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弓彦と毛利の銀塊  作者: 廣瀬智久
5/12

今村と前江田さん

 今村が芥田佳子から言われたコンビニの関係者と会ったのは黒崎の喫茶店だった。佳子は小倉で某国営テレビ局のADをしているため帰りも遅く、休みもろくにないので同席できないという連絡があったので一人だった。


 待ち合わせの喫茶店の前でぼんやり突っ立っていると、甲高い声の夫人から話しかけられた。

「あ、あなたが新しい人ね。話は聞いていますわ。私、前江田といいます」


 少し白髪の混じる、70歳ぐらいのおばさんが出てきた。トリコロールのような、花の柄の入った三色の色があしらわれたド派手な鞄を持っている。


 鞄は大きい。大きな鞄を持つ人はたいてい保険会社などの外回りの顧客対応の職種なのだが、外回りにしてはあまり落ち着きのない柄である。


 女性は一見70台に見えたがよく見ると60代のようにも見える。化粧の濃い、はっきりとした顔立ちの女性である。外回りにしては化粧が濃い。女性向けの営業をしているのか。靴底は全く汚れていない。


「こちらにどうぞ、何か飲まれますか?」

「いや、ではコーヒーを」 


 前江田さんはニコニコしながら椅子に座った。片手に持つ鞄からは資料らしき紙の束が見える。

「さっそくですが、ご信仰は」

「は?」

「信仰ですよ。ほら、お祈りは何をなされていますか?」


 突然何を聞き始めるのだ?この女性は。

「はあ、うちは代々浄土真宗ですが」

「あなたが信じている仏様は一番ランクの低い神様です。このままでは救われませんわ。地獄に落ちますよ」

「え?」

「今なら間に合います。喜捨すればきっと救われますわ。毎週3000円の、ほら、たった3000円の喜捨で救われるのです」

「いや、そういうわけでは…」


 今村はたじろいだ。前江田さんは攻勢の手を緩めない。

「悩み事はありますか?」

「悩み事ですか」

「ええ。どんな些細なことでも構いませんわ」

「探偵業というか、なんでも屋さんみたいなのでなかなか収入が安定しません。フリーランスなのでしかたがないといえばしょうがないのですが。ですが、もう少し収入がほしいのですが」


 真面目な質問である。ほとんどの自営業者が気にしている問題なのかもしれない。

「でしたらお念仏を唱えるとよいですよ」

「へ?」


 なんだそれは。もっと具体的なお客さんの呼び込み方を教えてくれると思っていたのだが。

「もし、何か願い事を叶えたいと思ったら、お念仏を唱えるのです。こうやって南無…」


 途中は大きなトラックが走ったのではっきりと聞こえなかったが、前江田さんは恍惚の表情でそのお念仏を唱えていた。

「その、年間3000円のお布施と」

「いえ、毎週3000円のお布施です」

「そのお布施とお念仏で私の願い事はかなえられますか?」

「ええ」


 すこし意地悪な質問だったが前江田さんは躊躇なく答えた。

「あなたの人生に悪さをしている悪霊は全部このありがたいお念仏で去っていきます。これを常に続けていけばきっと幸せが訪れますよ」


 前江田さんは目を輝かせた。

「ところで、師のどんなところがお好きですか?」

「へ?」


 前江田さんは目を輝かせながら今村に尋ねた。

「私は、やはり愛だと思います。師は万人の幸福と世界平和をいろんなところで語っています。世界人類への愛が大切なのです。ところでご本は読まれてますか?」


「本ですか?本は自己啓発の本が好きですが…。30台でやらなければならない10つのこととか、こうすれば仕事がうまくいくとか…」

「いけません。本を読んで生命の尊厳という価値を創造していかなければなりません。万人の幸福のために本は読まないと」

「ですから本は自己啓発の…」

「本がダメであれば雑誌でもいいですよ。この雑誌」


 前江田さんはその雑誌を何冊も出した。表紙には眼鏡をかけた老人のアップが幾度となく表紙になっている。それ以外は同じ老人が、欧米の大学の卒業式でみられるような黒い四角い帽子を被っている写真ばかりだった。


「この雑誌は、月に二回はでてますからぜひ購読してください。購読料についてはこの雑誌に書いてありますから」

 前江田さんはうちの一冊を今村に渡した。先生が満面の笑みで読者に微笑んでいる。

「これをよんで師の愛を感じてください。この会員希望カードに」


 前江田さんはド派手な柄の鞄から何かを引っ張り出そうとした。

「そういうわけではなくて、梅野木のコンビニの関係者とお聞きしたのですが」

「え?」

 前江田さんは驚いたようだった。


「そこのコンビニの内部事情を知りたくてですね…」

「あ、そう」


 前江田さんのキラキラした目が途端に冷めた。胡散臭そうな顔をして今村を見る。

「で、何の用なの?あたしは入会希望の人と聞いて来たのに」

「それは何かの勘違いだと思います」


 芥田佳子の紹介でこの喫茶店に呼ばれたはずなのだが。いったいどんな紹介を受けたのだろうか。前江田さんの目が座った。


「あそこのコンビニはお父さんが旅行代理店やめて突然コンビニ始めるって言いだして、奥さんがオーナー。オーナーと店長の違い?そんなの知らないわよ。」

 前江田さんはぶっきらぼうに雑誌を片付け始めた。今村がコーヒーを一口飲んだ。


「夫婦仲はいいんですか?」

「あなた、リストラ対象だったといっても突然安定した職を殴り捨ててコンビニ始めます、ってそれで嫁さん付いてきてくれると思ってるの?」

「でも旦那さんやる気なんでしょう?」


「あたしは嫌よ。夫婦生活が停滞してるときに、今更オトコの夢に付いてって人生棒に振りたくないわ。そんなわけで夫婦仲は最悪なんじゃないの。お見合い結婚らしいけどお見合いなんてうまくいかないんでしょ?」

「そんなことはありませんが」

「でも夫婦仲が悪いのは傍から見ててもわかるわ。だから夫婦でやるにはギスギスするから、子供呼んできたのよ。防波堤ね。身内だから人手不足解消と経費削減ができて一石二鳥よ。タバコ1箱で一日働いてくれるんだからどんだけコスパいいのよ」


 前江田さんはタバコに火をつけた。

「それから社会進出の足掛かりになるから、とか言って引きこもりの娘引っ張り出して、あ、これも人手不足解消と経費削減ね。要は家族経営のコンビニよ」


「引きこもりって、引きこもりでコンビニの店員出来るんですか?」

「そんなこと知らないわよ。不愛想の塊で、モノだけ並べるコンビニマシーンみたいになってるわよ。変な色気ださない分どっかのバイトよりマシなんじゃないの。ま、あたしは関係ないけどね」


「前江田さんは?」

「あたし、あたしは奥さんと同じ婦人部だからよ。誘われたのよ。退職してずっと家にいる旦那と四六時中顔を合わせるなんていやでしょ。平日の午前中だけ仕事してるのよ」

「その家族はどこに住んでいるんですか?」


「市内の山の中よ。そこから車で20分かけて出勤しているわ」

「山の中から頑張って通勤しているんですね」

「そう。あの辺じゃそれなりに名の知れた家で、死んだおじいちゃんは相当の慈善家だったらしいわね」

「慈善家、というと」


 前江田さんはタバコに火を付けた。ヘビースモーカーだ。

「あそこの先代、たしか康種とか言ったわね。おじいちゃん、店長のお父さんだけど、もともとはお百姓さんで畑が不作の時は家の反対側の崖から海に降りて、ナマコを勝手に採って近所の漁協からよく怒られてたわ」

 高級食材ナマコの不法漁猟は禁止されているはずだ。


「でも急に羽振りがよくなって、近くの孤児院に献金したり近所の人集めて自腹で焼き肉やったりボランティアで草取りしたり。生活自体は質素なんだけど使うところにドーンとお金を使うようになって、店長とバカ息子は知らないけど先代によくしてもらった、って人は多いんじゃないの。でもそれも30年も40年も前の話よ」


 急に羽振りの良くなった先代か。少し気になった。

「ところで、今コンビニは三つありますけど」

 今村は赤い丸の付けられた地図を出した。前江田さんはタバコをふかしながらちらりと眺めた。タバコの煙が臭い。


「あ、これね。全部あの家族がやってるコンビニよ」

「家族が、ですか」

「そうよ。ここの交差点にあるのがお父さんの店で、この県道沿いにある店がバカ息子の店、団地の中にあるのが引きこもりの妹の店」


「家族で三件も持っているんですね。」

「チェーン店で家族経営だなんて、お客さん全然入ってないのに。あそこそんなに持たないわよ。あたしは関係ないけどね。」


 入会の話がなくなったとたんに毒舌である。

「店が増えたって人口は減るだけなんだから売り上げが下がるだけよ。別のスーパーも建つっていうし。近いところに3軒も同じコンビニ建てて。きっとハムスターの共喰いみたいに皮だけが最後ペローンて残るのよ。ま、あたしは関係ないけどね」


 前江田さんはタバコに火をつけた。かなりのヘビースモーカーである。

「でもなんでこんな近くに三つもチェーン店が固まるんですかね」

「そんなこと知らないわよ。なんでも上層部が決めたんじゃないの?よく気持ち悪いオカマが出入りしてたわ」

「オカマ?」


「そう。オカマ。バカ息子が建てたコンビニは別の担当だったんだけど…、どっちでもいいわ。今引きこもりの妹が店長やってるとこはオカマの担当だったわよ」

「その人に聞けば何であそこを選んだのかわかりますよね」


「そうね。ふつう教えてくれないけどね。ところであんた、なんであの一家気になってるの?傍から見れば面白い家族なのはわかるんだけどさ」

 財宝の話をしてよいのだろうか。前江田さんは今村をねめつけた。


「芥田さんから聞いたわよ。あそこ、なんか埋まってるんでしょ」

 前江田さんはタバコで今村を指した。

「きっと、掘れば何か出てくるんじゃないですか。あそこ、昔海だったんでしょう?」


「そうねえ。ウン億円もの銀だなんて、そんな簡単に見つかるかしら。徳川埋蔵金だって結局見つかんなかったし。テレビじゃ『あるとしか言えない』なんて言って散々煽っといて木切れぐらいしか出てこなかったでしょう。でも急にバイトが増えたり、配送業者が別の会社、イズモ運輸とかいう会社になったり、自称天狗とかいう山伏がうろうろしてたり、ヤクザから脅迫されたり不思議なことが増え始めたわ」


 山伏といえば修験道、ヤクザ、佳子のいう二つの勢力ははっきり姿を見せたが、島根の鉢屋衆は…出雲大社だからイズモ運輸、そうか、三つの勢力はすでにあの家族が経営するコンビニに狙いを定めているというのか。

 今村が外を見ると、白装束の男がじっとこちらを眺めていた。

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