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夢も希望もない俺は自ら志願して少女の下僕になりました

作者: 氷上玲


 魔王軍の侵攻により人類に残された領域は王都のみとなってから早数年――。

 俺と主は王都の真下に築かれた地下都市に居た。

 正確には地上との昇降に使われるリフトの上だ。

 リフトを地上への折り返し地点あたりで固定しているため、地下の広い範囲を見渡せる。


「……よし、準備はこんなもんか。いつでも始められるぜ、マスター」

「…………」


 主は地下街を冷めた目で見下ろしていた。

 俺も主の横に立ち、街の様子を見る。

 街を出歩いている大人も子供も、等しく混乱している様子だった。


 それも当然だ。

 地下街は霧がかかっているかのように、街中が白く覆われているのだから。


「……ユリウス、いいよ」

「了解」


 主の「いいよ」は「やれ」という絶対的な命令だ。

 主の指示を受けた俺は、持っていた弓に矢をつがえる。

 ただの矢ではない。

 先端に火が点いている矢だ。


「マスター、手すりにしっかり掴まっておけよ」


 そう言って俺は矢を射った。

 放たれた矢は弧を描き、やがて落下し始める。


 火を伴った矢が、街を覆っている白い何かに触れた瞬間、盛大な爆発が起こった。

 街を包み込んでいた白い「何か」は、俺が予め用意していた小麦粉だ。

 つまるところ、粉塵爆発が起こったのだ。


 今まさに、多くの人が死んでいるのだろう。


「残りもくれてやるよ」


 俺は予備で持ってきていた火の矢を全て下に放り投げた。

 すぐ真下でも爆発が起きる。

 その爆風が俺達の乗っているリフトを持ち上げ始めた。


「……ユリウス、他のリフトは」

「安心しろ、全部壊しておいた」

「……そう」


 主はやはり冷めた目のままだ。

 俺は未だに、主のまだ幼さの残る風貌に笑みが浮かんだところを見たことがない。

 俺はふと彼女との出会いを思い出していた。



………………………………



 討伐隊による魔王軍の拠点の捜索は今日も徒労に終わった。

 失意の中、王都に戻る道をたどっていた俺はなにか嫌な気配を感じる。


「ユリウス、どうした?」


 俺と同じ精鋭班の班長が、突然立ち止まった俺を気にかける。


「ラデクさん、この辺り何か変じゃないですか」

「そうか? 俺は特に何も感じないが……」

「……行きの時も思っていましたが、この辺りだけ魔物と全然遭遇しないんです。不自然なくらいに」


 俺は周囲の廃墟を見渡しながら、思っていたことを報告した。


「言われてみればそうだな……ちょっと試してみるか。……フレイム!!」


 ラデクは突然炎魔法を、近くの高く積もった瓦礫に向けて放った。


「お、当たりだぜ。ユリウス、お前いい勘してんな!」


 瓦礫があった場所から数匹のゴブリンが飛び出してきた。

 俺は内心驚いていた。

 ゴブリンのような下級の魔物が待ち伏せをしていたことに対してだ。

 はじめはただ突撃しか能のなかったゴブリン共が、人間を倒すための戦略を練っていた。

 下級の魔物だから多少捻った攻撃をしてきたところで、簡単に返り討ちができるが、凶悪な力を持つ上級の魔物が戦略を練るようになったらどうだろう。


 俺は心の奥で常に思っている「ある事」が確信に変わりつつあるのを感じた。


「ふー。ちょろいちょろい」


 現れたゴブリンを瞬殺したラデクが、わざとらしく汗を拭う仕草をした。


「流石の腕前ですね」


 人類の希望とまで言われる実力は伊達じゃないなと思う。

 精鋭班の班長にして、討伐隊の隊長、おまけに男前ときた。

 人類の皆様が騒ぐわけだ。


「うわあぁあ、隊長、大変です」


 背後の方で誰かが叫び声を上げた。

 反射的に俺は振り返る。


「……これは」


 廃墟から続々と魔物が出てきていた。

 待ち伏せをしているのは数匹のゴブリンだけではなかったらしい。

 オーク、アンデッド、スケルトン、スライム、インプ……気が付いたら討伐隊は無数の魔物に取り囲まれていた。



………………………………



 無我夢中で魔物を狩り続けていた俺は、討伐隊の本隊とだいぶ離れた所に来てしまっていたらしい。

 おまけに先程から降り始めた雨のせいで視界も最悪だ。

 やみくもに動くのは危険だと考えた俺は、ひとまず雨がしのげそうな場所がないか辺りを見渡す。


「あった」


 朽ちて崩れかけている橋が目に入った。

 崩れたらどうしよう、という不安が一瞬よぎったが、今は一刻も早く落ち着ける場所に移動するべきだ。


「……あれ。あなたも雨宿りですか……?」


 橋の下には先客がいた。

 全身を覆うローブとそれに付属しているフードを被っているため、年齢も性別も一見しただけでは分からない。

 膝を抱えて座っているその人の第一印象は「小さい」だ。


 俺の声に反応したのか、その人はフードを弱々しく持ち上げた。


「……!」


 俺は絶句した。

 現れたのはひどく痩せた少女だった。

 当然ながら討伐隊の一員でないことは明らかだ。


「……どうして、こんなところにいるんだ?」

「…………死のうと思って」


 少女は、か細く、かすれた声でそう言った。


「……な」

「何でって? ……あそこに、私の生きる場所はないから」


 少女が言う「あそこ」とは人類最後の領域である王都のことだろう。


「……何があったんだ?」

「…………私は魔王軍の関係者らしい」


 少女の話はこうだった。

 少女は類まれな魔術の才能の持ち主だったらしい。

 しかし、人間離れした力を持つ彼女は、魔王軍の関係者だと噂されるようになり、いつしかその噂は真実かのように世に蔓延るようになった。

 その結果、街を歩くだけで人から煙たがられ、間違った正義感を持つ者に襲われるようになってしまった。

 親からも見放され、居場所を失った彼女は王都の外に出ていくしかなくなり、現在に至るという。


「…………なんだそれ」


 少女の話を聞いた俺は目眩を覚えた。

 そんな噂は知らなかった。

 きっと普段から、周りのことに興味を持って接していなかったからだろう。


「……だから、いいの」


 少女は続ける。


「私が死んでも誰も悲しまない……ううん、みんなが喜ぶの」


 少女の言葉を聞いていると自分の中の何かが強く訴えかけてくる。

 これは「怒り」か……?

 感情を抱くなんていつぶりになるだろうか。

 ああ、そうか、親友を失った時以来だ。


「…………君は君を排除した人達を裁く権利がある」


 罪のない人間から自由を奪うのは魔王軍だけじゃなかった。

 人間も同じだ。


「……え」

「君はやりたいことをやるべきだ。そのためなら俺は君の手でも足でも、剣でも盾でも、何にでもなろう」


 大多数の枠から逸脱した人間を、大多数は徹底的に排除しようとするのだ。

 今まで大多数の中の一人として、無自覚に枠の外の人間に苦痛を与えていた一員だと認識した俺は、己の罪深さに吐き気がした。


「……お兄さん、何言っているの……」

「俺は今この瞬間から君の下僕だ。君の命令なら人類だって滅ぼそう」


 これは俺の『償い』だ。



………………………………



 王都は地下街が襲撃を受けたという話題でもちきりだった。

 魔物が街に紛れ込んいると予想する者、食糧難を解消した英雄だと崇めだす者、神の裁きが下ったのだと説く宗教に熱心な者。

 話題の受け取り方は様々だ。


 そんな賑やかな王都を、俺と主はあてもなく散歩していた。


「……ユリウス、明日」


 主はぼそっと呟いた。

 今の主の言葉は、明日ここを滅ぼせという指示だ。

 つまり、突如として今日が人類最後の日に決定したのだ。


「了解だ、マスター」


 俺は主から新たな命令を授かった歓び以外に、何の感慨もなかった。

 なぜなら主が願おうが、そうじゃなかろうが人類が滅ぶのは時間の問題だと認識しているからだ。


 人類は魔王軍に勝てない。

 人類は奪われた土地を取り返したことなど一度たりともないのだ。

 さらに、敵の拠点と言われている「魔王城」。

 魔王軍討伐隊は未だに魔王城の「ま」の字も見つけるに至っていない。


 結局の所、人類は既に敗れているのだ。


「……ユリウス、これで自由になれるのかな」

「少なくとも顔を隠して生きる必要はなくなるな」

「…………そっか」


 主のその短い返事は、僅かだが普段より明るい声色だった。


 その夜。

 俺は一人で、王都をぐるっと囲む城壁の門にいた。


「おい、お前。こんな時間に何をしている」


 城門の門番が警戒した様子で俺を呼び止めた。

 二人いるうちの一人は既に槍を構えている。


「濁りきったこの街の空気を換気しようと思って、ね」


 言いながら、俺は構えを取っていなかった方の首を愛剣で刎ねた。


「貴様ッ!!」


 突然仲間の命を奪われ、憤った残りの門番が槍を突き出してくる。

 俺はそれを難なく剣で弾き、隙を逃すまいと再び首を刎ねた。


 もう慣れてしまったが、人、魔物にかかわらず生きた者を斬るというのはあまり気持ちのいいものではない。


 一息ついた俺は門の操作を始める。

 別の城門ですでに三回開門作業をしてきたため、要領は把握していた。


「……これで最後だな」


 重い音を響かせながら開いていく門を眺めつつ、俺は呟いた。

 完全に開いたのを確認した俺は、門を潜って魔物共が跋扈する地帯に足を踏み入れる。

 適当な場所まで進んでいき、俺は簡易な魔法を唱え始めた。


 魔術を齧った程度の俺でも使える、魔物のヘイトを自身に向けさせる魔法だ。

 詠唱を終えた俺は、周囲からの敵意をひしひしと感じていた。


「さてと、帰るか」



………………………………



 翌朝の王都はそれはもう大惨事としか言い表せない状況だった。

 そこら中で人が魔物に襲われている。

 俺と主は王城の小塔からその様子をぼんやりと眺めていた。


 やはり主は冷めきった目だ。


「……マスター、もうフード、いいんじゃないか」


 俺は主に進言した。

 主は逡巡した後、決心したのかこくりと頷き、勢いよくフードを持ち上げる。

 

 現れたのは美しい少女だった。

 血色の良い艷やかな肌に、壮麗に靡く美しい銀髪。


 俺は思わず目元から溢れ出だしそうになったものを、ぐっと堪えた。


「……ユリウス、ありがとう」


 主を強く抱きしめたいという衝動にかられた俺だったが、背後から響いた音が冷静さを取り戻させる。

 魔物が登ってきたのかと警戒した俺は剣を抜き、音の正体が現れるのを待った。

 だが、意外さを感じさせる人物が現れたことに俺は度肝を抜かれる。


「へっ、ここなら安全そうだな……ん?」

「……ラデク、さん……?」


 俺と主の前に現れたのは魔王軍討伐隊隊長のラデクだった。

 討伐隊として真っ先に街の魔物を倒さないといけない立場の人間が、なぜこの場に現れたのか俺には理解ができない。


 しかし、俺以上に驚きを表していた人物がいた。

 主だ。


「………………こいつだ」


 主は、出会ったとき以来ずっと冷めたままだった目に、憎しみをたたえてラデクを睨んでいた。


「先客がいると思ったら……ユリウスと魔王軍のガキじゃねぇか」

「……あなたでしょ? 私が魔王軍の関係者だって、ありもしない噂を広めたのは」

「噂? 事実だろ。だって俺より強い人間がいるわけねぇんだから」


 俺は目の前で繰り広げられている会話に唖然とした。

 主が言ったことが真実ならば、主が苦しめられる原因を作った張本人は――。


「ラデクさん……いやラデク。あんたが……」

「ユリウス、お前はあの時死んだと思っていたが、まさか魔王軍のガキに絆されていたとはな。王都に魔物を招き入れたのもお前らだろ?」


 ラデクはあくまで主が魔王軍だと言い切る。

 俺はその度に頭が沸騰しそうだった。


「ああ、そうだ。俺はかつて魔王軍に大切なものを奪われたから、復讐の一心で魔物共を殺した。マスターは人間に居場所を奪われたから、人間を殺す。それだけのことだ」

「……お前ら、狂っている」

「そうかもな。だが、狂わせたのはあんただ。…………マスター、命令を」


 俺は主を守る態勢を取りながら、指示を仰いだ。


「……ユリウス、その男を殺して」


 今までの命令とは違い、その声には明らかな憎悪がこもっていた。


「了解」


 主の命を受けた俺は一切の躊躇なく、ラデクに斬り掛かる。

 ラデクはすんでのところで剣を抜き、俺の初撃を防いだ。


「おいユリウス。お前何か勘違いしてないか? お前は確かに優秀だったが、俺は人類最強の力を持つ男だぞ。お前程度じゃ話にならないんだよ!」


 今度はラデクの方から攻撃を仕掛けてきた。

 俺は剣を身体の前に構え、ラデクの剣を受け止める。


 俺はラデクの戦闘スタイルを鑑みた際に、この狭い場所での戦いは俺のほうが有利だと確信を抱いた。

 ラデクが最強と呼ばれる所以は、その戦闘スタイルだ。

 近接での剣による攻撃と、距離を取っての魔法攻撃。

 共に高いレベルにあるその両攻撃を織り交ぜながら、相手に反撃の余地を与える前に倒し切る。


 だが、だだっ広い平原ならいざ知らず、この狭い小塔の上では充分な彼我の距離が確保できない。

 つまり、ラデクは魔法攻撃を行うと隙が生まれてしまうため、得意戦法を実質的に封じられた状態なのだ。


「……ッ!」


 俺はラデクの剣を弾き返し、生まれた隙を逃さず連続で剣を振るった。

 ラデクも素早く応対するが、俺の連撃を全て捌き切るまでには至らず、ダメージを受ける。


 やはりだ。

 単純な剣技だけならば俺が上回っている。


「何が人類最強だ。何が人類の希望だ。ただ自分と自分の立場が大事なだけの、魔物にも劣る卑しい屑が」


 俺は剣を振るうスピードを上げる。

 もうラデクは俺の攻撃を防げてはいなかった。


「……俺が負けるのか? お前如きに?」

「そうだ」


 言いながら、俺はラデクの剣を回し蹴りで弾き飛ばした。

 ラデクは、愕然と言った様相で自身を見下ろす。

 ラデクには、もう戦う術も気力も残ってはいなかった。


 だが、俺は剣を止めない。

 ラデクを殺せと、主より命令を受けたからだ。


 俺はためらいなくラデクの胸に剣を突き立てた。


「……マスター、終わったぜ」



………………………………



 ただ無限に広がる大地がそこにはあった。

 主を縛るものはもう何もない。

 俺と主は名も知らぬ平原をただ歩いていた。


 主は俺の少し前に出て、ふと立ち止まった。

 主はゆっくりと振り返る。


「ユリウス、二つだけお願いがあるの」

「なんだ? マスター」

「ユリウス、あなたはこれから自由に生きて」


 俺と主の間を、穏やかな風がすり抜けていく。


「……了解だ」

「……もう一つは」


 主は照れくさそうに下を向く。


 ややあって、覚悟を決めたように顔を上げた。

 その頬には赤みがさしていた。


 俺は穏やかな気持ちで主の最後の指示を待った。


「……今日から私のことを名前で……イヴって呼んで」



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