第28話 頼み込む乙女
連絡事項も終わり、僕は席を立つ。
後ろを見ると、ソフィアさんは既に友達を作っていたようだった。隣の席の女生徒と話が盛り上がっているらしい。
僕の視線に気付くと、気遣おうとしたのが見え見えだったのか一礼を受ける。
余計なお世話をするところだったと鞄を持って立ち上がると、どこからか僕を呼ぶ声と地鳴りのような足音が聞こえてきて悪寒が過る。
「ぜーくーとー!!」
その声はミラのものではなかった。
やりそうと言えばやりそうだが、ミラの叫びは怒りを含む為分かりやすい。
しかし、この声には怒りは無いように思えた。どちらかと言えば、僕を探そうとしている感じだ。
僕は面倒事が嫌で隠れようと教室の後ろの方へと駆けだす。
「おっ!? なんだ? お前呼ばれてんじゃねーのか?」
「女の声だったぞ?」
とりあえず不思議がっているラスター君達の後ろに屈んで隠れることにする。
片方は体が大きいので、隠れるにはもってこいと思ったのだ。
バンッと教室の前の方の扉が開かれる。
放課後になったばかりで別の校舎から人が来るよりは早いと思われた。
つまり、今しがた教室に入って来た女生徒は特師校舎の人間ということになり、特待生であるといえる。
特師校舎内に1年生の教室はここしかないので、彼女は2年生より上の学年。
そんなのと繋がる理由はミラしかない。僕は何もしていないので、ミラが来るまで隠れることを決心した。
「ゼクトⅡ世はどこ!?」
ミラにも負けず劣らずの第一声が後ろにいても聞こえてきた。
確実に僕を探そうとしているのは明白であり、なんとしても逃げ遂せようと縮こまって構える。
「おう、ゼクトはここだぞ」
上の方から意外すぎる言葉が聞こえて、終わったことを悟って床に頭を打つ。
「バカお前、こういう時は言わない流れなんだよ!」
「何言ってんだオメェ、ここに川はねーぞ?」
「アホ……」
落胆するようにラスター君は頭を抱える。
僕も頭を抱えたかったが、人に頼ろうとしたのがそもそもダメだったんだと諦めて立ち上がる。
すると、すぐ傍まで見慣れない艶やかな青みががった黒髪をした少女が来ていた。
「わたしは、レネイ。あなたがゼクトⅡ世?」
「チガイマスヨ?」
視線を逸らして棒読みの言葉を返すが、そのせいで彼女の表情が怒りに揺らぐ。
「次に嘘を言ったら焼き殺すわよ?」
どこか雰囲気がミラに似て好戦的なその少女は、身長はやや低めで前の世界の僕くらいだろうかというくらい。
平な胸には安心感があり、歯は八重歯のようになっており噛みつかれたら痛そうだ。
それにしても学院の中は皆レベルが高いのだろうかというくらいこの子も美少女であり、両腰に拳を構える佇まいは、さながらチビッ子委員長というところだろうか。
目付きは鋭く、キッと僕を見上げて威嚇している猫のようだ。
「単刀直入に言うわ。あなた、わたしのチームに入りなさい。
グランドアリーナ出場するわたし達のチームに!」
偉そうに言われたが、その言葉は耳に入ってきた。
グランドアリーナ。
それは、ミラも出場する学校行事あり、僕達のこれからの目標でもある。
魔法が使えない僕は、そこで点を稼ぐ必要があり、それ以上にミラの後押しをしなくてはならない。
そんな理由から返答した。
「すみません、僕はもう入るチームが決まってますから」
「ミラのチームね」
なぜか知っており、僕は目を丸くする。
知っているのであれば、僕を勧誘する必要はないはずだからだ。
そもそも僕が役に立たないことを彼女は知らない。
「なら、寝返って!」
決まり文句のように人差し指で差されて言う様は、昔の偉そうにしていたミラを思い出させられる。
僕は、困り顔で当然のように「ムリです」と断った。
「また変なのに誘惑されてるのね」
今度はミラが呆れた様子で教室へと入ってくる。
それを見てレネイは舌打ちをし、振り返って再び僕を見上げる。
「お願い、あの女に勝ちたいの!」
しおらしい態度で僕の服を掴む。
彼女の表情には負けそうになるも、距離が近い為に僕はさっと離れた。
「ごめんなさい」
申し訳なささから礼儀正しく再度断る。
レネイは悔しそうな表情で俯き、顔を上げると最初に戻ったように鋭い目付きとなる。
「なんでわたしの言う事を聞かないのよっ! わたしみたいな美女に頼まれて断る奴なんかいないのにっ!!」
威圧的な物言いをして直ぐに振り返る。
ミラは、レネイが教室を出るのを余裕の見物をしており、彼女が出た後に僕の所へと移動してきた。
「これからは、ああいうのが大勢来るはずよ。わたし無しでも対処できるようにしておきなさい」
それは嫌だなと思いつつもコクリと頷いた。
しかし、彼女が少し可哀想に思う。
僕が断ったとはいえ、あんな表情をされるのは心のどこかに棘が刺さる思いだから。
「なんて美しい」
隣から魅了された者の声がして振り返る。
案の定、ラスター君達の目がハートになっていた。
「ぜ、ゼクト君のお姉様でしょうか! お、俺、デネブと言います。お見知りおきください」
この人の名前、デネブって言うのか。初めて聞いた。
自分より遥かに大きく、見下ろすデネブ君を前にミラが珍しくたじろいでいる。
「は、はぁ……?」
「いつもゼクト君をお世話してます、ラスター・ウェル・クアドラードです。
この男は放っておいてください。ちょっとおバカなので自分が何を言っているかも解っていないです」
ラスター君は、どこから持ち出したか分からないバラを紳士的に捧げ、デネブ君をさりげなく罵倒する。女の子を口説く術を持っているようだ。
「悪いけど、そういうのは要らないわ。
わたしには、このへっぽこの世話を焼くだけで精一杯なのよ」
そう言って頭を掴み、間接的に二人の誘いを断っている。
僕はへっぽこなのかと不貞腐れたように視線を逸らした。
ミラは教室を出ていき、やっと落ち着いたところでデネブ君とラスター君が詰め寄ってくる。
「オメェの姉ちゃん、めっちゃ可愛いじゃねーかよ」
「ゼクト君。いや、弟と呼んでもいいかな?」
「嫌だよ……」
呆れてしまうが、素直に自分の姉が褒められるのは嬉しい。
ミラが可愛いかったり、人の視線を無自覚に集めるのは知っていたけど、その感想を聞いたのは初めてだったのでほくそ笑んでしまう。
「いいなー、俺もあんな綺麗な姉ちゃん欲しいな」
「お前の姉貴なんて、想像しただけで吐きそうだわ!」
大道芸かなと思わざるを得ないノリツッコミに関心した。
この日、不安を吹き飛ばすほど身辺の雰囲気は悪くなく、安堵するに至るのだった。
◇◇◇
数日後の昼休み。
この日は先生に頼まれ、いくつかの資料を東校舎に届けに行っていた。
これも新入生総代の仕事らしい。頼られるのは悪い気持ちではないので、快く受けた。
東校舎では僕は人気らしく、女生徒にまた囲まれてしまい、疲れた様子で特師校舎へと戻っている。
途中、広大とも言える庭へと出る。
東校舎の中庭のような場所であり、疎らに生徒が学食で買って来たであろう弁当を広げている。
その中で一つ、寂しそうなベンチが目に留まった。
フードで頭を覆うプニーが捨てられた子犬のように一人ぼっちでベンチに座っている。
僕は、昔の自分に出逢った気がしてその子と少し距離を置いて隣に座った。
「ん?」
顔を上げると、目が覚めたように惚けたような顔をしていた。
「久しぶり。邪魔かな?」
僕も成長したものだ。
今や友人が二人できただけだけど、それだけでこんなにも余裕ができるとは。
もしかしたら、彼女が自分と重なって放っておけないのかもしれない。
「ああ! 主席!!」
プニーは立ち上がり、驚愕しながら僕を指差す。
その声が大きく、周りの生徒から目を引いていた。
照れながらも、目立ちたくはないので静かにさせようと身振り手振りで伝える。
「あなた、あたしの研究材料になって!」
驚いたかと思えば、ベンチに座り直し、次は喜ぶように嘆願ときた。
切り替えが早いのか、ずっとそれが本題だったのだろうか。
「えっと……研究材料ってどういう意味?」
話は聞くことにした。
ここで無視をするとなれば、さすがに可哀想だ。話を掛けておいてそれで終わりとは、ぼっちからすればメンタルが死ぬのに決まっているからね。
「あたしは、無属性魔法について研究をしたいと常々思ってるの。
だけど、これまで被検体がいなくて……。そこで、こうして運命の出逢いがあったらさ、ね?
これはもう、あなたが研究材料としてあたしに協力するしかないよね!」
ね? じゃない。人をなんだと思っているのか。
僕がそんなのに了承するわけがない。この子は、まず頼み方というのを教わった方がいい。
「嫌だね。僕を材料とかで換算しているうちは絶対にね」
ムスっとしかめ面で僕を見てくる。
無言でにらめっこをしようとする彼女の視線は痛かったが、それでも引く気はなかった。
「……どうしたらいいの?
あたし、あまり人に頼み事なんてしないから、どうしたらいいのか解らない」
急にしおらしくなって俯く。
膝の上に乗せられた手に力が入り、悔しそうに握られていった。
僕はそれを見て、緩やかに微笑み、心の距離を近づけるように彼女の方へと少しばかり近づく。
「僕の…………。
僕の、友達になってくれたら……い、いよ」
緊張して中々でてこない言葉を勢いのままに小さくも言い放った。
勢いはミラを参考にしたけれど、やり遂げたのは僕の意志が強かったから。
ミラならこのくらい楽々に熟すだろうと想像した。
しかし、言い終わってまた恥ずかしく、顔が熱くなる。
そんな顔を合わせられないと僕も直ぐに俯いた。
出逢いがあまりいい思い出とは言えなかった為に、急に真面目になってしまって更に恥ずかしかった。
プニーが何も言わないので恐る恐る顔を上げる。
彼女もこれまでとは違った。
いや、僕は彼女について何も知れちゃいない。ただ僕の力に興味を持つ変人ということしか知らないのだ。
しかしその間、一度も見られなかった表情がそこにはあった。
初々しくも羞恥に染まり、口が開いたままで僕の方を見続け何も言わない。
少しばかり涙目な気もするあたりは、感情が分かりにくかった。
また、フードを被り、僕が見ようとしなかったプニーの顔を始めてみたかもしれないと見惚れる。
「あ、あなた……あたしと友達になりたいの…………?」
「う、うん……」
面と向かって言うには恥ずかしく、地面の方に顔を向けながら答える。
「……あたしと友達になったって意味がないよ。
だって、あたしはあなたに何もしてあげられないもの」
暫く返ってこないかに思われた返事をする悲観な彼女を見て言葉が出てこなかった。
この子が昔の自分と重なったのだ。