第12話 初めての友達
あれから天気が一向に悪くならない炎天下の中で僕と【剣豪】の修行が始まった。
やる事は、主に剣術と体術。
木剣を振るえばテナンさんが持つ木剣の反撃が来る。
身体強化を使わない僕にそれを避けるなんてのは無理難題だ。
体術では、僕がテナンさんの懐に突っこみ、テナンさんが僕を投げる。
これを七転八起のごとく繰り返している。
「まだまだへばるんじゃないぞ! これはまだまだ序の口だ」
マジですか…………!!
テナンさんはまだまだという根性論が大好きらしい。それを僕に押し付けてくる。
確かに受け身は上手くなったと思うよ。
散々投げられ、叩かれ、元の世界だったら体罰だって訴えてるかもしれないね。
まぁ、強くは投げられないし、叩かれないから助かってはいる。
この前の森の中に放置されたのもあって、少しは運動能力も上がっているかもしれない。
「さぁ、まだまだ! もう一度だ!」
でも、こんな経験はしたことないから、正直辛いの一言だね。テナンさんが怖いよ。
森での出来事は、テナンさんにバレなかった。
気配探知でかなり遠くにいる事は分かっていたから大丈夫だとは思うんだけど、少し疑われている節がある。
あの竜巻を見られたと思うし、その方向から僕が現れれば当然だと思う。
あの時は、僕も仰天していたからそこまで考えている暇はなく、ただ帰りたい一心でテナンさんがいる所へ向かってしまったんだ。
おそらく、最初に僕が姿を消した時から疑いが強くなったのだろう。
どう見ても僕の性能の少し上の段階で修行されているのが分かる。
身体強化に慣れたからか感覚的にはテナンさんの趣旨も理解することができた。
けど、それに反応するには身体強化なしでは今の僕には無理だ。
僕が家に戻ると、ルーナさんも来ている事が分かった。
この前の食事会で僕と同じコミュ力がなかったお嬢さんだ。うちに泊まっている。
テナンさんの頼みだったそうで、それがまだ続いているということだ。
部屋も多いし、寝る場所の確保も楽なことだろう。
後で分かった事だけど、彼女とは同じ境遇だった。
剣豪の娘ではあるが、どちらかと言えば魔法適正の方が高いらしい。
賢者の息子であって、魔法適正がない僕と似ている。
ただ、だからといって僕が体術や剣術に秀でているわけじゃないってところが違うけど。
彼女は、僕がテナンさんに剣や体術を教わっている間にミラ姉さんと一緒に父さんから魔法を教わっている。
腕もいい。
姉さんの魔法適正の属性値が満遍なく全ての属性に振られているとして、ルーナさんは水属性の数値が高いらしい。
この前、中級の水属性魔法を発動させていた。
姉さんが超天才としたら、ルーナさんは天才だ。
最近がそんな環境になっている為、修行の合間にルーナさんと話す機会があった。
僕が剣術について書かれている本を見直している最中のことだった。
「何を、読んでいるのですか?」
僕にとってはデジャブ。
あの時のミラ姉さん同様にルーナさんが近づいてきたことに気付いて、瞬時に立ち上がる。
ミラ姉さんに対する苦手意識は薄れたが、他の子となればそうはいかない。
しかし、あの時とは状況が違う。立ち上がった瞬間に全身の痛みが悲鳴を挙げた。
そうだった、ずっと叩かれたり投げられたりして全身疲労困憊だったんだ……。
僕があさっての方を向くと、ルーナさんは腕を後ろで組んで首を傾げる。
服装は前の時の正装らしいものとは違って、こっちの世界にもこんな服があったのかという歳相応なオレンジ色のワンピースだ。
より女の子度が増して僕が近寄りがたい人種へとレベルアップしているのを確認すると僕からはまた変な汗が、
いや、これは修行中に出ている普通の汗かもしれないが、それが一層溢れてくるのを感じた。
僕は女の子が苦手なんだって!
と心の中で叫んでも、目の前の子に聞こえるわけがない。テレパシーじゃあるまいし。
――――――――――――――――――――
NAME:ゼクト・ディア・ヴァルヴレイヴ
HP:?/?
MP:0/0
ABILITY:F
SKILL:EVO
MAGIC:ー
Ψ:XXXXX 浮遊 透明化 分身 念写
瞬間移動 千里眼 身体強化 石化 聴覚拡張
気配感知 斬刃 時間停止 天災 思念伝達
――――――――――――――――――――
まただ。
僕の前にいつもながらのステータスバーが現れる。
「女の子が苦手なのですか?」
「へ!?」
ルーナさんから出た言葉で初めて気付いた。
僕のステータスバーの中に【思念伝達】が増えていたのだ。
「ごめんなさい。あなたは、わたしと同じで人見知りだと思って、お友達になれると思ったのですが」
気付いてたの!?
「はい」
テレパシーは続行中でルーナさんは僕が口を動かさず話しているのに疑問を持たずに花が咲く様な笑顔で答える。
僕はすぐさま思念伝達を解除し、恥ずかしさのあまり顔が熱くなって手で覆った。
「…………わたしとお友達になっては頂けないでしょうか」
コミュ症の君が、なんで僕みたいのには話しかけられるんだって聞きたいけど、もう思念伝達は解除してしまったし。
とりあえず距離を取ろう。恥ずかしすぎて近くでは話せない。
僕は大きく五歩ほど下がり、それにハテナになっているルーナさんに小さい声で反応する。
「ど、どうして、僕となんですか?」
歳を考えるなら姉さんと友達になってずっと話していればいい。
僕は男で、一つ年下だ。
共通点でいうなら、さっきルーナさんが言った通りの同じ人見知りということだけしかない。
「この前の食事会、最後は大変になってしまいましたけど、食事中の時にあなたはすごく美味しそうに料理を食していました」
それ、理由になってる?
料理を食べることしか頭になかっし、やることもなかったから没頭はしていたと思うけど、そんなのが友達になりたい理由になりますか!?
「あの時のデザート、本当に美味しかったですよね」
「うん!」
僕はデザートという言葉が出て不意にあの抹茶プリンを思い出し、食い気味に返答してしまった。
「フフフッ、やっぱりデザートの時が一番幸せな表情をしていたので、そうではないかなと思っていました。正直、可愛かったです」
笑われた! ってかそんなところも見られてたの!?
「ごめんなさい。わたしったら、つい思い出して笑ってしまいました」
まったく謝ってる感じしないけど!? また笑ってるし!
「わたし――」
その時、ルーナさんの雰囲気が変わった。
それまで気付かれないように笑っていたのが、急に儚げな表情になっていった。
「お父様が【剣豪】という誰もが知る英雄の一人なのですが、お母様はわたしを産んで直ぐに亡くなってしまいました」
……………………こっちじゃ元の世界よりそういうのが多いのかな。
この歳で母親がいないというのは、想像以上に寂しいはずだよね。
「それもあってか、お父様はわたしを守る為に細かい所まで気を配るようになってしまって、わたしが同い年の他人に会うのもあなたやミラさんが初めてで、それまでは家を訪ねてくれるお父様の関係者にしか対面したことがないんです」
なんか空気が重くなってる?
これってもう、友達になるの断れない流れ来てない!?
「なので、わたしは少し人見知りな部分がありますが、それも直していきたいと思っています。
お父様は度々言うんです。自分は、仲間のおかげでここまで強くなれたんだぞって。そして、お前にもいつか、そんな仲間に出会う事もあるからとも言ってくれました。
わたしはその機会を失いたくはありません。ですからどうか、わたしとお友達になっては頂けないでしょうか」
この歳なのに、色々解ってるような交渉してくるじゃん。上目遣いでこっちの様子を窺ってさ。
僕、まだ男友達ですら作れていないんだよ!?
なんで最初に作る友達が女の子の友達なの?
……そんなこと言っても仕方ないか。
いいよ、友達になってあげるよ。
でもこれは、仕方なくだからね。仕方なく。
君を苦手なのは変わらないから。
どうせ僕を教えているのは君の父だし、君を教えているのが僕の父さんなんだから関係性的には今後も続いていくことになる。
ここで断るのは先の関係がギクシャクするだけだろうしね。
「いいよ」
「――ありがとうございます!」
適当な返事をした後、何が起きたのか僕はすぐには気付く事ができなかった。
ルーナさんはいつの間にか僕に抱き着いて来て、ハグをしていたのだ。
それを理解した後、僕は泡を吹いて倒れた。
異世界の女の子は友達になってあげると抱き着いてくる。覚えておかないと死ぬなコレ。
「あー! カエデが倒れてる!」
「えっ!?」
「ミラ、アンタ何をしたのよ!」
「ごめんなさい、少し強くハグをし過ぎたかもしれません」
「は、ハグ……!? 何をしてんのよアンタたち!」
「あー、あー、大丈夫だよルーナちゃん。少し熱くて倒れちゃっただけだと思うから」
違うよ父さん。今、僕に女性恐怖症になってしまうかもしれない事案が起きたんだよ。