ポータルを追う女
ヒスイが滝沢に楽しそうに話しかけていると、突然クラスに再びのどよめき・静寂がやってきた。
(あれ、僕なんかまずかったかな?)
滝沢に話しかける自分がうるさかったのか、一瞬ヒスイは申し訳ない気分で周りをこっそり見渡す。
そして原因は自分ではないことを知った。
原因は教室に入ってきた、別の生徒、ある女子生徒の存在であった。
周防雅
女性にしては高めの身長に、足元まで伸ばしたスカート。
漆黒の長い黒髪からのぞく顔は、とても美しいが氷のような印象を受ける。
年齢の近い男子学生なら好意をもつことうけあいである。
しかし、中々声をかける勇気のあるものはいないだろう。
それは、その野獣のような鋭き、近づく者を射貫くような眼光が原因であろう。
そして、その左頬にある大きな切り傷の痕。
ガムを噛んでいるのか口元はモゴモゴを動いていた。
(あいつか、噂のスケバンは・・・!)
(めちゃマブいじゃん!!)
(いやいや辞めとけって!!大けがするぞ)
(去年男子高校生の不良数人を病院送りにしたって聞いたよ。)
(野獣のような凶暴さに、格闘技の天才らしいぞ。)
(いやーん、あたし怖い。)
(顔の傷、すごいね~。)
(しっ!!聞こえるわよ・・・!)
(近寄らんとこ)
彼女の圧倒的威圧感も相まって、誰一人声をかけるものはいなかった。
ただ一人を除いて。
「雅ちゃん!同じクラスだったんだね!
よろしくね!」
ヒスイだった。
雅と昔なじみなのだろうか。
親しみを込めた感じで明るく声をかけた。
しかし、
「だまれ、気安く呼ぶんじゃねえ・・・!
お前があたしにしたこと、忘れてねーぞ・・・!」
一言のうちに撃沈した。
鋭い、殺意さえこもったその眼光は、ヒスイの体の芯まで冷やすには十分すぎた。
「え・・・?ご、ごめんね・・・?」
心当たりがなかったが、それを言うだけで精一杯だった。
雅は特に返事をせず、そっぽを向いたままであった。
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ヒスイが学校に通っている頃、彼が毎週末の楽しみにしてる山の中の、件の洞窟の中に人影があった。
女性だ。
女性にしては長身であり、長い髪にサングラス、気取った印象を持たせる。
そうとうな美人であろうが、一方で凛とした雰囲気は半端な覚悟では声かけするのもためらわれる。
年齢は30歳程になるころだろうか。
彼女は先日ヒスイが触ってしまった鏡岩の前にたった。
しばらくそれを眺めていたが、にわかに何かに気づいた様子だ
「・・・・・・!!封印がとけかかっている・・・!
このポータルの封印を誰かが解除したというの・・・!?
一体誰が・・・!?
そもそもそんなことできる人間が・・・?」
冷静で肝っ玉が据わってそうな彼女だが、はたから見るとひどく狼狽した様子を見せた。
「ふ、ふふ・・・!」
にわかに彼女は笑い始める。
彼女は、思いがけず悲願が達成できそうな状況に喜びを隠せないでいた。
かなわないと思っていた。
それでも諦めきることができず、できることがなくてもこの岩を何度と無力感をもって眺めていた。
それが今、原因不明だが、なんとかなりそうになっている。
「このチャンス、逃さないわよ・・・!」
そのとき彼女は地面にきらりと光るものを見つけた。
通常であれば見落としていただろうが、現在の集中した彼女は、この岩の封印を解いた者の痕跡を何であっても見落とすつもりはなかった。
「これは、獣の毛・・・、かしら?」
彼女の口元に笑みが浮かぶ。
「逃がさないわよ、子猫ちゃん・・・!」
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「はぁ~。なんか初日から疲れちゃったな。」
新学期一日目を終えて、ヒスイは帰路についていた。
いつも朗らかなヒスイだが、今日は沈んでいた。
一番の原因は雅であった。
周防雅とヒスイは、幼い頃近所に住んでおり大変仲が良かった。
いわゆる幼馴染であった。
小学生のときは一番仲が良かったといえよう。
しかし、中学生になったときを境に、現在のような関係になってしまった。
原因はわからない。
ヒスイにとって恐ろしいことに、自分にはその前後付近の記憶が欠落していた。
どうにも思い出せないのである。
大変なショックな出来事であったのだろうか。
ヒスイとしては昔の良好な関係に戻りたかったが、どうしようもできない現状だった。
「はぁ・・・。」
ため息をついたときだった。
「やっと見つけたわよ、子猫ちゃん・・・!」
背後から女性の声がした。
一瞬、誰に声をかけたのだろう、と思ったが、にわかに周りには自分だけだと気づく。
これまた心当たりがない。
不審な気持ち一杯で、後ろを振り向いた。
そこにいたのは30歳程の女性だった。
先程、件の山中の洞窟にいた女性である。
「あ、あの誰でしょうか?僕に何か御用でも?」
ヒスイは恐る恐る尋ねる。
「用は大ありなのよ。」
女性は続ける。
「でも最近の妖怪はすごいのね、人間社会にとけこんで、あげくに学校に通うなんて・・・!」
女性の言葉にヒスイはとっさに身構える。
霊術師か退魔士か、この女性は何者であろうか。
「目的のためにね、あなたが必要なのよ。
ちょっと強引だけど、あたしのものになってもらうわね・・・!」
そういうと彼女は懐から札を数枚取り出した。
退魔士が使用する霊力札だ!
「まずい・・・!」
ヒスイは防御姿勢をとろうとしたが、女性の方が早い。
無駄のない流れるような動きでヒスイに向かって数枚の札を投擲した!
札はまるで鉄板のように硬直化し、なにか推進力を得たように加速しながらヒスイへむかう!!
「!!!」
やられる!と
ヒスイが思った瞬間。
霊力札はヒスイに届かず、灰となって地面に落ちた。
「なに!?」
驚く女性。ワンテンポ遅れてヒスイも状況を把握する。
目の前にはヒスイのよく知る女性が仁王立ちしていた!
姉のコハクである。
普段の物静かな姿と違い、霊気をほとばしている。
その左手は、霊力を燃料とした炎、鬼火が渦をまいて包んでいる。
臨戦態勢だ。
「わたしの弟に・・・、手を出すのは許さない・・・。」
その瞳は怒りに赤く染まっていた!