stage,05 第二話① 犬も歩けば棒に当たる
――オレの前に降り立った戦女神のアスカは、オレのことを勝手に伝説の英雄にして、勝手にいなくなった。
途方に暮れたまま、オレはアスカが消えた場所から一歩も動かずに空を見上げていた。
「……五分経ったな。ホントに帰ってこねぇし、勝手に先に進んでもいいのかぁ、アスカァ? 聞こえてるかぁ?」
い、いかん。今は本当に独り言の変質者になってるぞ、オレ……
とはいえ、勝手に進むのもどうなんだろうか。アスカが戻ってくる場所が消えた場所と同じこの場所なら、オレが一人で先に進んだらはぐれてしまうだろう。
あいつ、走れば木に突撃したり崖に落ちたりするし、一人にするのがすごい不安だ。だからってアテもなくずっと待ってるのもなぁ。
腰には抜けなくなった英雄剣の他に、もう一振りの剣がある。村の自警団で使っていた普通の剣だ。そして、周りにはオレ一人でも余裕で倒せそうなモンスターがいる。
「レベル上げ……か」
レベルというものがいまいちよくわからんが、戦闘能力ならモンスターを倒せば上がるんだろう。村が近いこの辺のモンスターを倒しておけば、結果的に村のためにもなるだろうし。
とにかく、アスカが戻るまで近場のモンスターを叩いておくか。
――そして、それからおよそ一時間。特に魔族も出てくることなく経過した。不幸中の幸いだ。
その間、ホワイト・ラットを十八匹倒せた。なかなかいい汗がかけたと思う。まあ、もう少したくさん倒せると思ったが、やっぱりもっと腕を上げないとなぁ。
って、ヤバい。ラットを追いかけてるうちに元いた場所からかなり動いちまった。アスカが戻ってるかもしれないし、一度戻るか。
「――おい、そこのキミ!」
いきなり後ろから呼び止められて、オレはビックリして振り向くと、そこにいたのは真っ白の鎧を着た背の高い男だった。
特徴的で目立つその白い鎧は以前に本で見たことがある。確か、王国のエリート騎士の集団、『王国聖騎士団』の鎧だ。だが、ここは王国でも辺境の辺境。エリート騎士なんて魔族並みに見かけたことはなかった。
そんなこの場に似つかわしくない騎士がオレに尋ねかける。
「近くにサーブルシュという村があると思うのだが、キミは知っているか?」
「え……?」
サーブルシュ。紛れもなくオレの故郷の村だ。でも、どういうことだ? あの村に騎士が興味を持つようなものなんてないし、何の用だろう?
もう一度、騎士の容姿に目をこらす。彼はオレよりも頭一つ分くらい背が高い。ゴツい鎧を着ているせいかもしれないが、体格はガッチリしていて屈強そうだ。力勝負したら絶対にオレが負けるだろう。
頭は若草色の短髪。アゴには整えられた同色のオシャレヒゲがある。歳は三十歳すぎくらいだろうか?
これだけ特徴的な男なら、たとえ鎧姿ではなくても一度でも見かけていれば覚えてるはずだが、見覚えは全くない。
「――どうかしたか? 俺の顔に何かついているか?」
「あ……、いえ。村はもう少し北に向かえば、すぐに入り口が見えてくると思います。けど、あの村には何もないですよ? なんで騎士様がこんな所に、しかもたったお一人で?」
「場所を教えてくれたことには礼を言おう。だが、俺がここにいる理由まではキミが関知するところではない。では、失敬」
と、言い残して騎士は村の方へスタスタと早足で歩いて行ってしまった。ったく、やな感じな騎士だな。上から目線っていうかなんというか――
「横柄なのはアスカだけで充分だっての……」
「横柄って……、誰の話?」
横から聞こえた声に、オレは極度の緊張に動かなくなっていた頭を、ギギギッと首の骨が軋む音が聞こえそうなくらい無理に動かす。
そこにあったのは戦女神様の怒りの微笑み。地獄の一丁目。
「ぎゃああっ!」
「ちょっと大声出さないでよ! あの騎士さんもこっちを見てるわよ!」
もうだいぶ離れていたが、さっきの騎士が立ち止まってこっちを振り向いて見ていた。
ヤバい、声が聞こえたか。とりあえず背中を向けとこう。
「――で、戻ってたなら早く言えよ。戻る場所は元いた場所じゃなくて、オレのすぐそばだったのか」
「ごめんねぇ。昨日、続きをしようと思ってたけど、急用で帰るのが遅れて寝ちゃったのよ。二日ぶりだけど、ガウルの方は大丈夫だった?」
「はぁ!? もう二日も経ってるのかよ。こっちは一時間くらいしか経ってないぞ」
「へぇ。全く進んでないわけじゃないけど、ほとんど時間は流れてないのね」
アスカは二日でオレが一時間。うーん、今後も話を合わせるのに苦労しそうな時間の流れのくい違いだ。
「ところで、さっきのいかにも騎士っぽい人はなんだったの?」
「あれは王国のエリート騎士だぜ。オレの村に用事があるらしい。問題はなさそうだから素直に村の場所を教えたけど……」
「ちらっと見えたんだけど、あの人の腰に『銃』のような物が見えたんだけど、どういうことよ?」
何が気に入らないのか、すごく機嫌が悪そうにそう言うアスカ。
「どういうことって、あれは確かに銃だぞ。オレは初めて実物を見たけどな。この国で銃を合法で所持できるのは、王国の騎士の中でもエリート騎士だけ。あいつもそういう上流階級の奴なんだろう」
「そうじゃなくて! これって正統派の剣と魔法のファンタジーよ! 銃なんか近代武器が出てきたらダメじゃない!」
「そこはギャグだからの一言で済まさないのな……」
ギャグの時点で、正統派も剣も魔法もへったくれもないって感じがするが。
「てか、なんで銃がダメなんだよ?」
「剣と銃じゃ、圧倒的に銃の方が有利でしょ。飛び道具だし」
「剣と魔法でも同じだろ、それ。というか、〈ヒロイック・スラッシュ〉で斬撃を飛ばしてるくせに、今さらそれを言うか……」
「……ハッ……」
明らかに今思い出したよって顔で息をのんだぞ、こいつ。さては、二日も経って忘れてやがるな。
「それに、銃は近代武器じゃないぞ。むしろ『古代の遺産』だ。魔力を爆発させて弾を発射させる構造らしいけど、あんな小さい本体の中で撃ち手に害もなく魔力を爆発させる機構は、現代の技術じゃ再現不可能なんだってさ。弾はいくらでも作れるらしいけどな」
とはいえアスカの言う通り、銃は便利な武器だ。遠距離から狙えるし、魔法のように膨大な知識と訓練も必要ない。
ただ、現存する銃には限りがあり、持てるのはさっきも言った通り、お偉いさんのごく一部ということだ。
「なるほど、『ロストテクノロジー』ってことね。SFチックでベタだけど、そういう展開は嫌いじゃないわ」
「ロストテクノロジーねぇ……。現代でも無理なのに、大昔の人間がそういう技術を持ってたなんて、オレには信じがたいけどな」
昔あった技術が今ではきれいさっぱり忘れられてる。そういうことってあり得るのだろうか。忘れなければいけない理由があったのか。それとも誰かが隠しているとか――憶測は絶えない。
しかし、今はそういうことを考えてる場合でもない。
「――で、さっきの騎士はもういなくなったか?」
振り向いてこっちを見ていた騎士を警戒して、ずっと背中を向けたまま小声で話していたオレがアスカに尋ねる。
アスカの姿は騎士からは見えないだろうし、アスカに後ろを確認してもらえばいい。
「いなくなったかどうかと聞かれたら……、いるわよ。今、あなたの真後ろに」
「は……?」
驚いて振り向く前に肩をポンと叩かれ、ようやく振り向いてみれば、怖い顔でオレを見下ろすさっきの騎士。
「ぎゃああっ!」
「なっ、何なんだ! お前は! 悲鳴が聞こえたから戻ってきてやったのに、俺の顔を見るなりまた悲鳴か!」
「い、いえ、すみません……」
苦笑しながら謝りつつ、オレは小声でアスカに言う。
「――おい、アスカ。なんで早く言わないんだよ、いつもいつもお前は……」
「いや、ガウルこそ、さっさとこの場を離れちゃえばよかったのに」
ぐぬぅ……。反論できん。
「お前、さっきから誰と話している?」
「へっ!? いや、独り言ですから!」
「お前は……、独り言で悲鳴をあげるのか……?」
愕然とした顔の騎士が声を震わせる。
やめてっ! そんな憐れみの目でオレを見ないで! オレが異常なのは、オレが一番わかってるんだからっ!
「心配していただいてありがとうございます! では、オレは先を急ぐのでこの辺でっ!」
慌ててオレはビシッと敬礼して、勢いよく左に回れ右して駆けだした。逃げろ、逃げろっ!
しばらく全力疾走してから振り向くと、騎士が追ってきている様子はなかった。
「ハァ……。撃たれるかと思った……」
「全力で逃げなくても、あの人って顔は濃くてゴツくて怖かったけど、いい人そうだったじゃない」
「ま、まあ、オレの悲鳴を聞いて引き返してくるくらいだからな。本で読んだけど、王国聖騎士ってのは都会だと憧れの的らしい。できた人間じゃないとエリート騎士にはなれないんだろうな」
オレみたいな田舎者からしてみれば、なんだかおっかなくて騎士みたいな役人には関わりたくないんだけども。
「ちなみにだが、偉丈夫っていうのは、さっきみたいな大男で人格者のことを指すんだぜ?」
「二日も前のこと、まだ根に持ってるとか。男のくせにモテないわよ、ガウル……」
「オレにとっては、ついさっきの出来事だっつーの!」
オレばっか悪者にされる、なんて世知辛い世界だ。悪夢だ、陰謀だ。
「あ、そっか。一時間しか経ってないんだっけ。って、ガウル! どうしたのよ、いつの間にかレベルが三まで上がってるわよ!」
「あ? ああ、アスカが帰ってくるまで暇だったから、近くのラットを倒してたんだよ」
「暇つぶしに動物虐待って……」
「こういう時だけゲーム扱いしなくなるの、やめていただきませんか!? しかも、相手はモンスターだからな!」
ホントに人聞きが悪い。まあ、アスカの声はオレ以外に聞こえないんだけど。
「でも、たった三か。レベル上げってのは結構大変なんだな……」
「充分よ。主人公は性格によって、ゲームをしていない時でも勝手に色々行動してくれるって聞いてたけど、ガウルは経験値を稼いでくれるタイプだったのね」
……なんだろう。手のひらの上で踊らされてるこの感覚は……
「それに喜んで。レベルが上がったから新技を覚えたわよ」
「え、どんなだ? 今度は詳しく説明してもらうぜ? 次の街まで時間はあるんだからな」
というわけで、次の街に向かいながら新技の説明を聞くことにした。今聞いておかないと、あとで絶対『先に言え!』って叫ぶハメになるだろうし。
「新技、その名も〈ヒロイック・ガード〉よ!」
「……やっぱりビミョーに垢抜けないネーミングセンスだな」
また技名を叫ばないと使えないんだろうな。恥ずかしいわ、こんなの……
「大事なことだからもう一度言うけど、私が考えてるわけじゃないからね!」
「はいはい。で、その技の効果は?」
「十五秒間、受けるダメージを大幅に減らす。ただし、その間は身動きも著しく制限される――らしいわ」
「えっと……、つまり十五秒だけケガしにくくなるけど、自由に走ったり避けたりしにくくもなるってことか」
「私より理解早いわね。実はゲーム好きでしょ、ガウル」
「いや、今はもうゲームという言葉の響きだけで蕁麻疹が出そうだけど」
全部アスカのせいである。ああ、体中がかゆいかゆいっ!
「でもよ、十五秒は短いだろ。てか、これも〈スラッシュ〉みたいに何秒に一度って制限があるんじゃないのか?」
「うん。〈ガード〉は三十秒に一度よ」
「三十秒に一度、十五秒間だけ身体強化、でも動きが鈍る? いつ使うんだよ、その技……」
「……さぁ?」
戦女神の英雄の技なのに、戦女神自身が首をかしげてどうするんだよ。
「技名を叫べば発動するから、いつ使うかはガウルに任せるわ」
「結局オレに丸投げかよっ! 英雄も強いのか弱いのか、よくわからなくなってきたぞ。早く仲間を見つけた方がよさそうだな」
〈スラッシュ〉もよく外すし、〈ガード〉もイマイチよくわからん技だし、一人旅は思った以上に危険そうだ。英雄って、一体……
とりあえず、誰かを仲間にするしかない。そのためには次の街に急ぐしかなさそうだ。