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弓彦と毛利の銀塊  作者: 廣瀬智久
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小倉の夜と謎の客


 北九州市最大の繁華街、小倉。少しずつ日の入りが早まり始めた晩秋のことである。

 今村信也が事務所を閉めようとしたのは夜の始まり、午後11時過ぎのことだった。


「今日も月がきれいだ」


 窓の外を眺める。繁華街のネオンと全く表情の違う月の明かりが事務所をすっと照らしている。雑居ビルの四階である。地上では客引きや酔客の声が絶え間なく聞こえてくる。

 誰かが見ている。強烈な視線を感じた。

 隣のビルの窓に、白装束の男が立っているのが見えた。誰だろう。怪しまれることはいくらでもあるのだが。今村と目が合うと、白装束の男はどこかへ消えた。


 一瞬、天狗かと思った。

 まあ、いいか。今村は乱雑に書類が放置されたデスクに座る。そして、コーヒーを飲んだ。

 今村はもともと一般企業のサラリーマンであった。広告代理店の営業マンだったが、その時代に築いた人脈の広さや、人並み以上の洞察力をもって様々な相談に答えてきた。

 今村がこの地に事務所を構えて三年、少しずつ業務も軌道にのってきた。事務所の名前は『今村事務所』。何を生業としているのか皆目見当がつかないあまりにストレートな名前である。結婚相談所がメインなのだが、それ以外に人生相談や犬猫の探し物、さらには就職斡旋まで多種多様な相談に乗っているので具体的な名称は避けたというのが実情である。


「そろそろ店じまいか」


 今村は席を立ちあがり、事務所の入口のカギを閉めようとした時だった。階段をけたたましく上がる音がしたかと思うと、息を切らせながら小柄の女性が上がってきた。


「はあはあ、あ、あの…、今村さんですか?」

「いかにも私ですが」


 眼鏡をかけた、化粧っ気のない顔である。歳は30台前半だろう。指輪はつけていないし指輪の跡も見えない。独身か。慌ててきたところを見るとついさっき残業を終わらせてきたとみえる。今村の事務所はホームページを持っているが、あまりページを見る人は少ない。今日もページビューは3件だったから、おそらく誰かからの紹介なのであろう。しかも事務所を閉める時間を知っているの人間はそう多くない。


 女性が持つには少し大きめの黒い鞄を持っており、しっかり鍵が閉まっている。首には小さなポーチをぶら下げているから、定期券や財布が入っていて頻繁に使用しているのはこちらなのだろう。黒い鞄は業務でさばけなかった大事な書類を家に持って帰って片づけるためとみるべきか。しかし、近年は企業の情報を簡単に自宅に持ち帰ることは紛失の際相当なリスクになるはずだから、どこの会社もあまりやりたがらない。公務員か。


「お願いがあるのですが」

「どのようなご依頼ですか?」


 よくみるとスニーカーである。頻繁に出歩く仕事をしているのだろう。すこし靴に泥が付いている。この辺りはアスファルト道路なので、泥がつくのは田舎に行っていた証拠か。


「宝探しを手伝ってほしいのです」

「は?」

「あまり大きな声では言えませんが、財宝探しです」


 まだ事務所の玄関である。誰か聞いているのかもしれないと警戒するにはちょっと不用心すぎないか。

 女は真剣な表情である。


「早くしないと影の軍団に奪われてしまいます。このままだと二つの軍団が財宝を巡って戦いを始めてしまうかもしれません」

「影?」

 影の軍団?

 今村の知らない世界で財宝を巡って2つの軍団が対立しているというのか。そんな漫画のようなことがこの狭い北九州市で起こっているというのか。


「いや、このままだと3つ、いや4つになるかもしれない…」

 女は階段を上がってきた時とは別人の顔である。今村は尋ねた。

「あの、そもそも財宝とは、どこの誰のものなんですか?」

「話せば長くなりますが…それでもよければ」

「中にお入りください」

 今村は戸を開けた。


事務所に入る。机とソファー、棚には持ち出し禁止の今村が知る関係者のファイル、今村が趣味としている時代小説のコレクションが並んでいた。生活感のない殺風景な空間である。

「どうぞ」

 女を椅子に座らせると、今村はお茶を出した。においをかいで女は不思議な顔をした。


「これは?」

「昆布茶ですよ。かのハリウッド女優も愛用している」

「どこの女優さんですか?」

「そう書いてあっただけです。ところで、あなた、郵便局員ですか?」

 今村は唐突に質問した。女が驚く。


「え?」

「その靴の減り具合と大事そうに抱えている重要そうなファイルで推測したのですが」

「いえ、私はとある放送局でアシスタントディレクターしています。今日は皿倉山でロケでした」

「そうなんですか」


 外れた。近いとこに行くと思ったのだが。女は、昆布茶を飲むと微妙な顔をした。


「私の特製ブレンドです。ところで、その財宝とは」

「はい、。私はとある放送局で『種なしカボチャマン』の担当をしていまして」

「種なしカボチャマン?」


 どこかで聞いたことがあった。たしか市内の農家が作った種のないかぼちゃで、これは画期的だと北九州市や某広告代理店が猛プッシュしている作物だ。たしか、そのマスコットキャラクターだったか。たしか顔がかぼちゃのハリボテになっていて、それから下は普通の人間で、しかもカジュアルなTシャツとジーパンだったり寝巻だったりジャージだったりと、どこまでが本気で本気ではないのかよくわからないシュールなデザインだったことを記憶している。しかも外見はただのかぼちゃなので、「種なしカボチャ」と言われても本当に種があるのかないのか判別できない。それほど人気もないのだろう。


「でもあまり売れなくて、局の人気キャラクターとバーターさせたり北九州市のマスコットキャラの巌流島でコジロウくんとセット販売したりと何とか頑張っているんですが」


 そういえば巌流島で3つどもえの戦いをしている姿をテレビで見たことがある。他にも小倉南区の山中で松茸探しをしたり、洞海湾を着ぐるみのまま泳がされたり、若戸大橋のメンテナンスで橋のてっぺんを登らされたりと無茶な企画を散々やらされていた。首から下は人間なのだからその辺のゆるキャラと違って汎用性はあるのだろう。


「じつは…前任者が失踪してですね」

「失踪?」

「こんなキャラクターの担当嫌だと、よく呟いていました」


 確かに人気は出そうにない。無茶な企画だけやらされている変なキャラクターとしか視聴者には残りそうにない。ストレスは溜まるだろう。


「3日前の朝なんですが、会社に来なくて、おかしいなと電話しても電話にも出なくて。自宅に行ったのですが鍵が開いたまま、本人はいませんでした。特に盗まれたものもなくて物取りにあった形跡はなかったのですが。一人暮らしをしていたので朝倉市にあるという実家に連絡したんですけど、そこにもいなくて」


 いったいどこに行ったのかしら、と女はつぶやいた。

「でも心当たりがあってですね」

「それはきっと先ほどの財宝の話とかかわりがあるのですね」

 今村の目が光った。


「そうです。実はいつも持ち歩いている財宝について書いたノートを紛失してしまいまして」

「え?」

「私の仕事は結構過酷で、朝6時出勤でロケに走り回って社に戻るのは午後10時過ぎ。なんてことはざらで、それからデスクワークを終わらせると次の日で、会社に泊まり込みなんてよくある話なんです。最近はブラック企業の実態を特集するから調べろなんて言われるんですが」

「ブラック企業なんですね」


「ええ、ブラック企業を四六時中調査してるわけですからこちらもブラック企業になってしまいますね。まあそれはいいんですが、そんな過酷な業務なので昼休みとなるとつい1時間丸々寝てしまうんです」

「その隙に盗まれたと?」


「そうなんです。お恥ずかしながら。そのノートは肌身離さず持っているんですが、たまたまロケが一緒になった前任者と同じ車の中でお互い疲れたね、といって休んでいた時なんです。後になって気づいて。絶対に落としませんから、ノートを覗いた前任者が盗ん団じゃないかと思うんです…」

 たまたま覗いたウン億円の財宝の情報が書かれたノートを見て、一獲千金を狙って失踪したというのが原因というのか。多少強引な推理のような気がするが。


「失踪したのが、ノートを手に入れた後なのであのノートが失踪の原因のはずです。」

「その、失踪した方のお名前は何というんですか」

「秋月です」


 どこかで聞いたことがあった。


「秋月種子。確かそんな名前だった気がします」

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