第4話 高3・夏篇(その2)
その1の続きです。
試験休みと海の日の三連休で、5日間学校の休みが続いた後、いよいよ一学期の終業式の日が来た。
期末テストの結果も分かる日である。
この日は厳しい猛暑の為、講堂での終業式は行われず、教室で放送を見る形式での終業式となった。
そしていよいよ、通知表が渡される。
ドキドキの詩奏。
しかし詩奏以外の生徒で、ドキドキしている生徒は誰も居なかった。
進学校である京東学園高校では、各々が自主的に行っている大学受験の勉強の方が、学校のテストよりも遥かに先を進んでいるのが普通で、大半の生徒にとって、学校のテストは楽勝であるからだ。
英語だけは、学年トップ級の詩奏。
それ以外は平均点。
国語系と数学系は落第点という極端な成績であるので、全体の成績では下位になる。
通知表が渡される時に、教師から、
「教来石、明日から5日間、補習授業を受けるように」
と言われてしまい、通知表を開ける前に結果が分かってしまった詩奏。
自分の席に戻り、ガックリ項垂れながら、通知表を見ると、現代文と古文が赤点であった。
ただ数学系は全て、10段階の5前後と、中間テストの点数から見れば、かなり良い結果だったので、少し満足したのであった。
「詩奏。 明日からの補習、1人だけみたいだけど、頑張ってね」
「先生と一対一の補習になりそうだね。 教師であっても油断するべからず。 詩奏カワイイから、教師をムラムラさせて性的な被害に遭わないようにね」
「そんなこと言われると、ただでさえ行きたく無いのに、余計行きたくなくなるよ~」
「冗談よ。 先生は全員出勤しているのだし、2年生以下の運動部の生徒は、結構学校に来ているから、意外と人気が有るよ。 7月の間は」
「1日2時限✕5日だから、我慢するわ」
終業式の日の放課後。
結唯と深月は次の登校日迄、学校に来る予定は無い。
「まだお昼だから、何か食べながら、少しお喋りして、それで帰ろうか?」
暫くみんなと会えなくなることを、少し惜しむ気持ちから、そういう流れに決まった。
「数学の成績、2人のお蔭でだいぶ良くなったから、御礼に今日のお昼奢るよ」
「何処行く?」
「Sイ・ダリヤでどう?」
「イイね〜。 詩奏の財布にも優しいし」
IW市は、日本やアジアに多店舗展開するカジュアルレストラン「Sイ・ダリヤ」発祥の地なので、高校生にとって定番の選択なのだ。
「Sイ・ダリヤ」の駅ナカの店舗に入ると、この日終業式の中高一貫校の生徒が沢山来ていて、満席であった。
空席待ちをして、待ち時間もお喋りする3人。
少し待つと席に案内されたが、移動した後も、お喋りは止む事を知らず。
適当に注文してから、お小遣いの話になった。
「2人は、お小遣い、幾ら貰っているの?」
結唯が質問する。
「私は、月3万」
深月が答える。
「去年は2万じゃなかったっけ?」
「そうだよ。 今年は受験で予備校に週3回通っているから、交通費や間食代込みなんだ」
「お医者さんの1人娘だもんね。 かなり多いけど、当然の金額か〜」
「私は、高1からずっと同じで1万」
「詩奏は?」
『お小遣いか〜。世間の高校生達の相場がわからないなあ』
詩奏は、日本に戻って来てからずっと、航空会社系の家族カードのクレカを両親から持たされていて、必要があればそれで支払っていたので、お小遣いを貰ったことが無かったのだ。
しかも小学校5年生から、大半の時間をミサキの事務所で、1日数時間ピアノの練習をしながら、母と一緒に過ごす日々を送っており、大人の金銭感覚はキチンと持っているものの、普通の中高生の金銭感覚が無かったのである。
当人にも、その自覚はあるので、そういう話にはなるべく参加しないようにしていた。
更に、RYUで売れて以降、母の遺産を相続したこともあって、年収も相当額あり、税金支払い分を除いたその殆どを世界的感染症の影響で苦境に陥りつつあった事務所の経費補填としてミサキに渡しているとはいえ、こういう質問が一番困ってしまうのだった。
「私は、お小遣い制じゃないんだ」
「へ〜、そうなんだ」
「お母さん亡くなる前から、家事全般私がやっているし、うちはポイント重視主義だから、母が生きている頃から、必要な支払いは殆どクレカなの」
「そっか〜。 今の詩奏は奥様みたいなものだもんね」
「詩奏に比べたら私達なんて、おこちゃまだよね」
「でも現金も、少しは持ち歩いているんでしょ?」
「うん、 現金無いと困ることも有るから、一万円位は持っているよ」
『あっ、不味い。 今日はお財布に結構お金入っていたんだ。 支払いの時2人になるべく見られないようにしないと......』
5日前、ミサキの事務所に行った時に、5月の代打出演料を手渡しで貰っており、終業式帰りに銀行口座に入れる為、30万円位が詩奏の財布に入っていたのだ。
その後、料理が来たので、3人でシェアしながら、楽しく食べ、最後にデザート類も注文して終了。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
支払いの時、レジが混んでいたので、結唯と深月の2人は
「混んでいるから、店の外で待ってるね~」
と言い残して、先に移動することになったので、先程の懸念は杞憂に終わっていた。
支払いを済ませ、店を出ると、
「詩奏、ご馳走様〜」
と2人から言われ、
「勉強をみて貰ったお蔭で、補習授業少なくて済みました。 ありがとう〜」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか〜」
という流れとなった。
そのまま、直ぐ近くの駅の改札で、
「深月、また来月ね~」
「結唯、詩奏、またね~。 バイバイ」
とお互い手を振り、電車組の2人は改札内に消えていく。
その後ろ姿を見つめていた深月は、ゆっくり歩きながら、2人の姿が階段上に消えて見えなくなると、
『暫く楽しい会話はお預けになるなあ』
と思い、少し物悲しい気持ちになるのであった。
「私も帰るか〜」
と呟き、自宅の方へ歩みを早めて去ってゆく......
電車に乗った詩奏と結唯。
「あ~あ。 明日から夏期講習か〜」
「何だか、受験が近付いて来た気がする」
「詩奏は、大学受験、どうするの?」
「私は、浪人するつもり。 今年は高校生活最後を満喫することに決めたの」
「それに、やりたいことが、まだ見つかっていないから」
「私も、将来何をしたいのか、まだ見つかっていないよ」
「でも、間もなく高校を卒業する時が来てしまうし、とりあえず大学に行って、もう少し自分のやりたいことが何かを考える猶予を作ることにするの」
「親には、金銭的に負担掛けさせちゃうから、せめて有名な大学に入学しなきゃと思っている」
「結唯、親孝行だね~。 ご両親の懐具合も考えて、少しでもレベルの高い国立大学に行けるように、受験勉強頑張っているから」
「詩奏の方が全然親孝行だよ。 詩奏はお父さんと凄く仲良いし、時々手を繋いで駅迄来るよね? 私はとてもじゃないけど、お父さんが何だか汚い感じがしちゃって、そんなこと出来ないから、そういうの何だか羨ましいなあと思うよ」
「反抗期とかも無かったんでしょ?」
「いや、有ったよ。私も反抗期」
「高校受験前の私、本当に酷い子だったんだ」
「お母さん大好きなのに、受験のイライラもあって、何かして貰う度、ああ言えばこう言うって感じだったの」
「今思うと、あの時のお母さん、そういう時、悲しそうな顔してた」
「意外な感じがする、今の詩奏を見ていると」
「私、お母さんっ子だったから、甘えていたんだと思うんだ、結局」
「逆にお父さんとは、あまり話しをしたこと無かったんだ〜、お母さん亡くなるまで。 今の私を見ると意外でしょ?」
「でも、『お父さん汚い〜』とかと思ったことは一度も無いよ。 うちのお父さんのこと『汚い〜』なんて感じたら、世の中の8割位の男が汚いってことになっちゃうよね。 ただ単に接点が無かっただけ。 お父さん仕事で忙しかったから」
「それも、意外」
「今の私とお父さんの関係は、お母さんが亡くなってから生まれたんだよ。 私もお父さんも、『彩陽に何も恩返し出来なかった』って後悔しているから......」
「......」
「感謝の気持ちって、やっぱりキチンと言葉にして、相手に伝えなきゃダメなんだよ」
「心の中で思っているだけじゃダメ。 恥ずかしがらず、素直になるの。 言葉だけで足りない時は、体でも表現する」
「何時までも、お互い生きているかどうか、わからないじゃない? 事故とか急病で突然居なくなることも有るんだから」
「なんて、ちょっと偉そうなこと言っちゃったけど、結唯も今の私の言葉、心の何処かに留めておいてくれたら嬉しいな〜」
「詩奏って大人だね~。 とても同じ高校生には思えないよ。 達観してるって言うのかな?」
「精神年齢は40歳位なのかも、私」
そう言うと、お互い目を合わせて、笑う詩奏と結唯であった。
帰宅後。
先ず、勉強を始めた詩奏。
クラスのみんなは、受験勉強でどんどん先に進んでしまうので、せめて付いていけるように、毎日ある程度の時間は勉強することにしているのだ。
気合いを入れて勉強していると、気付いたら午後6時前になっていた。
『夕ご飯、作らなきゃ』
台所に行き、急いで夕食の準備を始まる詩奏。
父からRAINが来て、
『少し遅くなる。 午後8時以降』
ということだったので、時間の猶予が出来た。
そこで、ピアノの演奏練習を始める。
1時間程で打ち切って、再び夕ご飯の仕上げに取り掛かる。
そして、
「ただいま」
と父の声。
「おかえり〜」
と詩奏の声。
そのまま父は、リビングにやって来て、
「今日、HHD社にCM発注したから。 これで詩奏も一安心だろ?」
「ありがとう〜、流石お父さん。 上層部に色々言われたのでしょ? お疲れ様〜」
「あまり言われなかったよ。 HHD社から具体的な費用の請求が来たら、色々言われると思うけどな」
「ご飯出来たから、着替えて来て〜。 今回の御礼に今度お父さんとデートしてあげないとね~」
「それは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいなあ~」
その様な、少しほんわかする会話が、璃玖と詩奏の間で交わされていたのであった。
夕食後、詩奏は食器を洗いながら、
「お父さん、通知表見る? 赤点2つあるけど」
「やっぱり、補習授業だったか?」
「明日から5日間。 土日除くだから、来週迄」
「仕方ないよ。 音楽科から進学校への転校なのだから」
「数学は?」
「思ったより、良かったよ~」
「それは良かった。 やっぱり血筋だな。 お父さんに感謝してな」
「数学の件は別にして、いつも感謝しているよ。 ありがとうね」
「そんな風に、真面目に答えられると困るな~」
「さて。 少しギターでも弾こうかな?」
「持って帰ってきてから、毎日弾いているね」
「お父さんから、お母さんと知り合ったキッカケを教えて貰ったからだよ。 私からのサービス演奏」
「そうだったのか。 詩奏のギターの音色を聴くと、彩陽の演奏を思い出すよ」
「お母さん直伝だからね、私のギターは」
「お母さん、詩奏にギターも教えていたんだな~」
「時々、弾きたくなるって言ってね。 私が少し上手くなってからは、一緒に弾いて歌っていたんだよ。 ピアノの息抜きに」
「それは、聴いて見たかったなあ~。 もう叶わぬ夢か〜......」
そう呟いた璃玖の目には、少し光るものが見えたのであった。
翌朝。
詩奏は璃玖と一緒に自宅を出る。
今日から補習の為、1人での学校への通学。
駅の改札口で別れて、高校生が夏休みに入り、いつもより少し空いている電車に座り、勉強を始める。
『1人だと、何だか寂しいなあ~。 他の高校の生徒も殆ど居ないし』
そんなことを考えながら、重い足取りで学校に到着。
教室に入って、クーラーを付けて、勉強を始めると、午前8時半過ぎに、担任の山本先生が教室に入ってきた。
「おはよう、教来石。 早いなあ~」
「先生、おはようございます」
「今回補習は、教来石だけだからさ、先生からの提案なんだけど」
「はい」
「2時限の5日間じゃなくて、今日と明日の2日間。 その代わり時間は、午前8時半から午後0時にしないか? 休み時間無しで」
「今日は現代文の模試、明日は古文の模試を、教科書や参考書を使って調べながらで構わないから解いて貰って、時間が余ったら、残り時間は自習でどうだ?」
「先生も結構忙しいんだよね、夏休み中って」
そう提案されると、詩奏の目が輝く。
「先生、それでお願いします」
「教来石には家の事情も有るし、その方が良いだろ?」
「じゃあ、この模試解いて、お昼になったら、職員室の俺の席に回答と一緒に置いて終わりな」
「はい」
「じゃあ。 何か有ったら、職員室に居るから」
そう言い残して、担任は教室を出て行ったのであった。
集中して、模試を解く詩奏。
2日間に短縮され、学校に着いた時と気合いがまるで違う。
無事に渡された模試を解き終えて、余った時間は数学の勉強に充て、午後になって職員室に立ち寄ってから、学校をあとにした。
折角、朝から外出したので、そのまま事務所に向かう予定を組んでいた詩奏。
地下鉄M田駅を出ると、オフィス街で適当にお弁当を買って、そのままミサキの音楽事務所に入っていった。
「おはようございます」
「あら詩奏ちゃん、今日は夏休み初日なのに、制服着ているの?」
「テストの成績イマイチで、補習だったんです」
「それは可哀想ね。 そうだ社長は居ないわよ。 今日から日曜日までHK道でライブだから」
「これから新曲の演奏練習と、長尾さんと打ち合わせです」
「そうなんだ。 ゆっくりしていってね」
事務室の人と、その様な会話を交わすと、会議室の鍵を借りて、窓を開けて空気の入替え。
そして、スタジオに入って、キーボードで演奏の練習をするのであった。
暫くして、HHD社の長尾祐香が事務所にやって来た。
「おはようございます。 詩奏ちゃん、来てますか?」
事務室で確認してから、スタジオに入ってきた祐香。
スタジオの扉が開いて、詩奏が気付いた。
「祐香さん、こんにちは」
「詩奏ちゃん、何で制服姿なの? 夏休み中でしょ?」
再び理由を説明する詩奏。
「そっか〜。 音楽科だと勉強は二の次だものね。 まして詩奏ちゃん帰国子女だから、特に古文苦手なの何となくわかるよ~」
「とりあえず、MV見て貰おうかな。 先に」
前回から、少し手直しされた新曲のMV。
RYUは、プロジェクト名で、演奏者非公開の設定なので、全てイメージ映像。
曲と映像の雰囲気さえ感覚的に一致していれば、問題無い。
「これで行きましょう。 あとは社長の承認待ちで」
「ああ、良かった。 ダメ出しされないかドキドキした」
「本当ですか? 前回もOK出したのに?」
「ゴメン。 嘘ついちゃった」
「やっぱり。 低予算だから、雰囲気さえ合っていれば十分ですよ~」
「さて、今日の本題はSケミカルのCMの件ですよね?」
「昨日、会社同士で正式契約交わしたんだけど、私、担当させて貰えることになったよ」
「RYUの秘密も絡んでいるから、祐香さんの他に適任者居ないですよね~」
「この間、詩奏ちゃんが帰った後、ミサキさんから聞いた詩奏ちゃんの話で、私、凄く感動しちゃって」
「この案件、絶対私がやるって、気合い入って」
「上司に、猛アピールしちゃったよ」
『ミサキさん、何か大袈裟に話をして、祐香さんのやる気を引き出したのだな』
そう感じた詩奏。
「ミサキさんが、私のことを褒めていたのですか?」
すると、祐香は目を潤ませながら、詩奏の両手を取り、
「詩奏ちゃん。 まだ高校生なのに、この事務所の為に無給で働いているんでしょ? 印税もお給料も全部、事務所の経費に充ててるって教えて貰って......お母さんとの思い出が詰まったこの事務所を失うことは出来ないって......本当に偉いね~。 私だったら絶対出来ないよ~」
『ああ、その話を盛って感動させたのか〜。 事務所に出資っていう形で代わりに株式の権利貰っているんだけど、それは言って無いみたいだな』
「祐香さん、ちょっと感動し過ぎですよ~。 お母さんから引き継いだ印税って、もしこの事務所が失くなって、ミサキさんが歌う機会が減ったら、大半が入って来なくなるでしょ?」
「一昨年から流行している世界的感染症でライブも出来なくなって。 あと、緊急なんちゃらでの『カラオケ禁止』が痛すぎで、印税激減」
「私、お母さん亡くなってから、引き籠もりがちだったし、迷惑も掛けてたから、去年の分は事務所にそのまま入れただけですよ」
「この間のMASAの代役分は、ちゃんと頂きました。 自分で汗流して働いた分は、貰っていますから」
詩奏の説明を聞いても、祐香は瞳を潤ませ、感動の続きに浸っているようだった。
「取引先の人に、事務所のお金のネガティブ話ばかりしていたら、支払いに窮するかもと思われて、社長に怒られちゃうね」
「えー、当音楽事務所ですが、今期は黒字で復配予定です。 資金繰りも昨年の増資に加えて、一応D・イゼニ社との繋がりもありますから問題ありませんので、ご心配なく」
詩奏の口から、その見た目から想像出来ない様な言葉が発せられたので、祐香は驚いた表情を見せた。
「あのアメリカのD・イゼニ社の関連なの?」
「一応そうですよ」
「昔、ミサキさんがD・イゼニの映画の日本語版主題歌歌ったこと有るでしょ? その縁で」
「何か凄いね。 一応新しいビルとは言え、普通の雑居ビルに入っているこの事務所がね〜......」
「話が脱線しちゃった〜。 本題に入ろうよ」
「そうだった。 詩奏ちゃんはどういう映像をイメージしているのかなって思って」
「私は、グランドキャニオン、イエローストーン、ボラボラ島、ギアナ高地、ウユニ塩湖、日本ならば、北海道とか宮古島、あとは黒部ダムとかかな~。 そういう広大な景色の中で、私がピアノかギターを弾いて歌っている後ろ姿の映像を繋ぎ合わせるっていうイメージなのですけど」
「映像に、詩奏ちゃんをメインで使ってイイの?」
「後ろ姿だけですよ」
「本当に、イイの?」
「RYUの最後の曲だし、良いですよ」
「2年前の世界的感染症の大流行で、ライブが一切出来ない中、音楽を伝え続けたい。 ネットからのスタート、しかも詩奏を使った謎のミュージシャンなら安上がりだし面白いかもねっていうのが、母が考えたRYUのコンセプトだったのです」
「でも、謎にし過ぎて、実在しない様なイメージが付いちゃって、何かモヤってしているでしょ? 感染症が落ち着いた今振り返ると」
「でも、このCMに出ることで、『ああ、実在したんだRYUって。 それも歌っているの若い女の子なんだ〜』と思って貰えれば、最後として面白いかなって」
「CGとか未来的な映像の中よりは、大自然か大都市の中で演奏して歌っている方が、曲と合っていると思うんです」
「それと『最新技術で、世界を支える、Sケミカル』っていうセリフで締めるところも、考えました」
詩奏が考えた意見を述べると、祐香はちょっと考えてから、
「ありきたりだけど、詩奏ちゃんが出てくれるのなら、面白いよね~。 それだけで話題になるから。 あの子誰だ?って」
「ちょっと周囲が騒がしくなっちゃうかもよ。 今の時代、直ぐに身バレしちゃうからね」
「お父さんの会社だから、大サービスです。 少し位騒がれても、直ぐに忘れられますよ、活動終了ですから。 人の噂も七十五日......」
「まあ、簡単にはバレないように、そこはHHD社の映像技術で上手くカバーしましょう」
「祐香さんの案は、どういうものですか?」
「詩奏ちゃんが出てくれるとは思わなかったから、ちょっと考え直そうかな?」
「この間、RYUが最後っていうことをCMの中で表現したいって言っていたでしょ?」
「だからさり気なく、CM内にメッセージを入れちゃおうって思っているの」
「それはね~」
「ゴニョゴニョ......」
祐香は、詩奏の耳元で、何かを囁いたのであった。
「面白そうですね。 その部分も私の映像使いたいんでしょ?」
「うん、そうなんだ」
「いいですよ」
「イイの?」
「上手く加工してくれるでしょ?」
「もちろん」
「それで来週、あっちのプロジェクトチームと打ち合わせなんだ。 でも、そこで大半を決めて撮影に入らないと、間に合わないよね」
「言いたいこと、当てましょうか? 『詩奏が出てあげるんだから、これで決まり〜』って、私に言って欲しいんでしょ?」
「当たり〜」
「じゃあ、打ち合わせの日時決まったら教えて下さいね。 補習は明日で終わりだから」
「コンシュマー商品を作っている企業じゃないから、イメージ映像と曲だけのつもり。 余計なセリフは殆ど入れず、最後に企業名だけ。 生保系企業CMの様な感じね」
「予算次第だけど、合成じゃなくて、出来れば現地に行って撮影したいって思ってる。 タレントさん使わないつもりだから、その分現地撮影の経費に回せるよね」
「そう言えば、詩奏ちゃんの出演料5円でしょ?」
「それは最初の1か月間だけで、好評だったり話題になって放映期間延長なら、以後年間1000万円位のつもりですよ」
「そうなの?」
「そこは適正な価格を。 HHD社さんに任せる形かな?」
「その辺りは、しっかりしているね」
「そうだ。次は、HHD社本社での打ち合わせで構わないですよ」
「来てくれるの?」
「勿論です」
「じゃあ、連絡するね~」
CMに関する、2人だけの戦略会議は終了し、
「早速制作に取り掛かるね」
と祐香は言って、HHD社本社へ戻っていったのであった。
詩奏も、帰宅することにし、事務所の事務室の人達に挨拶をして、自宅に戻った。
「さてと、家事するかな」
帰宅すると詩奏はそう呟いてから、バスルームと洗面所やトイレ等の水回り掃除を集中的に済ませてから、ピアノ演奏の練習を始めた。
この時は珍しく、リストの曲を繰り返し弾いていた。
音楽科時代を思い出していたようだ。
夕食後、璃玖はビールを飲んでいて、ほろ酔い気分のところで、詩奏が、
「お父さん。 週末一緒に温泉行かない?」
と突如切り出した。
手に持っていたビールをテーブルに置くと、
「どうしたんだ。 突然」
と質問する。
「御礼にデートしようって言ったでしょ?」
「テーマパークとかに行くのだと思っていたよ」
「夏だと暑いじゃない?テーマパーク。 並ぶし、汗かくし。 疲れが増すだけだよね?」
「そうだけど......」
ここで、詩奏が『じゃじゃじゃーん』とギターを鳴らす。
「カワイイ娘と温泉旅行の方が良いでしょ?」
「一緒に温泉入って、美味しいもの食べて」
「えっ、一緒に入るのか?」
「子供の時は、一緒に入ってたじゃない?」
「それは小学生の時迄だろ? 詩奏、来月には18歳になるんだぞ?」
「あ~。 また俺の困った顔見て、喜んでいるんだろ?」
「ふふふ」
「お父さん、反応カワイイから」
「じゃあ、決まりね」
「まだ、行くって俺は言ってないぞ」
「嫌なの、私と一緒に旅行するの......」
詩奏は悲しそうな顔をする。
「行く?」
「......行く」
「ほら、決まりじゃない」
「うん」
「何処行こうか〜。 涼しいところがいいよね」
「Kヰ沢→KS津で、どう?」
「イイね〜」
「それじゃあ、宿は私の方で予約しておくね」
「Kヰ沢までの新幹線は、俺の方で予約しておくよ」
そう言うと、スマホで切符の予約を始める璃玖。
嬉しそうな顔の詩奏。
「夏休みだから、少し位贅沢してもイイよね? お母さん」
詩奏はそう呟くと、ギター演奏を始めるのであった。
『お母さん、お父......璃玖のことは、私に任せてね』
と心の中で語り掛けながら......
2日間の補習授業を無事終えた詩奏。
昼過ぎに、学校からの帰り道を駅に向かって歩いていると、反対方向から、日傘をさした深月の母柚月が歩いて来た。
「あら、詩奏ちゃんじゃない? 学校帰り?」
「深月のお母様、こんにちは」
「恥ずかしながら、補習授業の帰りです」
歩いていたので、暑さで出てきた汗を拭いながら、詩奏が答える。
「暑いわね~。 こんな場所で立ち話も何だから、うちに寄っていかない? 涼しいし、渡したいものも有るから」
「いえ、ご迷惑になるんじゃ......」
「大丈夫よ。 深月もそろそろ夏期講習から帰って来るだろうし」
「深月の受験勉強の邪魔になってしまうのではないかと......」
「数時間位勉強しなくったって、結果は変わらないわよ」
結局、押し切られた詩奏。
直ぐ近くの内藤邸の門をくぐることとなった。
「お邪魔致します」
と言いながら、柚月と一緒に玄関を上がる。
クーラーが効いて涼しいリビングに案内され、勧められてソファーに座る詩奏。
「深月が居ないと落ち着かないなあ~」
と思いながら、グランドピアノの方を見る。
あの演奏から2ヶ月以上経ったが、ピカピカに手入れされている。
『また弾いてね』ってピアノが詩奏に語り掛けてきているようであった。
暫くして、柚月が着替えて、詩奏のところに冷たい飲み物を持って戻ってきた。
「すいません。 私のことはお構いなく」
「いえいえ、遠慮しないでね」
「あとで、ピアノ弾いて良いですか? 折角なので少し弾いておいた方が、ピアノの状態維持する為にも良いと思うんです」
「詩奏ちゃんが弾いてくれるの?」
「今回は、クラシックで」
「ありがとう。 私、もう指が全然動かなくて。 音楽科ピアノ専攻出ているのに、恥ずかしいよね」
「そんなこと無いですよ。 私もいずれ動かなくなっちゃうと思います」
「この間のDVD、コピー作ったから持って帰ってね」
「母が映っているものですよね? ありがとうございます」
そう言うと、出された飲み物で少し喉を潤してから、
「それでは、ちょっとお借りします」
そう言うと、詩奏はピアノの準備を始めて、ショパンの幻想即興曲を弾き始めた。
弾いている最中に、玄関の方から、
「ただいま〜」
という声が聞こえたが、ピアノの音でかき消されて、柚月も詩奏も気付いていなかった。
2分前。
深月は夏期講習を終えて、自宅に帰って来た。
門を開けて、くぐると、邸宅の方からピアノの音色が聞こえる。
『誰が弾いているんだろ?』
そう思いながら、玄関ドアを開ける。
「ただいま〜」
と言っても、返事が無い。
『おかしいなあ? とりあえずリビングに行ってみるか〜』
深月はそう思うと、恐る恐るリビングのドアを開ける。
すると、
詩奏がピアノを弾き、母がそれを聴いていた
のであった。
深月も静かに柚月の隣に座り、詩奏のピアノを聴く。
5分程の曲なので、深月が座ってから直ぐに終わってしまった。
拍手する2人。
漸く深月に気付く、詩奏。
「深月、お帰り〜」
「ただいま〜」
「お母さん、今の曲、弾ける?」
「音楽科時代は弾けたわよ。 でも十年やらないと弾けないって言われている曲だからね」
「私も、もう無理かな? 音楽科辞めて、ちょっとずつ技術が落ちてきているから」
詩奏はそう言うと、腕を振って少し悔しそうな表情をしていた。
そして、最近流行りの曲を即興で弾く詩奏。
それを聴いて、サビの部分だけ歌う深月・柚月の親子。
楽しげな時間が数十分続いた。
弾き終えてから詩奏が、
「深月の受験ストレス解消に、少しは貢献出来たかなあ」
「出来たよ~。 ありがとう〜」
「補習の帰りに、偶然お母様とすれ違ってね」
「そうだったんだ。 補習は?」
「今日で終わり。 先生忙しいからって言われて、2日間に凝縮したの」
「じゃあ、次は登校日だね」
「それが......もしかしたら、次の登校日行けないかもなので、その時はその次の登校日になっちゃうかな」
「そうなんだ。 海外に行くの?」
「そうなるかも」
「海外旅行?」
「旅行じゃないよ。 お父さんの仕事の関係でね」
「へ〜。 詩奏、お父さんとべったりだものね」
「まあ、ちょっと色々あって......」
その後、暫く3人で話をしてから、
「そろそろお暇します。 DVDのコピーありがとうございました。 それとご馳走様でした」
「いえいえ、なんのお構いも出来なくて」
「深月の顔も2日ぶりに見えたし」
嬉しそうに詩奏は言うと、内藤邸をあとにしたのであった。
翌日。
この日は、初めて父娘2人だけでの一泊旅行。
朝から完璧な準備をして家を出る。
ずっと笑顔の詩奏。
『こんなに心から嬉しそうな詩奏の顔、久しぶりに見たな~』
璃玖はそう思っていた。
彩陽が亡くなってから、だいぶ立ち直ったものの、やはり何処か翳りのある表情を奥に隠しているような感じだった詩奏。
家族だけが気付く、ほんの少しの違いであったが、璃玖は父親として、ずっと気になっていたのだ。
「今日は、着いたらノンビリするぞ~」
「詩奏、一緒に温泉入るからな」
璃玖が意外にハイテンションなので、詩奏がより嬉しそうな表情をする。
家を出てから、ずっと璃玖の手を握る詩奏。
電車に乗っても離そうとしない。
『ちっちゃい頃は、いつもこうだったなあ~、詩奏は』
『あの頃、彩陽と、詩奏と手を繋ぐことでの奪い合いになっていたよな〜』
『回想。
詩奏は、どうして私と手を繋いでくれないの?
いつもパパばっかり......
3人で出掛ける時は、パパが真ん中なの。
ママとはいつも一緒に居るからね。
パパが居る時位、パパに譲ってあげなきゃだよ、ママ』
「なんか、この歳で美少女と手を繋いでいると、周囲の視線が痛いなあ~」
「みんな、羨ましいんだよ。 私ぐらいの年頃だと普通は『汚い』とか酷いこと言って、一緒に出掛けることすら、しないものね〜」
「でも、お父さんが恥ずかしいんだったら、手離すよ」
「ううん。 このままで」
「そう言うと思った」
中距離電車のドア脇の、2人掛け座席に座って居る2人。
その空間だけは、他の部分と何か違う空気に包まれている。
「詩奏は、恥ずかしいとか思わないのか? 俺みたいなおじさんと一緒に出掛けて」
「そんなこと、一度も思ったこと無いよ。 アメリカに居た影響もあると思うけど、父親に対してのそういう考え方が間違っていると思うよ」
『本当にいい子に育ったなあ。 これも彩陽のお蔭だよ。 彩陽、本当にありがとう』
心の中で、亡き妻に感謝する璃玖。
父の目に薄っすらと、涙が滲んでいることに気付いた詩奏。
「ヤダ、お父さん。 感動し過ぎだよ」
詩奏は、そう言うと、繋いだ手をより強く握るのだった。
『お父さん、ありがとう』の気持ちを込めて......
Kヰ沢駅に着くと、旧Kヰ沢まで、腕を組んで散策する2人。
途中、買い物をしたり、食べ歩いたりと、傍から見たらどう見ても恋人同士のように見える。
詩奏は普段から、積極的に亡き母の代わりをしようとしており、この日も父に楽しい想い出を作って欲しいと思っていたのだ。
その後、バスでKS津温泉に移動し、宿に到着。
「詩奏。 ちょっと良い宿過ぎないか?」
新しく出来た、全室露天風呂付き客室の宿だったので、璃玖は詩奏の懐具合が心配になったのだ。
「大丈夫だよ。 この間の代役分、ちゃんと貰ったからね」
「さあ、お部屋に行こうよ」
「いいお部屋。 テンション上がる〜」
「お父さん、水着持ってきたよね?」
「持ってきたよ。 流石に丸裸じゃあ、娘と一緒に温泉入れないよ」
「よろしい。 早速、汗流そうよ。 歩いて結構汗かいちゃったからさ〜」
「そうだな」
客室に付いている温泉露天風呂は、かなり広く、父娘であっても恥ずかしさを感じない位の立派なものだった。
「こうして、お父さんと一緒に温泉入る日が来るなんて、思いもよらなかったなあ~」
「中学から高1までは、殆ど話をしなかったものな」
「あの頃は、世間と同じ様に、嫌がられ始めたんだって思って、少し寂しかったよ」
「ピアノの練習がキツくて、余裕無かったんだよね、多分」
「それに、お父さんも帰って来るの遅かったじゃない?」
「そうだったね。 確かに」
「今は、彩陽が亡くなって、特別に早く帰らせて貰っているんだよ。 そういうポジションに異動させて貰ったから」
「そうだ。 今から言っておくけど、来春異動になるからね」
「何処に行くことになるか、まだ全然わからないけど、本社から異動になっちゃうんだよ」
「詩奏が、お父さんに付いてくるか、それとも今の場所でお父さんが本社に戻る日を待つか、それを今から考えておいてよ」
「そっか〜。 やっぱり、そろそろそうなるのかなって思っていた」
「どうしようかな~」
「東京の大学受かったら、今の家に残るけど、流石に現状じゃあ、受からないだろうし......」
「まだ時間有るから、ゆっくり考えてよ」
「そうだ、話変わるけど、私の水着姿、どう?」
「綺麗だよ......」
そう言うと、璃玖は涙を流し始めてしまった。
「お父さん、どうしたの?」
「彩陽が居たら、なんて言ったのかな?って考えたら、急に涙出て来ちゃって......」
そう話すと、璃玖は湯船の温泉で顔を濡らして、涙の跡を隠すのであった。
暫くして、
「私達って、ずっとお母さんへの後悔引きずっちゃうね。 もう少し色々してあげたかったな~って」
「そうだね。 体が弱いって分かっていたのに、別れの日が来るなんて考えてなくて......結局、悔いの残らないように出来なかったから......」
「だから、私は精一杯、彩陽の代わりもするからね。 今日みたいな時は娘じゃなくて、彩陽か恋人だと思ってよ」
「あと、もし好きな女性出来たら、私に遠慮しないでね。 寿命が90年有ったら、まだ半分しか過ぎて無いんだから」
「そんなに俺って寂しそうに見えるのかな?」
「そうじゃないけど、お父さんの人生も、まだまだこれからだよってこと」
「今、優しくて思いやりの有る、大事な大事な一人娘と楽しい日々を過ごしているから、全く寂しく無いよ」
「俺は幸せ者だよ......」
豪華な夕食を楽しんだ後、2人は温泉を更に満喫する為、それぞれ大浴場でゆっくりしてきた。
部屋に戻って来た、湯上がりで浴衣姿の詩奏は、いつも以上に可愛さアップしている。
2人で宿の売店に向かうと、若い男の宿泊客達の視線が、詩奏をチラチラ見ているのが、璃玖には少し気になった。
「詩奏、結構チラ見されているな」
「気付いているよ〜。 中には、彼女連れで来ているのに、他の女の子をチラチラ見るなんて、最低だよね~」
わざと少し大きな声で、詩奏は璃玖に向かって言う。
すると、付近に居たカップルのうち、詩奏を見ていた数人の若い男が、慌てて視線を外す。
「お父さん、ビールでいい? 私はアイス買うから。 部屋に戻ろうか?」
今度は逆に、詩奏の『お父さん』という言葉に璃玖を見た人達が、少し驚いた顔をする。
それに気付いた詩奏は、嬉しそうに、
「璃玖が若く見えるから、みんな驚いているよ〜」
わざと「璃玖」と呼ぶ詩奏。
『この子は......』
と思った璃玖なのであった。
部屋に戻ると、ゆっくりくつろぐ教来石親子。
ベランダに設置された大きな椅子に座って、売店で買ってきたものを飲食しながら過ごしていると、標高1300メートルの高原で吹く涼しい夜風が非常に気持ち良い。
「璃玖さん」
「なんですか? 詩奏さん」
「涼しいね~」
「だね~」
都会より沢山の星々が輝く夜空を眺めながら、2人は静かに過ごす。
「あっ。 流れ星」
「どこ、どこ?」
「あ~。 見えなかった~。 残念」
「願い後した?」
「こういう時が長く続くように」
「だね」
璃玖は気付くと、バスタオルが掛けられていた。
いつの間にか、寝てしまっていたようだ。
詩奏は、部屋の中で、スマホを見ていた。
璃玖が起き上がると、それに気付いた詩奏がベランダに向かって手を振る。
部屋に戻ると、詩奏が、
「お父さん、疲れているみたいだから、横になったら」
「そうするかな。 詩奏は」
「私は、もう少し今の時間を楽しむね~」
暫くすると、寝室のベッドで寝始めた璃玖。
寝息が聞こえてきた。
詩奏は、スマホでお気に入りの曲を流し、小さな声で歌い始める。
『悲しいことが沢山有ったけど、漸く訪れた小さな幸せな時間。 今後はこういう時間が続いて欲しいなあ』
そういう願いを込めて......
翌朝。
璃玖が早起きして、露天風呂で寛いでいると、起きたばかりの詩奏が浴衣姿で現れた。
慌てて、大事なところを両手で隠す璃玖。
それを見て、ニヤニヤする詩奏。
「お父さん、背中流してあげようか?」
「いや......」
「今更、隠さなくても。 最近家でも結構、拝ませて貰っていたよ。 大事なところ。 今年も夏は暑いから薄着なのは当然だから」
「昨晩も、寝てて暑かったみたいで、布団蹴飛ばして、丸見えだったよ」
「ウソ」
「ホント」
「がーん」
「まさか......」
「まさかのも見ているよ。 時々」
真っ赤な顔になった璃玖。
それを見て、
「2人で生活しているんだから仕方無いよ。 生理現象な面も有るんだから」
「早く出てね。 朝ごはん食べに行こう」
詩奏は、笑いながら、部屋に戻っていくのだった。
恥ずかしくて、娘の顔を正面から見れなくなってしまった父。
その様子を見て、少し喜ぶ娘。
「お父さん、私の胸見たこと有るでしょ? だから、今更そんなに恥ずかしがらないでよ」
そう言うと詩奏は、璃玖の手を引っ張って、朝食会場へ笑顔で向かって行った。
帰宅後。
「あ~あ。 楽しい時間終わっちゃった」
「そうだね~」
ちょっと元気の無い璃玖。
「もう、朝の件そんなに気にしないでよ~」
「父の面目丸つぶれで......」
「そんな様子だから、璃子さんにいつも言い負けるんだよ」
「楽しかったでしょ?」
「めちゃくちゃ楽しかった。 何だか若い頃に戻ったみたいで」
「良かった〜」
「それで」
「???」
「今週は、お父さんと戦わなきゃいけないの」
「何で?」
「HHD社とCMの打ち合わせ有るでしょ?」
「うん。有るね」
「私は、HHD社側で打ち合わせ会議出るからね」
「えー。 強敵出現だなあ~、それは」
「結構、やり込めちゃうと思うよ。 チンチクリン君達を」
「良いんじゃない?」
「イイの?」
「彼等、ノンビリし過ぎでしょ?」
「少し、痛め付けてあげてよ」
「......」
「詩奏は、クリエイターと打ち合わせもして、方向性も決めたのでしょ?」
「うん。 もうほぼ決まった。 最初に作る15秒と30秒については」
「時間に制限有るんだから、それで押し切って良いよ」
「揉めたら、最後に俺がプロジェクトに言うから」
「分かった。 その時は宜しくね、お父様」
「こちらこそ、不手際続きで迷惑掛けて、ゴメンね」
その話が終わると安心して、詩奏はピアノの演奏を始めるのであった。
楽しかった、父との温泉旅行の想い出を噛みしめる様に......