stage,44 シェルティ編⑧
オレは迫るモンスターに向かって〈ヒロイック・スラッシュ〉を放つ。しかし、数匹に命中しただけでまるで焼け石に水。牽制にもならない。
「『其は舞い踊る銀精、風雪の抱擁、清冽なる歌声』──」
後ろからシェルティの呪文詠唱の声が耳に届く。
しかし、それは呪文の〈上の句〉が終わったところだろう。まだ〈下の句〉が残っているはず。
反撃に出たモンスター達は、再び蜜の弾丸をオレに浴びせかけた。
「ガウル様っ!」
蜜の雨に打たれて倒れたオレに向かって、フルールの悲痛な叫びが響く。
「大丈夫だ。それよりもフルールはシェルティを守ってやってくれっ!」
「ガ、ガウル様……」
蜜まみれのオレをつらそうに眉をひそめて眺めているフルール。
バレてると思うけど、あんまり大丈夫じゃない。倒れたまま地面に貼り付いて、もう這っても動けない……
「『凍気の神が纏いし白妙の袖を振るいて、此処に現すは絶対なる静寂』──」
「シェルティさん、早く! このままではガウル様が!」
詠唱の邪魔にしかなってないような気もするが、フルールが必死に訴えかける。
「『広がれ、銀世界』──!」
シェルティはうなずき、激しく青く輝きだした長杖を空に向かって掲げあげた。
「これが今のわたくしの持てる限りの力です! 受けてみなさい──〈シルバリオン・ブリザード〉!」
シェルティの声に合わせて空中に現れた青白い発光体。それはぐんぐんと大きくなって弾けると、そこから雪交じり暴風が吹き荒れる。
その猛吹雪に曝されてモンスター達の動きは鈍り、緑だった体も茶色くしおれていって最後には動かなくなってしまった。
「吹雪の魔法か……すげぇな。モンスターの大群も一網打尽だ」
しかし、吹雪はやまずに荒れ狂う。フルールが召喚した木もなぎ倒し、オレの体にもどんどん雪が積もっていく。
「って、冷たっ! 寒っ!!」
「シェルティさん! この魔法って味方認証関係なく問答無用で一定範囲を雪に埋める怖い魔法ですよ! ガウル様も巻き添えになっちゃいますよ!」
「えっ……えええ!? そうだったんですか!」
「知らずに使ったのかよっ!」
積もっていく雪から頭だけ出して叫ぶオレ。しかし、雪は降っても降ってもまだ降りやまず……
「シェルティさん、早く止めてあげてください!」
「えっと……」
しばらく悩んだあと、シェルティは首をかしげる。
「これ、どうやって止めるんです?」
「だから、知らずに使うなぁっ!」
そうこうツッコミしてる間に、積もる雪はオレの口を覆っていく。立ち上がることもできないのに、このままじゃ生き埋めだ。
「ちょっ、待っ……」
──とうとう視界も真っ白になって、そこでオレの意識は途絶えた。
──次に目を覚ました時に目に映ったのは、心配そうにオレの顔をのぞき込むシェルティ。そして、笑いをこらえているアスカの顔だった。フルールはシェルティの後ろに隠れている。
そして、すでにさっきの猛吹雪はおさまっていた。
「お目覚めですか、ガウルさん!」
「オレ、どうなったんだっけ……?」
「雪に埋もれてしまったので、あたしとシェルティさんが一緒に〈ドライ・ウインド〉を使ってガウル様に積もった雪を解かしたのです。蜜も流れて消えたみたいですね」
わぁ、ホントだ~。肌がヒリヒリするし、体中がほのかに焦げくさ~い……
オレの周囲だけ雪は解けているが、農場は一面雪景色のままだ。
「そうだ。モンスター達は!?」
「大丈夫です、すべて倒せたようです。これであたしの依頼も完了です」
「そうか。それならよかった……安心したら、眠気が……」
疲れた。モンスターと戦った記憶はないけど、もう疲れたんだよ……
「こんな寒いところで眠っちゃダメです、ガウルさん! 死んでしまいます!」
……誰のせいなんだろうね。それ。
「ご安心を、ガウル様! 今こそ、あたしの〈アイヴィ・インジェクション〉の出番ですね!」
と胸を張るフルールの後ろに直径十センチくらいのツタが、その鋭利な先端をオレに向けてヘビのように鎌首をもたげている。
刺すの? それで刺す気っ!?
「起きます! 起きますからトドメ刺すのはやめろ!」
「大丈夫ですか? ちょっとチクッとすれば目が覚めると思ったのですが」
「だから、ちょっとチクッとレベルじゃねぇだろ、その太さ……」
思ったより太くて怖い。ホントに回復効果あるの、それ……
死にたくないのでゆっくり起き上がると、シェルティはオレに黒ずんだ水晶のような石の欠片を差しだした。
「ガウルさん。さっきのモンスターが落としたのだと思うのですが、こんな物を拾ったんです」
「これって……〈魔法石〉か?」
砕けてて色も変だけど、普通の石ではないことはオレにもわかる。しかし、なぜモンスターがこんな物を?
「壊れてますけど、透明度も高くてとても純度の高い〈魔法石〉だと思います。一般市民が手に入れられる物でもないですし、王国の保管庫から盗まれた物でしょうか?」
「とりあえずオレからオージンに見せてみるぜ。あいつなら見ればわかるんじゃないか」
「そうですね。では、お任せいたします」
オレは『謎の魔法石』を手に入れた。なんであのモンスターがこんな所にいたのかも謎だし、謎は深まるばかり。
「こんなことよりガウル様! あたしのこと、どう思いますか! 仲間にしたいとか思いませんか!?」
「そんなことってな……」
すっごいあからさまに仲間になりたそうにしているフルール。
彼女を仲間にするなら誰かを仲間から外さないといけないらしい。フルールと職業がかぶってるのはシェルティだけど……
「なぁ、アスカ。お前、ステータスを見られるんだろ? シェルティとフルール、どっちがオススメ?」
「ガウル。あなた、人を数値で判断するの……」
と、残念な人を見る目でオレを見つめるアスカ。
「オレに数値付けてたのアスカだよね!? 理不尽だよね!?」
「冗談よ。そりゃシェルティの方が強いに決まってるでしょ。一番最初にできた仲間なんだし」
「そうか。シェルティが最初だったんだよな……」
アスカの旅が始まったときから仲間。思い出したくない記憶もあるけれど、付き合いは長いんだ。ここで別れる理由もないだろう。
「というわけで、サアルを仲間から外すか」
「ガウル。本人がいないのにキッパリ言い切るって、結構ヒドいわね……」
「なんだよ。オレは元々、あいつを仲間に入れるのを反対してたのを忘れたのか?」
「でも、サアルと別れたらあの家に住めなくなるんじゃない? 私は嫌よ、次もあんなに広い部屋に住めるかわからないじゃない」
「部屋のために別れたくないっていうのもヒドいだろ……」
サアル。今頃くしゃみが止まらなくなってそうだ。
だが、あの家に住めなくなるのは確かに困る。さて、どうしたものか──と、オレが悩んでいるとフルールがしびれを切らす。
「ガウル様。何をひとりでブツブツおっしゃっているのですか! どうなんです? あたしを仲──」
そう言いながら勢いよく一歩踏み出したフルールは、足下に解け残った雪を踏んでズルッと滑り、あわや仰向けに転倒しかけた。とっさにオレは彼女の体を受け止める。
「おい、危ないぞ」
「ごめんなさい、助かりま──」
フルールの顔が蒼白していくのを見て、オレも後悔する。なんで反射的に助けちゃったんだろうって……
「いやぁああぁっ!」
フルールに召喚されたままだったツタがビュンッとしなって、オレの脇腹にめりこむ。そのまま弾き飛ばされて再び雪に突っ込むオレ。
なるほど。あのツタには防衛能力もあるのか──って、そうじゃない!
「フルール! お前なぁ、オレの仲間になりたくても、その極度の男性恐怖症が治らないんだったら無理じゃね?」
「っ!!」
雪の中から飛び起きて叫んだオレの言葉に、フルールは凍り付いたように動かなくなってしまった。
「ちょっとガウル。はっきり言いすぎじゃない?」
「何度も何度もぶん殴られるオレの身にもなってくれ……」
フルールと出会ってから、すでに何回殴られてると思ってんだ……
すると、フルールは笑顔を見せる。
「やっぱり……そうですよね。わかっていたことではあるんです。ごめんなさい、今日はありがとうございました! では……あたしはこの辺で失礼します」
「え? いや、街まで一緒に帰──」
オレがしゃべっている途中でも、フルールは大きく頭を下げてから走っていってしまった。
「なんだったんだ。あいつ……」
「もうちょっと断り方があるでしょ。ガウルって不器用なんだから」
「知るかっ!」
オレに任せるとか言ってたくせに、結局は横からちょっかい出しまくりじゃねぇか。アスカの奴……
「フルールさんの様子も気になりますけど、今日の天気も気になります。早く帰らないと大雨になりそうですよ?」
「やべっ、そうだったな! オレ達も急いで帰ろうぜ!」
──こうしてオレ達も急いで農場予定地をあとにした。雪は積もったままだけど、このあと嵐が来れば解けるはず。
案の定、オレとシェルティが街に戻る頃には雨が降り出し、時間と共に雨足は強まって夜には強風を伴う嵐となった。
ゴウゴウと音を立てて窓に吹き付ける風雨。こんな嵐は王都に来て初めてのことだ。まるで何か悪いことが起こる兆しを告げるように、嵐は夜明けまで続いた……。
──数日後、この前の嵐が嘘のように晴れわたった日の朝。オレは再び魔導大学院の門をくぐった。
理由は単純。またシェルティが忘れ物をしてオレがそれを届けに来たのだ。
「──本当にごめんなさい。わたくし、またやっちゃいましたね」
「大丈夫。それより、フルールの様子はどうなんだ?」
あとからさすがにキッパリ言いすぎたかな、っと思ってしまったオレはシェルティに探りを入れる。
「特に変わったところはありませんが、ガウルさんの話はしてないですね。最近忙しそうで、午後はいつもどこかに出かけられてるようですし」
「気にしてないならいいんだが……」
男性恐怖症を克服するために頑張ってるのだろうか。まあ、それは彼女のためにもなるはずだ。
それよりも今は気になることがある。シェルティに忘れ物を渡してから連れてこられたのは、また中庭だったのだ。
「それより、なんでまた中庭?」
「わたくし、この前の失敗を省みて思ったのです。やはり不慣れな雪や氷を扱うよりも自分には召喚魔法だなって」
もっと根本的な問題を抱えてる気がするが……。まあ、誰にでも得手不得手はあるのも事実。
「そこであれから特訓し、新たな召喚魔法を習得したんです。今日はぜひそれを披露したいと思いまして」
「な、なるほど。じゃあ見せてもらおうかな」
「はい!」
元気よく返事をしたあと、シェルティは真剣な顔で長杖を握りしめた。そして始まる呪文詠唱……
「『我が力、彼の地から誘うは魔導の同胞』──」
フルールの召喚魔法と同じ呪文だ。もしかしたら召喚魔法の呪文って全て共通なんだろうか?
そうこう考えているうちにシェルティは長杖をまっすぐ空に掲げる。
「『来たれ、大海の覇王よ』──〈マリン・サモニング〉!」
中庭に響きわたるシェルティの声。
……だが、しばらく待っても何も起きなかった。
「……おい、どうした? シェルティ」
「失敗……しちゃいましたかね?」
「何を召喚したんだ? 海洋生物だよな?」
「『クジラ』です」
「クジラって、海にいるバカでっかい魚の?」
何か本で見た記憶もあるが、海に行ったことがないオレには未知の生物だ。白い腹で頭から潮を吹き出してたような?
「いやですねぇ、クジラは哺乳類なので魚ではないですよ?」
「そうなのか──?」
さっきまで嘘のように晴れていたのに、オレ達の周りがいきなり陰る。
雲が太陽光をさえぎったのかと空を見上げれば、そこにいたのは……空飛ぶクジラ?
「いや、空飛ぶというか落ちてきてないか?」
「落ちてきてますね」
「どこに?」
「ここですね」
『…………』
淡々と会話したあと、オレとシェルティは真っ青になった顔を見合わせて絶句した。
──この日、魔導大学院の中庭に巨大なクジラが落ちてきて、近くの校舎ごとぶっ壊したというニュースが王都中を駆け巡った。
幸いにも死者は出なかったが、オレとシェルティは学長室に呼ばれてしこたま叱られたのは言うまでもない。
なお、アスカは隣でずっと「豪快すぎてウケるわー!」と爆笑していた。
オレ、何も悪いことしてないだろ……
シェルティ編 タデ喰う虫も好き好き
Clear!
オージン編 鬼の居ぬ間に洗濯
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