第39話 犯人捜し:推測-2
「ったく、今度は静かにしてろよ」
「おう、人は学ぶってな。任せろ!」
「こういう時の任せろは怖いんだよなぁ……」
ははは……それは同意かな。
ラスター君は咳払いをして改めて話しだす。
「そんで今、教師陣の偉い人達や学院の中での上位者――七魔師らも会議を開いて今後について話し合ってる。
学院の中に殺人者がいるなんてここが始まって以来の大事件なんじゃねーか?
教師も学生もこの事態にどう対処していいかは悩みどころだろうな。
あの後の授業も続行されたとなると、あまり学生には知られないようにしたようだが、これからはギルドにも要請してこの辺も見張りが付くはずだ。
俺は、学院が休みになるのは歓迎だが、その理由が殺人者が内部にいるからだってんなら気に食わねぇ。
いち冒険者として、その殺人鬼をとっ捕まえたいところだな」
どんどん悪い顔になっていくラスター君を見て、彼が殺人鬼でないのも不思議に思うところだったが、最後の意見に関しては反対だった。
「それはダメだよ。君達がいち冒険者というのは知っているけど、いち学生であるのも違いない。ここは、ギルドや先生達に任せる方が得策だよ」
「わたしも、同意見です……。怖い事にはちょっと……」
ソフィアさんも愛想笑いを浮かべて意見を述べる。
そもそも彼女も魔法は使えるが、戦闘向きという訳でもない。おそらく僕と同じで降りかかる火の粉はなんとかするが、それ以外は触らぬ神に祟りなしというところなんだろう。
「はーい! わたしもゼクト君と同じ意見でーす。ヤバいことに関わるのは、今は正義ではなく、無謀としか呼ばないと思いまーす」
僕達の意見を含め、煽るようなフレデリカの様子からラスター君のムカつき具合が上昇していくのが表情から読み取れた。
「それがスリルなんだよ。お前等は冒険者をやったことがないから解らないだろうがな……!」
「まぁでも、近寄るのは感心しないけど、調べるのには賛成するよ。相手がどこにいるかも判らない、もしかしたら学生かもしれないしね」
「学生の訳ないじゃん。学生があれやったってんなら、かなりのドン引きなんだけど」
フレデリカさんもあの惨劇を見てきたようで、渋い顔をしていた。
「いいや、学生っていう線はなくもない。
この学院は、厳重な警備の下に成り立っている。敷地に入るには、学生街前の正門を抜けなければならねぇから警備にバレるだろうし、壁の上を行くってんなら結界を通るからまるわかり。しかも魔物の類なら、その場で消滅するか、ダメージを負って血がどこかしらで拝めるはずだ。
まだその手の情報はなかったし、これから見つかる可能性もなくはないが、もし無かったとしたら学生っていう線はかなり信憑性の高い可能性になるだろうな」
そういえば、そんな感じの事が入学に際してのパンフレットに載っていた気がする。
よく覚えているなラスター君。
「地下はどうだ?」
僕の頭の上の方から声がして、ゆっくりと顔を上げる。
そこには、プニーのしかめ面があった。
「ど、ども……」
「あなた、なんで研究室来ないの! あなたがいないとあたしは何もできないだろ!」
お怒りであり、上から説教をされてしまう。
僕は、申し訳なさから何も言い返せずにに立ち上がり「ごめん」を連呼した。
「ごめん、本当に。今日は、ちょっと……」
「ゼクト様は、昼休みに倒れられたんです」
ソフィアさんの一言に無言になってしまうプニー。
どうやら先日のことを思い出してフリーズしてしまったようだ。
「す、すみません。先日は、ずけずけとお二人の時間を邪魔してしまいまして……」
ソフィアさんも思い出したのか畏まり、まるで洗練されたサラリーマンの如く何度も頭を下げている。
すると、プニーは真剣な眼差しで僕を見ると、頬をつまみ、自分の方へと顔を近づけさせられる。
「外傷は無さそうだが、話題の殺人鬼にでもやられたのか?」
「ちげーよ、死体見てぶっ倒れたんだ」
ラスター君の丁寧な説明を聞いて、信じられないような顔で僕を二度見する。
「賢者Ⅱ世が…………?」
どうやら僕は、プニーの中ではかなり美化されているらしい。
そのままプニーは固まってしまった。
僕は恥ずかしくなってしまい、恥ずかしさのあまり端の方で小さくなる。
「あれだよね、いざって時に役に立たなそうだよね僕って…………」
「ま、まぁ、いいじゃなありませんか。人には、苦手というものがありますよ」
ソフィアさんのフォローは嬉しいけども、事実は変わらないと思ってしまう僕のネガティブ精神には、ほとほと呆れてしまう。
「それより、お前、地下って言ったな!」
ラスター君が本題に戻し、いつの間にかデネブ君が持って来た椅子にプニーも「どーも」とお礼を言いながら座る。
「うん。地下ならこの学院だけじゃなく、この国全土と繋がっているはずだ。
あたしも地下を利用できないか考えていたから、その線はあると思ったんだ」
「なんで地下を……?」
「特待生の使う設備を利用する為だよ。地下からこっそり入り込めると思って。
あっ、これ秘密な」
何を考えていたんだ……?
プニーの好奇心が強いのには、いつもびっくりさせられる。
「だけど、地下の入口なんて見当たらなかった。出入り口は、簡単なところには隠していないだろうけど、もしかしたらあるかもしれいよ。例の用具入れの何処かに」
プニーもこういう話題には興味があるようで、悪い顔をする者が二人になってしまった。
「ありえるな。もし無差別殺人なら、用具入れに偶々居合わせた――死んだ上級生を殺したっていう線も……うん、あるだろうな」
「ってことは、一概に生徒のせいとも言えなくなってしまったという事なんじゃないの?」
「分かってんじゃねーかフレデリカ。まさにそういう事だな!」
「つまり、あたし達が考えた所で誰が犯人かを特定するのは無理ってことだよね」
「……そ、そうだな…………」
残念そうに俯くラスター君とプニー。
どうやら、自分達だけで犯人を当てるというのを楽しみたかったらしい。
そして、フレデリカさんの言うことは最もであり、結局今日の所は解散ということになった。
一人ずつ帰るのは流石に怖い者がおり(僕も含め)、六人一緒に寮へ帰ることになった。
外はもう少しで暗くなるという薄暮。暗くなる前に校舎を出れたことを安堵すべきか、寮へ戻るまでの道を心配すべきかという葛藤をしていたところで、いじけた様子のラスター君がまた議題を掘り返す。
「ちぇー、ちっとは迫られたと思ったにな!」
「でも、また地下があるとは判らない訳だし、もう少し考えればいいだろ。
ゼクト、少しの間はこっちの方が気になるから研究の事は後回しでいいからな」
へぇ、プニーも魔法の研究以外に興味があるんだ。
意外かどうかも判らないのだが、それはそれで危険である気がする。
「あまり、触れてはいけないのかもしれませんよ」
「同感。近づいて、逆に食べられるのなんてあたしは嫌だね」
ソフィアさんとフレデリカさん達と意見が合い、僕も「うんうん」と頷いておいた。
危険に自ら進んで突っこむのは、絶対に違う気がする。
「目の前にきな臭いのがあるんだ、どうせ俺達だけじゃねーよ。調べようとしてんのはな。
冒険者の出は俺達だけじゃないはずだ。きっと、もう動いている奴らもいるかもしれないぞ、なぁデネブ」
「なぁ、ラスター……」
デネブ君が珍しく真面目な表情でラスター君を見ていた。
「なんだ?」
「もしかして犯人、【ハイエナ】なんじゃねーか…………?」
あれ? なんかそれ聞いたことがある。
動物の名前とかじゃなくて、別の場所で、人の名前で……。
「最高の殺し屋、ハイエナか……」
「最高の殺し屋?」
プニーが首を傾げるのを、ラスター君は恐怖が混じった笑みで説明を始める。
「あぁ、今は何歳なのかも判らねぇ。男か女かも、どんな顔をしているのかさえな。
かなり前からいる殺し屋で、今じゃ冒険者の中で知らねぇ奴なんかいない程のやべぇ殺し屋だ。
仕事をする毎に容姿を変えるが、その変えた容姿を見ることができるのもほとんど殺される奴くらいなもんで、手口が似ているが本当に奴のなのか断定できない時だってあるほどだ。
誰にも気づかれずに仕事を熟す為、今や最高の殺し屋となっている。
今回の用具入れでの殺人も誰も犯人の姿は見ていない。なくはねぇ推論だ。
しかし、こんな学院の生徒を狙う理由は全く見当がつかないけどな……」
怖い話で六人共静かになってしまった。
もし、この場をその殺し屋が見ているかもしれないと思うと、警戒もしてしまい、僕は人知れずに【気配探知】を使ってしまう。
それでやっと気付いた。僕達の背後に人がいるという事を。
「やめておきなよ」
柔和な声があって振り向くと、ひとしきり吹く風が彼の長い髪を靡かせる。
僕は咄嗟に戦闘態勢に入ってしまった。
それまで怖い話をしていたからではなく、彼が僕を見ていたから。
見覚えのある色合いの灰色の髪に、鋭くも奥床しい目付き。引き締まった体と佇まいからは強者の風格が感じられ、悪戯な笑みは遊び心があるように思える。
「君が、賢者Ⅱ世――だね」
言葉が詰まる。
圧倒的な圧が放たれているような錯覚に陥り、口を開くのも憚られた。
剣を腰に刺しているわけでもないのに、僕の右手は左腰に構えられる。
僕が無言なのを鼻で笑い、「まぁいい」と目を瞑った。
おそらく自分に戦闘意志はないと示したかったのだろうが、それでも僕は彼の動きを見逃さないように集中する。
「事件の件は、気になるだろうけど――俺達に任せて欲しい。
あまり考え込まずに背後に気を付けながら寮に戻りなさい。
特に、ゼクト君。君には、まだ死んでほしくないからね」
自然な笑みであると同時に余裕の笑みに思えた表情を僕達に振りまき、校舎の方へと戻っていく。
最後の言葉の意図は読めないが、彼が振り返ったことで緊張の糸が切れ、構えをやめて安堵から力が抜ける。
どうやら、他の五人も同じ状態だったようで僕みたいに構えまではいかないまでも絶句はしていた。
ラスター君に至っては、口をあんぐりさせて固まっている。
「あれ、うちの学院最強の『帝王のレオリア』だぜ……ゾッとした」
また大層な名前だけど、確かに『帝王』と呼ぶにふさわしい異端さを持っている。
正直、近づきたくない人だ。
「だけど、スゲーな。強くなったら、存在だけであたし達みたいのは手の足も出なくなっちまうんだからな」
確かにそんな感じだった。
一歩でも動けば、彼の攻撃が来るのではないかと想像してしまうほどだった。
今日は色んな意味で大変な一日となり、寮に戻った頃には殺人鬼のことは頭になく、レオリアさんの存在が自分の中で大きいのを感じていた。