stage,40 シェルティ編④
「あのぅ……本当にごめんなさい」
「いや、もういいから……」
シェルティの背後に隠れて震えているフルールにオレは苦笑して答えた。
さすがに正拳突きは痛すぎたけど、今はそれよりも依頼だ。
「ところでフルール。お前、なんか困ったことあるんじゃないのか? そういえば、教室から慌てて出てきてオレにぶつかってたけど、どこかに行くつもりだったとか?」
オレの問いにフルールは目を丸める。
「えっ……あ、今日これからの用事は大したことないんですけど、困ってることならあります。どうしてわかったんですか?」
「〈戦女神の英雄〉の能力みたいなもんだよ……ははは」
あんまり必要性は感じないから詳しく説明する気もないので、笑ってごまかしてみる。
「フルールさん、よろしければわたくし達もご協力しますよ? 何をお困りなんですか?」
「簡単な『害獣駆除』なんですけど、あたしひとりで行かないといけなくなってしまって……」
「おいおい、王都は害獣駆除にフルールみたいな女の子をひとりで行かせるのかよ」
オレの故郷の村だって、害獣やモンスター討伐には自警団員がふたり以上で出向くのが当然。いくら魔法使いだからって、こんな女の子ひとりで行かせるのは心配だ。
「魔法は実戦で使ってこそ上達すると言われています。ですから、大学院生にも駆除討伐依頼がくることもあるんです……けど、ちょっと不安で」
「よし。じゃあ、オレ達も手伝ってやるよ。大学院見物はまた今度でもいいし、どこへ行けばいいんだ?」
と、オレが尋ねるとフルールは慌ててを首を横に振る。
「きょ、今日じゃないんです。明日なので、どうぞ今日のところは、ガウル様は大学院見物を続けてください!」
『明日?』
オレとアスカの声が重なる。もちろん、アスカの声はフルールには聞こえていないだろうが、なぜかアスカは首をかしげていた。
その様子が気になってオレがアスカに声をかけようとするが、アスカの存在を知らないフルールが悪意なくそれをさえぎる。
「本当によろしいんですか? でしたら、明日の朝、王都の南門で待ち合わせましょう」
「わかった。明日、南門だな」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
そう約束すると、フルールは深々とお辞儀をしてオレ達の前から去っていった。
「なんか……、嵐のように去っていったわね、あの子」
「オレなんか殴られただけだぞ。殴られるために出会ったんじゃあるまいし」
オレの周辺に集まる怖い女の子達は、アスカが呼び寄せてるに違いない。絶対に。
「ところで、アスカ。さっき首をかしげてたけど、明日は予定が入ってるのか?」
「そうじゃないけど、なんで明日なんだろうって思っただけよ」
そういえば今まで受けてきた依頼は、すぐに解決してくれといったものか、期日が決められていないものばかりだった。
明日──という、限定的な期限があるのは確かに理由がありそうだが……って、なんでつられてオレまで考え込んでるんだ、バカバカしい。
「そんなの悩むまでもなく、フルールが明日って言ってるんだから明日の用事ってだけだろ。予定なら誰にだってあるんだし」
「私みたいな〈プレイヤー〉にとっては、明日まで日付を送るのは手間でしかないもの。何の理由もないのにしたくないわよ、そんなこと」
「んなもん知るかっ! 夜を明かすのが手間だからって、明日の用事を全部今日に持ってこられるかっての!」
何が悲しくて、オレの人生にゲーム感覚で片手間に関わってるだけのアスカの都合に、みんなが配慮してあげないといけないんだ……
「──えっと、ガウルさん。戦女神様とのお話は終わりましたか?」
「え、ああ。どうでもいい話しかしてないから気遣い無用だぜ?」
シェルティが困った顔をして待っていたので、オレも困った顔で答えた。アスカの姿がシェルティ達に見えないのは、本当に面倒くさい。
「では、フルールさんも行ってしまわれたことですし、一度部屋に戻ってから校内の見学に行きましょうか」
「だな。服も乾いたし、元々そういう話だったしな」
こうしてオレはシェルティと共に、あらためて魔導大学院の中を見学して回ることになった。
──シェルティに案内されながら巡る魔導大学院の施設。
それは炎魔法の訓練専用の耐火性修練ドームだったり、光魔法から電気を取り出すような先進的研究が行われている研究所。
その他には、水魔法で栽培している野菜畑のように、ちょっと魔法の分野とは違う気がする施設まであった。
そして、何百年も受け継がれてきた魔法の呪文書を何千、何万も納めている魔導図書館などなど。
さすがは王立の魔導大学院だ。施設の規模も当然王国一なんだろう。見るもの全てが珍しく、興味深くてオレの胸は高鳴る。
「やっぱりここに通って魔法を覚えようかなぁ。オレ」
「影響されやすいわね、もう」
アスカは笑っている。まあ、否定はできないけども。
そんなオレ達の掛け合いには気付かずに、シェルティは前方を指差す。
「紹介したい場所は一通り回りました。この先には『魔動人形』の研究所がありますけど、わたくしは入る許可がおりていないので外から眺めるだけになっちゃいますね」
「魔動人形?」
「ほら、覚えていませんか? ヴァシティガの洞窟に向かう途中に出会ったビリジアン・ゴーレムみたいなモンスターですよ」
「ああ、あいつか」
簡単に表現すれば動く石像。頑丈そうなモンスターだったが、あの時は結局、サアルがひとりで倒したんだっけ。
すると、横から突き刺さる冷たい視線……
「私、それ知らないわよ……」
「そりゃあ、お前が急用でいなかった時に出くわしたモンスターだし。つーか、なんで不機嫌になってるんだよ」
なぜかにらんでいるアスカ。ああ、嫌な予感がする。
「〈プレイヤー〉が置いてけぼりのイベントなんてあり得ないわ!」
「……ほら、やっぱり。もういいだろう、それは」
事件をイベント扱いするの、そろそろやめてもらいたいんだけど……まあ、無理だろうな。アスカにとっては遊び感覚なんだし。
なんでアスカの都合にオレ達みんなが──以下同文。
「えっと、中に入りたいですか? ガウルさんなら頼めば入れるんじゃないでしょうか」
「あ、いいよいいよ。外から眺めるだけで。それにしてもシェルティはホント、気遣いしてくれるよなぁ」
……誰かさんと違って。シェルティはいい子である。
ドジと暴走は多いけど、わからないことはちゃんと教えてくれるし、オレが英雄だとわかる前から腰も低いし礼儀正しい。まさにアスカの対極に位置する少女だ。いや、マジで。
直後、再び突き刺さるアスカからの殺気。
「……ほう。なにそれ、私に対する嫌味かしら?」
「そんなこと言ってないだろ!」
と、ごまかしていると、前方の研究所から出てくるオージンの姿が目に映った。アスカは無視して話題を変えるチャンス!
「あれ? オージン?」
「なんじゃ、嬢ちゃんはともかく、なしてガウルが大学院に居るん?」
「ガウルさんはわたくしの忘れ物を届けてくださったんです。それよりオージンさんこそ、おひとりですか? 今日の見張りはリゼさんだったはずですが」
「リゼならここにイル」
と、オレ達の背後にシュタッと瞬間移動してくるリゼ。オレもシェルティもビクッと驚いて振り向いた。
「……頼むから、普通に出てきてくれ。それで、なんでふたりもここに? ここって魔動人形の研究所なんだろ?」
機界人と魔動人形に何か関連でもあるのだろうか。でも、魔動人形はただのモンスターのはず。機界人とは関係なさそうなんだが。
すると、いつもヘラヘラと柔和な笑みを浮かべていることの多いオージンが、キリッと真顔になった。
「実は昨日の夜間に王都の『魔法石の保管庫』が襲撃されてしもうての」
「えっ! 魔法石は込める魔法によっては爆弾のような兵器にもなりますから、一大事じゃないですか!」
シェルティが即座に反応した。それは確かに穏やかじゃない。
しかも王都の魔法石の保管庫なら世界でも随一の規模のはず。そこが襲撃されるなんて……
「でも、そんな重要な施設に衛兵がいなかったわけじゃないんだろ? なのに襲撃されたのか?」
「話は終いまで聞きんさいや。確かに襲撃はされてしもうたけど、たまたま居合わした儂とリゼも衛兵の手伝して撃退し、被害はほとんどなかったんじゃ」
「被害がなかったなら良かったじゃんか。ったく、脅かすなよ。だったら、なんでこんな所に来てるんだ?」
一気に緊張感が飛んだオレの問いかけに、オージンの表情はさらに険しいものになる。
「問題は……モンスターに襲撃されたってことでな」
「モンスターだって? 保管庫って城の敷地内にあるんじゃないのか? そこでモンスターに襲撃されたのかよ!」
王都は四方を高い塀で囲み、モンスターの襲撃に備えている。さらに王城へ入るには、これまた城をぐるりと囲んだ堀と壁を越えなければならない。
うっかりモンスターに入り込まれました──なんてことは起こりえないのは明白。なのに、モンスターに襲撃されたのなら、それはそれで一大事だ。
「なぜモンスターが魔法石を狙ったのかわかりませんが、どんなモンスターだったんですか? モンスターの種類がわかれば、対処もしやすくなるでしょうし」
「そうだな。モンスターの根城を探して叩かないと、また同じことの繰り返しだ。なんならオレ達も手伝うぜ?」
日頃からモンスター討伐もしている騎士達なら、王都付近のモンスターの住処も把握してるだろう。
だが、そんな簡単な話ではないらしく、オージンは困り顔で頭を搔く。
「それがのぅ。妙なことに儂もリゼも、それから周りにいた騎士達も、全員が初めて見るモンスターでの」
「誰も見たことないモンスター……?」
オレとアスカは顔を見合わせ、同時に首をかしげた。
なんだろう、何か脳裏に引っかかったような……?
「儂がそのモンスターの似顔絵を描いてみたんじゃが、あんた等にも見しとくわ」
と言って、オージンは懐から一枚の紙切れを取り出した。それを受け取って開いてみると、そこには墨で描かれた絵があった。やたら絵が上手なことにツッコミかけたが、今はそれどころじゃない。
頭には大きな花があり、その中央には口のようにぽっかりと開いた穴。その下には根なのかツタなのかわからないが、タコのようにウネウネした触手が何本も描かれている。
「──って、ガウル。ちょっと、これって!」
「ああ! こいつは、前にサアルと一緒にヒマワリ畑に行った時に襲ってきた奴だ!」
オレとアスカの反応にオージンも驚いて目を丸めた。




