第22話 試験終了後も疲れる日常
昨日と同じくピンクが基調のミラ姉さんの部屋へと入った。
ルーナさんの部屋は近いらしく、デザートを持ってくると言って別行動となり、先にミラ姉さんと二人で入室する。
と同時に先程の続きで僕はベッドに押し倒された。
「わたしの名前は?」
不機嫌な顔のミラ姉さんは、さっきの迫力ほどではなかったが、あれを見て恐怖心を抱かないわけはなく、
「ミラ」
クイズを出された瞬間に答えるクイズ王如き即答をした。
「もう、二度と『姉さん』を付けるのは禁止よ」
座り直して背筋を伸ばし、息を呑んで首を何回も縦に振った。
僕には、「じゃなきゃミンチにすんぞコラ!」が付け足されて聞こえた気がしたから。
今の彼女の怒りは、お金を出して許してくれるものではない。
とはいえ、賄賂を受け取ったという過去はないのだが。
「なら、許してあげる」
そう言って疑念が残る笑みを見せ、僕の額にキスをする。
しかしそれは呪いなのではないかと勘繰ってしまう。
振り向いてお茶を出しに行く足の運びはスキップのようだが、今はいつでも振り返って魔法をぶっ放せる予備運動にしか見えない。
考えすぎな気もしなくはないが、僕はこれから彼女を『ミラ』としか呼ばないぞと心に固く誓うのだった。
数分してからルーナさんが部屋へ入って来た。
その手には何やら白い紙袋を持っており、その袋からして高そうな物が入っているのではないかと予想する。
しかし、先程ルーナさんが言っていたのはデザートという話だったはずだ。
真珠のネックレスだのといった僕にとって価値のない物ではないことを祈るが、ルーナさんは自信有り気な表情をして僕の隣に座る。
対面するようにミラも座っていたのだが、なぜか僕の隣に来たことを踏まえ、やはり袋の中はデザートなのではないかと口の中で涎が溢れてくる。
「はい、ゼクト様が大好きなシュリムです」
ルーナさんが早速袋から取り出したのは、あの忘れもしないホーモンヘルム公国のレストランで食べたあの抹茶プリンだった。
前の世界の味に始めて触れたような感覚になったあのデザートだった。
「こ、これ…………」
神々しく、触れてはいけないような気持ちで震える手でカップに手を添える。
「ゼクト様の為にご用意しました」
「ありがとうございます! すごく嬉しい! めちゃくちゃ嬉しいよ本当!!」
久しぶりの高揚に我を忘れて僕からルーナさんの手を握る。
またこのデザートに出逢う日が来ることを待ちに待っていた僕としては、やっとという想いが強く、感動もしていた。
ルーナさんも顔を真っ赤にして照れているが、そこを責め立てるように感謝の気持ちを述べる。
「ルーナさん、君と出逢えたことで今日という日を迎えることができました。
この御恩は一生忘れません! 何かあれば僕が駆けつけるのでなんでも言ってください!」
思えば、君との出逢いはルーナさんとの出逢いと一緒だった。
最初と、そして今だ。
もしかしたら、ルーナさんが僕と君を引き合わせてくれたのかもしれない。
感動の再会を噛み締めながら、もう一度僕の舌を唸らせてくれ。
「す、すごく嬉しそうね……。そんなデザート1つで」
ミラがお茶を啜りながら変な事を口にするので、僕は得意気に解説してあげる。
「いいかいミラ。
シュリムとは、抹茶とプリンの奇跡的なマッチングから素晴らしいハーモニーを奏でてくれるんだ。
苦みが主な抹茶と、甘さが主なプリン。それら正反対の特徴を持つ2つが合体するとしたら、普通は合わないと食すのを躊躇ってしまうかもしれない。
僕も前の世界では、ミスマッチの物に挑戦するのは勇気が必要だった。だから良くわかる。
僕も流石にパンにマヨネーズ? それもうマヨネーズじゃん、と油分の圧倒的多さに身震いしたこともあったけど、トースターで焼けば全く逆の感想が出たよ。
他にもハンバーグにパイナップル、塩系のお菓子にチョコ系のアイス、トマトに蜂蜜、まだまだある。
でもね、案外そういう躊躇うような組み合わせに限って奇跡的な旨味を持つことがあるんだ。
その代表的な例が彼、シュリムなのさ。
濃厚にも舌に吸い付いてくる抹茶の風味を残した甘さは、口に入った途端に香りと味を知らしめ、砕いたと同時に趣のある芝の上で茶会を開いている様子を想像させてくれる。
喉に入れば、抹茶の甘さという矛盾した概念が舌に残り、何回も口に入れたくなる中毒性を思わせる。
この一品には、料理に必要な全ての要素がはっきりと表れているんだよ!」
つい興奮して長々と説明してしまったが、少しは分かって貰えただろうか。
「……アンタ、食べ物に関してはちょっと引くぐらい拘りがあるわよね」
何故か呆れられていた。というか少し引いている……。
「ゼクト様!」
ルーナさんがリスみたいに頬を膨らませて顔を近づけてくる。珍しく怒っているようだが、どちらかと言えば可愛い部類に入るだろう。
僕は驚いて少し身を引いた。
「な……何…………?」
「今、ミラさんの事を『ミラ』と呼び捨てにしませんでしたか!?」
「……したよ?」
当然だ。僕は彼女に殺されたくはない。
校門前での出来事を思い出すと、あれが僕の姉さんなんて不運極まりないとしか思えないよ。
「どうしてですか!?」
「そりゃあ……ミラがそうしろって言ったからだけど…………」
あっ、まずい。
ミラに確認する前に話してしまった。
もし知られたくなかった事とすれば、また怒られるかもしれない。
目線だけミラの方へと移すと、お茶を啜りながら僕を睨み付けている。
「それなら、わたしもお願いします!
ルーナ……ルーナとお呼びください!」
今度はルーナさんが僕の手を取って呼び捨てにしろと願い出る。
しかし、その頼み方は誰かさんみたいな命令口調ではなく、上目遣いで娘が父親に何かを強請る時みたいに淑やかだ。
「だけど、君は家族じゃないし、友人だ。失礼な事はできないよ」
「失礼じゃありません。ゼクト様に呼んで欲しいのです!」
そんな目を向けないで欲しい。
僕だって呼びたくて姉さんを呼び捨てにしている訳じゃないし、呼ぶことが出来ているのは、偏に羞恥心より恐怖心が勝っているからだ。
「……ダメ、ですか?」
涙目の少し熱っぽい表情で再度願われる。
ルーナさんがあまりにも儚げで愛おしいものに思ってしまった僕の心の内でドキッと何かが波打った。
前の世界では、よく神絵師の絵にドキドキした経験がある。今の心境としてはそれに近いだろう。
気付いた時には、首を縦に振ってしまっていた。
何を言われても肯定したかもしれない。それほどの魔法を掛けられた気分だ。
「ちょ……カエデ!!」
「えっ?」
ミラが立ち上がって今にも怒りそうな顔で睨み付けてくる。
それと対照的にルーナさんは昨日のミラと同じく、周りに花が咲いているのが見えるくらい嬉しそうな表情でガッツポーズを構えている。
「やった! やった!」
ルーナさんの嬉しそうな表情を見て、流石のミラでも戦意が削がれたかのように力が抜けて腰を下ろす。
僕は怒られないことに安堵し、気疲れからソファーに全身を預けた。
このたった2日で僕の日常は前以上に疲れるものとなっており、正直学院に入るのが正しい行いなのかどうか迷ってしまうほどだ。
僕の日常はこれからどうなっていくのか、まだ入学していないとはいえ不安である。
「じゃあ、僕は帰ります」
疲れ切った僕はシュリムを食して少し機嫌が良くなり、このまま家に帰ろうかと二人をソファーの上に残して一人立ち上がった。
これ以上面倒な事にならない内に帰りたかった。
試験結果は、一カ月後あたりにこの学院に張り出される。その時にはまた来ることになるだろうが。
「そう。なら、明日も来なさい」
「そんな、馬車で半日は掛かる場所だよ? そんな気楽にこれる場所じゃ……」
「瞬間移動、行ったことのある場所なら何処へでも移動できる。
ちゃんと明日来なさいね」
「あっ! でも、明日はアインスとツヴァイの勉強を見てあげる約束をして――」
「それなら二人も一緒に連れてきなさい。わたしが教えた方が効率もいいしね。
瞬間移動は、自身が触れている人間も一緒に移動させることができる。
いいわね?」
僕の姉だけあって利便性の高い【瞬間移動】の説明がつらつらと出てくる。
「でも――」
「まだわたしのお願い以外に優先させたい要件があるのかしら?」
「な、ないよ勿論。あるわけない」
これ以上の反論をすると、また怒られそうな雰囲気になると悟り、焦って返答する。
「また明日も会えるんですね」
ルーナさんも嬉しそうだ。たった1年で女子だけの会話に飽きたのだろうか。
「じゃ、じゃあ、また明日ということで…………」
「また明日ね」
ルーナさんが笑顔で手を振ってくれるのに対して、ミラは無表情で頷くだけだった。
それさえも怖く思え、すぐに瞬間移動を発動させ、その場から瞬く間に姿を消した。
僕が瞬間移動先に選んだのは、僕の部屋だ。
アインスやツヴァイに気付かれ、疲れることになる前に眠ろうという腹だった。
しかし、アインスとツヴァイの嗅覚は魔法や異能の類のように鋭すぎた。
どたどたと二人分の足音が聞こえて焦りだす。
ここで僕の瞬間移動のデメリットが一つある事を思いだした。
瞬間移動は、続けて使用することができない。インターバルが存在するんだ。
時間にして約1分というところで、その間は移動ができない。
だから僕は寝たふりをしようとベッドに潜りこもうとするが、
魔法の気配がして振り返る。
「嘘だろ……よせ…………。
【身体強化】」
「にぃに!」
もの凄い激突音と共に扉が外れ、そのまま僕の方へと移動してくる。
流石にそれが当たると痛いだろうと思い、掌を前に構えて異能を使った。
「【分解】」
分解は、物体を分解して別の物へと変換してくれる。
例えば、今回は木製の扉を木屑へと変換した。
これで僕の所に扉が当たることなく、木屑として床に散らばる。ノブだけは鉄製なのでそれは分解しないでおいた。
その木屑を潜って僕の胸に突進し、その推進力でベッドに押し倒される形になってしまうが、とりあえずはお互い体を強化しているので怪我はない。
背中もベッドなので、フカフカで衝撃を吸収してくれた。
当然、こんな突進をかましてくるのは、アインスしかいない。
顔に木屑が掛かっているが、可愛らしい無邪気な笑顔は健在だ。
この笑顔のせいで憎めないというのがまた難点なのだが、呆れ顔で少しばかり注意を促す。
「ダメだろ、アインス。家の中で魔法を使っちゃ、この前も注意したはずだよ?」
「えへへ、だって、にぃにに早く会いたかったんだもん」
唇の先を尖らせ、いじけるように言うこの子に見て、
「うん、可愛い。それなら許しちゃう」という言葉しか浮かばなかった。
「カエデにぃ……」
アインスの表情にほっこりしていると、僕の腕にしっとりとして柔らかい何かが当たったのを感じる。
プールの授業の時に誰かの肌に触れた時の感触に似ていて何かなと思ったが、想像通りのものだったので、全身の血の気が引いていく気がした。
ツヴァイが裸で僕の腕に膨らみかけの胸を宛がっているのだ。
僕は遂に犯罪者になってしまった、そう思って震えながらに視線をアインスに写して体を起こさせる。
僕の嫌な予感は当たり、アインスもツヴァイ同様、木屑で所々隠れてはいるものの裸なのに変わりなかった。
「っ〰〰〰〰何やってんの! 早く服を着ろー!!」
その後、二人は落ち込んだ様子でお風呂へと戻って行った。
二人の落ち込んだ背中を、視界を遮る指の間から見てしまっていたのだが、怒鳴ってしまって少し可哀想な事をしたかもしれないと反省する。
しかし、流石に兄妹であっても年頃の女の子の裸を見るのには、恐怖しか感じられなかった。
もう二人共大人になったんだなと改めて認識させられた瞬間だった。




