表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/50

stage,03 第一話③

「うっ……」


 うめき声をあげてライドが目を覚ます。

 この短時間でも傷は完全にえたようだ。さすがは神様が取り出した薬の効果だ。


「ライド! 大丈夫か?」

「ガウル……? そうだ、魔族がっ!」


 ライドは勢いよく飛び起きるが、もちろん魔族はもういない。


「オレがアスカと倒したんだ。だから安心してくれ」


 とオレが言ってもライドはキョトンとしている。おっといけない、いきなりアスカって言われてもわからないか。


「ああ、そうそう。紹介するぜ。こいつは――いや、こちらにおわすは戦女神様のアスカだ」


 オレは信じてないけど、英雄剣を使えるようにしてくれた時点で、村の人達にとっては戦女神ってことになるだろう。大変に遺憾いかんだ。


「ん……?」


 ライドは何故か顔をしかめた。アスカの方に目をやってるのに、なんか焦点が合ってない。


「ガウル。誰もいないぞ?」

「えぇえっ!? おい、アスカ! お前ってまさかオレ以外に見えないのかよ!」

「そうみたい」

「そうみたいって、これじゃオレが一人で騒いでるみたいじゃねぇか!」

「ガウル。お前、すでに独り言で騒ぐ危ない奴になってるぞ……」


 引き気味にライドがつぶやく。今やオレは、誰もいないのに会話している変質者。

 ああ……。呪いだ。やっぱり絶対これは呪いだ。


「ライド! 助けてくれよ! オレ、戦女神に取り憑かれて大変なことになってるんだよぉ……」

「戦女神に……取り憑かれて? お、お前、その手に持ってるのは英雄剣じゃないか! まさか、それで魔族を倒したのか!」

「ああ、そうだけど……」


 ヤバい、この流れは実にヤバい気がするぞ。


「お前が――戦女神様に見定められし伝説の英雄!?」

「見定められたくなかったのが今の正直な感想です」

「何を真顔で即答してるのよ。喜びなさいよ」

「喜べるかっ!」


 オレがアスカにつっこんでいると、ライドは神妙しんみょうな顔付きになる。


「いや、喜ばしいことだろう。戦女神様の姿が見えるのも声が聞こえるのも、これが伝え聞く『神託オラクル』か!」


 そういえば、そういう伝説があったことを忘れてた。

 英雄剣を操る者は神の御力みちからをその身に宿し、神の姿を目にすることや声を聞くことも許されると――それが戦女神の神託。


「って、こんな神託、嫌だっ!」

「神託だなんて、ホントに戦女神になった気分だわ。チヤホヤされるのも悪くないわね」

「お前、やっぱり戦女神じゃないんだろ……」


 戦女神じゃないなら誰だって話だが、間違いなくアスカは戦女神じゃない! 絶対に、だっ!


「何を話しているのか聞こえないが、ガウル。戦女神様に向かってなんという口の聞き方を……」

「やーい。怒られてるわよー」

「うぐぅ……」


 もうやだ。アスカのことが他の奴らにも見えるなら、こいつが戦女神っぽくないのも伝わるのに、見えてないせいで伝えられない。英雄剣を操れるようになった事実だけで英雄扱いされ、もちろん同時にアスカも戦女神だって断定されるだろう。

 こんな不遇ふぐうを背負って英雄になる。この流れは……ある意味、終身刑!


「とりあえず、ガウル。村に戻るぞ」

「あ、ああ……」


 村に戻ったって、この展開から抜け出すことは無理そうな気がする。むしろ、逆に帰るのが怖い。


「故郷の村が吹っ飛ばされて旅立つって展開はよく聞くけど、ガウルの村は大丈夫かしら」

「淡々と物騒なこと言うんじゃねぇよ! ライド、アスカの奴、今オレ達の村が吹っ飛んでんじゃないかって言ってるぞ!」

「戦女神様は私達の村を気にかけてくださっているのか。なんという慈悲深じひぶかきお心。お姿も見えず、お声が届かないのを残念に思いますが、このライド。感激、感謝致します」

「そぉぢゃなくてぇぇ……。ああっ、オレの味方が世界から消えたこの絶望感!」


 しゃべればしゃべるほど絶望感に打ちひしがれる。拷問ごうもんだ。しかもアスカは無条件に味方してもらえるという……

 もうあがくのも虚しく、トボトボと村に帰っていると、隣を歩いていたアスカが何やら不満そうな表情を浮かべる。


「ガウルのイベントシーン中はプレイヤーの私は置いてけぼりでつまんないわね。まあ、イベントシーンは映画を見てるのと同じって言われたらそれまでだけどさ」

「オレの生活を映画を見てるのと同じにすんなつーの! いや違うな、それならむしろずっと映画を見てる気分でいてくれよ。『干渉かんしょう』しないでくれ」

「映画を見てる気分でいろって言うのに『鑑賞かんしょう』するなとは、これ如何いかに」

「真顔でボケるな!」


 この子、怖い。タスケテ……


「でも、見てるだけならゲームである必要ないでしょ? 私はゲームをしたいのにそれだとつまらないし、あなたもそうだと思わない?」

「オレはゲームがしたいんじゃないっての!」


 ボケ倒されてるのを知ってか知らずか、ライドはハハハと笑いだす。


「なんだ、ガウル。随分ずいぶんと楽しそうだな。戦女神様と談笑だんしょうか、うらやましい限りだ」

「にこやかに傷口に塩を塗り込むスタイル、やめてよ、ライド……」


 ――そうこう話しているうちに、オレ達は村に帰ってきた。

 村を一望できる高台から見渡すと、数軒の家が壊れているが、今でも魔族が暴れている気配はない。


「ガウル。この村は?」

剣守つるぎもりの村、『サーブルシュ』だ。英雄剣を守るためだけに存在しているオレ達の故郷……というか、この村に生まれた男はこの村から一生出られないんだ。だから、オレの故郷というか、オレの世界そのものって感じだな」

「ガウルもライドさんも村から出たことないんだ。厳しいおきてがあるのね」

「そうだよ。オレもライドも村から一歩も出たことがないんだ。掟は厳しいが、まあオレの生活の全てだから大事な村だぜ」


 村の説明を受けたアスカは、もう一度村を見渡してからニコリと微笑む。


「――よかったわね。あなたの村は無事そうよ」

「あ、ああ。ありがとう……」


 アスカは根は優しいのだろうか。よくわからない。

 ただ、そう言って微笑むアスカの優しさはまっすぐに伝わってくる。それを否定できるほどオレは冷血になれない。


「そんな優しく笑えるなら、ずっとそうしてくれりゃいいのに……」

「なんか言った? プレイヤーの私に聞こえないようにしゃべるなんてどういうこと? 字幕出せないのかしら」

「そういうこと言わなきゃいいのにって言ってんだよ!」


 アスカの相手は本当に疲れる。オレがゲンナリしてるのにも構わずに、ライドは真剣にオレに言う。


「確かに、私達は村から出られない。でも、それは()()()の話。英雄として目覚めたお前は、この村をつことになるんだろうな」

「え……」


 そりゃあ、村を出ないと世界を救えるわけないけど、そうか。オレは村を出ないといけないんだな。


「どうした? ほうけた顔して。大丈夫か?」

「いや、大丈夫。早く村長のところへ行こうぜ」


 こうしてオレ達は村長の家に向かい、状況を報告した。

 村は魔族の手下と思われるモンスターに襲われたらしいが、ある瞬間、突然消滅したらしい。多分、オレがあの魔族を倒したからだろう。


「――まさか、ガウルが英雄剣の持ち主に選ばれるとは。村の中に英雄がいたとは本当に驚きじゃ」


 英雄剣をたずさえたオレを村長と村長の家に集まった村人達が、まるであがめるようにして見つめている。


「オレはこれからどうすべきでしょうか?」

「それはワシに尋ねるより、戦女神様にうかがった方が良いじゃろう。戦女神様が英雄を導く……。伝説ではそういわれておる」

「えぇえ……。やっぱりそうですよねぇ」


 アスカに全て任せる。すごい賭けな気がする。むしろ自殺行為では……?


「何を嫌そうにしてるのよ?」

「嫌だからに決まってるだろ……」

「嫌? 戦女神様は何と?」

「ま、まだ聞いてませんよ……」


 期待を込められて集まる視線。アスカの声すら皆には聞こえないのが面倒すぎる。

 皆、アスカのことを何も知らないくせに崇めるなよ。体を乗っ取ると木に突撃するような奴なんだぞ……

 とはいえ、無視し続けるわけにもいかない雁字がんじがらめ。


「アスカ、皆が気になってるから答えてくれ。オレはまずどうすればいい?」

「待って。序盤までなら今日買ってきたゲーム雑誌に攻略が載ってたはずだから」

「雑誌にオレの人生の攻略が載ってるのかよ! 人生の攻略法がわかればどんなに楽か、って思ったことはあるけど、いざあると思うとなんかすごく嫌だぞ、それ!」


 アスカの世界が怖い。魔族の世界よりも間違いなく怖い場所だろ。もう深く悩むのも恐ろしくなってきたので、さっさとあきらめた方がいいのか……?


「――というわけで、雑誌に載ってるらしいです」

「神界の書物をアテになさるのなら安心ですな」

「まあ、ある意味そうか。それでいいのかとも思うけど……」

「では、出立しゅったつは明日ということで、ガウルもそれで良いな?」

「あ、はい……」


 あれよあれよと言う間に村を出ることになったオレは、家に戻って支度したくを始めた。

 村から出てみたい、仕来しきたりや掟なんてくだらない――なんて文句ばかり言ってたオレだが、こうもあっさり村を出られることになると、拍子抜けというかなんというか……


「どうしたのよ、ガウル? あまり嬉しそうじゃないわね」

「いや、嬉しいけど。かなり不安も多いんだ。だって、村の外のことは何も知らないんだぞ。いろんな本を読んで最低限の知識はあるけど、経験はないってことがこんなにも不安になるとはな」

「そんなのは私も同じよ。お互い、レベルも上がってないしね」

「レベル……」


 アスカと話してると、いろんなことがいろんな意味でどうでもよくなるな。


「ま、私もそばにいるんだから安心しなさい」

「……それが一番の不安材料なんだよ……」


 なぜか自信満々のアスカ。オレは肩を落とさざるを得ない。


「まあ、もういい。あとは野となれ山となれだ。支度も終わったし外はもう暗いし、さっさと風呂に入ってメシ食って寝るか!」


 気持ちを転換てんかんしようとして、ここで疑問が沸いて出た。


「ところで、アスカ。オレが風呂に入ったり寝てる時はどうするんだ?」

「え! ガウルってお風呂入るの!?」

「入るに決まってるだろ。むしろお前は入らないのかよ」

「リアルじゃ入るけど、こっちじゃ入らないわよ。困ったわね。ずっとそばにいないといけないのかしら……」

「ずっとそばにって……オレのプライバシーの危機っ!」


 四六時しろくじ中、誰かがそばにいて見張られてるなんて、世界を救う前に精神をんで死んじゃうぞ。オレ……


「あ、『ガウルはお風呂に入りたそうにしています。シーンをスキップをしますか?』って表示されたわ」

「どこに表示されてんだ! そして、なんだよ!? そのペットみたいな扱い!」

「相変わらず、いちいちうるさいわね……。スキップできそうなんだからよかったじゃないの」

「スキップ――って、はずむように進む歩き方の?」

「違うわよ。シーンを見ずに飛ばして次に進めるの」


 ということは――ひゃっほう! オレのプライバシーは守られた! 文字通りスキップしながら風呂場に向かえるぜっ!


「でも、『はい』と『いいえ』の選択肢があるから、いいえを選んだら見られそうね……」


 前言撤回、再びっ!


「……ガウル。あんた、さっきからなんで無言で喜んだり泣きそうになってるのよ。情緒じょうちょ不安定?」

「誰のせいだよっ!」

「でも、これって女の主人公だったら入浴シーンを見られるってことじゃない。対象年齢いくつのゲームよ、どうなってるの!?」

「オレは最初から現在進行形でどうなってるのって気分なんだが。とにかく、風呂くらいのんびり入らせてくれよ!」

「はいはい。じゃあ、また後でね」


 と、手をぱたぱたと振っていたアスカの姿がスッと消えた。

 本当に消えたのか辺りを見回して、アスカの姿がないことを確信すると同時に、思わず溜め息が漏れる。


「はぁ……。なんかすごい久し振りに解放された気分。このまま元の生活に戻れたらいいのに……」


 でも、オレの切なるその願いは風呂から上がった直後、アスカの帰還と共に打ち砕かれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ