ、男で一度大失敗をしており、父に大迷惑を掛けてしまったという負い目もある。

 それに、信之を今回の挨拶の席に送り込んで来たのは、父の差し金であろう。

 ということは、海野君のことを父は評価していることになる。

 「今後は、もう少し優しく接してあげようかな」

 詩奏はそう呟くと、ミサキに聞こえてしまったようで、めちゃくちゃニヤニヤ顔されてしまって、少し恥ずかしくなってしまうのだった。

 

 久しぶりに諸々の練習をしてから、帰宅することとした詩奏。

 帰り際に、ミサキから、

 「明日からCMが始めると、大きな反響が有った場合、何処の誰だとRYU探しが始まるよね。 間違いなく不特定多数の暴き屋が、ここに目を付けて、張り込んでくるでしょう」

 「必要があれば、私が詩奏の家に行くから、ここには来ちゃダメよ。 ほとぼりが冷める年末の挨拶シーズンまで我慢しなさい」

 「はい、わかりました。 暫く学業に専念させて頂きます」

 「必要が有ったら、ひとまずさっきの......海野君だっけ? 彼を伝書鳩で行かせるからね」

 「えっ。 本気ですか?」

 「本気よ。 Sケミカルの社員もマークされるかもしれないけど、平社員なら誰も気に留めないでしょ?」

 「長尾ちゃんは、今回のCM創ったっていうことで、暴き軍団にマークされちゃうだろうからね。 同じ理由でうちの事務所の人間は全員ダメだから、人選難しいのよ」

 「詩奏も油断しないで気を付けるのよ。 何かおかしいと思ったら、遠慮無く私か璃玖さんに連絡してね」

 今迄、その様な心配をしたことが無かった詩奏。

 『少し気を引き締めないといけないかな』

 そう思いながら、帰り道も鼻歌を歌いながら帰ってしまうのであった。


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