ザ・アベレージガール
西暦20XX年。
世界はかつてない金融恐慌に見舞われていたが、日本の一庶民にすぎない私にとっては、良くも悪くもどうでもいいことだった。
私、長月栄子は平凡な女子校生。顔と頭脳はすこぶる平均的。死ぬ気で頑張れば勉強でも体育でもぎりぎり上位にしがみつける時もあるのだが、ちょっと気を抜くとすぐ落ちる。
この世に生まれてきたことがそれほど嬉しくもなければ悲しくもない。
全ては、アベレージ。THE・平均女。
はあっ、とため息をつく。
……特にルックスが平凡に生まれたことが、正直なところ残念ではある。
私に以前苦々しい視線を浮かべたA男(仮名)が、綺麗な女の子には一流ホテルの従業員のような機敏さで食事、車、なんでも与えてニコニコしていたのを見た時には、この世は所詮ルックスが全てか、と思った。
とはいえそのルックスという存在も厄介で、いつまでも高値を維持出来るわけでもない。男女問わずルックスはある一定の年齢を過ぎると、まるでバブル崩壊の時のような価値大暴落を見せ始める。そしてその失われた株価は永遠に戻ってこない。若い頃ブイブイ言わせてたと思われる人が年を取ってもまだルックスという幻想装置にすがっている様子を見るにつけ、なんだか気の毒に思えてくることもある。
『無償の永遠の愛、アガペエ・エターナル・ラッヴはありえるのか?』
私は心の中で考えてみたけれど、正直な所、それもまた幻想に近いだろう。恋愛というものは、おそらく男女関係を極度に美化したものにすぎぬのだ……。
「長月」
と、私を呼ぶ声がした。
それは、高島という同級生の男の子だった。ルックスが平凡な割りに女の子に粉をかけることを日課としているため、一部の女の子からは「積極的なフツメンウザイ」と忌み嫌われているが、逆にその平凡さが好き、という支持者もいくばくかは居るらしい。
「君また、訳わかんないこととか考えてたんでしょ。永遠の愛は、とかなんとか」
「……別に……」
「まあ、僕はいつものごとく女の子のことばかり考えてたけどね。女の子はいいよ。キラキラ輝いててね。一緒に居ると、元気もらっちゃう気分になるよね」
「女の私が言うのもなんだけど、若いうちから女の子とばっかり付き合うのって結構大変じゃない?」
「まあ、そんな気はするけどね。女の子と付き合ってると、協調性を重視しすぎるあまり嘘をついちゃったりすることもあって、時々何が真実なのか分からなくなることがある。これは一面においては危険な兆候だね。……けれど、僕はそんな女の子という存在が、やっぱり好きなんだなあ」
高島は、恍惚のため息をついた。
「やっぱりね、人間はたとえフェイクが混じってたとしても面白いものを信じたい傾向があるんだよ。男は女の子に比べると誠実な人間が多少は多い気がするけど、その分フェイクが無くて物足りないと感じる時があるからね」
そしてそれから時計に目をやった。
「あ、そろそろ僕のマイスイートエンジェルとデートの時間だ。最近また結構魅力的な女の子を見つけたんだ。顔は可愛いけど多少電波チックな女の子で最初はどうかなあと思ったんだけれど、まあ僕はフツメンなんだし、その点は我慢しないとね。じゃあね、バーイ」
そう言って、高島は走り去った。
彼は世界をとりまく様々な情勢を適度に無視しつつ、世界を最も楽めている人間のうちの一人だな、と思った。
……羨ましいものだ。
数ヵ月後。
『一万人の応募から、あなたが当選しました』
ハガキに印刷されたその文面は、「ビューティフル・スタジアム」というテレビ番組の出場権を表すものだった。
化粧・ファッション・部分整形・殿方との接し方講座(?)など、素晴らしい恋愛生活を送るための総合パッケージ・プランに当選したという事らしい。
「一流の男を是が非でもGETしてやる」と鼻息を荒くしてハガキを数十枚も応募した友達は落選し、それほど期待を抱いていなかった私が当選してしまうとは、何とも皮肉なものだと思った。
……セレブに変身、かぁ。
あまりにも典型的ではあるが、私は素敵な衣裳を着て、かっこいい男の子(年収一億円)に優しく告白されるシーンを想像した。
……まあ、悪くはないかもしれない……。
と、つけっぱなしにしていたテレビ画面が突如切り替わり、女性リポーターが金切声を上げた。
『これは大変なことになりました! 莫大な資産を所有していたはずのあの大物芸能人が! この時間は放送予定を変更してお伝えいたします!!』
テレビの臨時ニュースによると、どうやら大物芸能人の女性が捕まったそうだった。派手に売れて財産を手に入れたため、多くの男性と付き合いながら人生を謳歌していたものの、やがて資産が底をついてアブない筋の仕事に手を出すようになってしまい、果てには御用となったらしい。
ふむむ……。
私はそれを見た後、しばらく悩んだ末、「ビューティフル・スタジアム」の当選ハガキをゴミ箱に捨てた。
……まあ、理想は、テレビの中で楽しむだけにしておこうかしらん。
現実でキラキラ輝くと、欲望やら嫉妬やらなにやら面倒な事も多そうだ……。
みんながキラキラしたものを望む中で、私は一人平凡を望む。
それはそれで、いいのかもしれない。平凡な男の人と結婚し、平凡な年収と平凡な食生活。羨ましがられることもないが、嫉妬されることもまたありえない。
決めた、私は日本一平凡な女を目指す!
そう心の中で誓ったとき、空はフツーに青かった。
終