終章 真実
「命に善人悪人の違いは無い。……それは綺麗事とは解っている。けれど、結果的には私が事件の発端を起こし、加えて解決を遅らせてしまったのよね」
無数の人々が行き交う宇宙港の中、どこかアンバランスな男女四人組が、片隅のテーブルで陣取っている。
そしてそこだけ、周囲とは異なる空気が流れているようだった。
その重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうとしたのだろうか、キャスリン・アダムス博士はわずかに苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
「惑連は、私の行動をI.B.への協力行為ととるでしょうね。そうすると、ペナルティは公民権停止と医師免許剥奪程度で済むかしら」
「……少なくとも、職員に死者が一人も出なかった点では、博士の行動は評価されると思います。……例の件も脅迫によるものと判断されますので、そこまで心配するには及ばないかと……」
少し離れた所に座る黄暁龍は、アダムス博士と目を合わせようとせず事務的に返答した。
今回の一連の報告書を書くのは暁龍であるから、この発言は博士を弁護する記述を加えることを確約したようなものだ。
その気まずそうな様子を、楊香とデイヴィット・ローの両者は珍しい物でも見るかのように凝視している。
一方アダムス博士の顔には、寂しげな微笑が浮かんでいた。
そして、吐息を一つ漏らすと静かに切り出す。
「……やっぱり、全ての命を何としても救おうとするのは、間違った考えなのかもしれない。ニックはその一線を越えてしまった。私は彼についていけず惑連から逃げた。一番辛い思いをしているのは、最後まで残ったᒍなのかもしれない」
言葉無く三者は博士を見つめる。
その視線を意に介することなく博士の独白は、さらに続いた。
「サード……No.3の時はまだ息が有ったの。だからあれは『治療』なのだと、無理矢理思い込むことが出来た。でも、エドの時は……」
その言葉に、暁龍は僅かに身を乗り出す。
ドライと画面越しに対峙した時に投げかけられた『君はエドに似ている』という言葉。
あの言葉が、事件以後ずっと暁龍の中に謎として引っ掛かっていたのである。
だが予想に反して口を挟んだのは暁龍ではなく、博士の正面に座っていたデイヴィットだった。
「テラ惑連研究棟の爆発事故のことですか? 確か犠牲者はエドワード・ショーン技術主任という方だと……。テラを出る直前に、ᒍから聞きました」
言ってしまってからデイヴィットはあわてて口を閉ざす。
だが、時既に遅し。
驚きを隠せないアダムス博士の視線と、咎めるような楊香の視線、そして苛立ちを隠せない暁龍の視線が、同時にデイヴィットに注がれる。
「ᒍ……ジャック・ハモンドを知っているの?」
ようやく吐き出された博士の言葉に、デイヴィットは観念して言葉を選びながら慎重に答えた。
「はい。自分にとっては親代わりでかつ友人のような方なので。……失礼かと思いましたが、博士が離職された経緯は一応彼から……」
知っていたのなら何故報告しないんだ、とでも言うようにデイヴィットを睨みつけてから、暁龍は改めてアダムス博士に向き直った。
「あの……ドライが言うエドとは、もしかしてその惑連の職員の方なのですか?」
一瞬の空白の後、アダムス博士は寂しげに笑う。
そして、おもむろにバッグの中からある物を大切そうに取り出した。
「そう言われて見れば、どことなく似ているわね。髪と瞳の色が違うから、すぐには気付かなかったけれど」
博士の手にあったのは、一枚の古びた写真だった。
そこに写ってるのは、白衣を着た三人の男性。
その写真を食い入るように見つめる『三人』に、博士は説明を始めた。
「真ん中にいるのが、あなたの友人のᒍ……ジャック・ハモンド。その左側にいるのがこの間マルスで事件を起こしてしまったニック……ニコライ・テルミン。そして、右側にいるのが……」
はにかんだような微笑みを浮かべるその人を、彼らは良く知っている。
何故なら……。
「……少佐殿?」
楊香に脇腹を小突かれて、再びの失言にデイヴィットは口をつぐむ。
だが、幸いにもその声はあまりにも小さかったため、雑踏にまぎれ博士の耳には入らなかったようだ。
外野の驚きをよそに、博士は穏やかな面差しの男性を指差す。
「そしてこれがエド。爆破事故の被害者、エドワード・ショーン。もしあの時、現場に私がいたらどうしたか、今になってみても解らないけれど……」
そして、しばし写真を囲んで重い沈黙が流れる。
それを破ったのは、テラ行きの宇宙船への搭乗開始を告げるアナウンスだった。
「時間ね。色々とありがとう。向こうでたっぷりと絞られてくるわ」
再び写真を大切そうにしまうと、博士は立ち上がった。
一同に軽く会釈を残すと、足早に人ごみの中へと消えていく。
あとに残された『人ならざるモノ』達の間に、気まずい空気が流れた。
「……博士は、自分達の『正体』を知らないはずですよね?」
確認するようにつぶやくNo.21に、No.17は僅かにうなずいた。
「どちらにせよ、今は話す訳にもいかないでしょう? 話したらまたややこしいことになるのは確かだし……」
不意にNo.17は言葉を切る。
その視線の先には、神妙な面持ちで空を睨み付けるNo.18の姿があった。
「……どうしたの?」
「結局、俺は……どこまでいっても、少佐殿のコピーでしかないってことだな……」
低くもれるNo.18のつぶやきに両者は返す言葉もなく、ただ顔を見合わせることしかできなかった。
関わったものに有形無形の傷を残し、事件は一応終息した。
しかし、それに続く本当の危機は、すぐ目前に迫っていた。
犠牲者 了




