stage,37 シェルティ編① タデ喰う虫も好き好き
──王都の南側にある広大な敷地に、いくつも建っている白レンガの施設。その中心には一際大きな建物があり、まっすぐ伸びた一本の塔のてっぺんには大きな鐘が見える。
まるで教会を彷彿とさせる外観だが、ここが国立の魔法学校の最高峰──『魔導大学院』だ。
「敷地内に入ったのは初めてだなぁ。たくさん建物が見えるけど、全部校舎なのか」
ざっと十棟は見える。オレの故郷の村の学校なんて、掘っ立て小屋みたいな木造の建物が一棟あるだけだった。
まあ、王都の学校と村の学校を比べる方がどうかしてるんだけど。
「大学見学できるなんて、シェルティの忘れ物に感謝しないとね!」
隣でアスカが笑っている。
そう。なぜ今オレがここにいるかというと、今朝、ここに通うシェルティが手提げ袋を忘れて行ってしまったことにアスカが気付いて、それを届けに来たからだ。
「遊びに来たんじゃないんだぞ、アスカ」
「わかってるわよ、そんなこと。ガウルってば相変わらず頭固いんだから」
「オレはお前が本当にわかってるか不安なんだよ。『これがシェルティとのイベントね!』ってさっきまで張り切ってたからな。マジで動機が不純なんだよ」
「何よ、別にいいじゃない。ガウルはシェルティのことは心配じゃないの?」
「心配だからここまで来てるんだろ」
まったく。この生活にはだんだん慣れてきたものの、このアスカのイベント気取りにはいつまで経っても慣れそうにない。
「昨日の夜、明日教授に渡すんだって用意してた資料だよな、これ。んなもん忘れるなんて、今頃困ってそうだな、シェルティの奴」
基本ドジっ娘なシェルティ。重要な物ほど忘れるのも納得である。
「しっかし、こんなに校舎があるなんて思ってもみなかったな。どうやってシェルティを探せばいいんだ、これ……」
「あの鐘が見えてる一番大きな建物に行ってみれば? 中に入ればさすがに誰かいるでしょ」
と、アスカの提案に従って、オレはその鐘がある校舎に向かう。
そして、正面玄関と思しき大きな扉を開けようとしたその時、扉は内側から開かれた。
「あ、ガウルさん!」
飛び出してきたのは慌てた様子のシェルティ。なぜ慌てているのか聞かなくても察しがつく。
「どうしてここに? まさか……」
「これ、忘れてたから届けに来たんだよ。今日、必要だったんだろ?」
と、手提げ袋を見せると、シェルティの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
そして耳まで赤くなったあと、シェルティは勢いよく何度も頭を下げ始めた。
「ごめんなさいごめんなさい! 英雄のガウルさんにこんなことさせちゃって!」
「そんなに謝られても困るから。別になんとも思ってないし」
アスカに至ってはイベント扱いだし……
オレの手から手提げ袋を申し訳なさそうに受け取ると、シェルティは何かを思い付いたようにハッと息をのむ。
「あ、もしお時間があれば大学院をご案内しましょうか?」
「いいのか? オレは部外者だけど」
「部外者だなんて。この大学院内でもガウルさんはもう有名人ですよ。なんといっても〈戦女神の英雄〉なんですから」
シェルティはニコリと笑った。
オレがこの街に到着して、はや数ヶ月が経つ。ちょっと恥ずかしい気もするが、オレはすでに街の有名人になっていた。
大学院に来るのは今日が初めてだけど、そりゃあここでも有名になってるか。
「シェルティこそ時間は大丈夫なのか?」
「今日はこれを教授に渡したあとは自由研究の時間にしてましたから。もしガウルさんが魔法に興味があるのでしたら、戦女神様もご一緒にいかがですか?」
と提案するシェルティ。オレは魔法に興味がないわけでもないが、一応アスカにも聞いておくか。
……ま、聞かなくてもどうなるか察しがつくけど。
「──というわけだが、アスカ。行くか?」
「そりゃあもちろん行くわよ! 何か事件の予感がするし!」
「いや、大学院を案内されるだけで事件の予感なんかやめてくれ……」
とか言いつつ、オレ自身も言い知れぬ嫌な予感をビシバシ感じてるんだけども。
──大学院の校舎内。廊下ではローブ姿の生徒と思われる人達とよくすれ違う。
その中にはオレの顔をジロジロ見る者、頭を下げる者、サインを求めてくる者なんかもいる。
「……すごい、ガウル。もしかして今が最大のモテ期?」
「いやぁ、確かにそうかもなぁ~」
と、そういう者達の相手をこなしつつ照れ笑いするオレ。しかし、モテ期と呼ぶには根本的な問題があった。
「会う人みんな、全員男だけどな~」
ここまで会う人みんな男の学生のみ! 普段から女性恐怖症とか言ってるけど、これはこれで嫌である。
「リゼが嫉妬して暗殺するかもよ?」
「男にモテてリゼが嫉妬って、どんな八つ当たりだよ……」
なんでもオーバーにとらえるリゼだ。あながちジョークにも聞こえないのが怖い。
オレがうんざり顔でアスカと話していると、シェルティが苦笑する。
「大学院の学生はほとんど男性なので、これは仕方ないですよ」
「え? 女の魔法使いって少ないのか?」
シェルティだって女だし、女の魔法使いが少ないイメージはなかったんだが、どうやらそうでもないらしい。
「わたくしも王都に来てから知ったのですが、王国は男性魔法使いの方が圧倒的に多いらしいです。わたくしの故郷の首長国は、男女比率は大差なかったので驚きました」
「首長国と王国で違うんだな。よく似た文化だって聞いてたけど」
「首長国では魔法使いというのは習う気があれば誰でも習える環境があるのですが、王国では騎士や貴族階級の男子の習い事という認識が強いみたいで、男性が多いのも仕方のないことみたいです」
「なるほど。オレも魔法習得は高い金を出して学校に通わないといけないってイメージだしなぁ」
実際に、魔法学校がない故郷の村には魔法をまともに使える人はいなかったな。
サアルも光魔法が使えるが、確かにあいつも騎士だし。逆に考えたら騎士や貴族の男達は魔法が使えないと苦労する社会なのかもしれない。
「シェルティも大変そうね。そんな男性社会の中で勉強してるなんて」
「ああ、そうかもなぁ」
とアスカとオレが話していると、アスカの声が聞こえないシェルティが不思議そうに首をかしげたので、オレがアスカの言葉を伝える。
「アスカが周りが男ばかりってのは大変だろうなってさ」
「そんな、戦女神様。お気遣いありがとうございます!」
と、アスカにお尻を向けてお辞儀をするシェルティ。
「いや、だから……アスカがいるのはこっち」
久々のお尻お辞儀に笑うオレとアスカ。シェルティは赤面して向きを変えてお辞儀をし直したあと、笑顔を見せて口を開く。
「騎士や貴族の習い事、というのは王国でも大昔の話です。今現在では魔法学校に通う女性は多いみたいですよ。この大学院まで進学する女性は少ないらしいですけどね」
「へぇ、古い常識だったのか」
故郷の村から一歩も出ずに育ったオレの知識は元々古くから村にあった本で得たもの。だから、その知識が現在の常識かどうかは不安な部分もある。
オレもオージンみたいに図書館でも通って、最新の知識を得ないといけないかなぁ……
「わたくしが学生寮に住まわせていただいていたときに相部屋だったのも、わたくしのような女性召喚士だったんですよ」
「まあ、相部屋なら女同士じゃないとな」
「ガウル。可愛い子かもしれないから紹介してもらったら?」
ニヤニヤしながらアスカが何かを言っている。スルーしよう。アスカが興味を持つなんて、オレの女性恐怖症センサーが激しく反応している。
『その子と関わっちゃいけないって』──




