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作戦会議の時間に、彼はやって来ませんでした。
それはよくあることで、十分間はその場で待って、それを過ぎたら私が部屋まで迎えに行くというのが常です。
困ったことに、二回に一回はそんな調子ですから、残念ながら私も慣れてしまっています。
本来は時間は当然守るべきものですし、こんなことに慣れたくなどないのですけれど。
庭には大きな桜の木があります。
その大きな大きな桜の木を、彼はいつだって眺めています。今日もそうでした。
「時間、過ぎていますよ」
「ごめんごめん、忘れてた」
差し伸べた私の手を取って、悪びれる様子もなく言葉の上で謝りながら彼は立ち上がります。
「忘れないように気を付けるのですよ」
いつも耳にも入っていないとわかっていながら、一応は私も注意をしておきます。
注意をしないではおられないのです。
親の脛を齧りながら、書物を読み漁っては何もせずに質素な生活をしていられようと考えていた私が、時間を守れなどと咎められるはずはありませんでした。
どうせきつく咎められたところで、彼の耳には何も入らないでしょうから、関係のないことでしょうけれど。
「時間を守るっていうのも、難しいものだな。俺は乱世の長なのだから、信頼は得られないといけないのに」
ぽつりと呟いたのですから、本心なのでしょうか。
普段の冗談っぽさが一切ない自然な呟きなのでした。
信頼は得られないといけない、それを自覚していることは素晴らしいのですが、乱世の長ではなかったとしても時間は守ってほしいものです。そして信頼は得ておくべきです。
もし私が本当に真面目な人だったとしたら、もっと厳しく咎めることでしょう。
けれど私も実際のところそれほど真面目の塊というほどのものではないのと、彼に厳しい言葉をかけられないほど私が彼に心酔していたのとで、私はきつく言うことはありませんでした。
甘いというよりは、弱いと言った方が私らしいでしょう。
信頼を得るためにも時間を守ろうという意識がある、そういった旨のことを聞いてしまったのですから私はどうしたらいいのかと悩みます。
徹底するのが彼のためだということにも思うのです。
「それなら、最初から私がお呼びに参りましょうか?」
私の提案の答えが返る前に、目的地に彼を連れてきてしまいました。
望ましいかどうかわからない行動を、進んでしようという気はどうしたって私には起こりません。
私がすることは、あくまでも彼に命じられたことに限ります。
彼以外の指図は受けませんし、自らの意図を持って動くようなことだってありません。一種の操り人形のようなもので、彼に命ぜられたから、そうでなければ私は動かないのです。
意見を申せと言われたから、指揮を取れと言われたから、自ら考えているような事項さえも、根底に彼の命令があるからこそ私は動けました。そうでなければ動けませんでした。
動かないというのも確かですし、動けないというのも確かです。
何も彼は言っていませんのに、勝手にやり方を変えてしまうことなど、私には許されようこともないのでしょう。
遅刻なされたときに、「遅れてると思ったら呼んでくれよ」と拗ねたような口で彼は言っていましたから、それから私は遅れていると思ったら呼びに行くようにしています。
まだ遅れているという段階ではないのに、遅れるといけないからと、予め呼びに行っておくような真似は命令違反だと私には捉えられました。
それよりも今は、彼が案を述べよとご命じですから、そちらの方に集中するべきでありましょう。
書物からの知識は持っていました。模範解答的なことは得意でした。
斬新な策を生み出すというよりは、これまでに使われてきた策から、状況に合ったものを持ち出すのが私でした。
いろいろと書物に溺れて読み漁るような日々を過ごした経験のある人間は、そういるものではないのですから、ましてや兵法書をいくつも所持している人などほとんどいないのでしょうから、私ほど兵法に詳しい人間はそういないでしょう。
国の全てを通しても、軍師たるものを一人も置いていないで、それどころか策略の力さえもわからないような君主が君臨している国々もいくらもあるくらいですから。
そうしますと、彼は賢い人物です。
もちろん、私を欲したから賢い人物だとか、そのような自惚れた考えをしているのではありません。
軍隊に必要なもの、足りないものを見分けられていたところが、偏に彼の優秀さがあってこそだと私は思うのです。
他の役職の方々に比べて、専門職としての私は役に立てているかはわかりません。
けれど読書が無駄ではないのだと示すように、知識をひけらかすことだけは私にも容易にできました。
今のような作戦会議のときだって、作戦を考えているふりしてこうした関係のないことを考えながら、過去の事例をそれとなく示すのです。
さぞ、現在の私が考えたとでも言うような顔で。




