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カフェという名の食事処にて




 ――sideサトリ

 「あー、疲れた。ただいまマサ…」

 魔法を追い終えて、部屋に戻る。首を回して音を鳴らしながら錆びて立て付けの悪い扉を開ければ、そこは……


 「ギャーッ!!マサ姉のハレンチ!!」

「ちがっ…違うって!!今のは本当違う!!」

「そんなのするんだったら、僕だって仕返ししちゃうんだからね!!」

「わ、わかった、わかったから一回服着てからしよう!?本当にごめん!!」

「いーや!服の上からか下着の上からかで触感はだいぶ変わるじゃんか!!さあ覚悟しなさい世界の覇者さん!」

「勘弁してくだせえよ世界のDIVA!?」


 至るところに散らかった服、いつかに買ったが全く使わないため俺のナップサックのそこに放置されていたマサリのフレンチヒール、部屋の中央にはマサリとマツリ。なぜ俺の部屋にいるのかとか、うるさすぎるぞお前らとか、そういうツッコミは言葉には出てこなかった。

 何せ、二人はどちらも寒々しい姿でキャッキャウフフと騒いでいるからだ。マサリは薄いキャミソールから僅かに下着が後ろ姿からではあるが透けていたし、マツリに至っては面積は多いが完全に下着だろ。いや、ちゃんとは見てないけど。所詮水着姿みたいな感じだけど。しかもなんだか寸劇じみた会話はイキイキと物騒で上品に見せかけて下品な言葉も交えたり、揶揄したりとしてお互いにこしょばしあいか何かをしているが、お互いにどこか真剣で、高度な攻防を繰り広げているようだった。

 一応、マツリとマサリは自身の着ていた上の服を手に取って胸辺りを隠してはいるが、こしょばしあいをしている間にどんどんその手が離れていってしまっていた。

 俺は呆れを含んだ目でため息をつき、せめてそういう露出しながらの遊びは二人だけの部屋でやってくれと言おうとしてふと留まる。

 いや待てよ。俺からすれば初めはもちろん焦ったものの、餓鬼のその姿をどうこう思いはしないが、問題はこの二人だ。俺が二人の姿を見てしまったと知ったとして、理不尽な制裁かもしくは明らかに避けられるかするかもしれない。

 そうだ、俺も詳しくはわからないが、お父さんと娘でも年頃になれば一緒にお風呂に入らなくなるというらしいじゃないか。うん、デリケートな問題だ。そしてマサリが酷く不快に感じたなら、その時点で俺は死ぬ。高度な即死魔法でもマサリは咄嗟に出せてしまうから。

 俺はポスンといった音と共にマサリがベッドに押し倒され、笑いすぎてヒイヒイ妙に甲高い声をあげる姿を目で覆って隠しながら、こっそりその場をあとにすることにした。幸いにも距離的には五メートルもないが、相手は全くこちらを見る様子はない。俺は慌ててドアノブを握った。

 「アハハハハっちょっ、降参降参!!!!」

「ふふふ…なら大人しく仕返しを受けな」

 ガチャリ。

 「「……」」

 しまった。

 俺は頭のなかでは冷静を装ったとしてもその冷静さを少しは失っていたのだろう。すぐに出ようとしたせいで、思いきり音を立ててしまった。

 硬直した視線が痛い。

 しかし、振り向いて「ごっめーんまちがえちった!」などと言ってみろ、明日の猫の餌は俺だ。ミンチかスライス状態の俺になる。味付けは胡椒だろう。白胡椒。

 だから俺は振り返らず、一言だけ告げて去ろうとしたのだ。

 「二人とも悪い。後で俺も混ざって良いか」

 ――先ほどのマツリの持つ魔法がいつ頃かけられたか、それを誰がかけたのか…幸いにも特定できたそれを二人にも共有しておいて、それからマツリには猫達の種族を聞きたい。血を混ぜ合わせた果ての猫達ということはわかっているし、暴走に追いやった魔法ももう取り消したとはわかっているが、魔法の後遺症としてまだまだ暴走する可能性は高いし、今後マツリ一人で対応できるとは信じがたい。抑えるためにも種族のある程度の把握は必須なのだから。

 そう、そう言いたかったのだ、俺は。

 頭に強い衝撃が走り、ゆっくり地面に近づいていく指先を俺は眺めながら、俺の発言が大変変態チックなニュアンスに捉えられてしまったことを後悔した。



 「なるほど。座長に近づくために変装しようとして、俺の鞄にヒールの存在を思い出し、取りに行ったらそういえば昔買って貰った服も一緒に仕舞われていたからこの際これも変装に使おうとここで着替えだしたと。それで…」

 俺があきれた声で続きを言おうとする口をマツリは慌てて塞ぎ、そのままボソボソと続けた。

 「それで、その、マサ姉がヒールでよろけた時、僕のその胸辺りに触れて、僕もちょっとふざけちゃって…」

 マツリはすっかり顔を真っ赤にしながら始終うつむき、両手は手遊びに失敗し続けて奇妙な運動を繰り返す。いや、そんなに恥ずかしがるなら口にしなくても良かったんだが。まあ、この発言こそ口にすれば更にマツリの羞恥心を深めてしまうな。

 「はあ、いやうん、俺も回避不可能だったとはいえなんか、すまんな。別にみ…見てないから安心しろ。そしてマサリ、そもそもお前なんで服を着るよりヒールを先に履いたんだ。」

「えーだってモデルさんって大体露出してるじゃん。あれの真似かな。」

 マサリの方はマツリとは違い、全く羞恥心はなかったようだ。まあそうじゃなきゃ、二人で何年も旅も出来ないしな。あと認識的にグラビアアイドルとモデルが混ざってるぞ。

 「…マサリ、お前暫くゴシップ禁止な。」

「なんで!?」

「お前には五年早い。」

「失礼な!そんなこと言って、もしかしてサトリ、自分達の姿に発祥した?」

「発祥じゃなくて発情な。俺が何を生み出すというんだ。というかそんな言葉どこで」

「ゴシップ!」

「やっぱりお前には十年早いよ」

 だめだ、大方俺をからかおうとしたのだろうが、こいつの最近の情報源及び性的知識は基本的にゴシップからだし、いよいよちゃんと学校に通わせなければ行けない可能性が出てきた。どんな学校でも首席で卒業できるだろうこいつに大人の知識の与え方で悩むとは、まさか思ってもいなかったがな。

 「あの、本当にごめんなさい…おもっきりヒール投げちゃって…」

 一方、俯きがちで相当恥ずかしがっているマツリは俺が気絶した要因となった恐るべき投球力での物理攻撃を深く反省し、何度も謝罪を繰り返していた。確かにピンヒールほどではないにせよ、靴そこの部分が頭に刺さって痛かった。

 「だから良いって。唾つけときゃ治るんだから」

「薬草塗ったけどね」

「でも…」

「確かにちょっと痛かったしチャクラムかフランキスカかの使い手に向いてんじゃねえかとは思ったがな、これくらいで気にしてちゃ旅はできないぜ。…そんなことより飯にでも行こう。」

 このまま魔法について話すのも悪くはないが、一旦空気を変えよう。俺達の内、マサリ以外はもうとてつもないほどの気まずさを覚えているからな。

 「あ!じゃあね、自分は昼間のカフェが良い!あそこなら夜十一時半まで開いてるって書いてたよ」

「カフェなのにか?」

「マツリは良い?それで?」

 するとマツリも頷いてくれたので、俺達はもう夜も遅いがさっさと食事を摂りに行くことにした。カフェに行くまでのマツリとの距離感は凄く離れている気がした。



 カフェに辿り着くとそういえばお釣りを返して貰おうとしたのだが、逆にレジ台を壊した分だと銀貨二枚をぼったくられた。絶対そんなに高くないだろそれ。

 「じゃあそうだな。俺はパスティとスターゲイジーパイにする。じゃあまとめて注文するから、お前らなに頼むか教えてくれ」

「自分はイートンメスのおっきいやつ!!」

 勢い余って何故か立ち上がって手まで挙げるマサリを座らせ、店員に呼ばれていると勘違いさせる前に手は下ろさせる。

 「ってかそれ、スイーツじゃねえか」

「夜中にいっぱい食べたら太るもん!」

「スイーツでも同じだと思うが…マツリは?」

「えーっと、僕は…」

 マツリはおしゃれな手書き文字列をなぞり、メニュー表としばし睨みあう。目の大きな人間は眉を潜め眉間にシワを寄せていても大きなままなんだなと、そんなことを考えながらマツリを待つ。

 マツリは一度目は軽く流し見し、二度目はその中で気になったメニューを凝視しながら、やがてマサリと同じデザートの名前が並ぶ部分の一番下のサイドメニューのようなことろからトライフルを選んだ。


 やがて少しすれば昼間に魔物のスープの注文を受けてくれた店員が料理の品々を運んで来てくれた。

 黄金色に焼け、真ん中を切れば外側の分厚いパイ生地と一緒に焼かれた牛肉やじゃがいもなどがポロポロと白い皿にこぼれる。フィリングをふんだんに詰め込まれた半円のパスティ。肉のいい匂いがする。

 サーディンの焼けた双頭がパイ生地の上から突き刺さり、まるで恋人のように仲良くならんで空を見上げるように見えるスターゲイジーパイ。焼けた魚の家庭的な匂い。

 ホーローで出来たステーキプレートくらい大きな器にとにかくイチゴのみずみずしい採れたてフルーツ、彩りを取り込もうと鮮やかな桃色のメレンゲ、そしてそれらを覆い尽くすほどのたっぷりとした生クリームを用いたイートンメス。見るからに甘い。

 透明な十五センチ前後のグラスにふんだんに入った生クリームの合間からはランダムに切られた黄色いスポンジや取れたてのように色のよい苺とオレンジとが共に僅かに垣間見えるトライフル。

 そしてイートンメスとトライフルのおまけといわんばかりに用意された、内側全体を使って黒と赤で太ったようなトランプのキングを描いたカップが二つ。ハイティーかな。俺にはお洒落なワイングラスに入った水。

 俺とマサリは適当にわずかな時間…つまりは手のひらは互いにつかずに指先のみで手を合わせてから早速フォークで料理をつつく。

 一口食べれば肉の旨味とじゃがいものほどよい質量感で、一口食べるともっと食べたくなる。

 「お、うま!」

「ん~!生き返る!」

 やっぱ一日の終わりはしっかりした食べ物だよな。と考えているとマサリは「やっぱ一日の終わりは甘いものだね。」と言いつつ俺のパスティをじっと眺めるのでクリームのついたフォークでつつかれる前に先に取り分けてやると、お礼にどんとクリームをのせた小皿を渡してくれた。新しくスプーンを取り出し一口食べるというか舐めてみるが、当然生クリームの甘さが口に広がる。とても美味しいが、これだけだと胃もたれしそうだ。

 そして俺の前、マサリの隣に座るマツリは俺達に若干あきれたような笑みをこぼし、それからしっかり両手を合わせて「いただきます」と子供らしい高く澄んだ声で言うと、ようやくフォークを持ち上げる。その仕草は貴族のようで、非常にゆっくりと落ち着いていた。

 やがて、マサリとマツリで料理をシェアし出す。マサリがマツリに渡したように、出来れば俺にも中身がほしかった。マツリに俺のパスティはいるかお皿に移しながら聞くと、肉は苦手だと申し訳なさそうに断られた。切り分けた分はマサリの胃袋に飛び込んだ。

 そうして俺達が各々のご飯を四分の一ほど食べ終えた頃、ようやく落ち着きを取り戻してきた俺達は、今度こそ魔法について話すことにする。

 「ちょっと良いか?」

「うん!」「大丈夫だよ!」

 二人とも威勢が良い。

 「食べながらで良い。俺、オブラートに包む方法を知らないから端的に説明するな。あの、マツリにかけられていた…恐らくは精神的な不安定を呼び起こす魔法は恐らく七年くらい前からお前にかけられてたよ。猫達も七年前かは知らないが、というかそんなには生きてないだろうが、恐らくは魔法自体は猫達も同じものだ。」

 触れられて、同じような色、形。猫達が精神的に不安定になり暴れたのなら、精神攻撃系ということも一致するしな。

 パスティのフィリングだけをすくいとり、隣のスターゲイジーパイの魚のつまったパイと共に食べる。混ぜて食わなきゃ良かった。

 思わず顔をしかめる俺を前にマツリは戸惑う風に呟いた。

 「そんなに前から…」

「マツリが知る限り、猫が今日みたいに暴れたことはないんだな?」

「う、うん!四匹は生まれたときから知ってるけれど、そんなところは見たことないし、噂すら聞いたことない。」

 ――確信してる。

 「そうか。まあでも救いなのが、あの猫達は猫達自身にかけられた魔法じゃなくて首輪だったってことだ。もしもマツリのように胎内に侵入されれば、それこそ猫達は暴れるですまなかったかもな。」

「ひえっ」

 マツリは掴んでいたフォークを落としそうになったが目敏くマサリはそれを受け止め容器に入れる。

 「あ、ありがとうマサ姉」

「いーよ、気にしないで。それよりサトリ、猫達にかけられた魔法が精神系っていうのは自分も納得なんだけど、だとすればやっぱり猫達の種族を突き止めないと。仙里か金華猫の可能性っていう曖昧な推論はあるけど確証はない。魔法は解けても暫く効果は続いたりするからね。保護区に送るにせよ…」

 と、マサリは俺と同じことを考えていたようだ。そしてそうだった、種族を知らないから座長に聞こうとしているんだな。

 「そうだな。…で、猫達は保護区に送るのか?」

「…うん。僕が本来サーカスにお供していたのは別の理由があるんだ。だから保護区に…カルジャン公国に送ってから、そうだな…今度は冒険者パーティーにいれて貰おうかな。」

「そうか。」

 まあ、不安は残るが仲間をつくるか魔法をもっと覚えるかすればこいつは絶対に強い。チャクラム使いでも良いし…そもそも、俺が口を出し深く追跡できる立場じゃないな。

 「…で、ここからは肝心の種族のことだ。結論からすれば座長は今日はいなかったぞ」

「「え?」」

「魔法の出所だよ。」

 そう、俺はマツリから飛び出た魔法を追いかけた先にベニトサーカスを見た。今更ものすごく驚くほどではないだろう。理由はさておき仲間に容赦なくナイフを向けるような奴らがいたんだ。

 犯人特定までは出来ずに魔法は朽ちたが、そういうことでまあ…その?俺も必死だったし…ほんの少しだけ忍び込んで?その一貫として座長の部屋の外から音を聞いたが、無音だった。生活の音や雰囲気は野性的な勘でわかるし、そう、だから忍び込んだといったってプライベートな部屋の内部までは見ていないから…

 って、誰に言い訳重ねてんだ俺。

 「結局誰が魔法を仕掛けたのかまではわからねえけどな。ベニトサーカスの連中ってことは確かだ。七年前だから難しいだろうが、心当たりはあるか?」

 俺は念のため、そう訊ねる。しかし意外にもマツリは閃いた顔をした。ただ、彼女に合うパッとした明るい笑顔ではなく、思い出したくなかった傷をえぐったような悲痛を交えた顔だった。

 「誰かはわからないけど…そういったことが得意な人がサーカスにはいたはずなんだ。」

「そういうことが得意?専用の魔道師ってこと?」

「よく、悪いことをしたら罰を与えるでしょ?その時の罰を執行するのがその人で、一番軽い罰だと人の見えるところに切り傷をつけたりしてたな。」

「罰ってなにそれ。サーカス団員は奴隷なわけ?」

「あはは…そういう罰を受ける人はサーカスのショーで失敗した人とかだから、仕方がないのかも。」

「でもマツリが座長なら、そんなことはしないでしょ」

「うん、まあ…こういうところが甘いって、いつも叱られるんだけどね」

 マツリはさも自分が悪いかのように苦笑いをした。

 その甘さは優しさで、人道的なものだと気づかないのは、きっとそういうことが当然だったからだろう。

 マサリが魔法での強制的で素早く、その場かぎりのような洗脳を得意とするならば、彼女の生きてきた世界は行動と言葉が心を支配する。じわじわと、延々と続く。

 「俺は明日もう一度座長がいるか、サーカスの方に行ってみるよ。」

「どうだろう。座長、会ってくれないかも。」

「でも、マツリは毎日心付けを座長に渡してたんでしょ?それに、魔獣のことでよく叱られたって…」

「ああ、手渡してたのは代理にだよ。叱られたのも座長が書いたっていう文書を元にいろんな人に…だから僕はちゃんと会ったことがない。」

「へえ、めんどくさいやつだね」

 チッとマサリは舌打ちする。俺は少しヒールに笑ってみる。

 「俺にはまだギリ使える肩書きがあるんだ。使えなかったら別の方法を模索すりゃいい。」

「…そんな、おかしいよ。僕は依頼を取り消したのに、どうしてこんなに良くしてくれるんだ。」

「友達だもん、そんなものじゃん」

「……変な人たち。」

 マサリはイートンメスをスプーン一杯に乗せてリスのように頬張る。俺はマジカノーズ産の十五代目の図鑑を取り出した。マツリが静かに雫をこぼしたのに反応していいのか俺達は迷ったためだった。

 幸いにも、すぐにマツリは泣き止んだ。

 俺は付箋と傷だらけの染み付いて削っても取れない土ぼこりで汚れた図鑑を左手で捲りながら記憶の確認を行う。

 「マサリ。お前明日俺が座長のアポイントメント取ってる間、これとこれ、あとこのモンスターの討伐頼まれてくれないか」

「依頼が来たの?」

「じゃなくて。座長が駄目だった場合、簡易的に種族判別キットをつくろうかなと。俺が挙げたモンスターはこの近くに住んでるし、角は高く売れるし、結構危険だから退治されるとお礼金出るかもしれないし、内臓は旨いぞ。…ってのはお前は知ってるか」

 モンスター知識についてはマサリの方が何倍もあるはずだ。

 そして当のマサリは明らかにお金よりも乱獲できることよりもなにより内臓は旨いの部分で目を輝かせ、幸せそうに生クリームを拭いとるついでに内臓の味に舌舐りをした。

 「サトリ、じゃあ決定ね!!明日自分達はそれぞれ座長とモンスターを倒しに行く!そんで猫達の種族を判別する!そしてカルジャン公国に行こう。」

「ああ決定だ。マツリもそれでいいか?」

 これら全て、マツリの損にならない条件だ。

 俺が念のためにマツリに確認すると、マツリは何度も手の甲で目を擦り、少し赤くなった瞳でマサリを見つめた。

 「我が儘を言っても良いかな」

「あるがままにどうぞ」

「僕はカルジャン公国に一人で行かないと駄目なんだ。だから…マサ姉。僕に魔法を教えてください。モンスターを倒す術を。魔獣を殺す術を。」

 どうして一人で?

 俺は首をかしげる。生暖かいパイの白い湯気の先にマツリは隠れる。

 きっとマサリも俺と同じ疑問を抱き、俺と同じように質問するだろう…そう考えていた。

 が、湯気の奥のマツリがどのような顔をしたのか、もしくはマサリは男で大人の俺にはわからない、何らかのマツリの心情を察したのか…

 「いいよ。なんなら杖も貸して上げる。」

 と快く了承したのだった。


 「…だったらマサリ、絶対にマツリを守ってやれよ。」

「ほーい!」

「マツリ、今回やってみて、辛かったらもうやるなよ。」

「…うん」

「じゃあマツリ、お前は今から低レベルのモンスターの写真でも覚えとけ。キノコみたいに似ているようで全く強さがバラバラなやつが多いし、なんならもうキノコそのもののモンスターもいるくらいだしな。」

 俺は図鑑をマツリの方へ向ける。マサリはそれを受け取ろうとして勢いよく立ち上がり、机が揺れ思わず俺の水が少しこぼれた。

 「座っとけ」

「自分が説明したいのに…」

「説明はお前がすればいいだろ。」

「ほんとっ!?やった!!」

 マサリには今、お姉さん心が芽生えているのだろう。嬉々として図鑑を俺から手に入れると、汚れた教科書としてマツリに見せる。

 するとマサリはものすごく申し訳ない顔と、わずかに呆れの感情が混ざったその顔で呟いた。

 「ごめん、お話は良いけど、僕食事中は行儀よく食べたいから…」

 …マツリのその言葉には俺達を窘める意味合いも、皮肉の意味合いも込められておらず、純粋に今までの生活から学び毎日染み付いたよう常識のようだ、そんな知識を遂行したいのだとわかる。

 愛着のある…つまりは飲食店には汚れた図鑑を出したり、勢いよく立ち上がったりと下品だった。

 わかるからこそ。

 「「なんかごめん…」」

 俺達は静かに図鑑を仕舞った。

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