stage,04 第一話④
――翌朝。
村を出るオレを見送るために、村の入り口に皆が集まってくれていた。
「ガウル。本当に私が一緒に行かなくてもいいのか?」
「ああ、オレ一人で行くよ。いや……一応、一人じゃないしな。それじゃあ、ライド。それに村長や皆も元気で。必ず世界を救って帰ってきます!」
そう言って手を振って、オレは生まれ育った村を離れていく。別れはこれくらいあっさりしてた方がいい。
もう二度と帰れないわけじゃないんだ。多分、きっと……おそらく、えっと……帰ってこられるよな。オレ……?
あああ、ほら、悩みだしたら寂しさと不安で足が動かなくなるっ!
「ガウル? なんで右手と右足を同時に前に出して歩いてるのよ。壊れたロボットみたいね」
「うるせー! 壊れたとか言うなっ。緊張してるんだよ、先行き不安すぎて!」
「だったら、ライドさんについて来てもらえばよかったじゃないの。昨日の夜も今朝だって、一緒に行ってやろうかって言ってくれてたのに」
ライドはそういう奴だ。オレの一番信頼できる相手。だが、だからこそ一緒に行くわけにはいかなかった。
「あいつは村に結婚を約束した相手がいるんだ。せっかくあの村も英雄剣のしがらみから解放されたんだ。これからは普通に平和に暮らしてもらいたいだろ? オレについてきたら、次にいつ帰ってこられるかわからないし、下手したら昨日みたいに死にかけるかもしれないしな」
「故郷に婚約者か。確かに死亡フラグを感じるわね」
「シボウフラグってのが何を指してるのかよくわからんが、縁起でもないことだってのは理解したぞ」
「冗談よ、冗談。にらまないでよ。それにしてもガウルって優しいのね、見直したわ」
「オレはお前を早く見直したいんだが……」
そもそもライドを置いてきたのは、アスカにいいように扱われてる自分を見られたくないって理由が大半を占めてる。
んなことアスカに言ったらどうなるかわからんから、ここは飲み込んでおくけど……
「じゃあ、これからどうするのよ?」
「雑誌に攻略法が載ってるんじゃなかったのか? まあ、オレから提案させてもらえば、まずは『王都』に向かうべきじゃないか?」
「王都? どうして?」
「王様が英雄の情報を集めてるって村長から教えてもらったんだ。英雄剣を扱える伝説の英雄だけじゃなく、魔族の脅威に立ち向かえる戦士を募ってるとか」
「――雑誌には王都までの道のりは載ってないわねぇ。遠いんじゃないの?」
雑誌を見ているようなしぐさをしてても、手には何も持っていないアスカが首をかしげる。
村から初めて出るオレも困りながら地図を拡げる。
「王都はここから真南だ。歩きだと一日二日じゃ着きそうもないが、どれくらいかかるかオレにもはっきりはわかんないぞ。道中には凶暴化した動物や異形の魔物――全部ひっくるめて、いわゆる『モンスター』がウジャウジャいるんだろうし」
人を襲い、人を苦しめるモンスター。魔族よりも日常的な悩みの種だ。
そんなモンスターが出現する原因はよくわかっていない。魔族と関係あるという説もあるけど、魔族が確認される前からこの世界にはモンスターがいたし、魔族とは関係ない存在なのかもしれない。
「まあ、モンスター程度ならオレでも倒せなくはないだろう。これでも一応、村の自警団で剣術を習ってたからな」
「だけど、それでも仲間を探した方がいいかもね。ガウルは剣しか使えないし、私も攻撃手段は持ってないし。物理的な攻撃が効かないモンスターとか出てきたら大変よ」
「ああ、それは一理あるな。昨日の魔族にも剣は効かなかったし。だとすれば、魔法使いか」
「今から村に戻ってライドさん以外で誰か連れてくる? 雑誌情報によると、このゲームって主人公の行動で全く話が変わっちゃうみたいなの。だから、誰が仲間になるか決まってなくて、行動次第でいろんな人が仲間になってくれるみたいよ」
なるほど。行動次第ではライドも仲間にできたということか。いや、むしろこれから出会う仲間が決まってる方がおかしいだろ……
「村に戻るのは却下。強力な魔法を覚えるには、ちゃんとした学校でちゃんとした教育と訓練が必要なんだ。そういう学校施設がない村の奴らは、ほとんど魔法が使えないし、剣士の仲間を見つけるにしても剣の腕はライドが村一番だしな。村の外にはライドより強い奴がいるんじゃないか?」
「じゃあ、ここから南東に街があるみたいだし、そこに行きましょ」
「雑誌の攻略法はいいのか?」
オレが呆れ顔でそう言うと、アスカはニコリと笑う。
「せっかく話し合えるなら、ガウルと話し合って決めた方が楽しいじゃない? ま、雑誌にも『まずは仲間を増やしてみよう』って書いてるし」
「へいへい。世界を救うための旅だから、楽しい旅じゃないんだけどな」
この温度差。アスカはまるで物見遊山だ。まあ、こいつはゲーム感覚なんだろうから仕方ない。
けど、オレも早めにアスカの性格には慣れてた方がよさそうだ。ここは少しでも友好的に進めて……
「ここら辺のモンスターは、時々、村の中にも入って来てたけど弱いんだ。今のうちに練習しといた方がいいんじゃないか?」
「あ、そうね。レベル上げは基本よね」
「その……、レベルっていうのは、オレの強さか何かか?」
「そうよ。HPとか攻撃力とかが数値でわかるのよ」
「いつの間にか数値化されてるオレ……」
機械かよ、オレは。もうやだ、普通の人間に戻してっ。ああ、オレがオレでなくなっていく……
「いいじゃん。便利でわかりやすくて」
「便利の一言で済ますな! 気分の問題なんだよ!」
とか揉めているうちに、目の前に白い毛のネズミが現れた。ネズミといっても体の大きさはオレの腰の高さと変わらないくらい巨大だ。
「あら、かわいい。大っきなハムスターね」
「かわいくねぇよ! あれはホワイト・ラット。ハムスターじゃなくてモンスターだっての! さっさと倒さないと仲間を呼び寄せて厄介だぞ!」
「わかったわ。じゃあ、英雄剣を抜いて!」
「うっ……。自分で言っておいて英雄剣を抜くのには抵抗が……」
アスカに身を委ねる。なんと勇気のいることか。
とはいえ、魔族と戦うことになるなら、そうも言っていられない。弱いモンスターで戦いに慣れてもらわねぇと、魔族との戦闘はもっと怖いことになる。
オレは決死の覚悟で英雄剣を抜いた。さよなら、オレの体っ!
「先制攻撃! いくわよ!」
「い、いきなり突っ込む!?」
いきなりラットに突っ込んでいくが、剣を振るタイミングが早すぎて盛大に空振りする。その隙にラットが突進してきた。
「バカッ、避け――」
体当たりで左足をはねられたオレは、前のめりに顔面から地面に倒れた。
「……いっ……」
体を起こして『痛い』と声を出す間もなく、Uターンしてきたラットに背中を踏みつけられて、また地面に突っ伏す。
「ぐえっ」
「なんか強いわよ、あのネズミ。やっぱりチュートリアルじゃないからかなぁ」
「の……、のんきに解説してんじゃねぇよ! どうにかしろ!」
魔族より好戦的なラット。英雄剣には『チュートリアル』という魔族の力を抑える力があったとでもいうのだろうか。
なんかそれ絶対に違う気がするが。とりあえず、今のオレに言えることは『村を出てすぐ死んじゃいそう』の一言。
「必殺剣、いきましょう!」
「お、おう。……あ、そうか。叫ぶんだな、あれ」
技名を叫ばないといけないことに自分もまだ慣れていない。
光る英雄剣を構え、恥じらいを捨ててオレは叫ぶ。
「〈ヒロイック・スラッシュ〉!」
素早く振られた刃から放たれた光の斬撃は見事ラットに――避けられた。それはもう、ぴょーんと軽快なジャンプで。
おい、冗談抜きで村のすぐそばで死にたくないぞ……オレ。確信的な危機感を覚えたオレはアスカを促す。
「もう一回、使うぞ! ヒロイッ――」
「無理よ! 〈ヒロイック・スラッシュ〉は六十秒に一回しか使えないの!」
「なんで六十秒!? じゃなくて、そんなことは先に言え!」
と、文句を言ってる背後から視線を感じる。
見れば、オレの背後と右側に別のラットが現れていた。
「いつの間にか、もう仲間を呼び寄せてる! 今のお前じゃ三匹を一度に相手するのは無理だ!」
「一度逃げるのね、わかったわ!」
最初からいた一匹が前方にいたので、オレを左へ走らせるアスカ。だが、オレは気付いていた。
「ちょっ、待て! そっちはが――」
『崖だ』と言いきる前にオレの体は足を踏み外してガクリと傾く。
まあ、崖というか急勾配の土手だなぁ……と、スローモーションで目に映る景色を解説してみる。
「って! どわあああぁっ――」
オレの体は転がる転がる。
やっと止まったかと思えば、すでに自分が仰向けなのか、うつ伏せなのかもわからないくらいに目が回っていた。
「――大丈夫?」
アスカが心配そうにオレの顔をのぞき込んできた。どうやら死んではいないようだ。でも、体中が痛い。
「……ああ、大丈夫じゃない」
「ごめん。だってさっき左にしか逃げられなかったし」
「崖があるって、見えてなかったのかよ……」
「うん。視点カメラを敵に向けてたから、そっちにばかり気を取られちゃって」
視点カメラ……? そんなもんどこにあるのか、今はつっこむ気力もない。視点どころか、むしろアスカは目隠しされてるんじゃないかとさえ思えてきた。ゲームとは言ってたけど、目隠ししてる奴に操られるってどんな罰ゲームだよ……
そうか、オレとアスカの関係ってアレだ。去年の忘年会の時に罰ゲームでやらされた。ひとつの羽織を二人で着込んでする――
「……『二人羽織』……」
「ん? なんか言った? また聞こえなかったわよ」
にらまれようが怒られようが、もう意識がなくなる寸前だ。体の痛みより、いわれのない罰ゲームをやらされてるって実感が湧いたせいで……
二人羽織の前と後ろなら、せめて後ろがよかったわ……って、そうじゃないだろ、オレッ!
「早く助けて……」
「あ、そうだ。今こそ回復スキルね――〈ヒーリング・エール〉!」
と、アスカがオレに両手をかざして言うと、緑の光がオレを包んだ。すると、急に痛みも消えて体が軽くなる。服の汚れさえ消え去ってしまった。
「今のは魔法? いや、前に言ってたオレにしか効力がないスキルってやつか」
「そうそれ。これで助かったわね。無事、逃げきれたみたいだし」
「無事に逃げきれたんじゃなくて、有事の末に死にかけたんだよ……」
アスカはオレに英雄剣を鞘に収めさせながら苦笑する。
「落ちないように見えない壁がある場合もあるんだけどね。でも、このゲームはリアル志向だし、崖からは落ちちゃうのね」
「むしろ落ちない崖とは? 見えない壁とは?」
この世の常識を知りたい。オレが非常識なのか……?
「ま、うっかり落ちちゃうってよくあることだから気にしないの」
「よくあってたまるかぁっ!」
アスカと一緒だと命がいくつあっても足りないぞ。だから英雄剣は使いたくないんだ。でも、英雄剣を使わないと魔族には勝てないし、どうすりゃいいんだ……
「そうだ、アスカ。しばらくはオレが自分の剣で戦うから、それを見て感覚をつかんでみろよ」
「英雄剣じゃなければ『オート戦闘』になるってやつね。それは楽でいいわ」
「オート戦闘……? また意味がわからんことを。とりあえず、オレもそっちの方が楽だからな」
アスカの腕がすごければ、操られてる方が絶対に楽なんだけど、現状は悪い意味ですごすぎる。こんなのでよくこの世界を救おうって思えるよな……
ともかくアスカには腕を上げてもらうしかない。が、とりあえず今は落ちてしまったあと、これからどうするかだ。見上げてみれば、元いた場所はかなりの高さ。
「――相当転がり落ちてきたんだな。回復してもらったとはいえ、よく死ななかったものだ。真下に転落したわけじゃないにしても、普通だったら死んでてもおかしくない気がするんだが……」
「雑誌の情報によると、英雄剣は持ってるだけで〈フィジカル・エンハンス〉ってスキルが常時発動してて、要するに普通の人間よりも体がかなり丈夫になるらしいわ」
「肉体すら普通じゃなくなってたのかよ!」
普通ってスバラシイ。普通ってだけでキセキ!
オレはもう、心も体もアブノーマル……
「何、泣きそうな顔してるのよ。異常に丈夫で『異丈夫』って誉め言葉があるんだし、いいじゃない」
「……もしかして『偉丈夫』のこと言いたいなら、色々間違ってるぞ」
「そ……、それに気付くなんて、ガウルって意外となかなか頭がいいのね」
「上から目線で間違いを認めるなっ!」
この子、ホント……怖い。
「で、街に行くにはどうするの? ここ、登る?」
「無視して話を戻すっ!?」
こいつはオレの気も知らないで。いいんだよ、もうどうせどうせ、オレなんかが苦労しててもアスカは疲れないって仕組みなんだろ。いいよなぁ、神様だもんなぁ。
――と、口に出してグチグチ言う勇気をください。
「登るのは無理だ。迂回して行くしかないな」
「そう。じゃあ、今日はこの辺にして、続きは明日にするわ」
「……は?」
アスカの発言に耳を疑った。続きは明日? 迂回して元の道に戻らずにここで一泊するつもりなのだろうか。
「いや、村を出てすぐだし、まだ朝の九時過ぎだぞ? トラブルはあったが、今日中には次の街に余裕でたどり着けると思うぞ?」
「そっちはそうでも、こっちはもうすぐ日付が変わっちゃうくらい深夜なのよ。明日、大学あるし、今日はこの辺で中断するわ」
「は、はい?」
大学って王都にある魔導大学院みたいな学校か? アスカって学生かよ――とつっこみたかったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない!
中断って、ゲームだから中断できるってことか? んな無茶苦茶な!
「待てよ! アスカが中断したらオレは明日までどうなるんだよ?」
「知らないわよ。時間が止まるんじゃないの? さっき、初めて私達が会った時も時間が止まってたでしょ?」
「さっきじゃなくて昨日だろ……」
お互いに時間の流れ方が無茶苦茶で話がかみ合わない。
しかし、アスカの予想が正しいなら周囲の時間が止まったままオレだけが取り残されるのか? それ、寂しすぎるんだが。
「なんて無責任な!」
「無責任じゃないわよ。ずっとゲームをやってるわけにもいかないでしょ。でも、今回ばかりはガウルも含めて時間が止まるんじゃないの? それならあなたも時間が止まった実感がわかないと思うわ」
「つまり、今のアスカが中断して消えても、その直後に明日のアスカが現れるってことか?」
それはそれでアスカから解放されなくて辛い。オレの自由時間は風呂とトイレだけか。やっぱりこれって終身刑?
「まあ、中断してみないとわからないわ。じゃあ、そういうことで、おやすみなさーい」
「お、おう。またな……」
勢いで見送ってしまった直後、アスカの姿はフッと消えた。半信半疑だったが、まさか本当に中断できたのか。
「…………」
はて? 時間が止まった感じはない。晴れわたる空にはチュンチュンと雀が踊っていて、なんと清々しいことか。
さらに無言で立ち尽くすこと十数秒。オレを取り巻く環境は何ら変わらない。
「――って! 戻ってこねぇじゃねぇかっ!!」
勝手に現れて取り憑いてきて、勝手にいなくなったアスカ。一体何だったのか。
まあ、これでしばらくは元の自分に戻れると思えば……。ん? 元の自分?
「マズい、まさかっ――」
悪い予感にハッと息をのんでオレは英雄剣を鞘から引き抜こうとする。だが、案の定、英雄剣は抜けなくなっていた。
元の自分に戻るということは、英雄ではなくなるということだ。戦女神がいなければ英雄剣は扱えない。
「ど……どうすんだよ。これっ!?」
始まったばかりのオレの旅は、早くも両手で頭を抱えて叫ばないといけない状況に陥った。この状況で魔族に襲われたらどうすればいいんだよぉっ!
――これから始まる果てない旅路。きっとこの先、もっと驚くことが起こることだろう。
襲いかかる数多の困難に立ち向かえる伝説の英雄に、オレは本当になれるのだろうか? というか、その困難のほとんどが身内から襲いかかってきてるような気がするが。
『もう、村に帰っちゃおうか……』という決意を胸に、オレの旅路は続いていくっ!
第一話 旅は道連れ、世は情け Clear!
第二話 犬も歩けば棒に当たる
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