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弓彦と毛利の銀塊  作者: 廣瀬智久
4/12

経営企画室と反社会勢力の暗躍

「おはようございます」

「おはようございますってもんよ」


 朝八時、シフトの入れ替わりの時間帯である。弓彦は昨日の午後5時過ぎから勤務しているので、朝の準備が終わればバイトの男の子に任せて帰宅する。そしてまた5時過ぎに出勤するという夜型の生活をしていた。


「店長、今日も臭いですね。お風呂入りました?」

「もう3日も入ってないってもんよ」

「いくら風呂が嫌いでも入らないとだめですよ。客商売なんですから。その制服もいつ洗ったんですか?」


「…半年前ってもんよ」

「臭いですよ。カビ生えてますよ」

「おいって、どこって」

「後ろのほうですよ。後ろ姿は店長には見えませんけどお客さんにははっきり見えますよ。替えあるんでしょう?」

「…たぶんってもんよ」


 基本的に目の前にあるものをそのまま着ているので替えがあるかどうかはわからない。弓彦は困った顔をした。探してみなければと指摘されると思うのだが、結局忘れてしまう。それを後ろで見ていたもうひとりのバイトが笑いをかみ殺している。バイトの名前は吹金原≪ふきんばら≫と帯刀≪たてわき≫といった。珍しい苗字である。


 この二人は二〇歳の男性である。島根県出身らしいが、親の仕送りで北九州市内の専門学校を卒業後、希望の仕事がなかったらしく、その延長線で親の仕送りをもらいながらバイトしているという。24時間営業で万年人手不足のコンビニ店舗で男手が二人もあるのは助かる。しかし、吹金原はずけずけとものをいうタイプらしく、弓彦に会うといつも「汚い」だの「臭い」だの罵詈雑言を浴びせる。弓彦はそれにただへらへら笑っているだけなのだが。ちなみに父の店にバイトに来ているのも島根県の出身者らしい。


 二人は休憩室に入って着替える。弓彦は卵を並べていた。

「相変わらず卵を並べるのうまいですよね」

 着替え終わった吹金原がやってきて、そういった。かつて勤務していたバイトも同じことを言っていたなと弓彦は思い出した。


「それにしても、店長は何でここにお店を建てたんですか?」

「何でって、経営企画室の人が」

「けいえいきかくしつ?」

「おいって、よくわかんないけどお店を建てる場所を探している人だってもんよ」

「ここってそんなにお客さんがくるって、その“けいえいきかくしつ”の人は言ったんですね」


 泰彦はうなずいた。隣では無口な方の帯刀が黙々とおにぎりを並べている。

 トラックの停車する音がした。


「おはようございまーす!!!イズモ運輸です!!!!」

 けたたましい音を立てて配送のおじさんが入ってきた。普段は自社専用の配送業者を利用しているが、最近配送ルートに少々のトラブルがあったらしく、このイズモ運輸に商品の配送を手伝ってもらっている。


「声大きいですよね」 

 ぼそりと帯刀がつぶやく。


 この配送のオヤジ、というかかなりのお爺ちゃんなのだが、朝から非常に威勢がいい。手際よく自動ドアに段ボールをかませて動かなくすると、すごい音を立てて自動ドアの段差に大きな鉄板を敷いた。フラットにすることで台車に乗せた荷物を運びやすくするためだ。


 自動ドアがあり、年寄りの客もいるはずだから入口の段差などないはずなのだが、なぜかこの店には普段のコンビニにはないはずの段差がある。本部が依頼した建設会社は「構造上の欠陥」とよくわからない理由をつけていた。それを聞いて父は「ケッカンか、そうかそうか」と一人で納得していたが、弓彦にはよくわからなかった。


「品物は以上です!!ここに!サインください!!!」

 配送のオヤジが伝票を出した。弓彦は普段ペンを持ち歩かないので隣の帯刀がサインする。

「ありがとう!ございました!!!」


 オヤジが去っていった。とたんに店内は静かになり、県道を走るトラックの音だけが聞こえるようになった。吹金原が弓彦に尋ねた。


「あの、話の続きなんですけど、“けいえいきかくしつ”が出したこの店の設計図ってあるんですか。流石に入り口の段差はまずいんじゃないかと思うんですけど」

「おいって、それはよくわかんないってもんよ」


 泰彦は少し眠くなっているので思考能力が低下している。だが、ここにコンビニを建てる具体的な根拠ははっきりとは教えてくれなかった。父と経営企画室のたしか、アビコという男が話し合って決めたと父から聞いた。


 電話が鳴った。吹金原が「俺行きまーす」といって電話に出る。

「てんちょー、お電話です」


 吹金原が持ってきた子機を泰彦は受け取った。

『テンチョーさーん、元気してるゥ?』


 このオネエ口調は経営企画室の安孫子だ。

『どうなのぉ、売り上げは』


「上がったり下がったりってもんよ」

 弓彦は答えた。正解である。上がったり下がったりしない小売店はおそらくこの世に存在しない。

『そうなのぉ、売上上げてね。そぉそぉ、聞いた?』

「何がってもんよ」

『立つみたいよね。硬くてでっかいのが。そして超大手。別に意味深なこといってないけど』


 安孫子のいいたいことはわかるがさっさと話を終わらせてほしい。

「マックスなんとかっていう店ってもんよ」

『そのマックスなんとかよ。これからそこはマックスになるわ。いよいよイクサよね。燃えるわ』

 平和な世界で生きていたい弓彦にとって出来れば戦は避けたいものなのだが。


『そぉそぉ、こっちに変な電話来たわよ。ヤクザっぽかったわ』

「ヤクザ?」


『その店、地上げ屋に狙われてるわよ。地上げって、おかしいわねぇ。そうねぇ。そこの土地よこせって言われたから警察に伝えます、って言ったら「望むところじゃ!」って言ってきたからこちらも「死にさらせ!」って言ったら切られたわぁ』


 オカマっぽく軽薄な口調なのに、急にドスの利いた声を出すとさすがにヤクザ者も恐れをなすのだろう。

「おいって、怖いってもんよ」

『なんでもその辺を地場にしてるやくざが狙ってるみたいね。でも大丈夫よ。優秀なのを一人送っといたし警察にも連絡してるから』


「おいって!」

 弓彦は驚いた。この辺で有名なやくざといったら…。


「お、おいって、やばいってもんよ。そんな危ないとこと抗争したくないってもんよ。ロケットランチャー撃たれるってもんよ」

 安孫子はオネエ口調で答えた。


『でもねぇ~、真実は伝えなきゃいけないでしょぉ。うちの課長もちゃんと録音してるんだから』

「え?」

『だって、うちの会社、そのやくざちゃんから脅迫されてるんでしょう?』


 オカマにかかれば九州最強の武闘派やくざもちゃん付けされてしまう。

『だったら反撃しないと。うちも警備お願いしたわ。霊長類最強女子くるわよ』

「おいって、あそこのやくざは一般人も平気で巻き込むって…」

『まあがんばってね。手りゅう弾投げ込まれたら連絡ちょうだい』

「おいって」


 安孫子は一方的に電話を切った。九州最強の武闘派やくざにただのコンビニが勝てるのか。

「どうしました?」

 泰彦が売り場に戻ると雑誌を整理していた吹金原が尋ねた。


「おいって、大変なことになったって。ヤクザがロケットランチャーうちの店にぶっ放してくるって」

「え?!」

 吹金原と帯刀は驚いた。

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