stage,07 第二話③
「ガウルさん。呪文詠唱中に攻撃を受けてしまうと中断されて、また最初から詠唱し直しになってしまいます。申し訳ございませんが、魔法が発動するまで援護をお願いします」
と、長杖を構えたシェルティが頼んできた。とは言われても、今のオレの体を動かしてるのはアスカである。
「と、いうことらしいぜ。大丈夫か?」
「大丈夫よ! シェルティのステータスも見えるようになってるから。どうやら魔法にも何秒かに一度しか使えない制限があって、それに加えて発動するまでにも何秒か必要みたいね」
「なるほど。それが呪文詠唱の時間か」
読んだ本によると、魔法は剣などの武器とは比べ物にならないくらいの威力があるらしい。だが、発動までに時間がかかりすぎて隙だらけ――という弱点があるようだ。
「問題はシェルティのHPも守備力も、ガウルより大幅に低いってこと。守ってあげないとシェルティが死んじゃうわ」
死者は生き返らない。オレは当然、シェルティもそうなのだろう。アスカの必死さが伝わってくる。
「でも、敵は三体だ。全部シェルティの方に行かないようにくい止めるなんて、オレ一人じゃ不可能だろ!?」
「大丈夫。こういう時に使えるスキルがあるのよ」
アスカは不敵な笑みを浮かべている。なんだろう……、この言い知れぬ恐怖は。
「――〈アトラクト・ラプソディ〉!」
と、アスカが叫ぶと、オレの体から赤い光が放たれて、モンスター達がそろってこっちに振り向いた。
「な、何したんだ? アスカ……」
「〈アトラクト・ラプソディ〉は、一定の範囲内にいる敵の興味を引きつける技よ。これを使われると敵はこっちを注目して集まるの。十五秒でもう一回使えて重ねがけもできるけど、重ねれば重ねるほど注目が外れなくなるかわりに、敵がやる気を出して攻撃力とかを上げちゃう危険もある――らしいわ」
雑誌に書いてることを読んでるだけだろ、こいつ。理解も曖昧でいきなり使おうとするなよ。
まあ、今回の使い方は間違ってないのかもしれない。これなら後方にいるシェルティまで危害は及ばない。
「って、待てよ。それってつまりオレが三匹全部を相手にしろってことじゃんかっ!」
次の瞬間、一気に飛びかかってくる三匹のウルフ。
「わーっ! 腕も脚も咬まれてるっ! 脇腹も咬まれてるっ! でも、あんまり痛くないっ!」
「痛くないならいいじゃない」
「真顔で言うな! 痛くないのが一番ショックなんだよっ!」
木に直撃したり崖から転落したり、そして狼に咬まれまくってても感じる痛みはほとんど同じ程度。
体の操作は他人に委ね、痛みまであまり感じない。オレの存在と命の価値を今ここに問いたいっ!
「でぇい! オレはわんこのおやつガムじゃない! かわりに
くらえ――〈ヒロイック・スラッシュ〉!」
オレの声に反応して英雄剣が輝くと三匹のウルフは飛び退き、斬撃を避けてしまった。〈スラッシュ〉が当たったのは一番最初に魔族を倒した時だけじゃんか!
「ガウルさん、魔法を発動します! 敵から距離をおいて、わたくしの直線上から退避してください!」
後ろで何かブツブツと念仏のように唱えていたシェルティが、長杖の先を青く輝かせながら叫んでいる。
直線上から退避? おいおい、巻き込まれる雰囲気がヒシヒシと伝わってくるぞ……
アスカは言われた通り、ウルフから離れるためにオレをUターンさせて走らせる。
「アスカ。シェルティが右前方に見えてる。でも、直線上ってのがどれくらいの範囲かわからないから、念のためにもっと左に走ってくれ!」
「わかったわ、左ね!」
と、オレの体はクイッと右へ向く。
「ちょっ、こっちは右――」
「一掃します――〈スラッシュ・カーラント〉!」
ちょうどオレがシェルティの直線上に立った瞬間、鎌のような形の水の塊が飛んできた。
「ごばぁっ」
激しい水圧を受けて吹っ飛んだオレの体は、地面を弾むように転がっている。
ボールだ……オレはボールになったんだ……
「すごいわ。水の刃でウルフ達は全員斬り裂かれて倒されたのに、ガウルの体は斬れてない!」
「……全身打撲ですが、何か……?」
ようやく止まって地面にへばりついていたオレは、なんとか立ち上がる。やはり痛みは大したことないが、精神的にキツいです……
「つーか、アスカ! なんで左って言ったのに右に走るんだよ! おかげで直撃したじゃねーか!」
さすがに今のはわざとらしかったぞ。悪意を感じた!
「え……。左に動いたわよ? ああ! 今、敵から離れるために視点カメラに向かって走ってたから、ガウルと向かい合わせになってたわ。だから、ガウルから見た左は私から見た右だったのね」
「向かい合わせって、お前ずっとオレの隣で同じ向きだったじゃねぇか。まさか、別方向から見てるのかよ! 視点カメラってそういうことか!?」
「うん。視点カメラは自由に動かせるわよ。こうやってぐりぐりと。今は足元からガウルを見上げてたりして」
「ちょっ! 盗撮し放題かよ!」
なぜか思わず股間を押さえて飛び上がるオレ。どこから監視されてるか、わからないなんて……。恥ずかしさを通り越して恐怖だ。
「そういえばそうね。主人公が女の子だと大問題だったわね。ガウルが男でよかったわ」
「その、女ならダメで男ならいいって考え方、ひどいと思うんだ……」
男女差別反対! 男にだって人権とプライバシーはあるんだ! 泣くぞ、泣くからなっ!
「……あ……あのぅ……」
気付けば、何か痛々しいものを見る目でシェルティがこっちを見て声を漏らしていた。
「ぎゃああっ!」
しまったっ! シェルティの存在を忘れてた。
「な、なんでもないんだ! こっちの話だから大丈夫大丈夫!」
「ホントに大丈夫ですか? わたくしが魔法を当ててしまって、気が狂ってしまわれたのかと」
「……ある意味、元々狂ってるからホントに大丈夫です……」
もう受け入れざるを得ない、この運命。狂人変人呼ばわりどんとこいっ!
「味方認証しているので、わたくしの魔法でダメージを受けることはありませんが、一度発動態勢に入ると中断できないので、ごめんなさい。気持ちよく一掃してしまいました」
「気持ちよく……? いや、今のはこっちが悪かったんだから気にするな」
なんかこの子も怖い系……? 女性恐怖症になるわ、こんなの。
しかし、ウルフがいるなら行方不明の樵夫が心配だ。急いだ方がいいだろう。
「それよりも肝心の話ができてなかったな。いなくなった樵夫の行方を知ってるか?」
「はい。ウルフ達に追われているのを見つけて追いかけていたところです。そうしたら、ウルフ達はわたくしの方に襲いかかってきまして……」
「んで、自滅しちゃったと」
「うっ……。樵夫さんは山頂の方に向かっていました。追い回していたウルフは今、倒しましたけど、他のモンスターに見つかってたら大変です。一緒に助けに行ってください」
「ああ、了解」
こうして、オレはシェルティと共に山頂を目指すことになった。
独り言ばかりしゃべってて、行動も不審なオレを信用してくれているシェルティ。オレが言うのもなんだけど、彼女の将来が心配である。
「ちょっとお互いに服を乾かしましょう。カゼひいちゃいますからね」
「ああ、そういやオレ達ずぶ濡れだな。でも、急いでるのにどうやって?」
「魔法ですぐですよ。じゃあ、ジッとしててください」
と、シェルティがブツブツと呪文を唱えると、長杖が赤と緑の光を放つ。それを掲げてシェルティは叫ぶ。
「――〈ドライ・ウインド〉!」
すると、足元から暖かい風が吹き上がり、一気に服が乾いた。
「おお、こりゃすごい!」
「……成功してよかった。時々失敗して、服を丸焦げにしちゃうんです」
「つ、使うな! んな魔法っ!」
確信した。この子も怖い。間違いない……
「へぇ、面白い子ね」
「アスカ。他人事だからって楽しむなよ」
「面白さって重要な要素でしょ。でも、シェルティって水魔法以外も使えるのね」
「そういえば――」
山頂に向かって坂を登りながら、オレはシェルティに問う。
「シェルティは水魔法以外に何が使えるんだ?」
「あ、わたくし、こう見えても『召喚士』なんですよ」
「召喚士!? って、空間を歪ませて色々なものを呼び出す? 確か最高位の魔法使いだって聞いたけど」
「はい。召喚士としてはまだ初心者で大したものは呼べないのですが、召喚士になるためには『四大元素魔法』を全て修得しないといけませんので」
「ほう、そいつはすごい」
まともな魔法使いも見たことなかったのに、いきなり最高位の魔法使いに会えるとは。
「ガウル。四大元素魔法って?」
「知らないのかよ、アスカ。戦女神だろ、お前……」
「四大元素魔法というのは、ガウルさんはご存じですか?」
「あ、じゃあ説明よろしく」
オレは知ってるけどアスカは知らないみたいだしな。ちょうどいいからシェルティに説明してもらおう。
「はい。四大元素魔法は炎、水、風、大地魔法の四属性の魔法のことを指します。これらはほとんど攻撃魔法しかありません。従って、召喚士もほとんど攻撃性能しか持ち合わせていません」
「シェルティは水魔法が得意そうだな」
「はい。通っていた召喚士養成学校で海洋部門を専攻していましたので、当然のように水魔法が得意になっていました」
召喚士専門の養成学校には海洋部門とかあるんだな。さすがに田舎者のオレにはわからないことだらけだ。
もっと詳しく話を聞きたいところだが、そろそろ山頂に着いてしまうようだ。
「ガウルさん、看板に山頂間近の文字があります。ここにも樵夫さんの姿はありませんし、やっぱり山頂でしょうかね」
樵夫小屋らしき建物と、さらに上に続く石段と看板の近くには女神像がある。そんな女神像を指差して今度はアスカが言う。
「ガウル。セーブポイントよ、そろそろボスだわ!」
「セーブポイント? あれって世界中、色々なところになぜか設置されてる女神像だろ? 銃みたいな古代の遺産のひとつだとか。オレの村にもあったし、サンブセロンの街にもあったな。そういえば、いつもお前は近寄って調べてたっけ? 戦女神の像だから喜んで調べてるのかと思ったが……」
「そりゃあセーブポイントだし。たくさん置いてないと私が困るでしょ」
「よくわからんが、なんでもうすぐボスだなんてわかるんだよ? ボスってモンスターのボスがいるってことだろ?」
「ボスの前にはセーブポイント。これは基本でしょ!」
言い切るアスカ。つまり、どういうことだよ……
「ボスで倒されたらここで復活するのよ。遠くで復活したら戻ってくるの大変でしょ。ワープポイントにも指定できるし」
「なんて親切設計。つーか、ボスもこの先にいるなら壊しとけばいいのに、そんなもん……」
なぜ都合のいいものが都合のいい場所にあるのか。なぜボスもそれを放置するのか。謎である。
「って待てよ。今なんて言った? 復活できるのかよ!」
「あ、私だけね。前にも言ったけど主人公は別人になるわよ。シェルティみたいな仲間はどうなのかしらね。まあ、死なずに乗り切るわ。生存評価のために!」
死にたくはないが、こんな英雄から解放されたい――と、一瞬そんなこと思ってごめんなさい。
英雄は負けないめげないくじけない! だけど、泣いてもいいじゃない。英雄だって人間なんだもの……
「……ガウル。あんた、いよいよヤバいんじゃない? 目が真っ赤よ?」
「だから誰のせいだよっ!」
「ひっ! ご、ごめんなさい。わたくし、何かまたご迷惑おかけしましたか?」
「あ、いや、シェルティじゃなくて。いい加減、もう胃に穴があきそうなこの状況、キツい……」
本気で情緒不安定になりそうだよ……、タスケテ。
そんなこんなで山頂に続く石段を登りきると、見晴台のある広場に出た。そこには倒れている男の姿が。
「いました! 樵夫さんです!」
「待て、シェルティ! 他にも何かいる!」
オレ達が警戒すると、体の大きな狼が一匹現れた。オレでも見上げるほど大きく、たてがみがメラメラと燃えている。明らかにウルフ達のボス!
「ブレイザー・ウルフです! 初めて見ました……」
「かなりの強敵、って雰囲気だな」
「でも、水に弱いはずですから、わたくしにお任せください!」
なるほど。燃えてるから水に弱いのか。わかりやすくていい。
「初のボス戦よ。ガウル、頑張りましょ!」
「いや、今回は英雄剣は使わない」
「はっ!? ちょっと、何言ってるのよ! ボス戦なのにオート戦闘で勝てるわけないじゃない!」
アスカはひどく焦っている。だけど、もういい加減アスカに振り回されるのはこりごりだ。
「相手は魔族じゃない。オレの剣でも充分通じるだろ。いいから、お前はそこで黙って見てろ!」
「ちょっと待って! ガウルッ!」
オレは自分の剣を抜き、ボスウルフに向かって走りだした。止めるアスカの声も聞かずに……