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犠牲者  作者: 内藤晴人


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12/18

ⅺ 告白

 その人が彼らの『生みの親』、ᒍことジャック・ハモンドである。

 にこやかに片目をつぶってみせるジャックに対し、だがNo.14は生真面目に返答する。

 

──ですが、規定では休憩時間は四十五分かつ休息時間は十五分と定められています。それに反しますと……──

 

──管理職に内規はあって無いような物さ。で、お二人さん。この回線経由で来るということは、何か緊急かな? ──

 

 首をかしげるジャック。

 瞬間、楊香の顔が強張った。

 

「ᒍ、お忙しい所ごめんなさい。ルナ惑連での事件は耳に入ってますよね?」

 

──ああ。ずいぶんと大変なことになってるみたいじゃないか。お前さんたちは巻き込まれなかったのかい? ──

 

「実は、そのことなんですけれど……」

 

 楊香は事の顛末をかいつまんでジャックに報告する。

 画面に映るジャックの隣では、事態の重大さを理解したNo.14が端末機に向かい記録を開始していた。

 そして楊香が説明を終えた時、ジャックの表情が心なしか曇った。

 

──すると、暁龍はまだ中にいる訳か……。しかし、それにしても……──

 

「支局外の駐留軍と、主な警察機動隊は押さえました。現在、第一級非常時体制にあります。それはともかく、I.B.の、いえ正確に言えばドライの真意が解らないんです」

 

──ドライ……サード……ドライ、か──

 

 デイヴィットと楊香からの報告を聞き終えたジャックの口から、顔すら明らかになっていない敵の首領の名がもれる。

 画面上のその人は、無意識に人差し指で米噛みの辺りを叩いていたが、不意にそれが止まった。

 

──ドライ……サード……No.3……もしかすると……──

 

 いつになく厳しい表情を浮かべるジャックに、ルナの両者は顔を見合わせる。

 が、注視される側は不意に傍らのNo.14に声をかけた。

 

──……レディ、エルウィン……No.3大佐のデータをこっちに回してくれないか? ──

 

 カチカチと端末機を叩く音が響くことしばし。

 ややあってNo.14の平板な声がそれに応じる。

 

──大佐殿のデータは大部分が保存期間を経過しています。どれほど残存しているかは解りかねますが……──

 

 そうか、とうなずいてから、ジャックは苦笑を浮かべてつぶやいた。

 

──まず、脳死の宣告を公にしなかった時点で臓器提供法違反。次に認可されていない脳外科手術を実行した時点で死体損壊罪。いや、あの時まだ息はあったから傷害罪、下手すると殺人未遂だ。しかも一度や二度のことじゃない……──

 

 さらに続きそうなジャックの言葉は、前触れもなく中断した。

 画面を通して注がれる人ならざるモノ達からの視線に気付いたからだである。

 

──すまん。年寄りの戯言たわごとだ。忘れてくれ。この歳になると、嫌なことばかり思い出して困るよ……──

 

 その言葉は彼なりのユーモアだったようだが、残念ながら不発に終わった。

 決まり悪そうに頭をかき回し咳払いを一つすると、ジャックは表情を引き締めた。

 

「ᒍ、ひょっとして貴方には事件の真相が見えているんじゃ……」

 

 ようやく発言の機会を得たデイヴィットの言葉が、普段は温厚なジャックの表情を険しい物にした。

 それを顔に貼り付けたまま、ジャックは果たしてうなずいた。

 

──見えている、と言うよりは、憶測に過ぎん。だが、悪趣味な想像ほど最悪な現実に近いということもある──

 

 自らに言い聞かせるかのように、ジャックは低くつぶやいた。

 それからおもむろにこう切り出した。

 

──まだ若い頃の話さ。お前さん達の原型を研究していた時のことだ。研究室ラボに瀕死の軍人が担ぎこまれてきた。彼は任務中に遭遇した爆発事故が原因で、頭部に酷い傷を負っていた。我々……ニックはひと目見るなりすぐさま脳死と判断した──

 

 ニックと言うのは他でもない、先にマルスでMカンパニーが起こした事件に関与して逮捕された初期のDoll開発メンバー、ニコライ・テルミン博士のことである。

 それを理解したルナの二人は、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 一方のジャックは、思い出になり切らない苦い記憶を、自らの中で噛み砕いて言葉にすることに苦慮しているようでもあった。

 

──上からの命令は、彼を助けてみせろ、というものだった。このままでは彼の死は明らかだ。命令か、人としての良心か。我々は究極の二者択一を迫られた。けれど奴は……ニックはためらいもなく決断を下した──

 

 微動だにせず次の言葉を待つルナの面々に、ジャックは予想と違わぬ答を口にした。

 

 ──実験中の……成功確率はコンマ以下と弾き出されたAI……大脳動作補助チップの移植手術を、患者に実行したのさ──

 

 自らの言葉に顔を見合わせるルナの面々に、ジャックはどこか寂しげな微笑を浮かべてみせる。

 そして腕を組みながらこう告げた。

 

──最悪、惑連のデータベースに残っていなかったら、自分の持っている資料をあたることになるな。二人ともすまないが、ちょっと時間をもらえないかな? ──

 

 断る理由は、両者には無かった。

 他でもない、今回の事件を解く鍵を持っているのは、ジャック本人なのだから。

 デイヴィットがうなずくその脇で、楊香は硬い声で答える。

 

「わかりました。その間に私は、実働部隊との連携を取ります。……最悪、突入することになるかもしれませんが」

 

 突入、という言葉を口にした時、楊香は両の手をきつく握りしめていた。

 

 そう、中にはまだ暁龍がいるのである。

 事が起きれば、一体どうなるか。

 聞くだけ愚問である。

 

 それを察し、ジャックは目を伏せると再び申し訳ないと言い、通信は一旦途絶えた。

 灰色のモニターを前にして、両者は図らずもほぼ同時にため息をついた。

 

「どうやら、大事になりそうですね」

 

「伝説の闘士サードが動いた時点で大事件よ。……とりあえず、第一機動隊と連絡をとるわ」

 

 うなずいて返したものの、デイヴィットも一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 

    ※

 

「……で、博士達は承認されていない手術をドライ……その軍人に行ったんですか?」

 

 突然聞かされた告白に眉をひそめる暁龍。

 一方のアダムス博士は、力無くうなずいた。

 

「ええ、彼は息を吹き替えした。けれど、『生前』の記憶は残されてなかった……」

 

 なんということだ。

 

 計算外の現実から目を背けるように、暁龍はシャッターの降りた窓へと視線を転じる。

 が、それを意に介することなく博士は独白のように言葉を継いだ。

 

「サード……エルウィン・シュトルム、通称、No.3。射撃と白兵戦の腕を買われて、しばらく情報局にいたらしいけれど」

 

 ルナ近郊で事件捜査中に消息不明。

 除籍時に二階級特進で大佐へ。

 

 それが暁龍の持つNo.3に関する情報の最後だった。

 その中には、先ほどDから聞かされたハイジャック事件の記録もある。

 皮肉なことに、『特務(Doll)』No.3との出会いが、一人の少年の人生を大きく狂わせてしまったのだ。

 

「突貫的な脳外科手術が不具合を起こしていると、彼が助けを求めて来たの。まさかとは思ったけれど……」

 

 暁龍から逃げ出すように、博士は話を打ち切り戸口へと向かう。

 

 弁解はしない。

 その代わり慰めも受けない。

 まるでそう言っているようだった。

 

 そして再び、室内には暁龍だけが取り残された。

 頭の中で、遠ざかっていく足音が反響する。

 窓に映る自らの姿が目前に迫る。

 

 そして……。

 

    ※

 

 どうやら奴等も馬鹿ではないようだ。

 そうなるともう一度ホストシステムに介入するのは難しい。

 

 次第にプロペラの音が近づいてくる。

 先程飛び立った輸送ヘリコプターが戻ってきたようだ。

 おそらくドライがここに来たのだろう。

 限られた戦力がその警護に割かれれば、こちらの監視は手薄になる。

 

 動くのなら、今だ。

 

 彼は扉へと歩み寄る。

 閉ざされた扉に強引に手をかける。

 一瞬の抵抗の後、それは飴細工のように歪み、人一人が通れる程の隙間が開いた。

 その様子を目にした彼の顔に、笑みが浮かぶ。

 いつもより照明が落とされた廊下に、彼は足を踏み出した。

 

 すべての窓に降りたシャッター。

 恐らく正面玄関を始めとするすべての出入口も同様だろう。

 完全に外界と遮断することにより、被害拡大を最小限に抑えるセキュリティシステム。

 果たしてそれは本当に一分いちぶの隙も無い物なのか?

 

 そうつぶやき、彼は唇の端をわずかに上げる。

 すべては、思い込みに過ぎないのだ。

 強固なこのシステムを目にした時点で、外部からの解除は不可能と思わせること自体がI.B.の作戦なのだから。

 まず彼は、扉の前に陣取っていた見張りを腹部への一蹴りでした。

 そして、その銃を奪うと手当たりしだいに防犯カメラを破壊していく。

 そのまま彼はセキュリティシステムの管轄外にある非常階段を、下へ、下へと降りて行く。

 遂に階段は尽きた。

 暗く、だだっ広い空間が姿を現した。

 彼は壁に手をかけると無理矢理引き剥がし、あらわになった通信ケーブルを引きちぎる。

 そして、そのケーブルの一端を懐に忍ばせていた小型端末と接続する。

 再びわずかに笑みを浮かべると、彼はそれに向き直った。

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