第6話 森で見つけた赤ちゃん
数日後――街で買い物をした帰り道の森の中を歩いていた。
休日習慣でメイドや執事の半分が休みに入っている為、こういう時はと僕たちが昼食と夕食の買い出しに出ていた。
父さんと姉さんはいつも通り魔法の修行の為、僕と母さんの二人きり。
母さんは僕とデートできると終始機嫌良くはしゃいで笑顔が引かないようだ。
美人な母さんが街に出れば男達の視線を独り占めするのだが、今日はそれが何倍にも増していた。
女の子が苦手な僕でも母さんだけは特別に美人だと言い切れるかもしれない。それくらい輝いて見える。父さんが結婚したのも頷ける程に。
そんな帰り道で僕のステータスバーが4年ぶりに目の前に現れた。
「わっ!」
「どうしたの?」
僕の急な動揺のしようで今日初めて母さんの笑顔が心配する表情へと変わった。
まずい…………母さんに僕が魔法が使えないわけじゃないことを知られてしまう!
しかし、母さんには僕の目の前にあるこのステータスバーを見ても何も言わない。
僕は恐る恐る振り返り、聞いてみる事に。
「……母さんはこれを見ても驚かないの?」
「ん? どれどれ?」
見えていない!?
母さんには、ステータスバーが見えていないのか。
これが僕にしか見えないってことは、僕が魔法まがいの力を持っているのを知られる心配はないのか……良かった。
それにしても、どうしたんだろう。
なんで今になってステータスバーが出てきたんだ? 僕はもう異能は使わないぞ。
見てみると――ステータスバーのあの項目がまた増えていることに気付く。
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NAME:ゼクト・ディア・ヴァルヴレイヴ
HP:?/?
MP:0/0
ABILITY:F
SKILL:EVO
MAGIC:ー
Ψ:XXXXX 浮遊 透明化 分身 念写
瞬間移動 千里眼 身体強化 石化 聴覚拡張
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聴覚拡張?
まぁ、また便利そうな能力だけど。
ん? そういえば、何か聞こえてくるような…………。
「どうしたのジュニア? 何か見つけたの?」
「……うん…………」
それは森のざわめきや、鳥の鳴き声、何かが茂みの中を走る音、川のせせらぎなどの中で小さく。
それでも助けを求めるように発している――赤ちゃんの幼い鳴き声だった。
「子供だ、赤ちゃんだ!」
「ジュニア!!?」
僕はすぐさま家まで続く道を外れて整備されていない森の中へと入っていく。心配して手を伸ばす母さんを置いて。
赤ちゃんがなんで森の中に?
いや、それを考えるのは探し出した後だ。
近づいてはいるはずだけど――ダメだ。僕の走るスピードが遅い。まるで子供になったみたいだ。
いや、今は子供だった。
それなら――【身体強化】!!
全身から力が湧いてきて、まるで生まれ変わったかのような気にさえさせられる。
生まれ変わってはいるんだけどね。
僕の足は地面を蹴ると、凄まじい身体能力を見せ、カンガルーも目じゃない程の跳躍力を発揮し、いつも見上げている木々より高く跳ぶ。
普段の自分の身体能力と違いがありすぎて着地はおぼつかないけれど、走ればまるでその場の時間が止まったように触れた葉が舞うのが遅れているみたいだ。
最初にこの力を発現した時も思ったけど、今の僕はなんでもできるような感覚がある。
これじゃあ母さんが僕を追って来るのは絶対無理だろうが、手加減なんてするつもりはない。
なんせ今の僕は、動物界の王のような存在なんだから。
少しは調子に乗らせて!
「おぎゃあ――! おぎゃあっ!!」
泣き声が鮮明に聞こえてくるようになった。
赤ちゃんの居場所は近い。
場所を限りなく特定すると、そこへ一直線に脚を動かした。
見つけた!
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
僕の最初の泣き声と比べると見劣りするが、小さい体で助けを求める声を上げ続ける金髪の赤ちゃんが入った竹製の籠が木々が開けた場所にポツンと置いてある。
聴覚拡張で周囲に聞き耳を立てるが、人間の歩く音は母さんのもの以外聞こえない。
中は『誰か助けてください』と書かれてあるだけの置手紙と、赤ちゃんを包む布しかなく、その布を少し捲ってよく顔を見ようとした。
すると――赤ちゃんが一人だけではない事が分かった。二人いたんだ。
だけど、もう一人の子は泣くどころか、静かにすやすや眠っている。
こういう時、元の世界の人という漢字についての疑問が過るな。
あれって、一人が支えて一人は楽をするっていうもので――これはまるでそれを示唆しているかのようだ。
一人が頑張って助けを呼び、一人はただ寝ているだけ。
だが、僕はもちろん二人共助ける。
だって、二人とも犠牲者ってことは変わりないし、赤ちゃんを放っておくなんてできない。
とにかく、母さんや父さんに一緒に住めないかお願いしてみよう。
うちは裕福だし、子供二人増えたところで大丈夫だろう、と思いたい
赤ちゃんの入った籠を持ち、来た道を戻っていく。
帰りは、【身体強化】と【千里眼】と【聴覚拡張】と【瞬間移動】の四段構えで戻っていった。
赤ちゃん二人分を持つ程の力はないから身体強化は必須として、
千里眼と聴覚拡張によって場所の特定に狂いがないようにした。
千里眼だけでは周りが森で場所の特定が難しいし、聴覚拡張を使えばだいたいの方向は分かる。
もちろん、瞬間移動する場所は母さんから少し離れた場所だ。
これで母さんを見失わずに家に帰ることができたのだった。
◇
◇
◇
僕は、姉さんと父さんが魔法の修行をしている最中に父さんに呼びかける。
「父さん!」
しかし、僕に一番に反応してくれたのは父さんではなく、姉さんだった。
「なっ! アンタ、なんで父様を父さんなんて言い方してるのよ!
父様は賢者様なのよ!? もっと敬った呼び方をしなさいよ!」
うっ、姉さん……。
姉さんの迫力に一瞬身を引いてしまう。
今はそれはどうでもいいでしょ、と言いたい。
「…………それよりどうしたんだい、ジュニア?」
父さんは僕が籠を持っているのを分かっているようで苦笑いしながら聞いてくる。
「これ見て!」
「ん?」
「何よ?」
父さんと一緒に姉さんも一目見に来る。
それで僕の足が少し震えてしまうのだが、今は急用なだけに我慢する。
「これは…………赤ちゃん、だね? どうしたんだい?」
「森の中で見つけたんだ。
ここには誰か助けてください、って書かれてある。捨てられてるんだよこの子達。
それで本題なんだけど、この子達を助けられないかな……うちで。もちろん、僕が面倒を見るし、父さんと母さんの手伝いだってするから。
お願い!
やっぱり、命は大切で、僕が助けたいんだ!
まだ子供で何言ってるんだっていうのは分かってるけど、可哀想って一言で片付けたくない!
この子は泣いてた! 二人分泣いてたんだ!
僕にこんな魔法も使えないただの子供の僕に助けを求めてたんだ!
だから、助けたい。
これは、僕がやらなくちゃいけないって思ったから…………」
うちが部屋も財力もあるのは分かっているし、僕なら一瞬で返事する気がするが――持っているのは父さんで、大人にしか分からないことだってある。
母さんは、父さんに聞いてみましょうとはぐらかされた。当然だ。
【賢者】は父さんなんだ。だから必死で説得した。
珍しく声を荒げて呼吸も早くなり、静かになってダメかもと俯いてしまった。
「――いいぞ」
その言葉が出るまで僕にはすごく長いことのように感じたが、顔を上げて見た父さんの顔はどこか誇らしげで目には涙が浮かんでいるように思えた。
「あなた、ジュニアだって成長しているのよ」
後ろから母さんの声が聞こえて振り返る。
母さんは明らかに泣いており、口元を手で押さえて涙が頬を伝っている。
「……そうだな」
どういう意味?
とにかく、この子達はうちで暮らせるんだよね?
「アンタも男らしいじゃない」
なぜか姉さんは、顔が赤くなってそっぽを向く。
口調もトゲトゲしたものではなく、柔らかかったのは僕の気のせいだろうか。
なんか、感動されてる? なんで?
◇◇◇
あれから僕は執事のエレン・シュチュワートさんと赤ちゃん二人の世話をしている。
エレンさんは、今年20歳の若い執事で、ハーフエルフらしい。
少し色が褪せたような薄い緑色の髪を後ろで束ねており、髪色と同じ色の瞳が輝いて見え、エルフ特有の横に長い耳もある。
執事服もいつもきっちりとシャツの一番上のボタンまで止めていて、しっかり者っていう感じが伝わってくる。まず失敗したという噂を聞かない人だ。
人間とエルフのハーフで剣の腕が立ち、僕が生まれて間もない頃に同じ執事のファーノイア・ブラフストさんに近衛執事として弟子入りしたらしい。
つまりは戦うこともできる執事というわけだ。
この人は、種族が少し変わっているからかあまり苦手意識はない。
でも、ふと見せられる可愛らしい顔を見ると距離を置いてしまう。
僕にとってはグレーゾーンってところなんだけど、エレンさんが世話役を買って出てきたのだ。
積極性のある人だとは思っていたけど、子供の世話にまでそれを発揮するとは感服するところである。
赤ちゃんたちを籠から出して改めて見てみると、1歳は超えているように思えた。
なぜなら、二人共一人で歩けるのだ。
それなら森の中でも籠から出れたと思うが、それも僕を呼ぶために必要だったからかもしれないと今は思ってる。
他にも気付いたことがある。この子達はどちらも女の子で、双子みたいなのだ。すごく顔が似ている。
こっちの世界のとある地方では、双子は忌み嫌われるものと何かの本で読んだことがあるし、それが原因で捨てられたのかもしれない。
だが、一年近くは親に育てられたところを見ると、すぐには捨てられなかったようだ。
うちの親がそういうのを気にしない人達で良かった。
名前は、父さんが僕に決めろと言うので直感で決めた。
日本語では合わないし、とりあえず元の世界の外国語あたりで決めてみた。
僕を呼ぶように泣いていた元気で歩き回る子の方は、アインス。
最初すやすや眠っていた、今でも眠そうな顔で僕を親と思っているのか僕の下から離れない大人しい子の方は、ツヴァイ。
どこかの言葉で1と2だ。
我ながら直感に委ね過ぎたかもしれないと思ったが、なんか名前を付けた時は二人共喜んでいるような気がしてそのままにしている。
ここは皆良くしてくれるし、二人共心配ないだろう。
もちろん、第一線で育てるのは僕だ。女の子であろうと、ここまで小さい子にまで苦手意識はない。
これからは、子供兼親代わりとして異世界で生きていく。