第3話 難しい関係
僕が生まれてから4年の月日が流れた。
あれ以降、僕は一度もあの魔法のようなものを使っていない。
僕は魔法適正が皆無で、エムピーもゼロ。
魔法が使えないから、アレは魔法ではない何か――今は【異能】と呼んでいるけど、【石化】ができると分かって怖くなった。
最近、父さんの書庫で見た本で僕が使っていた能力がほとんど無属性魔法に属することを知った。念写など、載っていない魔法もあったけれど。
【石化】も無属性なんだと思った半面、もしかしたら無属性魔法を魔力なし――つまりは、デメリットなしで使えるんじゃないかという考えに行きついた。
便利ではあるけど、でもやっぱり怖いんだ。トラウマになってしまっている。
だから僕が異能――魔法まがいのことができると知っている者はいなく、誰も僕が魔法を使えるとは思っていない。
5歳になった姉さんはとても可愛らしい女の子になった、と父さんも母さんも言っている。
偶に来る客人もよく言うが、僕にはあまり解らない。いつも見ているからだろうか。
けど、確かに女の子らしさは出てきたような気がする。
母さんに髪を縛って貰うようになったり、街へ出ればカチューシャなど女の子が欲しそうな物を見つけては父さんにねだるようになった。
それ以外で姉さんは、父さんに魔法を教わるようになった。
昔、僕に魔法適正が全く無いと宣言した老人にも姉さんは本物だと言われていたから才能があるのだろう。
正直、羨ましいと思っている。
誰にも何も言われない4歳の僕は、外で姉さんが父さんに魔法を教わっているのを眺めながら椅子に腰かけて読書をしたり、メイドや執事がおこなう家事の手伝いをする毎日。
物欲はない。こちらの世界の物なんて僕の目が惹かれる訳はない。
ゲームや漫画などの娯楽があるわけじゃないしね。
確かに魔法関連の物は珍しく思った。
しかし、魔法が使えない僕にはなんの意味もない。
姉さんに魔法を教えている父さんは、【賢者】と呼ばれる凄腕の魔法使いらしい。
ゲームや漫画の中でもこの【賢者】という名前はよく出る。
竜やバジリスクを一人で倒したとか――とにかく凄い人らしくて、家にもよく仕事の依頼をしに人が来る。
それで偶に出掛けて何日も帰ってこない日とかもあって、その度に母さんやメイドの人達が父さんはすごいんだと僕や姉さんに教えてくれる。
そんなすごい人に魔法を教えてもらっているからか、まだ5歳なのに姉さんの上達は早い。
まだ魔法補助具である杖がないとできないが、もう色んな魔法が使えるみたいだ。
そんな姉さんとは、今の歳が近いこともあって少し距離を置いている。置いてしまっていると言った方がいいかもしれない。
僕は女の子が苦手。それはこちらの世界でも変わらなかったようだ。
姉さんは、何度か僕と話そうとしたことがあったのだけれど、僕が一方的に避けてきた。
でも、流石に姉さんと父さんの魔法の修行を見る時は、隠れて覗くという変態行為まがいのことはしていない。
魔法にはやっぱり興味はあるし、姉さんの成長を見るのも面白い。
変な意味じゃないからね。
端の方で僕が本を読みながら姉さんが父さんに魔法を習っているところを見るという、テレビ見ながらゲームするみたいな二刀流行為をしていると――珍しく姉さんが休憩に入ったのか僕の方に近寄って来た。
え? なんか来た……。
僕は咄嗟に椅子から立ち上がり、緊張してロボットのような動きで家の扉の方を振り返って歩き出す。
「待ちなさい!」
姉さんの珍しい大声が聞こえて背筋がピンと張る。
僕はビクビクしながらスローモーションばりにゆっくりと姉さんの方を振り返った。
肩まで長くはなっているが真っ白な髪は赤ちゃんの頃から変わらず、ウェーブが掛かり日光を反射して眩しさすら感じる。
しかし、赤ちゃんの頃だったらこんな怖い目つきはしなかっただろう。僕より背の高い姉さんは僕を見下ろして睨み付けている。
最近の買い物でお気に入りになっている、ピンク色で花型の髪留めを付けているのだけはギリギリ可愛らしく思える。
「な、何、姉さん…………」
まるでかつあげでもされるかのように震える僕に姉さんは何故か不満顔で説教でもするかのように叫ぶ。
「なんでアンタは、魔法を習わないのよ!」
僕が魔法適正がちっともないのを父さんや母さんは表だって言っていない。だから姉さんも僕が魔法が使えないのを知らないのだ。
姉さんは、3歳から魔法を基礎から習い始めた。
僕の今の年齢は4歳。姉さんは、僕がこの歳にもなって父さんに魔法を習わないことに嫌悪感を抱いているようだ。
前にも同じようなことを言われそうになったが、その時は食事中だったから誤魔化すことができた。
姉さんとはあまり話さないし、本当の事となると恥ずかしさとか障壁があって話しにくい。
本当の所は放っておいて欲しいんだけど、今回ばかりは逃げられそうもない。
姉さんがこんな怖いなんて知らなかった。元の世界では僕は一人っ子だったし、姉弟というものを知らない。
だから、どう対応すればいいかも分からない。
「なんとか言いなさいよ!」
僕が戸惑って声が出ない状況となり、姉さんは一層怒りを上昇させてるように思える。
僕はこれ以上怒られるのが嫌なのと、女の子と話したくないのとで心の中の天秤が揺れ動く。
わずかに怒られる方が嫌だというのが勝って口を動かした。
「だって……僕には魔力がありませんから」
「魔力がない? そんな人がいるわけないでしょ!」
ここにいるんですけど…………。
姉というのは弟の傷を抉ってくる。覚えておこう。
「本当です。
魔法適正が全く無い、と前に言われました」
「…………それが本当でも、それなら剣でもなんでも習えばいいじゃない!
男の子なのに強くなりたいとか思わないわけ?
アンタも賢者の子供ならいつかは戦いの場に出なくちゃいけないのよ。どこの国も強い人材を欲していて、賢者の子供なら同じくらいの才能を持ってると思われても仕方ないの。
父様は強いからわたし達が住んでる豪邸だって持てたし、公国からも優遇されてる。強いからできることがあるの。
いつか強いのは父様で、アンタじゃないって言われる日が来るかもしれないのよ? それでいいの!?」
まだ子供なのにそこまで調べているのか。
感服はするけど、それを押し付けられるのはやっぱり嫌だ。
「……戦うのは、好きではないので」
僕みたいのが戦っても、逆に殺されるしかないしね。
敵に優越感を与えるだけのことをするなんて、有り得ないよ。
「呆れた……。
アンタ、本当に【賢者】である父様の子供なの? そんなだらしなくてどうするの!」
声を荒げて言い放つ姉さんを前にしても僕は調子も考えも変えなかった。
「僕は、誰とも戦いたくないんです」
「アンタって変よね。父様が【賢者】ってすごい人なんだって知ったら、否が応でも何かしら習いたいって思うのが普通なのに」
「……姉さんはすごいな。僕にはそんな勇気、全然ない」
よく漫画に力には力を使う責任が伴うっていう科白があるけど、それを実感した。
僕は、その責任という名の重りに耐えられない。
「それと、アンタなんで私に敬語なわけ?
姉弟なのに、なんか壁を感じるのよね。まるで家族じゃないみたいに…………。
ムカつくわ」
「え?」
姉さんの表情が曇ったかのように思うと、振り返って父さんの方へと戻っていく。父さんとの魔法の勉強を再開するのだろう。
僕が敬語になるのは――まぁ、姉さんが本当の姉さんじゃないからですよ。
他人には基本敬語になってしまう僕の癖が発揮中なんだ。
本当なら、こっちの世界に僕の居場所はない。
元の世界ならあったかと言われても怪しいけど、少なくとも高校でできた友達である雄介君や真島君とは仲が良かったし、一緒にいて楽しかった。
あの二人の間が僕の新しい居場所だったとこっちの世界に来てやっと実感したんだ。
家族の方は――そうだな、どっちとも言えない。
両親は共働きで家にいる時間が少なかった。
父さんは単身赴任で別居中だったし、母さんも仕事で夜遅くまで家にいないことが多く、毎日顔を合わせるわけじゃなかった。
それは、僕が二階にある自分の部屋で夕食や娯楽に勉強、全てを済ませていて一緒に食事していなかったのも原因の一つだったのだろうが、別にそれで困ったことはない。
父さんも仕事先で役職が結構上で給料が良く、高校も奨学金が借りれなかったくらいにお金はあったから僕も自由にさせてもらっていた。
今思えば我儘なことを色々言っていたと反省しているけど、こっちの世界ではその反動もあってか無欲になっている。
姉さんは、僕が壁を作っていることに気付き始めているようだ。
関係がややこしくなると、また面倒事になりかねない。一応家族なのだから僕も少しは許容しないといけないな。
とりあえず、毎朝10メートルくらい距離を取って挨拶くらいしておこうかな。
いや、それじゃあただの変人か。
陰口をたたかれる方が嫌だし、もう少し考えてから行動しよう。そうしよう。
けっして、問題を先送りにしているとかそういうわけじゃない。ちゃんと考えるさ……たぶん。