第41話 悪戯な姉
路地へ入ると、異世界にしては割とオシャレな煉瓦造りのお店があり、屋外にある傘なような屋根付きのダイニングテーブルで注文した商品を待つ。
今回は、パフェを注文したようだ。実際の名称はミニーテというのだが、大体パフェ似なので僕はそう呼んでいる。
全部リアスさんテイストなのだが、どんな物を注文したのかは教えてくれない。
しかし、僕はそれよりこのお店の外観に興味を持った。
異世界にしては、入口は開放感がある全面ガラス張りだった。
セキュリティが甘いので、あまり全面ガラス製というのは珍しいのだが、学生街は結界内にあるということで集客優先なのだろうか。
少しだけだが、前世に近い造りなので馴染みを感じて一人キョロキョロと辺りを見渡す。
「初めてか!?」
ギャル先輩のツッコミで見渡すのを止め、恥ずかしさからゆっくりと頷いた。
ニカッとした笑みでまじまじと見られている。
また、対面するように座った小さい少女が僕を睨み付けるようにして眺めていたので、居たたまれなくなった。
「リア、この子がレイブンが言っていた子?」
「そうですよ」
「ふーん……」
また小さい子が無言で僕を撫でるように見回してくるので、仕方なくの愛想笑い。
なぜそんなに見てくるの、と聞くのは愚問に思えてそうするしかなかった。
暫くして店員によってパフェが届く。
アイスが乗っているが、こちらのアイスはかき氷みたいな感じでじゃりじゃりしている。
もちろんかき氷機みたいな物もないので、氷っぽさが強くて僕はあまり好きではない。
ソフトクリームと思われる何かのミルクが使われた物はドロドロしているので、最初は味付け用のソースではないかと勘違いしてしまったほどだ。
とはいえ、彼女等にそんな素振りを見せるのも忍びない。
できるだけ興奮した様子で反応する。
「わ、ワァ……スゴクオイシソウデス!」
「嘘くさ」
うん、いつも通り片言で、この人達にも僕の嘘は通じないらしい。
目の前の小さな子に図星を突かれてしまう。
「甘いものは苦手なのでしょうか?」
リアスさんには余計な気遣いをされてしまう始末。
いや、美味しくない訳じゃないんだけど、これならかき氷にしてくれた方が嬉しいと思ってしまうのである。
「いえ、本当に美味しそうです……よ…………」
僕はふと思った。
あれ? これ、使えるんじゃないか?
ミラにアイスを作ったら喜んでくれるんじゃあ……………………それだ!
思い立って直ぐに席を立つ。
「どうしたんですか」と今にも言いそうなくらい三人共驚いていた。
「すみません。僕、やる事が出来ました!
これ、あげるんで! じゃ!」
「えっ……まっ、ゼクト様!?」
僕がその店を走って後にするのを、追いかけるように立ち上がるリアスさん。
しかし、僕は忘れ物を思い出し、リアスさんの下へと戻る。
「あれ……?」
それも束の間、テーブルの上に銅貨を五枚置き、「お金、渡し忘れてました」と残して再び目当ての店を探して走り出した。
「ちょっと、ゼクト様!」
彼女の声は、もう聞こえてはいなかった。
再び市場に戻り、手ごろな材料を買える店を探そうとすると、直ぐに面倒事が起きていることに気付く。
猪が黒くなったようなブラックボアーが市場を爆走し、背後から迫ってきている。
黒いのは外側と中の皮が少々。しかしその内側は赤い肉が敷き詰められ、煮込むとかすると肉汁が出てくる。
この辺でよく見かける食用獣なのだが、どうやら逃げ出してしまったらしい。
その後ろで聞こえないが何か言っている店員がいるのが見えるし、
少し体長が大きく、牙が鋭く思えるあたり食用として育てられているようだった。
ブラックボアーは食べると旨いが、捕まえるのは少し面倒である。
突進の速度と力が強く、正面から捕まえるのは困難であり、罠を張るか横から捕まえるのが定石だ。
僕はいま忙しい。
本来ならば、もう少しどうにかするか考えるところだが、そんな時間もない。
「【身体強化】」
生身ではアビリティが足りなく、正面ならやられるのは僕の方だが、異能を使えば結果は違う。
やれやれと身体強化で体の代謝を上げ、僕だけが見える白いオーラが纏わりつく。
僕を前にしても、獣の威嚇を際立たせて向かってきている。
タイミングを見計らって股を開き、ブラックボアーに合わせて体勢を低く、サッカーで思い切りシュートをするような構えをとる。
そして、ジャストの位置、ドンピシャでブラックボアーの顔面を牙ごと蹴り飛ばした。
思わず「ドンピシャり」と心の中で叫ぶほどのジャストミートだった。
ブラックボアーは地面すれすれを吹き飛び、来た道を気絶しながら移動している。
まるでリニアモーターカーのように滑り行き、戸惑っている後ろにいた店員へとぶつかったようだった。
すぐに僕は異能を解除して振り返る。
もうあまり時間がないな。
自分の所で実験もしたいところだし、早く多めに買い込んでおこう。
今後の予定のことで頭が一杯で周囲を気にしてはいなかったが、少なからず目立ってしまったようだ。周囲から「すげー」と圧巻する言葉が出ていた。
◇◇◇
お昼の時間となり、僕はミラの部屋へと瞬間移動する。
ミラはというと、机に向かって何かしらの課題をこなしているようだった。
午前は学院に行ってきたのか制服の下に着るシャツを着用しており、ブレザーは椅子の背もたれに掛けられていた。
僕が現れ、驚愕した顔で振り返られる。
「な、なん……何しに来たのよ!」
その慌てようを見て、前のようなしんみりした感じはもうないようだ。
ミラがそんなに引きずるような性格ではないのは承知していたけれど、万が一そうなっていたなら出直したかもしれない。
「ミラに食べさせたい物があって」
気にしていないよと普段と変わらぬ調子でテーブルの上に袋を出す。
それを見て、ミラは訝しげな表情をして僕を見てきた。
「何、それ……」
「僕がデザートを作ってみたんだ」
自慢するように張り切る。
自分の部屋でいい出来になったので、直ぐにこちらへと来たのだ。
少々押しつけがましくなってしまうかもしれないが、自慢したくなってしまっているのは見逃して欲しい。
「へ、へぇ……」
反応は微妙である。
僕が料理をするのはミラも知るところであり、まずまずの物を作れるのだが、流石にデザートまでは作ったことがなかった。
どっちに警戒しているのか判らないが、とりあえず袋から出してみる。
入れ物は氷でがちがちに冷やしており、ミラの表情が段々と歪んでいく。
こちらにはドライアイスなどはないので、氷で代替えしている。
しかし、この警戒は僕にとっては好都合であり、その顔を今に幸せに変えてみせようと蓋を開ける。
中から顔を出すのは、こちらの世界ではほぼ氷のアイスではなく、とろみがあってミルクの香り漂うアイスクリームである。
僕は、もともと牛乳は好きではないのだが、こういうアイスクリームとなると話は変わってくる。
材料に使ったのは、簡単なものでミルクと砂糖、あと塩に氷だけだ。
昔、祖母と一緒に作ったことがあるので味や用途が近い材料で作ってみたのだ。
前はタッパーを使ってシャカシャカ振ったのだけど、今回はタッパーがないので透明ではない適当な袋を使ったので少しやり過ぎた感はあるが、味はかなり美味しいはずだ。
少なくとも、僕は美味しかった。
「で、これ何?」
料理ができないミラに疑心を抱かれるのは正直アレなのだが、僕の心は狭くない。
「アイスクリームって言うんだ」
ミラをいつものソファーに座らせ、僕もいつものように向かいに座る。
「早く食べないと溶けちゃうよ」
終始おどおどとしていたが、ミラはゆっくりとスプーンで抄い、口の中へと運ぶ。
僕に食べているところを見られたくはないのか、口の中へいれると掌で口元を隠す。
直ぐにミラの表情は変わった。
瞼がパッチリと開き、「ん~」と表情柔らかく声まで上げている始末。
普段見ないミラを見て感心していると、僕の視線に気付いて視線を逸らす。
「美味しい……わよ……」
恥ずかしかったのか、もじもじと悔しそうにしながら感嘆する。
「全部食べちゃいなよ」
逆に僕は心中勝ち誇り、胸を躍らせていた。
思わず自然な笑みが出てしまい、ミラが更に悔しそうにする。
「む~……ムカつく」
そうは言っても僕が作ってきたアイスクリームを次々と口へ入れ、頬っぺたを落としそうにしている。
「こ、これは……超を付けてもいいくらいに美味しい。
けど、やっぱりムカつく……」
表情が行ったり来たりしているおり、どういう顔をしていいか戸惑ってしまう。
どちらにしろ、僕の作戦は成功したようだ。
ミラがアイスクリームを食べ終えたところで僕は決心を決める。
「それで、この前のことなんだけど…………」
僕はずっと心配だった。
あの涙の意味はなんだったのか、もし悩み事があるのであればそれを晴らす協力をするのも弟としての役目なのではないかと自問自答していた。
ミラは嫌な顔で膝の上に乗せられた手を握っていく。
彼女にとってあの時の事を突かれるのは屈辱的らしい。
どんどん変な空気になっていくのを今更止めることはできなく、ミラが話すのを待った。
「な、なんでもないわよ」
ここはそのまま「そうなんだ」と答えればいいのか、「そんな訳ないじゃん」ともっと中を探った方がいいのか。
いや、もうアイスクリームまで作って来ているのだし、後には引けないだろう。
なんとなく理由は想像できている。
しかし確証はなく、的外れだった場合はかなり恥ずかしいのだが。
「僕、寝返ってなんかいないからね」
「え?」
目を合わせて聞き返してくるので、僕の考えが当たったのだと思って続ける。
「誰の誘いにだってのっていないし、誘惑にも打ち勝ったから!
あの時だってちゃんと断ったし、僕はまったく靡いていない。
これからも誰の誘いだって断れる自信があるから……心配しないで。
ミラが悲しんだり、悔しく思う必要なんてどこにもない。
僕が勝たせるから。
僕がいるから。
僕がミラの力をグランドアリーナで証明させてみせるから。
泣かなくて、いいんだよ」
唖然しながら話を聞いてくれていた。
しかし、ミラは堪え切れなかったように笑い始める。
「ぷすっ、あははははっ!」
なぜ笑うのか疑問で戸惑ってしまう。
なんとか淑女らしい振舞いを保とうと口を手で押さえて堪えようとしていたが、無理らしい。
暫くミラは笑い続け、僕の方が不機嫌になってしまう。
落ち着いたのか笑いがやむと、ミラは立って僕の隣に座る。
「心配してくれたの?」
珍しくも挑発的視線で近づかれるので、肩身が狭くなってしまって小声で答える。
「そりゃあ、まぁ……。ミラは、僕の姉さんだし」
「フフン、ありがと」
満足気な笑みでの感謝。
しかし、どこか仕組まれた感じがして素直に喜べなかった。
ミラはリアスさんを小悪魔と言っていたが――僕からすれば、一番小悪魔っぽいのはミラである。
僕を操っている様は、まさにそうだ。
「レネイと何かエッチなことはしてないでしょうね?」
かと思えば、吹っ切れたのかあの時の話を自分から持ち出してくる。
確かにあの状況だと、一番気になってしまうのはそういう類の話だろう。
「シテナイヨ……」
明後日の方を向きながらまたも棒読みの科白。
僕も嘘を付くことはできているのだが、バレる嘘なのでそろそろ嘘が判らないようにしたい。
ミラは僕の頬に手を添えて僕の目を自分の疑いの目と合わせるように持ってくる。
「し・た・の?」
強調されるその言葉と目に抗うことはできず、素直になった。
「したかもしれないけど、それは僕にとってはそうだけど、あっちからすれば当たり前な感じで、された事と言えばミラが見たように胸を触らせられただけだったですっ!」
思わずの早口で怒られるかもと背筋を伸ばしてソファーの上で正座し、目を瞑った。
良くてビンタは飛んでくると思ったし、最悪の場合は魔法で殺されると思った。
「ホント? キスとかはしてないの?」
「してないです!」
ミラが元気になるならと覚悟を決めての罰待ちで即答した。
次の瞬間、僕にもたらされたのはビンタでも魔法でも、ましてや罵倒や説教でもない。
なんでもないと意識した途端に僕の唇に柔らかい何かが触れる感触があった。
それは一瞬の出来事であり、僕はもしかしたらキスをされたのではないかと直感してゆっくりと目を開く。
寸前に「キス」という単語があったので、それが連想できた。
しかし、目の前に映るは悪戯な笑みをしたミラの顔。
「キスだと思った?」
そう言って人差し指を向けてくる。
悟った僕は顔を真っ赤にしてどんどん俯き、顔を手で塞いで声ならない悲鳴を叫ぶ。
「そんなにしたいのなら、その内させてあげるかもね」
すでに絶好調なミラは、僕にはどうすることもできないくらい意地悪なのである。
しかし覚えておかなければならないだろう。
ミラ――僕の唯一で絶対の姉は、弟の純情を弄ぶ女性なのだ。
「ゼクト様が七魔師の女性三人と街を歩いていたって本当ですか!?」
僕の顔の熱が冷めやらぬ間に部屋へと突撃してきたお怒りモードのルーナさんの話でミラの目がまたギラついたのは言うまでもないだろう。