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不死身の勇者と転生聖女

作者: 楢弓

木々が生い茂り視界の悪い森を歩き続けても何も見つからず、そろそろ諦めて帰ろうかなと考えていた最中に目的の建物が急に目の前に現れた。街の人々が話していたとおり古めかしい館で、屋根は一部が欠け、外壁には蔦が巻き付き、薄暗い森の中だというのに窓からは一筋の光も漏れていない。

「悪魔の住む館…ねぇ」

建物に近づきながら聖女は呟いた。街の人々が言うには100年前に魔王が勇者に倒された後、討伐隊に追われ傷ついた悪魔が森へ逃げ込み当時住んでいた富豪を殺害して住み着いた、らしい。当時の人間がいないのでその逸話がどこまで尾ヒレの付いたものなのかはわからないが、森で迷い館に近づいた旅人が黒い影に追い回されたという報告が後を立たないことは事実なので、何かが住んでいることは確かだと思う。出来ることなら意思疎通の可能な魔物で情報を引き出せれば助かるのだけれど。館の正面までたどり着き、聖女は服にくっついた葉っぱや種子を取り除きつつ今までの「有力情報」の顛末を思い返した。王都で勇者の血を引いていると謳い特権を貪っていたペテン師、西の湖で勇者が投げ入れたと言われ湖の底から魔法で引き上げたガラクタ、勇者に重症を負わせたと恐れられ狂った教団に封印を解かれた東の祠の知能の低い魔物。勇者の痕跡を探して各地を旅しているが、あまり有益な情報が得られないことから半ば諦めながらも聖女は館の扉へ手を伸ばした。


館の中は外観と違いそこまで劣化していなかった。エントランスにある調度品や照明はホコリこそ被ってはいるが破損しておらず、物によっては保護魔法がかけられている。低俗な魔物であれば屋内でも気にせず暴れまわり周囲の物は壊れているはずだ。また、魔物ではなく賊だったとしたら貴重な品は保護魔法などかけずにどこかへ売り払っているだろうからこれも違う。壊れやすい品や劣化しやすい品にのみ保護魔法をかけているということは、少なくとも知能の高い生物がこの館に住んでいるもしくは住んでいた可能性が高い。今回は期待出来るかも、と思い進もうとした瞬間、低くくぐもった声が響いた。

「立ち去れ」

エントランスから伸びる階段を昇った2階に黒い影が立っていた。外からの薄暗い光で姿はしっかりと見えず、黒いローブをまとっていることだけが確認できた。他に気配を感じないため、先程の声の主はこの黒衣の人物がなのだろう。

「立ち去れと言ったのが聞こえなかったのか?」

その声の主は階段を降りながらこちらに近づいてくる。あまり友好的な雰囲気ではなさそうだ。いきなり攻撃を仕掛けてくる可能性もある。相手の挙動に注意をしながら聖女は話しかけた。

「突然の訪問申し訳ありません。こちらの館に悪魔が住み着いていると噂を聞いたので立ち寄ってみたのです。ですが、貴方のように素敵な方が住まれていらっしゃるのですから間違いだったようですね」

「素敵?これを見てもか?」

エントランスまで降りた影がそう言うと、突然照明に火が点った。その明かりにより影に隠れていた姿が照らされだした。ローブの奥に隠れていたその顔には皮膚や筋肉がなく、眼があるはずの場所には暗い窪みしかない。骨のみの指にはいくつかのリングをはめていた。魔王の死によって失われたはずの遺物。骸骨(アンデット)だ。

「どうだ?この姿を見てもまだそうなことが言えるか?」

声帯のないはずの口から音を発しながら近づいてくる相手に聖女はため息をついた。

「そうですね。先程の言葉は撤回しておきます。掃除はせずとも保護魔法をかける位には物の価値がわかる方だと思っていたのですが、悪趣味なイタズラで相手を騙すような方だったようですね」

聖女の言葉に骸骨は歩みを止めた。何を言っているのかわからないという顔だ。その姿では表情を見ることは出来ないが。

「悪趣味なイタズラだと?私は100年前に魔王様からも重用頂いた上級不死者(リッチ)だぞ。お前のような女など私の魔法で生気を吸い取って…」

「そんなでまかせは結構ですよ。まず第一に魔王の部下にリッチがいたことは事実ですが、魔王の魔力によって不死を保っていただけで魔王が倒された後はただの骨の塊に戻っているはずです。次に魔法で生気を吸い取ると言ってましたけど、本当にそれが目的なら最初から声をかけずに魔法を唱えているはずですし、わざわざその姿を見せつける必要がありません。それにその指輪。アンデットがはめるには緩すぎて本来であれば骨とリングが当たるはずなのに全く音がしませんでした」

全く怯えずに発言する聖女に相手は面食らってしまったようだ。トドメとばかりに聖女は幻覚解除魔法を唱えた。

「なっ!?」

聖女が唱えた魔法の閃光のあと、骸骨がいた場所には一人の少年が立っていた。先程の骸骨が来ていた物と同じ黒いローブに肩まで伸びた黒髪、その髪に隠れるような漆黒の瞳には驚きが浮かんでいる。右手にはめた指輪を確認するように見たあと、また聖女へ向き直った。

「あんた何者だ?このリングは古の賢者が錬金した最上位魔道具だぞ。その幻覚魔法を破れるなんて普通の修道女じゃないだろ」

「私は修道女ではありません。生まれつき高い魔力を持っているので人々からは聖女と呼ばれています」

こともなげに言いながら聖女は相手の声に驚き、その姿を観察していた。100年たっているのだ。そんなはずはない。でもその姿は…。

「私からも質問よろしいですか、勇者様?」


エントランスホールの奥にある客間に聖女を通し、勇者と呼ばれた男は暖炉へ火をつけた。

「なんで俺が勇者だとわかったのか教えてもらえるか?」

勇者はそう言いながらソファに腰を掛けている修道服の相手を観察した。エントランスの暗がりではわからなかったが、思ったよりも若い。色白の肌は若々しいハリがあり、ターコイズブルーの瞳は優しげな印象を与える。白と黒のベールの隙間から覗く明るいブロンドの髪は鎖骨近くまで伸び、体は黒いゆったりとしたワンピースに身を包み、手元は白い手袋に覆われている。自分のことを聖女と呼んでいた割には高価な魔道具やロザリオなどの凝った装飾品を身につけていないが、シンプルな修道服には強力な防護魔法がかけられている。

「あー…」

客間を見渡していた聖女は問いかけに対し、少し間を開けながらこちらへ向いて答えた。

「正直にいうと確信はなかったです。もともと100年ほど前からこの館に住み着いている悪魔に勇者様の情報を聞き出せればと考えていたのですが、普通の人間には扱えない指輪を身につけていて伝承通りの黒髪黒目だったので、もしかしたらと思って言ってみたら当たっただけです」

「当てずっぽうに見事引っかかったというわけか」

勇者は自嘲気味に笑った。だがもう一つ疑問は残る。

「それにしてもよく俺がまだ生きているとわかったな。ここに居着いてから100年近くも経っているのに」

「勇者様の加護が原因…ですよね」

正面に座った聖女が伏し目がちにそういった。勇者は顔に出さなかったが驚いていた。そこまで知っているのか。

「勇者様の伝承で魔王を倒した後の内容がおかしい事に気づいたんです。伝承では数年の旅の果に魔王を倒したあと、王国へ戻って数年間要職に就いてからまた旅に出られてそれ以降王国へ戻ることはなかったとなっていましたけど、王国に戻ってから旅に出るまでの数年間要職についていたはずなのにその間何をしていたのかが全く残っていませんでした。それで気になって調べているうちにある噂を聞いたんです。王国の宿屋の店主が旅に出る直前の勇者様を見たそうで、服装はボロボロだったけれど、その姿は魔王を倒して凱旋した時、いえ、魔王を倒しに仲間と王国を出発する十代の頃と何も変わらず力に満ち溢れていたと」

一度言葉と区切ると聖女は反応を確認するように勇者を見た。勇者は特に何も言わずに先を促した。

「噂を最初に聞いた時、比喩や誇張した話なのかと思いました。だって、体の成長が著しい時期に魔王を倒す前と倒して数年経過した後で全く変わらないなんて考えられないじゃないですか。ですが、その時に勇者様の加護のことを思い出しました。伝承では強大な魔を払うために神から与えられたその加護により、勇者様は不死身になられたと謳われています。魔王やその幹部との戦いでも致命傷を負いながらも、加護によって体が元通りに戻り生還出来たそうですね。」

「確かに死にかけたことは一度や二度ではなかったな」

勇者が肯定すると、聖女は頷きながら続けた。

「そこで勇者様の加護について伝承が不正確に伝わっているのではと考えました。不死身とは傷を治すだけではなく、老いによる死をも防ぐ力、不老不死の加護ではないのかと」

聖女の言葉を聞き、勇者は立ち上がって暖炉のそばまで行き、燃える炎を見ながら自分にかけられた加護について追懐した。ある泉で啓示を受けたことが始まりだ。その時は加護について何も知らなかったが、王国で仲間と出会い旅に出てから異変に気づいた。戦闘で失ったはずの右腕が翌日には元に戻っていたこと。攻撃で心臓を貫かれ気を失ったのに目が醒めたときには鼓動が再開したこと。そして、周りの仲間が年を取っていくのに自分は啓示を受けたときから全く見た目が変わらないこと。

「当時の王様は大層驚いていたよ。魔王よりもお前の方が化け物ではないか、てね」

「それでは、やはり王国に戻ってから数年間姿を見せなかったのは…」

その先を言うのが憚られたのか聖女は黙ってしまった。おそらく王国でどんな扱いを受けたのかも調べがついているのだろう。魔王を倒せるほどの力を持った人間など平和な時代には不要だ。場合によっては国を乗っ取られる危険性さえある。しかも、不老不死という権力者が喉から手が出るほどの加護も持っている。王国からすれば鎖で繋いででも研究したい実験体だろう。

「どうやってこの館まで逃げてきたんですか?」

聖女の問いかけに暖炉の火を見ながら答えた。

「この館はもともと仲間の魔法使いが住んでいてね。そいつとは王国に凱旋する前に再会を約束して俺と別れてここで暮らしていたんだが、中々訪ねてこない俺を不思議に思って調べているうちに城の地下で監禁されていることを知ったんだ。当時の俺は毒で弱らされていてとても一人の力では逃げ出すことなんか出来なかったが、その魔法使いの手助けで城から逃げ出すことが出来た。さっきの噂はきっと王国の外にある転送陣に向かう途中で見られたんだな」

「では、その魔法使い様と一緒にこの館で暮らしていたのですね?」

「ああ。といっても寿命ですぐなくなってしまったんだ。それからは一人で暮らしているのさ。たまに迷い込んでくる旅人を幻覚魔法で追い払いながらね。あんたには通用しなかったようだけど」

幻覚魔法を放った際に使用した指輪は本来魔法使いの物だ。自分が覚えているのは炎や風など攻撃用途の魔法が多く、補助用途の魔法は不得意なのだが、魔法使いが残してくれた指輪を使用すれば補助魔法でも最上位のレベルで唱えることが可能だ。館の調度品にかけている保護魔法もこの指輪を使用している。並の魔法使いでは幻覚にかけられていることすら気づくことができないその幻覚魔法を簡単に破ることが出来るとなると、聖女はかなりの力を持っているはずだ。そんな人間が生きているかどうかも分からない自分のことを調べながら旅をしていたということは、ただの好奇心ではなく何か理由があるはずだ。暖炉から目を離し、聖女の方へ向き直すと勇者は問いかけた。

「それで、ここには何の用事できたのか聞かせてもらえるか?」

勇者の問いかけに対してこれまで冷静だった聖女が初めて動揺をみせた。

「用事ですか?この館には勇者様の情報を調べる一環で来ただけで、さっき言ったこともあくまで仮説で本当に勇者様と生きてお会い出来るとは思っていませんでしたよ」

「その割には俺が勇者と認めたことにあまり驚いた様子はなかったが?それに聖女であれば立場上多くの役目があるはずだ。それらを放置して俺のことを調査していたって言うことは、それなりの理由があるんじゃないか?」

聖女の動きを見逃すまいと観察しながら、考えられる理由を頭の中で挙げてみる。1つ目が王国からの依頼だ。王国であれば俺が不老不死で生きていることを知っていてもおかしくない。王国に連れ帰り人体実験の続きを行いたいと考えてもおかしくない。2つ目は1つ目の理由とほぼ同じだが、依頼主が王国以外、この場合聖女へ命令を出せる教会だ。勇者の加護の秘密を知った教会が、王国と同じように不老不死の研究をするために、もしくは神の摂理に反するなどの理由で俺を狙っている可能性は考えられる。3つ目は誰からの命令でもない場合、つまりこの女が自分自身の目的のために俺を探していた場合だ。聖女であると偽り情報を集めて俺からの何らかの情報を聞き出すか、または先の理由と同じように不老不死の研究を行うためか。どちらにしても敵意を向けられれば戦闘は避けられないだろう。転送魔法で剣を右手に呼び出した。見た限り武器は持っていないようだが、隠し持っている可能性は捨てきれない。幻覚解除魔法を見る限り相手の方が魔法の練度は上である以上、護身と威嚇のためにも武器は必要だ。転送されてきた剣を見ると聖女は明らかな嫌悪の表情を浮かべた。

「武器を出すのはやめませんか?私が勇者様をさがしていたのは、戦うためでも捕えるためでもありませんよ」

「理由も言わない相手を信用出来ると思うか?」

「どうしても理由を言わないといけませんか?」

「また鎖に繋がれるような生活はまっぴらでね。身の安全が確保出来るまではここから出すわけにはいかない」

聖女はしばらく悩んだように唸ると、こちらに目を合わせた。

「わかりました。そこまで仰るなら正直に言います」

ソファから立ち上がり、聖女がこちらに近づいてくる。殺気はまだ感じない。

「色々な伝承を調べるうちに勇者様に興味以上の感情を抱くようになっていました。そして実際にお会いしてそれは確信に変わりました」

聖女は勇者の目の前まで来ると膝を曲げ、目線を合わせて微笑んだ。緑がかった青色の目が綺麗だ。殺気はまだ感じない。

「好きです、勇者様」

驚きのあまり剣を落としてしまった。


とりあえず聖女を2階の奥の客室へ案内し、自室へ戻ってくるとベットへ倒れ込んだ。魔法使いがなくなってから喋ることがほとんどなかったためか、それとも客間で急な告白のせいなのか、喉が乾いていた。聖女が言うには、教会からお役目に嫌気が差し巡礼を理由に旅に出たところ、今度はある国の王族から気に入られたらしく求婚を受けたらしい。急いでその国から逃げ出したが聖女を捕まえようと追手が差し向けられたそうで、そんな自分と伝承に隠された俺の状況に一種のシンパシーを感じ、いつの間にか恋愛感情にまで発展していたとのことだ。正直どこまで信じたら良いか分からない。人と会話するのも100年振りなのだ。嘘を言っているのかどうか判断するのも難しい。ベットから体を起こすとそばにあるテーブルから水受けを掴みコップへ水を注いだ。実際問題相手をどこまで信用出来るだろうか。少なくとも魔法は自分以上の力を持っており、剣で脅してもこちらへ近づいてきて笑いかける。普通に考えたら明らかにおかしいが、エントランスでこちらが勇者だと分かってからは一切敵意や殺気を向けてこない。魔王との戦いの旅や王国での経験からそういった感情には敏感になっているはずだ。この100年で勘が鈍ったかもしれないが。水の入ったコップを上から覗くと、疲れ切った顔をした少年が水面に映りこちらを見ている。信用?何を甘えたことを考えているんだ。そうやって相手を簡単に信じたから欲しくもない勇者という称号を与えられ、苦痛ばかりの旅に送り出され、そして最後は地下で鎖に繋がれたんじゃないか。相手が本当に自分を慕っているのかそれとも何か思惑があって近づいたのかは関係ない。夜が明けて朝になったらこの館から追い出して、森に結界でも張っておこう。自分の身は自分で守るしかないのだ。コップの水を飲み干すとすぐさま行動に移った。


翌朝ベットの上で目を覚ますと異変に気づいた。外敵からの侵入を防ぐため、この館を含む森全域に感知不能魔法と透視防止魔法がかけられている。その影響で陽の光が遮られ常に薄暗いはずが、今窓からは日差しが射し込んで来ている。誰の仕業かすぐに理解すると勇者はベットから飛び起き、転移魔法で防具と剣を呼び出しながら部屋を出た。自身の判断ミスを呪った。朝まで待つなんて悠長なことをせず、昨夜のうちに叩き出しておくべきだった。剣を強く握りながら廊下を抜け、エントランスにたどり着いた。エントランスまで行くとその異様な光景に目を丸くした。棚や時計、ソファに溜まっていたホコリがきれいに拭き取られており、棚の中のカップや壁に飾られた宝剣はくすんだまま放置されていたはずが元の輝きを取り戻している。そしてこれらの作業を行ったと思われる問題の人物は最後に残った窓ガラスを雑巾で拭いていた。

「あ、おはようございます、勇者様」

驚きのあまり立ち尽くしている勇者に気づくと、聖女は手を止めて挨拶をした。昨晩と同じように微笑んでいる。

「何をしているんだ?」

「何を、ですか?ご覧の通り掃除ですけれど。勇者様、貴重品に保護魔法は掛けていらっしゃいましたが、掃除や手入れはほとんどされていらっしゃいませんでしたね?これだけ貴重な品がたくさんあるのにホコリを被せたままは可哀想ですよ。あ、外の景色はいかがでしたか?人払いに使用されている魔法の影響で日光が遮断されていたので、透過魔法を重ねがけしておきました。やっぱり陽の光を浴びないと気分も落ち込んでしまいますからね」

こともなげに言うと聖女はまた窓の掃除に戻ろうとしている。勇者は慌てて相手に問いかけた。

「客室からはどうやって出た?部屋には施錠魔法を掛けておいたはずだぞ」

昨晩自室から出るとまず朝まで聖女を客室に閉じ込めておくため部屋のドアに施錠魔法を施した。また解錠されたり外部へ仲間を呼ばれないよう感知魔法を客室全体にかけておいたが、朝起きるまで何も感知されなかった。

「感知魔法がかかっていましたのでドアはそのままにしておきましたよ。お休みの最中にご迷惑おかけするわけにもいきませんので、はしたないですが窓から外へ出させて頂きました。ところで…」

そう言うと聖女は勇者が持っている剣に視線を移した。

「朝からそんな物騒な物を持ち出されるなんて、昨夜のお伝えした話はまだ信じてもらえていないのですね。うぅ、私悲しいです」

わざとらしく泣く素振りを見せられ、すっかり毒気を抜かれた勇者は剣と防具を魔法で元の空間へ戻した。それを見て聖女はまた微笑むと掃除に戻りながら言った。

「その窓が拭き終わったらお食事にいたしましょう。透過魔法をかけるために外へ出かけたら、近くに湖を見つけて魚を捕まえておきました。キッチンをお借りしてもよろしいですか?」


悲惨な経験をされて言葉だけでは信じて貰えないはずですので行動で私の気持ちを示します、という言葉と共に、聖女は半ば強引に館で暮らすようになってしばらくが経った。一人で暮らしているときは自室、書斎など必要最低限の範囲でしか手入れを行っていなかったせいか、聖女は部屋の掃除や外装の補償など毎日忙しそうに作業をしている。今日も朝起きて朝食を一緒に食べると聖女がシーツなどを持って洗濯をしに湖まで出かけていくので、それを館の外まで出て見送ると館の補修のために切り倒された木に腰掛けた。最初は鬱陶しく思い事あるごとに館から締め出そうとしたが、魔法力だけでなく機転も効くようで毎回追い出すことに失敗した上、逆に聖女の言い分を受け入れるように話が進み、昨晩はなぜか同じベットで寝るようなことにまでなってしまった。まるで、こちらが相手の手のひらの上で踊らされているような感覚だ。だが、甲斐甲斐しく世話を焼く姿に絆されたわけではないが、今の生活にどこか安心感を覚えている部分もあった。聖女の言う通り、これまでの人生は苦しいことや人に裏切られることばかりで常に危険を意識していなければならなかった。それが聖女と暮らしているとふとその緊張が緩むことがある。もちろん、自分を好きになったなんて言葉は信じてはおらず、何か別の目的があって近づいてきたのだと考えている。でも、と勇者は思う。自分に危害を加える気はないという聖女の言葉は信じても良いのでないか、そんな風に思うようになっていた。そんなことを思っていると頭の中に低いキィーンという音が響いた。森の入り口に仕掛けた感知魔法が発動したのだ。しかもその音がなり続けているということはかなりの人数が森の中へ入ってきている。この森に生息しているのは獣くらいで建物もこの館だけ、しかも俺の噂で近くの町の住人は近寄ろうとはしない。たまに旅人が興味本位で入ってくるが、大人数となると旅人の可能性も低い。思い当たる節は一つしかなかった。聖女が裏切ったのだ。さっき迄の感情は奥底に沈み、真っ黒い泥のようになって心を支配する。館からは入り口と湖は方向が逆だ。先に湖に向かい聖女を倒してから入り口に向かうべきか。いや、戦闘が長引いて挟撃される可能性がある。侵入してきている集団がどれだけの規模や力量かまず確認し、この森から逃げることも含めて考えるべきだ。そう決めるが早いか、森の入口へ疾風のように駆けていった。


さっきまでの晴天が嘘のように、森に入った途端視界が薄暗くなり、男たちははぐれないよう列になって進んでいた。皆金属の鎧に剣を携えているがどことなく頼りない。先頭を歩く男にいたっては恐怖で顔を引きつらせ腰も引けている。森の奥にある館に潜む悪魔。黒い影のような姿で気づかぬうちに後ろに立っていたり、骸骨の姿で生気を吸い取ろうと館に誘い込もうとしたりすると旅人たちは言っていたが、そのいずれもはっきりとした姿を見たわけではなかった。そして、実際に見たことがある人間はこの場に誰一人おらず、おそらくその姿を見ているのは先日この森へ調査に出かけた聖女だけだろう。手に持った石を見るとそれはまだ光を放っている。森へ出かける前に聖女が残していった石で、自分に何かがあればその石が光ると言っていたが、昨日までなんの変哲もなかった石が今朝目を覚ますと光輝いていた。聖女の身に危険が生じたと知った男たちは防具と武器を手に森へ侵入したのだが、進めば進むほどこの先にどんな恐ろしいモノが待っているのか怖くなってきており、枝の落ちる音や獣が鳴く声が聞こえる度にその足が止まっていたのだった。その時、森の中だと言うのに風が後ろから吹いてきた。その嫌な風に男たちは立ち止まり後ろを振り返った。すると、一陣の風が後方から男たちの間を駆け抜け、その瞬間全員近くの木々に叩きつけられていた。叩きつけられた衝撃で苦しむ者、何が起きたかわからず呆然とする者、恐れるあまり叫びだす者などがいる中で、先頭を歩いていた男が体を起こそうとすると、目の前に黒い影が立っていた。この森に巣食う悪魔だ。男は剣を取ることも忘れ怯えた悲鳴を上げ後ろに逃げようとしたが、すぐ後ろには先程叩きつけられた木があった。それでも木に縋るようにしがみついた。黒い影が右手に持った剣をゆっくりと掲げるとこちらへ振り下ろしたのを見て、男は恐怖に目を閉じた。だが、剣で切られたような激痛はなく、代わりに鋳物屋で聞くような金属同士が鈍くぶつかる音が響いた。恐る恐る目を開き見上げると影と男の間に割って入るように修道服を来た女性が短剣を構えていた。聖女様だ。

「何をしているんですか?」

聖女が口を開いた。いつも柔和な笑みを浮かべていた顔には険しい表情を浮かべ、宝石を思わせるきれいな瞳は影と倒れている男たちへ鋭い視線を送っている。黒い影に対してだろうか?黒い影は何も言わず剣を構えると、急に視界から消えた。消えたと同時に聖女が身をかがめて横へステップをすると、男がしがみついていた木が男の頭の数センチ上から切り倒された。横へ飛び退いた聖女は何かの魔法を唱えたようで体が淡く光を放っており、素早く背後へ向きを変えると両手で短剣を構えた。すると先程とは異なり鈍い音とは違う高音が響くと共に、聖女の体が後ろへ押し飛ばされた。体勢を崩しそうになった聖女の胴体へ風切り音が迫るが、地面を強く蹴り体を宙に浮かせると何かが空を切る音だけが響く。地面へ着地するタイミングでまた聖女が両手で上段に短剣を構えると、今度はキィンという高音と共に短剣から火花が出ているのが見えた。そこで男はようやく気がついた。黒い影は消えたのではなくあまりの速さに見えていないだけなのだ。共に森にやってきた他の男たちもそれに気づいたようで、皆地面伏せたり、木にしがみついて聖女の姿を見ている。聖女はというと手に持った短剣と魔法で一時的に向上させた身のこなしで黒い影からの攻撃を捌いている。男が見えている限りでは衝撃で木に押し付けられたりはしているが、黒い影の剣で傷付けられてはいないようだ。だが、防ぐので精一杯であるなら、相手が諦めない限り聖女に勝ち目はないのではないか?そう思った矢先、草や枝に足元を取られたのか、聖女の体勢が崩れてしまった。影もそれを見逃さなかったようで、一瞬男の視界の端に入った時には聖女へ向かって切りかかっていった。聖女も短剣で防ごうとしたが、剣同士がぶつかる高い音に混じって何かが切れたような音が聞こえた。聖女は素早くその場所から飛び退いて体勢を立て直したが、短剣を握った右腕を左手で庇っている。見ると右腕の修道服が切られ、握られた剣の先からは血がポタポタと垂れている。ガードが間に合わず剣で切られたのだ。このままではまずい。男は思ったと同時に体を動かしていた。他の男たちも同じことを思ったのだろう。一緒に駆け出しており、聖女を囲うように陣を取った。すると、黒い影が姿を表した。そして驚いたことに声を発したのだ。

「あんたたちは何者だ?何のためにここに来た?」

恐怖に体が竦む。だがここで逃げるわけには行かない。腰にぶら下げたままだった剣を掴むと、声を震わせながら影に向かって言った。

「お、俺たちは、街を救ってくれた聖女様を、悪魔であるおまえから、た、助けに来たんだ!」

男の言葉に黒い影は近づこうとした足を止めて、身動き一つ取らなくなった。急に動かなくなった相手に男たちが困惑していると、後ろで庇われている聖女がため息を漏らした。

「皆さん最初に言ったはずですよね?何をしているんですかと」


森の入口へ向かって歩く勇者のすぐ後ろをくっつくように聖女が従いて歩き、そこから少し間を開けて聖女を探しに来た街の男たちがずらずらと列をなしている。入り口の近くまで来ると、街の人々が集まって心配そうに森を見つめていた。勇者が森の入り口まで来たのは魔法使いがなくなって、感知魔法をかけ直しに来た時以来だった。自分も森から出るべきかどうか一瞬悩んだのち、勇者は入り口のそばで脇によけ、聖女と男たちへ森から出るように促した。ちらりと聖女がこちらを見ると俺の横に立ち、男たちに先に道を譲った。森から出てきた男たちの姿を見て、街の人々からは歓声があがった。全員が出た事を確認すると森の奥へ引き返そうとしたところ、聖女に腕を掴まれた。

「なに?」

「いやいや何帰ろうとしているんですか?ちゃんと街の人たちに挨拶しないと」

「別に俺が行かなくてもいいだろ?それに大勢の前に姿を晒すなんて危険な事したくないし」

勇者がそう言うと聖女はやれやれとため息をついた。

「助けに来てくださった方々にはもう姿を見られているのですから良いではないですか。私のように以前から調査をしていた人間じゃなければ、貴方が本当は誰なのか気づいたりしませんよ。それに変に隠れ続けていると噂が大きくなって、いつか王国から人が来てしまうかもしれませんよ?」

確かに聖女の意見も一理ある。王国まで噂が広まり、館の悪魔が現れた時期と俺が逃げ出した時期がほとんど一致していることに気づく人間が現れたりしたら厄介だ。かと言って、今まで悪魔と恐れられていた俺が急に人々の前に現れたらどうなるだろうか。魔王を倒し王国へ戻ったときの城の人々の化け物をみるような視線を思い出した。渋っている俺を見て何かを察したのか聖女は明るい青緑色の瞳をこちらに向けて優しく語りかけた。

「集まっている方々からも敵意など特に感じないでしょう?それに大丈夫ですよ。なにかあったら一緒に逃げてあげますから」

いたずらっぽくウインクをすると聖女は勇者の腕を掴んだまま森の外へと出た。男たちに遅れて聖女が姿を表すと歓声は一段と大きくなった。俺を引きずるように歩きながら聖女は街の人々からの歓迎の声に応えている。すると年配の男性が聖女の近くまで歩いてきて声をかけてきた。

「おぉ、聖女様。ご無事で何よりです」

「いえ、こちらこそご心配おかけしてしまって申し訳ありません、長老様」

そう言って頭を下げる聖女に対し、長老と呼ばれた男性は手を左右に振ってやめさせると、森の方へ顔を向けた。

「お預かりしていた石が気づいたら光っていたものですので街の男たちに声を掛けて救助に向かわせましたが、お怪我などはありませんか?」

長老の言葉に聖女は少しバツの悪そうな顔をして勇者に目線を投げたが、すぐににこりと笑うと目の前の長老へ答えた。

「健康そのものですよ。石が光ったのは精神が乱れてしまったことが原因だったのですが、負傷や危険以外でも発光することがあるとしっかりと伝えていなかったことで皆さんにご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありません」

「いえいえ。そもそも森へ行くことを引き止めた我々が無理を言って聖女様の安否を確認するためにご用意して頂いた物ですので、無用な心配でここまで大事にしてしまったのは私どもの責任です」

そこまで言うと、長老は聖女から後ろで隠れるように立っていた勇者へ視線を移した。

「それで一緒に森から出てきたこちらの少年は一体どなたですかな?黒髪ということはこの周辺の生まれではなさそうですが」

「この子が街の皆さんが噂していた悪魔の正体ですよ。といってもこの子自身が悪魔と呼ばれていたのはここ数年の噂だけですけどね」

俺を前に押し出しながら聖女は長老に対して、森で男たちに行った説明を繰り返した。森の奥の館に世間嫌いの魔法使いが代々家族と住んでおり、館に人を近づけないために魔法で人を脅かしていたが、数年前にこの少年を一人残して家族は死んでしまった、それ以降館で一人で暮らしながら旅人を獣の潜む森から外へ追い返していた。咄嗟についた嘘にしては上出来だと思う。それに聖女が話す言葉であるためか、襲われた男たちもそして今話を聞いている目の前の長老も嘘と疑わずに信じ切っているようだ。

「確かに旅人たちも襲われたという割には、無事に森の外まで帰ってこれておりますからなぁ」

妙に納得したような表情で長老が頷くと、

「脅かすような真似はあまり褒められたものではありませんが、まだ子供だと言うのに誤って森に入ってしまった人が危険な目に合わないよう森の外へ誘導してくれたことは感謝しております。本当にありがとう」

そう言うと、長老は俺の手を取って頭を下げた。どう対応したら良いか困っている俺を聖女は愉快そうに眺めていたが、軽く咳払いをして長老に話しかけた。

「しばらく一人で暮らしていたようなので人と上手くコミュニケーションが取れないみたいなんです。でも、きっと嬉しく思っているはずですよ」

しばらくという言葉に含みを持たせるような言い方をして笑みを浮かべた。確かに一人で生活していたのは、長老が思っているような数年ではなく実際は100年近いのだから、それを分かっている人間からしたらそのすれ違いは面白いのだろう。それに旅人を追い払っていたのは自分の正体を隠すためなのだから街の人から感謝される必要はないのだが、それを言えばまたややこしいことになってしまうから黙っているだけで、コミュニケーションが取れないわけではないし、嬉しい気持ちもこれっぽっちもない。

「森の館で一緒に生活してみたのですが、まだまだ心配ですのでもうしばらくこの子のお世話をしようと思っています。それと他人に馴れてもらうためにもたまに街へ二人で来たいのですがよろしいでしょうか?」

「おい、ちょっとま…」

「私どもも聖女様方が街へ来ていただけるととても嬉しいです。ぜひお越しください。どうせならこの街で暮らしていただいても構いませんよ。ファッファッファ」

一緒に暮らしているうちに薄々感づいていたが、どうやら聖女は俺が困っている様子を見るのを楽しんでいるようだ。


2人で館に帰ってくると聖女は服を着替えてくると言って客室へ向かった。勇者は食堂を通って厨房に入ると、街で貰った食料のなかで保存出来るものを棚にしまった。自分を子供だと思い込んでいる街の人々から、あれやこれやと色々な物を渡されてしまった。結局街へは聖女の要望通り定期的に訪問することになってしまった。流石に街に住むという申し出は俺はもちろん聖女も丁重にお断りしたが、長老の粘り具合を見るとこれから街へ行く度に催促を受けそうだ。生モノを調理台の上に置くと、食堂へ戻り椅子に座った。なんだかドッと疲れが押し寄せてきた。聖女相手に久しぶりに本気で剣を振るったためだろうか。森の中で男たちを見つけた時、歩き方や周囲への警戒の仕方から戦闘慣れしていない集団だと言うことはすぐに分かった。流石に街の住人だとは思わなかったが。相手の戦意を削いだ上で聖女との関係や森へ入ってきた理由を聞き出そうと脅しを掛けようとした時にちょうど聖女があの場所に駆けつけたのだ。頭を下げて足元を見ると、着ているローブやズボンが泥で汚れていた。服を着替えるついでに汗を流そうと思い、浴室へ向かう。それにしても、と歩きながら勇者は思い返す。聖女でありながらなぜ彼女はあれだけ戦闘慣れしているのだろう。こちらを攻撃する素振りが全くなかったので途中から力を試す目的で攻撃を続けたが、最初の一、二撃は少なくとも本気だった。それを身体強化の魔法だけで防ぐなんて、通常の魔法職では考えられない。実際、100年前の旅の中でも近接戦闘に特化した魔物や敵以外には、物理的な手段で自分の攻撃を防げた相手は片手で数えられる位しかいなかった。

物思いにふけりながら浴室へ続く脱衣所のドアを開けると、下着姿の聖女が姿見の前に立っており、こちらへ振り返った。一瞬驚いたような顔をしたあと、同じように驚いている勇者へ意地悪そうに笑顔を向けてきた。

「あら、勇者様。どうされました?もしかして、私と一緒にお風呂に入りたかったのですか?」

「いや、なんでここにいるんだよ!客室に行ったはずだろ!」

「あぁ、そのことでしたら、勇者様と別れたあと、どうせ着替えるなら一緒に汗も流しちゃおうと思って、着替えだけ部屋から取ってきたんですよ」

「それじゃあさっさと浴室に行けば良かっただろ!なんで鏡の前にいるんだ!」

「腕に怪我の痕が残っていないか鏡で確認していたんです。勇者様に切られた後、すぐに治癒魔法で治しましたが、治癒が遅かったり不十分だったりすると痕が残ったりしますから」

そう言って見せられた聖女の右腕は切られた痕どころかシミ一つない陶器のようだったが、それよりも視線は他の場所へ吸い寄せられてしまった。

「ところで、勇者様はどうしてこちらへ?」

「へ?あ、いや、俺は着ている服が汚れてたから着替えるついでに風呂に入ろうと思って…」

「なんだ、私と同じじゃないですか。それじゃあやっぱり、一緒にお風呂に入りましょうか?それともこのまま下着姿の私を鑑賞されますか?」

そこまで言われてようやく思考が戻った俺は急いで脱衣所から出て、魔法でドアに鍵を掛けた。

『少しからかっただけなのに、そこまで逃げなくとも良いじゃないですかぁ。それに昨晩同じベットで過ごした仲でしょう』

「意味深な言い方をするな。魔法でどうにか出来るはずなのにベットに水をこぼしたとか言って、勝手に人のベットに潜り込んできただけだろ」

ドアに背を向けるようにもたれかかり、勇者は動悸を抑えながら言った。目をつぶって先程の光景を忘れようとしたが、瞼の裏には聖女の姿が焼き付いていた。

『鍵は開けておきますので、もし一緒のお風呂に入りたくなったらいつでもいらしてくださいねぇ』

その声と共に、施錠魔法が解除された音が聞こえた。勇者はその音を聞くと逃げるようにその場から離れた。この時、聖女の下着姿が衝撃的過ぎて勇者はその直前に見たモノを記憶から消してしまった。ドアを開けた瞬間、鏡に映った聖女の瞳は燃えるように紅かったことを。


浴室でシャワーを浴びながら聖女は勇者が屋敷から出たことを感知した。十分離れているから今であれば大丈夫だろう。聖女が目を閉じると肩までしかなかった髪は腰の位置まで伸び、陽の光のような金色から月明かりのような白銀色へと変化した。そして、再び開いたその目は真紅の色に染まっていた。この体であそこまでの力を出したのは初めてだったので、さっきは気を抜いてしまった。これからはしっかりと勇者がいないことを確認してから姿を変えなくては。その長い銀髪をケアしながら、今日の出来事に満足感を覚えていた。ここで100年振りに出会った時はまるで気力の感じられない、ただ生きているだけだった勇者が随分明るくなったものだ。それに途中から手を抜いたようだが、剣を交わした限りでは思っていたより戦闘力が落ちていないようで安心した。これから街の人との交流も深めていけば、以前のような活力を取り戻せるだろうか。いや、戻ってもらわないと困る。そうでなければ、こうして転生してまで待ち望んだ復讐が果たせないのだから。シャワーを止めると先程まで聖女だった女−魔王は密かに微笑んだ。

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