第49話 仲間の存在
ベルシア魔法学院史上最も最悪な日、と題したいくらいの日の夜。
中広場に集まってしまった僕達は、ブラハマさんの裏切りに遭い、
今さっき逃げられ、胸の熱も痛みも冷めぬ中で足掻こうとしていた。
「ダメ……魔力で対抗できない」
「あいつの魔力の質が半端ないんだ……。
俺達の前でこんなレベルの魔力を使ったことなんて、なかったはずなのにな…………」
マグナムさんは下唇を噛み、怒りや悲しみに打ちひしがれながらに冷静に分析していた。
僕は倒れそうになるのを堪え、俯いて何もできないのだと無言の説明をしている。
「ゼクト、おいゼクト」
そんな時、地面に転がっているホウライさんの声が聞こえてきて少しばかり顔を上げる。
魔法を解け、とでも言われるのかと思ったが、口を動かして何やら伝えようとしているみたいだ。
話せない訳ではないのに口にしないのを見て、僕は何を言っているのか判らず【思念伝達】を使用し、さっきの余韻が残っている弱弱しい思念で問いかける。
(な……なんですか?)
(しっしっしっ! 本当に頭の中に声が響いてやがる! 面白れぇ……!)
僕の頭の中にホウライさんの笑い声が聞こえてくるので何の用かと疑問に思う。
今はそんな事に付き合っている暇もないほど悩んでいるというのに、という考えの下で微妙な顔になった。
(おっと、そんなことを言ってる場合じゃねぇ。
いいか、お前はさっさとこの魔法を解け。それをやったのは俺ってことにしといてやる!
そしたら、ブラハマを追うのは俺と現七魔師の面々でやっから!)
先にこういう場面は想定しており、ここに来る前にホウライさんには、
「貴方を含めた僕の仲間以外の誰かがいる場合には、僕は力は使わないのでサポートできるかどうかは判りません。
それと、僕の力については他言して欲しくないです」
と念押ししていた。
その時は、ホウライさんも首を傾げていたが、どうやら理解したらしい。
今回の提案は、僕も思い付かず虚をつかれた感じで思わず「あっ」と声を漏らしてしまった。
(……分かりました。では解除されたら合わせてください)
(任せろ)
この機転の良さからして、本当に以前は学院最強だったらしいと思ってしまった。
彼の性格からして、言ってしまえば調子に乗りそうだが。
【魔消滅】
僕の異能発動を以てして地面を染めていた漆黒が一瞬にして消滅する。
「うぉあ!?」
体に力を入れていたらしいマグナムさんが体勢を崩して手を地面に付いた。
「こんなに早く解除されるものだったんだ……?」
「いや、それにしちゃあ消え方に違和感があったが……今はどうでもいい。
俺は、あいつを追う! エクサはレイブンを頼む」
魔法の解除に疑問を持ったようだったが、それは後回しのようで直ぐに振り返ってブラハマさんの行く道を走り出し、エクサさんも頷いてレイブンさんの下へと駆ける。
「あぁ~、エクサ、レイブンなら大丈夫だ」
エクサさんの前に横入りし、薄笑いするホウライさん。
【分身】解除。
大鎌が胸に刺さったまま仁王立ちして地面に血を垂れ流していたレオリアさんが消える。
実は、ホウライさんがブラハマさんに奇襲をした時、視線誘導として使ってレイブンさんを召致で変身した分身と入れ替えておいた。
現在は、あの鎌を抜いて回復力が優れ過ぎてる超回復で傷を塞いでいる。
貫通しているので時間は掛かっているが、とりあえずの心臓の止血は済んでいるし、命に別状は無さそうである。
エクサさんはレイブンさんが消えたことに驚愕しており、そこに説明をとホウライさんが雰囲気を醸し出して巧な嘘を吐く。
「今のでブラハマにバレないように目隠ししていたんだが、今は場所を移させて回復魔法師について貰っている。安心していい」
「どうしてここにホウライが?」
彼女は年下のはずなのにホウライさんを呼び捨てにしているらしい。
直ぐに元の無表情に戻って見上げている。
「俺、最近北校舎に住んでんだよ。
で、悲鳴聞こえたから出張った訳だ。
それより、俺達はブラハマの野郎を追うぞ。
レイブンがやられたのは変わりねぇ。一発ぶちかまさねぇと気が済まねぇだろ」
「……うん」
頷いたエクサも回れ右をし、マグナムの後を追って移動を始める。
「魔法無効化の誤魔化しはまた後だな。
こっちは任せろ。お前等は、あいつが言っていたことが本当か確認しにいけ」
そう言ってホウライさんもその場を後にする。
レネイさんも苦い顔をしながら屋内訓練場の方へ駆けだした。
彼女が危惧しているのは、さっきのブラハマさんの話にあった協力者が誘拐をしている、というところだろう。
正直、嘘か誠かは判断しかねるけど、確認すれば知れること。
僕はミラと顔を合わせて互いに頷き、レネイさんの後を追うとする。
しかし、こちらへ近づいてくる足音に気付き、警戒して足を止めた。
「ゼクト!」
特師校舎正面から中広場へ繋がる通路より安堵する顔をしたラスター君が出てきた。
更には後ろからデネブ君、ランゼン君、それにソフィアさんとフレデリカさん、プニーまで。
よかった、と僕達を見つけられて安心しているようだった。
「えっ! どうしてみんながここに!?」
「何やってんのよアンタ達! 今ここがどれだけ危険か分かっていないの!?」
僕はただただ驚いていたが、ミラは説教をするように大人な態度。
少し強めな気がするけど、言っていることは正当であり、一応は僕も同意見だったので何も付け加えなかった。
それには全員反論することはできずに黙り込んだ。
そんな中で、ランゼン君が早口気味に一連の説明を話し出す。
「それが……寮がもうギルドの守護下になく、教師陣が守ってくれていたはずなのですが、
その教師陣もさっきの魔力を感知したからか学院の方に出て行ってしまって、そんな中で僕達は誰も出て行かないよう寮を見張ろうとしていたのです。
しかし、既に寮から男子生徒が一人出て行く背中を見た者がいまして、犯人ではないかと追跡を試みたのですが、正門には教師や七魔師の方々が張っているにも関わらずその生徒の姿はなく、仕方なく壁の外からあがろうとしたのですが、そこでこの女子三人と合流しまして――」
「後は、さっきの魔力残滓でちょっと判り難かったけど、ミラさんの魔力なんかを頼りにここまで来たって感じっす」
ランゼン君の説明にラスター君が付け足した感じになったけれど、おそらくはその魔力の判別を行っていたのがラスター君なのだろう。先頭でここへ乗り込んできたあたりは察しが付く。
冒険者は、危険察知能力が高くなると聞くが、ラスター君は魔力感知が得意らしい。
先程ブラハマさんが歪ませた学内の魔素空間の中でミラの魔力を感知できたというだけで凄いことのはずだ。
それにしても、残りの七魔師がブラハマさんが逃げようとしている校門前に配置しているのはありがたい。
これで、まだブラハマさんを逃げさせない可能性が出てきた。
だが、あっちはホウライさん達に任せている。
それより今はこっちの話だ。
「やっぱり別の犯人が…………」
「別の犯人?」
やはり、みんなは状況を掴んでいないようで首を傾げている。
しかし、それを説明している時間はなく、
「それは後で説明するから僕達に付いて来て!」
僕とミラが屋内訓練場へ先導していくのをみんなは後を追うように付いて来るのだった。
道中、僕は悔しがりながらに考えてしまう。
もし、もっと早く魔法を無効化していたなら、状況は変わっただろうか。
敵を逃がすことはなかったし、余裕ができて屋内訓練場内の状況変化を察知できたかもしれない。
僕の失態だ……。
自分のことしか考えられない人にはなりたくないと思っていたのに、前へ進める気がしない。
薄っぺらい覚悟だと自分でも自覚していたはずなのに、いざ目の前に立ってしまうとそうではなかったのだと突きつけられる。
この力を誰にも知られたくなかった。
異能を何かの失敗の理由にしたくなかった。
結局のところ僕は、異能がないと何もできないただの子供なんだ…………。
「ゼクト様、大丈夫ですか? 顔色が悪そうですが……」
ソフィアさんが僕の隣に追いついて心配そうな顔で覗き込んでおり、それまで気付かなかった僕は、彼女と目が合って「うわぁ!」と大袈裟に反応してしまう。
僕が驚いたことに驚いていたようで咄嗟に謝る。
「すみません、大丈夫ですよ。
僕は、怪我もしていないですし……」
「ちげぇだろ。お前は元々気弱なんだ、ソフィアさんはそういう所を心配してんだよ」
ラスター君のフォローでやっと言っていることを理解する。
ソフィアさんだけでなく、みんなは僕の顔色を窺って少なからず見抜いているようだった。
しかし、僕はそれに何も答えることもできず下を向いて走るだけとなってしまう。
心配させたくない気持ちと嘘を付けない気持ちが入り交じり、何も言うことが出来なくなってしまったのだ。
僕達が屋内訓練場の目の前まで迫ると大きく開いた扉から慌てた様子のレネイさんが出てくる。
呼吸も荒く、一直線に僕達の所に合流した。
「レネイさん、どうしたんですか!?」
「中はどうだったのよ、教えなさい!」
俯きながら肩で息をし、苦しそうにしながらもレネイさんは僕の襟を握り締める。
「……リニアがいなくなってた……!
どこにいるかも判らない、魔力も感じられない……。
お願い! リニアを、探し出して……!!」
顔を上げたレネイさんは、目に涙を滲ませて歔欷しており、どんどん顔がぐちゃぐちゃになっていく。
レネイさんも僕が異能を使うのを渋っているのを理解しているのだろう頼み込むお辞儀の代わりのように額を僕の胸へと預けた。
泣いている惨めな姿を見られたくないというのもあるのかもしれないが、僕にはその涙で十分過ぎた。
背丈が似ているので、レネイさんの頭を妹達にするように優しくポンポンと叩く。
心境としては微妙である。
未だ、不安も警戒も失意も晴れていない。
だけど僕は、強がりでも何でもいいからと勢いに任せて静かに答える。
「――任せて」
レネイさんから離れ、今一度中広場へと体を向ける。
自分の手が震えているのに気が付いた。
さっきのトラウマだろうか異能を使おうとして拒否反応を起こしているのだろう。
僕は、その手を握り締めた。
大丈夫、大丈夫だ。
怖くない、そんな感情になっている暇もない。
助けなきゃいけない。泣かせたくない。傷付いて欲しくない。
今更、後に引いている訳にはいかないんだ…………。
僕の肩に誰かの手が触れたのを感じて後ろを振り返る。
「……わたしがいる」
安心させてくれるような自然な笑みをするミラだった。
こんなに頼もしい一言はないと感じるほど、簡単であるのに胸の内が温まっていく。
「よく解んねぇけど、お前ならなんとかできるんだろ?
正直まだ状況を掴み切れてねぇけど……俺もいる」
「おう、俺もだぜ!」
「心許ないのは否めないが、この僕も」
「わ、わたしも!」
「右に同じく」
「まっ、まだ研究に付き合ってもらってないしね」
ミラに合わせているのか、僕の状態が悪いのを悟ってか皆が僕を元気づけてくれる。
いつの間にか、僕の手の震えが止んだ代わりに鳥肌が立っていた。
こんなにも僕を支えてくれる人達がいる。それだけで何も怖くないどころか、なんでもできそうな気がした。
レネイさんを見ると、涙を拭って瞼が少し晴れていたけれど、強い眼差しで頷いてくれる。
もう言葉もいらないだろう。
僕は小さく含み笑いをしながら前を向いた。
いつの間にか、こんなにも背中を支えてくれる人がいたんだ……。
前世じゃこんなに多くの人が僕を見守ってくれているなんて想像もしなかった。
それでも心が通う人が一人でもいればいいと思っていたし、その考えは今も変わらない。
だけどなんでだろう…………前世の僕は、今の僕を羨ましがると思ってしまった。
今はまだちょっと恥ずかしいけれど、心の中だけでくらいは言いたい。
ありがとう――。
きっと、これが終わった後、ちゃんと口で言うよ。