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弓彦と毛利の銀塊  作者: 廣瀬智久
7/12

今村と経営企画室

 今村信也が福岡市内の某大手コンビニチェーンの九州本部に訪れたのは昼過ぎのことだった。 

 

 まさか、結婚相談所の所長なる人間のアポイントメントが大手企業に成功するとは今村自身も信じられない話だった。いったいどんな会話をするべきなのか。


 小倉から快速電車で博多へ向かう。電車に乗って2時間。ようやく博多駅についた。今村にとっては久しぶりの福岡市内である。、人が多い。活気がある。そんな気がした。


 久しぶりなので、今村は博多駅から本部のある天神まで歩いてみることにした。歩いても15分程度である。人が多い。小倉も人が多いが、若い人が多い気がする。九州中の若者が職を求めて各地から福岡市へとやってくる。こうして九州の他県は人口が減少していく。都会への人口の一極集中はどこの地方自治体でも課題となっている。


「たしかここか」

 オフィス街天神の一角。今村は紹介されたビルを眺める。入口に『巨大天神ビル』と書かれていた。ビルのオーナーの美的センスが疑われる名前である。採光もなく昼間だというのに煌々と電気がついている。1階は天井が比較的高く作られているが暗い。コンビニチェーンの九州本部はその暗いビルの5階にあった。


 エレベーターを上がると、背の高い、無表情な女に商談室へ案内された。大きな部屋だが、いくつか小分けにされた小さな部屋がある。トタンでできた壁なので隣の部屋から商談内容が普通に聞こえる。


「ここでお待ちください」

 背の高い女は愛想のない声でそういうと、出て行った。今村一人が待たされた。隣からセールスマンの絶叫が聞こえる。


「当社のお菓子をレジの前に陳列していただければ売り上げ30パーセントアップ間違いなしです!!ぜひご検討ください!!」

「分かりました、だから落ち着いて、座って、検討しましょう。先ほど言われましたこのクッキーの先見性というのはいったいどこなのですか」


「これからは健康志向ですので、このクッキーには寒天が入っています!!」

「寒天?乾燥した?」

「いえ!のど越しを生かし、水で戻しています!クッキーなのに柔らかいという、この斬新な感じが!」

「わかりました。試食はできますか」

「はい!こちらに!!」


 急に2人とも無言になった。何かを食べる音が聞こえる。今村は寒天クッキーが少し気になった。そのとき、扉が開いた。


「コンニチワ」


 黒メガネの、七・三分けした中年男性が腰をクネクネさせながら商談室に入ってきた。


「座ってください。初めまして。ワタシ、こういう者です」

 男は名刺を出した。

『企画営業部 経営戦略課 地域経営戦略室 北九州担当エリアマネージャー補佐 安孫子敬一郎』

 長い肩書である。


「よろしくお願いしまーす。みんなからマネ補って呼ばれてます。ウフフ」

 安孫子は机の上の内線をかけた。


「ミシマちゃん、お客さんにお茶」

 冷たい口調でそう言うと、乱暴に受話器を置いた。隣の部屋からは会話が聞こえなくなった。何かを食べる音が聞こえる。食べ辛そうだ。


「で、私に何の用なの」

 安孫子は足を組んで今村の目を見つめた。あまり男性、しかもおっちゃんに真剣に見つめられたことのない今村は少したじろいだ。


「あの、梅野木のお店の件なのですが」

「あそこね。家族経営の。弓彦くんと優美ちゃんが頑張ってる店ね」

「なぜ、あの場所なのですか?」


 安孫子は不思議な顔をした。

「変なこと聞くわね。うちの顧客リサーチに間違いがあるというの?」

「そういうわけではないのですが」

「何年も調査して、弓彦くんのお父さんがやってる場所を選んだのよ。そこが調子いいからうちとしても顧客を確保するために店舗を増やしたのよ。うちの店舗で囲い込んでよその店追い出してやるんだから」


 安孫子は息巻いた。

「そうではなくて、あの店の下に何かが埋まってる話を聞いたことがありませんか?」

「え?」


 安孫子の動きが止まった。別室から音が聞こえなくなった。商談は終わったようだ。

「…何か知ってるの?」

「あそこのお店で変な事件が起きてませんか?」

「そのお話をしに来たのね」


 扉が開いた。先ほど商談室へ案内した不愛想な女が入ってきて、お茶をたたきつけるように置くと去っていった。ほんの一瞬だけ寒天クッキーの営業マンがうなだれて歩いているいる姿が見えた。安孫子はお茶を飲むと、「冷えてるわね。何考えてるのかしらあの子」と言うとガシャリとコップを置いた。


「たしか弓彦くんの店、地下が隆起してるって土地調査会社の人から話が来たんだけど」

「あそこは埋立地と聞きましたが」

「そうなのよぉ。隆起してるって埋立地にそんなのないわよねぇ。だから再調査したんだけどそれでも隆起してるって調査会社の人はいうの。でも隆起してるって言ってもあんなところに火山はないし、川の浸食で隆起するって話きいたけど遠賀川だって遠いし、となると人工的に誰かが作ったのかしらね。遺跡でもあるのかしら」


 安孫子はぶりっ子のように考え込んだ。

「何か埋まってるって思いませんか。だから隆起した」

「…そうね。やっぱりそう考えるわね。埋蔵金の話、知ってるのね」

「…ええ」


 静かになった。隣の部屋まで話が筒抜けなのが気になるが。

「アタシも最初聞いたときは耳を疑ったわ。時価ウン千億円の銀が埋まってるのよね。本当かしら。そうそう、うちにやくざから脅迫が来たわ」

「やくざ?そういえば」


 たしか芥田佳子がそのような話をしていた。暴力団と修験道、尼子の残党の財宝を巡る三つどもえの戦いが始まる、と。

「立ち退きしなきゃロケットランチャーぶち込むって脅迫が来たのよ」

 安孫子は満面の笑みである。


「早速警察に連絡したわ。上の方にも言ってあるから社としても万全よ。所長もノリノリよ」

「所長ですか」

「昔は旅行代理店の社長やってたそうなんだけどその経営手腕を買われて最近やってきたのよ。声がでかいのがタマにキズね」


「異業種からでもいいんですか?」

「会社の経営はどの業種も変わんないんじゃないの?下っ端のワタシにはわかんないけどね。でもやくざ怖いわぁ。そのうち鉄球で店舗を叩き潰しに来なきゃいいけど。それじゃ違う事件になっちゃうわね」


 オホホホと安孫子は気持ち悪く笑った。

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