第13話 三人組
森を出た後の修行が始まってから一週間と二日が経った。
僕とミラ姉さんとルーナさんの三人が一緒にいる時間も増え、僕も少しは二人には慣れてきているかもしれない。
少なくとも、もう倒れるといった事はなくなった。
そして今日は、森を出て以来の修行の休みとなる。
僕は久しぶりに父さんの書斎から本を自室に持ってきたり、双子の前で朗読したりとかしようかなと思案を巡らせ本棚の前にいたのだが、僕の平穏を脅かすように部屋のドアを豪快にドンドン叩く音が聞こえてぞっとする。
誰が来たのかはその音だけで分かった。
こんな静かな家でそんな事をするのは、ミラ姉さん以外にいない。
ここ最近は、修行ばかりで双子とは朝も顔を合わせられなかった。テナンさんの朝が早やかったのだ。
だから今日は流石に双子と遊ぼうと思っていた為、ドアを開くのに抵抗があり、少し考える。
しかし、そんな思惑が意味を成さないと言わんばかりにミラ姉さんがドアをこれまた豪快に開く。
ミラ姉さんが「早く開けなさいよ」と睨み付けてくるので僕は視線を逸らして諦めた。
だが、珍しくミラ姉さんとルーナさんが一緒にいるのを見て少し驚いた。
ミラ姉さんは、ルーナさんのことをあまり気にしていないようだったから、てっきり仲がいい訳ではないのだと思っていた。
案の定、ルーナさんは最初に見た時みたいに部屋に入ってきても小さくなっておどおどしている。
そんなことを気にしている間に本棚の前にいる僕の前まで部屋にずけずけと入って来たミラ姉さんが珍しく小さな声で話す。
「カエデ、ちょっと耳を貸しなさい」
ミラ姉さんは、あの事件があった後からずっと僕のことをカエデと呼んでいる。
父さんや母さんの前では控えているようだけど、偶に出ることもあるので用心して欲しい。
僕は、まだ父さんと母さんにも異能のことや前世の記憶があるとかは言っていない。
あれから、それを話すとまた気を遣わせてしまうかもしれないと考えた結果だ。
父さんはまだ理解があるし大丈夫そうだが、母さんは少し心配性な部分があるから一応ということだ。
それに、別に話して何か変わるわけでもない。
いや、話したら父さんは僕に魔法を教えようとするだろうか。
それはそれで悪くないけど、現状維持が僕の答えだ。
「痛い痛い!」
ミラ姉さんは、僕の了解を取るまでもなく、僕の耳を痛い程引っ張って小さい声で話し始める。
「わたしたちをこの前逃げた時みたいに街へ連れて行きなさい」
「それより、痛い! 痛いから! あと近い!」
僕は耳を抑えて離れ、本棚に体をくっつける。
「ああ、それは悪かったわ。だから頼むわよ」
悪びれもせず、姉さんは自身の腰まである長い髪を払う。
全然反省してないね……。
「嫌だよ、そんなの。だって僕――」
ルーナさんには言ってないし、大きな声では言えない。
それに気付いたのか、ミラ姉さんは勝ち誇ったような顔で「こっちに来いよ、来てみろよ」と指をクイクイさせている。
僕が女の子に近寄りがたいのを知っていながら。
「っ――なんで街になんか行きたいのさ」
僕が普通の声量で話すのを危険と思ったらしいミラ姉さんが僕の額目掛けて頭突きしてきて、自分の頭から鈍い音が聞こえた。
「痛い!」
普通の子供なら泣いてるよ! 僕も泣いてるけど!
ルーナさんもそれを見て戸惑い、震えている。止めようとしているけど、できない人みたいだ。
僕は額にたんこぶができて涙目になり、両手で抑えてまた本棚に体を預ける。
「アンタの頭、割と硬いわね」
姉さんも自分の頭を撫でて痛がっているようだった。
それならやんないで!?
「実はわたし、女の子との買い物ってものに憧れていたのよね」
「は?」
悟ったような表情でアホな事を抜かすので、不意に素で反応してしまった。
僕が呆れるような顔をするので、学ばないミラ姉さんがまた頭突きをしてきて互いに痛がる。
「イッタッ!」
「イッテーェ!!」
なんで僕の科白を先に取るんだよ!? ミラ姉さんって本当はバカだったの!?
「それで丁度良くルーナがいるじゃない? だからこの際にやっておきたくて」
「へー?」
特に中身のあるようなお願いじゃなかった。
その為、僕の返答は決まった。
「嫌だ」
「なんでよ!」
また頭突きされそうになるのを僕は咄嗟に避ける。
二度あることは三度ある。予想していたよ、その反応はね。
僕もこの二週間遊んでいたわけじゃない。これくらいは避けられるようになっているさ。
「フン!」
しかし、調子に乗って手刀が飛んできているのに気付かず、僕の額にたんこぶが増えるのだった。
「イッテー!!」
「アンタ……手でやっても痛くなるって相当硬いわね」
「じゃあ、そろそろそういうのやめてくれる!?」
「アンタの答えは、はいかはいよ!」
「なんでだよ!」
「断るなんて許さないわ!」
何を言っても引き下がりそうにない。
危険を減らす為に断っている僕の考えを理解して欲しい。
それに、この前だって公国に行って痛い目に遭ったばかりじゃないか。
大人がいない所で下手打つのが容易に想像ができる。それを考えられない訳がないでしょ、ミラ姉さんなら。
「ゼクト様」
様!?
ルーナさんが遂に話に入って来た。
それまで怯えた様子もあったはずなのに、今では何故か表情は穏やかだ。
「わたしもミラさんとお出掛けがしたいですし、ゼクト様とも、その、デート……などしてみたいです」
顔を真っ赤にしているあたりはデートの意味を理解しているのだろうか。
いや、たぶん僕やミラ姉さんの名前を呼んでしまって恥ずかしいだけだろう。
しかし、その表情や言葉は反則と言いたい。
こんな可哀想な子に頼まれてしまっては、僕も一肌脱いでしまいたくなる。
悪い意味じゃないからね?
「ほら! ルーナもこう言っているんだから、二対一でわたし達の勝ちよ!」
いつ多数決になったのだろうか。それだけは一言もの申したい。
最初から分かってはいたさ。
強情のミラ姉さんが最後まで粘り、やばくなればルーナさんが一言で僕を御しるくらいの想像はしていた。
それが現実になってしまっただけだ。おそらく僕じゃなくてもこうなってた。
「……じゃあ、アインスとツヴァイにひとこと言ってからね」
「本当ですか? ありがとうございます、ゼクト様」
ルーナさんは僕が女の子が苦手なことを知らない。
ゆえに、強行するミラ姉さん同様に僕へ近づき、手を握って上目遣いで感謝する。
気を絶つまではいかなかったが、僕は無心で手を振りほどき、部屋を出て行った。
◇◇◇
瞬間移動は便利でいい。
普通なら歩きで約一時間かかる場所との距離を失くし、一瞬で辿り着くことができる。
更には、家の中から足音一つ鳴らさずに消え失せることができて誰にも気付かれない。
だから、前の事件に遭って外出が減らされている僕達でも楽々に街へ来ることができる。
誰かに見られないように出現する場所は建物と建物の間の路地にした。
ここはあまり人が来ないし、薄暗いしで子供でも近寄りがたい場所だが、瞬間移動先としては活用しやすい。
瞬間移動先に人がいるかどうかの確認はできない為、こうやって隠れられそうな場所を移動先にするしかないのだ。
僕の考えた通り、瞬間移動しても人はいなく、薄暗くて木箱やゴミが散乱しているだけだった。
「こ、これは魔法……ですか?」
ルーナさんは、こんな魔法を体験するのが初めましてみたいな顔をしており、ミラ姉さんがフォローする。
「そうよ! 何を隠そうジュニアは、無属性魔法を使うことができるのよ!」
「えっ!?」
「それより、早く明るい所に出よう。ここは子供が入るような場所じゃないし、変な大人に声を掛けられるのは嫌だからね」
ミラ姉さんのがフォローなのかどうかは置いておくとして、僕は早く通りに出ようと提案して誤魔化そうとする。
「そうね、父様達に気付かれる前にやること全部やっちゃうわよ!」
さっさと済ますとかじゃないんだ…………。
通りへ出ると店が立ち並んで、昼過ぎなのに人が行き交っており、そこが市場だと一目で分かる。
この街には住宅地もあり、僕達以外の子供なんかもよく出入りする為、子供だけで市場を物色していても目立つことはない。
晴天に恵まれ、市場も気持ちいい風が吹いており、店から出る声が聞こえてくる。
こちらの世界でも前の世界とここらへんはあまり変わらないらしい。
ミラ姉さんは、この光景を見て楽しくなってきたのか、僕とルーナさんの手を取って市場の中央を駆けだした。
「行くわよ二人共!」
「危ないよ、ミラ姉さん!」
あんまり手を握らないで!
「ふふふっ! はははははっ!」
ルーナさんは、ミラ姉さんの楽し気な表情にあてられたのか楽しそうな表情になっていた。
まぁでも、少しは役に立ってくれないと異能を使った意味がないからね。
二人共、存分に楽しみなよ。