第5話 養子の姉さん
夜が更けたが、眠れなくてベッドから出る。
本の読みすぎかもしれない。何かに没頭すると、眠れなくなる。
窓から月光が射してきて夜の部屋が映し出されていた。広いだけで何もない部屋だ。
一応本棚とタンスはあるけど、ポツンとしていて逆に寂しい。
この歳になって僕は別の部屋を用意してもらい、父さんと母さんとはもう一緒には寝ていない。
前は、成長して一緒に寝るようになった僕の顔を母さんがデカすぎる胸に押し込めてきて窒息しそうになったことがあって、自分の身に危険を感じたのも別の部屋へ行った理由だ。
この家は広いから部屋が余っているとは思っていたが、当然の如く僕の部屋は前に寝ていた母さんの部屋と同じくらいの大きさの部屋が事前に用意されており、移動も楽にできた。僕の物と言えば着替えくらいなものだし、大変なはずはないんだけど。
それでか、部屋が実際の広さより広く感じている。
とりあえず父さんの書斎から持って来た本で少しスペースを埋めようかなとも思ったけど、僕は自分の家な気がまだしていなくて散らかすことができず、持ってきてもきっちり本棚に収めている。
本棚は、執事のファーノイア・ブラフストさんに作って貰った。
優しく、話しかけやすくて手付きも起用だから頼んでみた。もしかしたら、あれが初めての我儘だったかもしれない。
僕が読む本は、勉強の本が主だ。
もちろん物語とかも読むけれど、こちらの知識を見る方が知識欲が惹かれる。
勉強は嫌いではない。
いや、嫌いだったはずだが、こっちの世界で数年勉強をしていなく、勉強が日常にあった高校生の日々とのギャップが大きくて知識欲が増幅したのかもしれない。
魔法も使えないが、知識として覚えておくのは悪くないと魔法に関する本も面白く読ませてもらっている。
というのも、父さんの書斎にある本がほとんど魔法の研究資料やそれに準ずる参考書だからだ。
本は、こちらの世界では高価らしい。
本や母さんからこちらの算術の見方を習ったが、街の市場で売っている本はどれも元の世界の宝石くらい値の張るものばかり。
なのに父さんはそれを部屋の壁を埋め尽くすほど所有しているのだからやっぱり凄い。父さんの真似はできないだろうと思い知らされる。
さて、起きてしまったはいいものの、どうしようか。
前の世界では水とか飲んでいたっけ。
台所、もとい厨房にでも行ってみようか。
この体だと、水を飲んで夜中におねしょをしないか心配になるけど…………。
大丈夫。一年くらいはおねしょはしていないはずだ。
僕の部屋は二階。階段を下りて食堂に出て、右手に見える両開きの扉の先が厨房だ。
前に【石化】を発動させてしまった場所だが――思い出す時はあるものの、場所自体に苦手意識はない。
食堂前の通路に出ると、食堂に明かりがあることに気が付いた。
まだ寝ていない執事かメイドがいるのだろうかと覗いてみると――父さんと母さんが苦い表情で話しているので聞き耳を立ててみる。
「最近、ミラがジュニアに突っかかっていくことをよく目にするんだ」
ジュニアとは僕の事。
僕の本名は、ゼクト・ディア・ヴァルヴレイヴなのだが、この名前は父さんも同じである。
つまり、僕をジュニアと呼ぶのは、僕をⅡ世と呼んでいるのと同じ。
父さんはどうやら、僕に【賢者Ⅱ世】になって欲しくてこの名前を付けてくれたらしい。
重いプレッシャーを掛けられてるんだ僕は。
でも、魔法が使えないのは置いておいてこの名に恥じないようにどうにかしたいと思ってる。
学者とか、そういう類ならまだなんとかなれるはずだからね。
それより、姉さんが僕に突っかかってくることで、なんでそんな深刻そうな顔をしているんだ?
このくらいの年頃なら喧嘩なんてあっても普通じゃないか。それを仲介し、間違っていることは間違っていると教え、互いの非を自覚させるのが親や大人の役目になるんでしょ。
僕は全く喧嘩なんてする気はないんだけどね。
「それは薄々だけど、わたしも気付いているわ。
だからわたしもジュニアとミラちゃんを平等に扱っているつもりよ。
あなたが気になっているのは、あの子が言うようにあなたの子供で、いち早く自分もあなたに近づきたいっていう想いがあって、その想いをジュニアと共有できないからなんじゃない?」
「…………ずっと子供だと思っていたが、もしかしたらあの子も気付いてしまっているんじゃないかと私は思うんだ」
「…………でも、そんな素振りまったく……」
「ミラも最近は大人びる行動が増えている。
そこらへんの気遣いもできるようになったんじゃないか」
「そ、それでも、あの子はわたしの子供よ。わたしたちの子供よ。
ずっと赤ちゃんの頃からわたしたちが育ててきたんですもの」
「分かっている。それは私も同じ気持ちだ。だが、ミラの気持ちは分からない。
自分が私の子供ではなく養子だと知ったら、さっき君が言っていたことに揺らぎが生じてジュニアに嫉妬しても不思議はないよ」
ん? 姉さんって僕の本当の姉さんじゃないの!?
いや、元々本当の姉さんじゃなかったけど…………や、ややこしくなったな。
つまりはえーと、本当の姉さんじゃない本当の姉さんじゃない姉さんなのか。
何を言っているんだ僕は……。それなら本当の姉さんじゃない義理の姉さんでいいじゃないか。バカだな僕は。
いや、それこそ今はどうでもいいよ。
父さんと母さんが言うんだから、真実なのだろう。
それなら、僕はより姉さんに近寄りがたくなるじゃないか。
この展開は仲良くなった方が最善なはずだけど、今までの僕なら逆に遠のいてしまう。
そう、今までの僕ならね。
ふん…………。
意気込んでみようとは思ったけど、どうしても姉さんと仲良くできる自信が湧かない。
最悪、姉さんに虐められる毎日になってしまう。
いや、もしかしたら、いつかは姉さんの嫉妬が僕に刃を向けることも…………一番やばくて殺されてしまうかも!?
そ、それだけは避けなければ。
まずは作戦会議だ。部屋に戻って作戦を――
「アンタ、何やってるのよ」
振り返ってすぐ姉さんの顔が目の前にあった。
口を大きく開けて叫びたくなるのを慌てて両手で塞いで我慢する。
危なかった。もうすぐで父さんと母さんに気付かれるところだった。
っていうか、もしかして聞いてた?
「ん?」
姉さんは惚けたような表情で首を傾げる。
どうやら聞いてはいなかったようだ。聞いてたら表情が暗くなるはずだし。
まだ姉さんが知っているか分からない状態で、さっきのを聞かれたらヤバかった。
「テナンに食事会に誘われてな、今度家族同士でどうかって――」
よし、いつの間にか二人の話も変わってるし、こっちにも気付いていないみたいだ。
姉さんがまだ子供で、眠そうだから声が小さくなっていて助かった。
とりあえず、姉さんを部屋に戻そう。
「ど――」
いや、女の子なんだって姉さんも! さっきのを知った事も相まって、話すだけなのに戸惑われるんだけど?
とりあえず、食堂の二人には聞こえないようにしないと。
「どどど、どうしたんだい?」
「別に、トイレよ。
ふぁあ~」
あくび? おお、眠そうだ。
これを口実に連れて行こう、頑張れ僕!
一言でいい、言え!
「も、もう眠い時間だし、へ、部屋に戻ろう」
なんか途中、卑猥な言動で変態認定されるかなとも思ったけど、なんとか言い切ったぞ。
「…………そうね……」
姉さんはそう言って今にも寝そうな雰囲気で方向転換し、廊下を戻っていく。
ふぅ……眠そうで助かった。
僕も一応音を立てずに部屋へ戻ろう。