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犠牲者  作者: 内藤晴人
7/18

ⅵ 混乱

 サード仕込み?

 惑連宇宙軍?

 

 暁龍はどうしてもそれらを結びつけることができなかった。

 だが、すでに暁龍の生態維持機能は限界に達しようとしていた。

 自己修復機能の作動と同時に、思考回路はその動作を停止する。

 次第に意識は暗く、遠くなっていく。

 人形のように崩れ落ちた彼に注がれたのは、勝ち誇ったような嘲笑だった。

 

    ※

 

「何をしているの? 無関係な人間は巻き込まないのが条件でしょう?」

 

 背後からかけられた女性の声に、一仕事終えたMPは振り向く。

 戸口には理知的な美しさを感じさせる女性の姿があった。

 

「失礼、アダムス博士。でも、このお二方を言葉で納得させるのは、気弱な支局長を抱き込む以上に大変なんで」

 

 そう言うと、MPはひざまずき意識を失っている暁龍の顔を、女性の方へと向けた。

 

「特にこのお兄さんは頭が固いらしくてね。ああ、安心してください。二人とも死んじゃいませんよ。そちらのお偉いさんの処置はお任せします。終わったら()()()お願いしますよ、アダムス博士」

 

 言いながらMPは、暁龍の体を担ぎ上げどこかへ運んでいく。

 その後ろ姿をキャスリン・アダムス博士は言い難い表情で見送る。

 その脳裏には忘れようもない過去が浮かんでいた。


     ※


 彼女がまだ惑連に在籍していた時のことである。

 出張から戻った彼女を向かえたのは、気心知れた同期達からの賑やかなねぎらいの言葉ではなく、どこか気味の悪い静寂だった。

 不審に思いながらも彼女は足早に研究室へと向かう。

 研究棟では普段見ない数の警備員や、事故調査専門の職員が交差するのを見るうちに、不審は不安へと変化する。

 そんな中、彼女は呆然として立ち尽くす同期の姿を見つけた。

 

(ジェイ)……。一体これは?」

 

 彼女から不意に声をかけられたᒍことジャック・ハモンドは、驚いたように顔を上げた。

 その顔に浮かぶ疲労の色は濃く、身に付けている白衣は所々赤く染まっている。

 ジャックは彼女の視線から逃れるように目を伏せる。

 そして、疲れきったような口調でつぶやいた。

 

「資料保存用容器の内圧管理装置に異常が出て、爆発が起きた。規模は大したことはなかったんだが、エドが……」

 

「エドが? 一体どうしたの? 貴方らしくもない」

 

 いつになく歯切れの悪いジャックの言葉に、彼女は不安を大きくした。

 果たして、ジャックから帰ってきた答えは予想通りのものだった。

 

「ニックをかばって頭部に酷い傷を……。蘇生しても植物状態と判断して、奴は例のチップを……」

 

「な……。 あのA.I.チップはまだ改良途中で、『成功例』もまだNo.3一人だけでしょう……?」


 成功とは言っても生前の記憶を伴わない、不完全な蘇生だ。

 完全な成功とは言い難い。

 

 親しい人物にいわば人体実験のような『治療』が施されたという事実を突然突き付けられて、彼女は言葉を失った。

 そしてこの時初めて、この研究に携わっている自分自身を恥じた。

 人が犯してはいけない領域に踏み込んでしまった、そう悟ったのだ。

 そして、惑連を離れようと決意するまでさして時間はかからなかった。

 

 多くを語らぬまま惑連を辞めて生まれ育ったルナへ戻り、地域病院で勤務していた彼女は見かけ上平穏な日々を送っていた。

 だがそれは、あくまでも見かけだけに過ぎないことを、彼女自身が一番理解していた。

 何より彼女は、人間が関与してはならない言わば『神の領域』に関わってしまった。

 その事実は時が経っても消えることなく常に重い十字架となって、彼女をさいなんでいた。

 

 そんな時に送られてきた、一通のメール。

 そこに記されていたのはI.B.の指導者にして伝説の闘士であるドライの別名サード。

 その名前は、異なる意味で彼女に畏怖の念を植え付けていた。

 そう。

 常々彼女は、行方不明となっていた『Doll計画』初の成功例であるNo.3と、あるいは同一人物なのではないかと疑っていた。

 

 先刻の要注意人物と言われた男の顔が、記憶の中の事故に巻き込まれたかつての同僚のそれと重なり、キャスリンは思わず立ち止まった。

 苦い思い出を振り払うように頭を揺らすと、彼女は長い廊下を歩み始めた。

 真実を確かめなければならない。

 自分にかせれた責任を果たさなければならない。

 そして、今度こそ現実から逃げ出すまいと決意して。

 

    ※

 

 ハイウェイを飛ばすこと数時間。

 アダムス博士宅を訪ねていた楊香とデイヴィットが首都に戻った頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 暗い夜空には、ぽっかりと青く光るテラが浮かんでいる。

 初めて見るその神秘的な美しさに見とれるデイヴィットではあったが、楊香のややヒステリックな声が彼を現実に引き戻した。

 

「一体これはどういうことよ?」

 

 常ならば二十四時間明かりの消えることのないルナ惑連本部ビルは、今は不気味な暗闇に包まれていた。

 彼女達と同様に外出していたとおぼしき職員が数十人、皆なすすべもなく外部から遠巻きに無言でビルを見上げているのが散見される。

 そんな中、デイヴィットは注意深く建物全体を観察する。

 暗く見えるのは明かりが消えているだけでなく、窓という窓にシャッターが降りているためでもある。

 そして、正面玄関にも防火防弾シャッターが降りている。

 

 中で何かが起きているのかもしれない。

 だとすれば先程、定時連絡を取ろうとしたとき回線がつながらなかったことにも説明がつく。

 そして、未だにルナ惑連との回線は切断された状態が続いている。

 

 憮然とした表情を浮かべこちらを見やる楊香に向かい、デイヴィットは切り出した。

 

「どうやら第一級非常事態が発動したようですね。この様子だと、内部は防火シャッターで分断されて……」

 

「だから、どうしてこうなったのかを聞いているのよ!」

 

 もう一度彼女は声高に叫ぶ。

 が、すぐさま彼女は次の行動に移っていた。

 携帯電話を取り出すなり、手当たり次第にルナ惑連要人に接触を試みる。

 その合間に彼女は茫然としているデイヴィットに向かい、ルナ惑連システムを経由せず直接テラと連絡を取るように指示した。

 慌てて脳裏の回線を開き接続を始めるデイヴィット。

 そんな彼の前で、楊香は深々とため息をついた。

 

「駄目だ。内部に取り残されていたと思しきお偉方は、揃いも揃って音信不通。とりあえず実働部隊の司令官に確認したら、非常事態発令と同時に臨戦態勢を取っているらしいんだけど。そっちはどう?」

 

 切羽詰まったような楊香に、デイヴィットは固い声で答える。

 

「テラ情報局によると、連絡が途絶えたのはやはり昼過ぎだそうです。システムへの外部からの不正侵入及びマルウェア汚染の可能性があったので、以後ルナとの通信は遮断しているとのことです」

 

「頭の固い事務方にしては上出来な対応じゃない。じゃ、行くわよ」


 言うが早いが、楊香は車に向かって歩きだす。

 

「行くって……。一体どちらに?」

 

 話が見えないデイヴィットは、反射的に首をかしげる。

 その様子に楊香は呆れたように再び深々とため息をついた。

 

「あなたの宿舎に行くの。もちろん表向きに割り振られたホテルじゃなくて、情報局お抱えの方。あっちならば、テラの指示を仰ぐのも都合がいいし、それに……」

 

「それに?」

 

「ᒍに少し確認したいことがあるの。アダムス博士とサードの関係、元同僚のᒍなら何かわかるかも」

 

「了解しました。ではご案内します」

 

 再び両者は車に乗り込むと、夜の街へと消えていった。

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