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廃忘勇者はユーティリティ?〜個性派ヒロイン4人を添えて〜  作者: イヲイ
雪嶺とアリストクラット
13/22

ニセイジョ 後編

 

 「あれ、サトリさんはなんの影響もございませんか?」

「影響ってなんだ…眠るだけか?眠るだけなんだろうな」

「まあまあ、そう怒らないでくださいまし。お二人はお昼間の一件で大変お疲れだと感じたのです。大人になりかけた子供は大人に対して無理をするのが常ですよ」

「だからって」

「お二人は朝には目覚めます。私は本当にもてなしたいだけなんですよ?なんならお話をするところは彼女達用のベッドルームで。グースの羽毛布団ですからお昼頃まで目覚めないかもしれませんね」

「いやいい。明日には目覚めるなら…」

「ふふ。いつの朝かはわかりませんが」

「クソ野郎が」

 いや、落ち着け。俺が好きな匂いがしたということは、眠り効果のある魔物の成分がクッキーに混入していたと考える。

 いくつかあったはずだ。解決方法は、そうだ、片っ端から解毒剤を作り出せば。

 「本当に落ち着いて」

 俺はいつの間にか解毒剤のレシピを暗唱していたようで、不気味に感じたのかウツリは俺に一歩近づく。

 「落ち着いて、ね?私はただ、私のお話を貴方だけに聞いてほしいだけです。この二人、耳が良いし無邪気っぽいでしょう。貴方が私の要求を呑めばすぐにでも目覚めさせてあげます。手っ取り早く効率的に行きましょう」

 こういう時、ミューズ系の魔法でも使えればな。洗脳さえさせれば強制的に…いや落ち着け。今はタラレバの話はどうでも良い。

 「もしかして、あんた俺に恨みでもあるのか?」

「恨み?違います。」

「聖女様は横暴なのが常識か?」

「理由がない訳じゃないんです。」

「本当に薬はあるよな?解毒の薬は本当に!」

「でなければ、貴方にクッキーなど食べさせやしないですよ。効果はありませんでしたけど。ラーテルみたいですね」

 俺は数秒間この平常運転の貴族様を睨む。

 毒を解明し、それから解毒薬を作るよりはこいつの条件を呑む方が手っ取り早いか。

 「…とりあえず、話だけ」

「流石です」

 後ろの執事とメイドは扉を開ける。ウツリは後ろから俺の背中を押す。

 「では、場所を移しましょうか。二人をベッドに届けましょう」

 俺は確信する。絶対こいつ聖女なんかじゃないだろ。


 客室の寝室はダブルベッドが二つ並んでおり、俺は二人を寝かしてから備え付けられた小さな机と椅子でウツリと向かい合う。雪の降る窓付近は風も冷え、思わずくしゃみをすると、執事が机の位置を変え暖かいところに持っていってくれる。その小さなガラステーブルにはレーズンが二粒のった渦巻き模様のルッセカットが一人二つほど用意されていた。しかし先程の件があって、今このパンを食べるほど馬鹿じゃない。執事は出ていった。

 ウツリもその事は承知なようで、わざわざ俺の手前にあるパンの方を手に取った。

 しかし口にはせずに先に話し始める。食べられないというよりかは、自身のマイペースさを自覚し我慢したような動作だった。

 「とは言っても、私の要求は貴方の提案とはさほど変わりません。ただ、ひとつ。秘密を守ってほしいのです。」

「秘密?」

 こほん。ウツリはわざとらしく咳払いをした。俺は耳を一層彼女の方に傾ける。

 が、少し戸惑う風に冷や汗を二粒ほど額に浮かべたまま、何も言葉を紡がない。数分が経つ。ただそれは夜で鼠色に見えるが本当は白色の上質なモラクロックで判明した時刻であり、体感では一、二時間は既に経っている。痺れが切れたので、俺から聞くことにする。

 「おいなんだよ、秘密って――」

「私は聖女じゃありません」

「いや、それは何となくわかるけど…」

「ですが時計は本物です」

「……本物?」

 俺が首をかしげれば、ウツリは服の襟ぐりに長い指先をゆっくりと滑り込ませ、無防備な感じで鎖骨辺りが見えたところでやっとチェーンを手繰り寄せ終え繋がった本体を取り出す。絶対に口には出さないが艶かしくて、その数秒は俺は男として興味はほんのすこしあったがちゃんと目をパンの方に向けておいた。

 さて、彼女から取り出されたのは例の懐中時計だ。

 夜でも尚宝石が眩しく、その白は昔いた世界の白熱球とか、オイルランプの光とか、そういった光とは比べ物にならないほどで。まるで一等星の恒星を間近で眺めているようだった。しかしずっと見つめれば、恐らく目が焼けてしまうほどの輝星の輝きなのに目に優しいもので見ていて飽きない。

 見覚えがあると思ったが…すぐに思い出した。

 やっぱり、これは本物だ。勇者のための聖剣であるならば、これは聖女のための懐中時計。本や壁画位でしか見たことがなかったが、偽物にしてはそのまんま過ぎる。マサリならもっと詳しかったのだろうが、そのせいで余計こいつを信じてしまったんだろう。

 ウツリは時計を見とれていた俺の前に置く。

 「とあるところから手にいれたんです」

「はあ…」

「あとには引けないほどに本物なんです」

「で?俺はそれをふまえた上でペナイトンを本物だと敬えばと?」

「いえ、違いますね」

 違うのか。

 俺は僅かに寝息を立てるマツリと、時おりものすごい大声の寝言をこぼすマサリの声を聴きながら訝しげに呟くと、ウツリはにこりと笑う。

 「私は明日にも雪山の魔女――『セェガー』に会いに行きます。この懐中時計も一緒です。その際貴方にはこれを持っているということを秘密にしておいてほしいのですよ」

「置いてけば?」

「簡単に放置できるものでもないほどの宝です。貴方は心臓を引き出しに閉まって山を登れますか?」

「鍵付きで、非金属製で熱伝導性を備えていなくて、核パスタくらい固いもので出来た構造の引き出しなら。内部はふわふわだと尚よし」

「それってほぼ無理ってことじゃないですか。そういうことですよ。それくらい大切なものなんです」

 大切なもの、と言われて俺は全快地図を思い出す。確かにあの地図は鬼から貰った宝物だし、赤の他人には絶対触れさせたくないし。だからこそ、いつだって持ち歩いている。

 「まあ、それくらいなら大丈夫だ。明日には山登るんだろ?危険なんだし、寄付金も貰ってたんだし、明日は買い物してからか?」

 するとウツリはクスクス笑い、突然俺の頭を撫でやがる。俺は右手で全力でその手を払うと、ウツリはまた笑いだした。その笑顔はずっと見せていた大人の余裕は見えず、ただマサリみたいな子供のようで思わずつられ笑いしてしまいそうではあったが、マサリ達の声から伝わる現状に気を引き締め直す。

 「なんだよ」

「ずいぶんと綺麗な方ですね」

「はぁ?」

「用意なんてとっくに出来てるんです。前に頂いた分で。貴方も大人ならわかっているでしょう、当日で過酷な雪山の旅を遂行するための道具なんて揃わない。」

「いや、じゃあ今日のは…」

「貧乏貴族はこういうところで稼がないと。貴方も知る通り、こうでもしないと贅沢が出来るほど裕福でもありませんし」

 ウツリはご機嫌にかつお茶目を演出するように舌をだす。俺が強く睨むと、ウツリは少し訂正を入れる。

 「といっても、この前のものは稀なのです。この前、お金をいただいた時は不慮の事故?で結局行けませんでしたから。今回の寄付金も前より少なかったし、いつもこういったずるで稼いでいるわけではありません。」

 ね、とウツリは納得するよう言うが、なら今日の徴収は無意味だ。やっぱりこいつが聖女を騙るのには腹が立つ。

 そんな俺の憤りを肌から感じただろうウツリは焦って手を軽く叩いた。

 「そんなことより!サトリさんが他に聞きたいことは?」

「俺の名前」

「貴方、冒険者でしょう。とても強い、ね。そういった情報を手に入れたんです。貴族は情報社会ですから。」

 なんだ俺は勇者とは関係がなかったか。まあ、俺が助けた覚えのない人が覚えている方が逆に異質で怖かったかもしれない。

 「そんな有名になった覚えはないが…まあいい、あとはそうだ、雪山の魔女についてと、儀式についてだ。数年前に山へ登った時はそんな魔女いなかったぞ。儀式もエセイジョならどうせエセ式なんだろ」

「まだ怒っていますか?」

「怒ってない」

 思わずそっぽを向きながら口を尖らせるが、別に怒っているわけではない。もしも今手にこいつが解毒薬を持っているなら、容赦なく剣の鞘で殴って奪いたいくらいだが、別に怒っているわけではない。元勇者がこんな短気なわけない。

 「いや、でもこの場合は短気ではないような…」

 俺はイライラを自然とかかとで白絹の絨毯の床を叩き一定のリズムを取って発散させていると、段々部屋に響く置き時計の秒針とタイミングが一致していく。

 「儀式は、この国に昔から伝わる儀式と、可能な限り一致させています。雪山の魔女の頭髪、沢山の果実、あとは生きたまま切り取った、鮮血まみれの亜人の特徴的なあのみ――」

 同時にウツリはチラリと俺やマサリではなく確実にマツリの方を見たので思わず俺はパンをお皿からこぼす勢いで立ち上がり、本当に無意識のうちにウツリの胸ぐらを掴んでいた。

 「…今のはあくまでかつてあった儀式の話です。今のご時世に善良な市民に危害など加えないし、史実から考えた耳の形的にあの水色髪の女の子が一番相応しそうだったから見たというだけです」

「…悪い。異性に手ぇあげて」

「ふふ、セーフということにしてあげます。そしてそんな貴方にもうひとつの朗報です。」

「朗報?」

「雪山の魔女も、別に退治しに行く訳じゃないってことですよ。お優しいお方にとっては嬉しいことでしょう。魔女だって人間なのだし」

 ウツリはゆっくりと立ち上がり、腕につけていた髪ゴムで闇でも尚艶やかな髪を後ろに結びながら俺に背後を見せる。扉の前で振り替える。

 「では私はこれからすべきことがあるので。貴方の部屋は隣に個室を用意してありますし、ご自由にしてくださいまし。貴方が今晩中大人しくしてさえくれれば、彼女たちに危害も加えませんことよ」

 そうして、ウツリは一方的に説明を終え、部屋から出ていこうとする。

 「おい待てよ!」

「はい?」

 ウツリは花柄のルームシューズの先をこちらに向けた。

 「お前に聞きたいことは多すぎるが、一番は財布の件だ」

「あの件は貴方方が咎められることはありませんよ」

「そうじゃなくて」

 そんなことは今はどうでもいい。

 …問題は、もしかすると、あの財布の一件もこいつが仕組んだかもしれないということ。どこまで彼女の手の内だったのかもいうことだ。自意識過剰であってほしいが。

 「お前は俺のことを知っていた。この計画はお前が財布を誰かに盗ませるところから仕組まれてた…とかじゃねえよな」

「それが、何か?」

「肯定か」

「…ええそうですよ?」

 彼女は若干強がるようにツンとして言う。アンバーの目は俺という他人に等しいいち人間にすら秘密の隠された奥まで見せるような透明さで、それを見られるのが彼女自身嫌なのかもしれない。雪国出身らしい白い肌によって彼女は部屋に虚ろに灯る聖火のようだった。

 「何が、じゃ、ええそうですよ、じゃねえよ。その場合お前と財布泥棒は雇用関係にあるはずだ。あいつは何者だ。あいつは…あいつは俺の知る人間の中でも異質だ。気配が無さすぎる。それにそもそも、お前は俺が何故この国にいると――」

「続きは明日お話ししてあげますよ。もしくは、いつか。」

 お休みなさい。彼女は言う。立ち去ろうとする。

 「おい、まだ話は…」


 慌てて俺が彼女の右肩を掴んだその時だった。


 ウツリはくるりと振り替えると、左手で俺の頭の裏に触れ、引き寄せて頬に接吻をした。柔らかくて暖かい。そしてそのまま舌で少しだけ目元に向かって上へと舐められる。

 「…へぁっ?」

 突然のことで動けない俺と違ってウツリは満足げにまた明日というと、今度こそそのまま去っていった。

 数秒間俺は固まったままだったが、やがて袖口で今舐められたところを拭き取ると、何故俺は顔が熱いのかを冷静に考えてみる。

 羞恥心と、ずっと続いている怒り。嫌悪感と、困惑で少し冷めて。あとは…認めたくはないが、少し照れているのかもしれないな。

 「貴族様はほんっと意味わかんねえな」

 聖女を偽ったことがばれれば処刑もきっと免れられない。政府ではなくても、貴族か、この国の信者によって。


 俺はそのあと寝支度をぱっと済ませ、それからどこで眠ろうかを少し悩んだ。隣の部屋で眠ればこの二人の部屋は隙だらけになってしまう。しかし二人の部屋で眠るのは二人にとって嫌なものじゃないだろうか。

 しかしやがては安全を優先するのは当然だと感じ、扉の前に座って眠ることにする。この部屋は丈夫そうだがそれでも誰かが侵入できそうな窓があるから、部屋の内側に。



 翌日の陽が昇る直前まで、目を閉じて半分眠りながら、もう半分で俺はナップサックからどれを持ち出すかを整理していた。あとは山がどんな場所だったのか、解くに危険な場所はあったか、勇者時代の記憶を思い起こして。

 チカチカと薄いカーテンの奥から差し込む朝日が見える頃はその整理も終えていて、あとは体力温存のために扉にもたれ掛かりしっかりと眠りについていた。少なくとも、あと数時間は眠っておけるはずだった。


 「おーはよっ!」

 声をかけられ、目を開ける。

 ずいぶんと聞き馴染んだ、活発な声だった。マサリほどではないが高い声。

 「……え?」

「いやぁ、いい朝だねぇ!いつのまに眠ってたんだろ。サトリは眠れた?床も土よりは柔らかいもんね」

 そう、朝からテンションが高いこの子供は…

 「マ、マツリ!?」

「そうでーす、マツリちゃんでーす!」

「お前なんで起きて…」

「そんなことよりお腹空いたな~」

「マサリ…!!」

「えー、なになに?おめめうるうるしてる?」

「あ、あくびだ…」

 しかもいつものマサリだ。俺が魔物を食べすぎて耐性が出来たように、マサリも出来かけているというのか?ホッと一息をつく。

 あとはマサリか。だがマサリは魔物を食べないからな…


 「ふわぁ……おはよう、マサ姉…」

「って起きてる!?」

「あれ?サト兄どうしてここに…」

「もしかして、ヨハイ…」

「夜這いな!絶対違うし意味の知らない言葉をやたら使わないでくれ」

「知ってるよ!余輩って、自分のことを指す…」

「そっちを言ってんなら尚更文がめちゃくちゃだろ!もういい、おいマサリ俺を殴れ」

「ご乱心?」

「ご乱心だから殴れ!」

「《打撃》」

 途端、俺は顔面を強打する。殴れっつったのに容赦ない魔法だった。うおお…

 「サ、サト兄!?」

「あ、ありがとマサリ…うう」

 痣になりそうだけど、そのお陰で、夢じゃないって理解した。痣になりそうだけども。


 それはともかくそうと決まれば、だ。

 「こんなとこ、さっさとずらかるぞ!」

 俺は全員文の荷物を背負うと、二人を俵米のように抱える。

 「えっ!?サト兄!?」

「えぇ、もうちょっとここにいようよ!」

「ウツリの野郎、お前らが思うような良い奴じゃないんだ」

「でもすごく優しかったよ、聖女様…」

 マツリが口惜しそうに呟く横で、マサリは俺の耳元でそっと囁く。瞬間、ほんの瞬間的に彼女の存在から潜在的に隠しきれない冷気を感じる。

 「確かに優しかったね…やり方が生ぬるいんだよなぁ」

 そうして不適な笑みを浮かべる。わりと本気で怒ってらっしゃるな。こいつは本気でキレる時は分かりにくいんだが、というかマサリはウツリがクッキーに魔物の睡眠薬を混ぜたことに気づいたのか。

 「とにかく!二人が起きてんならもうここにいる意味もねえよ!」

 俺は扉を足で激しく開けると、そのまま屋敷の出口に向かう。

 エントランスを駆け抜け、そのまま柵を飛び越える。

 「そーいえばサトリさ、昨日もステージの屋根から飛び越えてたよね」

「そうだったけか」

 敷地外で二人を下ろせば、マサリは先端が尖った柵を見上げながら呟いた。

 「それがどうかしたか?」

「人間じゃないみたいだね」

「それをいうなら、お前の…」

 その瞬間、俺は腰の剣を抜いて咄嗟に何かを弾いた。刃にコツンと当たったのは道端にあるにしては尖り気味の石ころで、そのスピードや高さから大の大人が投げたことが伺えた。そいつは俺に睨まれるとすぐにその場を去る。強く吹くボラ風の圧に剣が些か仕舞いにくく感じ、そんな些細な余力な力を使わないほどにはズボラなので俺はそのまま握っておくことにした。

 「ッチ、町の人達のことが抜けてた」

「さ、サト兄どうしよ…」

「大丈夫だ、俺もマサリもいるし」

「そうじゃなくて」

 マツリはブンブンと首を振り、そのせいで乱れてしまった、下ろしたままの水縹よりも薄い髪をまとめて後ろに追いやる。


 「聞こえない?奥からすごい足音が近づいてる。足並みはばらばらでぐちゃっとしてるけど、すごい数だよ」


「デモ?」

「ほぼ確実に俺達のためじゃねえか!」

 俺は盛大に舌打ちをしてから裏に回ってこの国から抜け出そうとするが、大分遠回りになってしまう。人通りが少ない道、覚えてるかな。地図を出そうか。少なくともこの二人が痛みをほんの少しでも伴わない方へ回れ。


 思考回路がショートするくらいに脳を短時間でフル活用していると、お気楽にも――優雅にもウツリが屋敷の外に出てくる。

 「おはようございますサトリさん、あとは…マサリさん、マツリさんでしたよね?おはようございます」

「聖女様!」「げっウツリ」「ニセイジョ!」

 見事に声のタイミングが揃うが、内容はそれぞれ違うものだった。

 彼女はバックステッチで色彩豊かな独特の鳥が描かれた白いネグリジェのまま門の前で俺達と相対すると、緩やかにカールの巻かれた黒髪は乱雑な山颪に強く靡く。逆さに向いた扇子のように見事に散らばる。

 「風が強いですね、こんなにも晴れているのに」

 相手はハキハキと話してはいるが、どこか間延びしたように聞こえてしまう。

 「悪いなウツリ!俺の仲間も毒に耐性があったようだ。悪いが俺達はここから去らせて貰うぞ!」

「そうなれば指名手配ですね」

「はぁ!?」

 地面を削るほどの騒音と共に、ゆっくりと門扉が開けられる。からくりで動いている。しかも、俺の故郷と似たような音だ。

 ウツリはその雑音がなりやむとほぼ同時に口を開いた。

 「財布を盗んだお方のね、余罪が見つかったそうなんです」

「余罪ィ?」

「ええ、なんでも彼は亜人の追い剥ぎ集団の一員だったとか…しかも、彼は実行犯ではなく幹部」

「亜人の追い剥ぎ集団…って」

 そこまで聞いて、俺は冤罪の二文字がおどろおどろしい効果音と共に目に浮かぶ。

 「いや知らねえよ!?俺らなんもしてないし!追い剥ぎの仲間とかでもねぇ!」

「ですがあの時はまるで、悪質な喧嘩別れをしたかのような険悪さでしたね」

「あれは誰がしたってああなるだろが!」

 こいつは、こいつらは俺達があの財布泥棒とかつて犯罪仲間だったという嘘も嘘な事柄をぼやいているのだ。思わず我を忘れるほどの大声で怒鳴りつけたのに、ウツリは全く聞こえていないかのように、眉ひとつ動かさなかった。

 「思い込みってそんなものなんですよ。昨日、そういった推測を話しに来た人がいたもので。真夜中にですよ。迷惑ですね。…いえ、あれはかなり酔っぱらっていらしたので…お酒で何らかの補正も入ったのか、私の同調も感想もその人の中で信実になり得たのですわ」

 昨日の、髪を結んでいたときか。あの時誰かとそう話したんだな。

 「ねえ、皆さんはこれから先も平穏に旅を続けたいでしょう?一生の罪か、たった一、二日山を登り半日の儀式を終えるだけで貴方方はいつもの通り穏和に暮らせるのです。」

 戸惑う俺に、マサリはそっと俺に耳打ちをしてくれる。

 「町の人も、こいつも皆、簡易的なものなら洗脳魔法で全員隷属させられるよ。今日の魔力の調子的にはギリギリだけど。」

 少し悩んで、俺の裾を引くマツリをみやる。俺の後ろに隠れたいほどに不安がっていたが、現状ウウリよりも町民の歩いてきている後ろの方を危険視しているマツリは本能的にどこへ隠れれば良いのか戸惑っているようだった。


 俺は何をしているんだ。


 「聖女さんよ」

「ええ、何かしら」

 俺は鞘に剣を仕舞うと、一歩前に近づいた。

 「条件の改善を求める。俺達が儀式を成功させた暁には俺達の無罪放免の弁明だけじゃない、俺達の栄誉を讃えろ敬え」

「ふふっ、言い方」

「国に好かれたいとは言わないが、次も来て良いって言われるくらいには――」

「ええ良いでしょう。それくらい容易いわ」

 ウツリは細長い手をこちらに差し出す。マサリは思い切り舌を出す。やや警戒しながらもその手を握ると、固く握手を交わす。マサリは思い切り頬を膨らませる。

 「改めまして、ウツリです。サトリ、マサリ、マツリ。必ず儀式を成功させましょうね!」

 俺達はその胡散くさい笑顔に嫌悪感を抱きつつ、彼女の方へ歩き出す。外は地面にたどりつく前に溶けるような雪だった。

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