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新たな仲間



 とても寒い!ではすまされないほど温度の低い外、俺とマツリは普段は歩かないような真っ暗な道を歩いた。当然、住宅の明かりは消され、遠くたたずむ時計塔の針の音が聞こえてくるほどに静かだった。

 マツリの手には四匹の猫よりは少し体の大きい猫と、ウサギと狐の雑種みたいな生き物を二匹ほど抱えている。それこそがマツリがサーカスに赴いた理由であり、予定よりも多く、というか全員を助けられたことにマツリは幸福感を覚えているようだった。

 今、俺達は座長を俺と顔見知りのポリスのところへ突っ込んでから帰路についている。

 マツリは何度もお礼を言い終えたあとにあたる今、ふと思い出したように呟いた。

 「なんで僕がサーカスに行ったってわかったの?」

「マサリだよ。あいつが俺より先に起きて、マツリがいないって騒いでさ。夜に安全な町なんて無いに等しいしな。それで心当たりっつーとここしかなかったもんで。マサリ、心配しながら部屋にいるはずだから、よければ寝る前に顔でも出してやってくれよな」

「うん、そうする。」

「良かった。ありがとう」

「僕、サト兄が来る直前まで、音や匂いを感じなかった。亜人なのにな。」

「別のことに集中していると五感の精度が少し落ちるんじゃないのか?人間誰だって…俺だってそうだ。それに俺は忍び込むのは得意でさ。昨日も誰にもばれていないし」

「そうなの?」

 マツリは純粋な目でこちらを見てくる。なんと言おうか。ここで嬉々として俺の犯罪行為のコツを伝えるやつはさすがに常識が欠けている。

 ただまあ、前回のサーカスの侵入はマツリ魔法をかけた人間がサーカス内にいたことがわかっていたからだし、テロ集団のアジトに忍び込む様なものだったし、誰にも迷惑はかけていないし…

 って、誰に言い訳してるんだ俺。

 「でも、サト兄が勇者だったって、知らなかった。」

「厳密には、元勇者だ。今はただの一般人だし、あー、…だから平等に立つことも、……正義を守ることもしていない。」

「でも僕を守ってくれた」

「その前に汚ない手も使ったけどな」

「不法侵入?」

「不法侵入()()だ」

 俺は苦笑いしながら適当に誤魔化して、話題を変えようと俺の手に抱えたものを見る。猫達の資料。その一部には手書きの家系図らしきものも乗っていて、これは既に凝固し使い物にならなくなったキットよりも有益となる物品だった。

 「これでカルマアラネ・アンダージャン公国で保護して貰えるな」

「うん…」

「マツリはやっぱり、本当に一人で旅をする予定か?それは別に止めないが、お前が旅人として最低限の護身術を学ぶか別の仲間を捕まえるかするまで俺達がストーカーになるかもしれない。嫌だったら、早めに俺達を豚箱にぶちこむか撒く技術を手に入れてくれ。俺達はよほどじゃないと存在すら気づけないぞ」

 うん、今相当気持ち悪いことを言ってるな、俺。しかしこの子供の意思を尊重し、身柄を傷つけないためにはこれくらいしか方法が思い付かなかった。

 俺は俺の失言でマツリの顔でどのくらい引いたか確認しようとしたが、意外にもマツリは少しだけ頬を赤らめて首を横に振った。え?いいのか今ので?

 「お願いがあるんだ。」

「お願い?」

「僕はとてつもなく弱いし、とてつもなく危機感がない、んだと思う。知らなかったんだ。亜人を嫌う人がいるってことも、それが座長もあてはまるってことも。」

「知らなかったのか」

 俺は思わず余計なことを復唱した。この町はそうでもないが、亜人に排他的な人は多いし、逆に亜人以外の人を恨む亜人も多い。それは昔の風習の名残だろうが、それを昔の風習とは言えないような常識もまだ多く残っている。

 マツリは少し遠くを眺めながら、愛おしそうに猫達を撫で、最後に俺をまっすぐに見る。

 少しだけ聞いてくれる?お話を。と倒置法の前置きのあと、マツリはゆっくり語り出した。

 「お姉様はね、そんなこと教えてくれなかった。人間はあくまで全て平等で、僕は人間だから嫌うとか、亜人だから嫌うとか、そんな言葉の意味が全くわからなかったんだ。」

「そうか。まともな良いお姉さんだな。」

「うん!そうなんだ!!」

 とたん、パアッとマツリは目を輝かせる。さっきの泣き顔からは想像もつかないほどに純粋な笑顔だった。そしてすぐに、その顔は思いに満ちたヒーローのようなまっすぐな表情をする。

 「僕は、連れ去られちゃったお姉様を探すために今までサーカスの一員として生きてきた。だけど、その途中で猫達の存在を知って、殺される前に助けたいって思って。丁度旅も一段落ついてしまった今、こんな行動を起こした。でも、この子…母親猫達はきっと助けられないって思ってた。サーカスで活躍しているから、四匹の猫達と違って何処にいるのかわからなかったんだ。」

 確かにな、と俺は頷いた。俺は不法侵入の過程でたまたまこの猫達を見つけたことを報告したからこそ今回猫達を連れ出せたわけで、プロの空き巣のような技でサーカステント内を回らなければ見つけられないようなところにいた。おまけに鍵はピッキングのプロでないと。

 あれ?俺勇者よりも悪党スキルの方難いんじゃないか?

 「…ま、まあ、ともかく。猫達とこの巻物を失ってサーカスに出てるだろう損失分は払ったし、この品種改良魔獣達の事実は良いメディアに伝えておくよ。予定通りいけば今日の夕刊にそのニュースが載る。」

 マサリと約束して本来は使ってはいけない財産。しかしマサリとの約束では、こういった完全な他者のためなら使用しても良いことになっている。

 今回は独断で財産を使ってしまったが、マサリだって納得してくれるはずだ。

 「で、ええと……?そうだ、お願いってなんだ?」

 つい話が逸れてしまったが、なんとか無理矢理引き戻す。マツリは夜のわずかな光でしっかりただの一本も開いていないようなキューティクルをもつ水色の髪を柔らかな風になびかせる。


 「僕に恩を返させて。僕は弱い。これから外にいる魔物を倒せるかわからない。むしろ恩を増やすかもしれないけど…」


 そしてマツリは頭を下げる。


 「一度は断ってごめんなさい。僕を仲間に加えてくれませんか」


 俺は少し笑って見せた。

 ひゅう、と優しく頬を撫でる冷風が吹く。

 レンガで出来た一本の坂道、空にはとても美しいお月様が輝く。

 その光は氷の結晶に反射して、月光柱…ムーンピラーを産み出した。

 「マツリ、見ろよムーンピラーだ。」

「ムーンピラー?」

「お月様から柱みたいな光が見えるだろ。綺麗だろ?」

「うん…!」

「始まりってのは、とても綺麗な朝に限ると思ってたんだけどな」

 こういう夜に仲間に出会える瞬間は、人生でも数えるほどしかない、素晴らしい瞬間と言えるのだろう。

 「よろしくな、マツリ」

「…っ!!うん、ふつつかものだけど、よろしくお願いします!」

 マツリはまた涙をこぼす。俺、泣かせてばかりだな。


 ……ところで、遠い昔の記憶を思い出せば、確か月が綺麗だと言うことで愛を伝える方法があったような、なかったような気がするのだけれど、きっと気のせいだろう。



  「いやぁ、ほんとにごめんね、マツリ!!」

 晴れ渡る朝。凄く寒い朝。

 俺達は今日で最後になるだろうカフェで朝食を摂っていた。

 店員はもう俺達の顔を覚えたようで、至極迷惑そうに魔物のスープを用意してくれた。正直今日は気分ではないのだが、ありがたく頂こう。

 「ううん、防犯意識が高いのは良いことだよ」

 昨日、あの後俺達はマサリに会おうとしたのだが、ガッツリと鍵を掛けられていたのだ。

 辺りに迷惑にならない程度に何度か扉を叩いても、熟睡していたらしく全く起きない。

 まあ確かに、帰ったのは凄く夜遅い深夜だったけれども。

 俺達は白い皿にバターの塗りたくられたトースト、塩コショウの味付けのスクランブルエッグ、ベーコンとソーセージと焼いたトマトが乗ったものを食べ、マサリは追加に卵を肉で包んだスコッチエッグを小皿に乗せて食べる。マツリはオートミールのお粥の上に表面イチゴと蜂蜜が飾られたポリッジをスプーンで掬う。

 ここに来るまでの間にマサリにマツリのことを伝えれば、マサリは飛びはねマツリに飛び付きマツリの力がなければ今頃頭を地面に強打していたと思う。

 マツリはスクランブルエッグの黄色を口の端につけたまま、甘い色のミルクティーで口の中のものを流し込んで笑う。

 「今日は祝賀会だね!WELCOME、マツリ!」

「えへへ…」

 幸福だろう。きっとこれが。

 「それならその祝賀会はカルマアラネ・アンダージャン公国…の近くの町であげようや。種族はもうすぐ全部書き出し終えるからな。それから、宝玉を探しつつマツリの姉も探そう。」

「…いいの?」

「マツリのお姉さんか、会えれば良いな」

「……ん、ありがとう、サト兄マサ姉」

 姉呼びされているマサリは少しはにかむ。ほんのわずかに。もしかすると、ずっとそうだったのかもしれない。

 マサリのそのわずかな照れを俺が眺めていると、マサリはそれを隠そうとカフェのレジ前にあった新聞紙を背中から取り出した。それは朝刊ではなく号外だった。

 「そういえば、見た?ベニトサーカスの座長の話!」

「「座長」」

 ああ、彼の逮捕が新聞に載ったのか。

 そう思って見出しを覗き込む。

 「……あれ?」

 そこに書かれていたのはその座長が森の端で()()()()()というニュースだった。俺達が初めて出会った時、マツリを襲おうとしていた男二人がポリスに助けを求めたことで発覚したらしい。右手右足を失った男たちが。

 俺とマツリは揃って首をかしげたが、その理由はついぞわからなかった。

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