積もる、募る。
このお話はフィクションです。
ああ、また今日も仕事でミスをした。
その人は声を荒らげる。
大きく威圧的な声。
心臓が鷲掴みにされるような錯覚。
心拍数が上がる。
説明しなければ。
声がうわずったりしないだろうか。
以前、くどいと吐き捨てられたことがあるので、シンプルに。
その人は、自分にミスはないと主張する。
確かに、その人のミスではなかった。
むしろ、ちゃんとチェックをしたことは感謝してもいい部分。
結局は、私の認識の違い。
必要なのは、『今』の情報。
私があげたのは、『最終的』な情報。
それは『今』必要ではなく。
結局は、私のミス。
だから、叱責されることはまあ仕方がない。
どんくさい私。
ずれた返事をしてしまう私。
信用も評価も、地を這うアリかイモムシか。
……だからといって、そんな言い方はないんじゃない?
『お前頭おかしいんじゃないか!?』
素知らぬ顔で謝罪して、訂正して、直しましたと再提出。
お願いしますもセットで。
ああ、また今日もミスをした。
ミスをするのはどうしてか?
仕事に集中してないからだと言われたことがある。
やはりそれは、私が悪いのだと思う。
……だからといって、気分と機嫌で言うことが変わるその人に、他の人のことを『頭がおかしい』などと言う資格はあるのかな?
どんくさい私。
よくミスをする私。
一緒に仕事をしたら、ストレスがたまるのは理解ができる。
私がそうだから。
その人の顔を見たくない。
その人の声を聞きたくない。
その人と同じ部屋の空気を吸いたくない。
その人と一緒に仕事をしたくない。
その人に頭を下げて仕事を頼みたくない。
いなくなればいい。
消えてなくなればいい。
きっとその人も、同じことを考えている。
私がいなくなればいいと。
私が消えてなくなればいいと。
きっとその人も、そう思っている。
口下手な私。
あらかじめ言いたいこと、言うべきことを整理してから発言することが苦手な私。
怒鳴られると萎縮して、声がうわずる私。
どもって何度も言い直す私。
とっさに真逆のことを言い出す私。
説明しようとして、言葉が上手く出てこない時のある私。
素知らぬ顔でごめんなさい。
へらりと笑ってすいません。
状況を説明しようとして口を開けば、くどいぞ手前と一喝。
結局、すみませんと頭を下げる。
『反省してんのか? そのツラ、バカにされてる気分だ!』
そんなことはないです。すみませんと、嵐が過ぎ去るのを待つ。
あまり私が悪くないことでも、私が悪いということになれば、ことはスムーズに進む。
他の人のミスを失敗を、私が悪いということにしておけば、ことはスムーズに進む。
そんなことを何度も繰り返すうち、色々諦めるようになった。
日本語が通じていても、会話が成立しない人がいる。
俺が正しいのだから、お前は間違っている。
頭を垂れて這いつくばえ。
謝罪以外は認めない。
そんな言葉が透けて見えるような態度。
最初から一切話を聞く気がない態度。
上の立場から、私の言葉に被せてくる。
言うことを聞けと。
話を聞いてくれない人がいることを知り、会話を諦めるようになった。
仕事のことがよく分からないから人に聞いた。
何回聞いても分からないからまた聞いた。
失敗してはいけないからと、念のためまた聞いた。
少しは自分で考えろ! と怒鳴られた。
なら、と、自分で考えて行動してみた。
お前の考えのどこが正しい? と言われた。
何を根拠に? と。
どうすればいいのか分からなくなった。
未経験の仕事を任された。
他の人は、それぞれ得意分野がある。
それを軸に、仕事を割り振った。
とはいえ、仕事の進め方は個人々々で違う考えがあった。
Aの人のプランとBの人のプランとCの人のプランと、全部違った。
どのプランも、誰にとってやりやすいかという違いしかなかった。
結局、一番大きな仕事を担当する人のプランを採用した。
あっちにいけば、あの人から愚痴が。
こっちにいけば、この人から愚痴が。
一人でできる仕事ではないので、なだめすかして頭を下げる。
私の方が立場は上なので、私の言うことを聞いてください。
言ったら最後のこの言葉を、飲み込んで。
積もる。募る。
また今日も、見えない傷が増えていく。
時間と共に薄くなっても、決して消えない傷が。
ああ、また今日もミスをした。
たぶんそれは、きっと私が悪い。
今日はあの人がミスをした。
たぶんそれは、きっと私が悪い。
立場というものは、そういうもの。
私が悪ければ、誰かの気が済んで。
私が悪ければ、誰かの仕事が捗って。
そうやって今日も増えていく。
見えない傷が増えていく。
積もる。募る。
このお話はフィクションです。
誰の共感も得られないことを望みます。
もし、共感が得られたとしたら、それは。
それは、あなたが、このお話の『私』より深刻な状況だと思うから。
どうか、傷ついた心に安らぎを。