stage,03 第一話③
「うっ……」
うめき声をあげてライドが目を覚ます。
この短時間でも傷は完全に癒えたようだ。さすがは神様が取り出した薬の効果だ。
「ライド! 大丈夫か?」
「ガウル……? そうだ、魔族がっ!」
ライドは勢いよく飛び起きるが、もちろん魔族はもういない。
「オレがアスカと倒したんだ。だから安心してくれ」
とオレが言ってもライドはキョトンとしている。おっといけない、いきなりアスカって言われてもわからないか。
「ああ、そうそう。紹介するぜ。こいつは――いや、こちらにおわすは戦女神様のアスカだ」
オレは信じてないけど、英雄剣を使えるようにしてくれた時点で、村の人達にとっては戦女神ってことになるだろう。大変に遺憾だ。
「ん……?」
ライドは何故か顔をしかめた。アスカの方に目をやってるのに、なんか焦点が合ってない。
「ガウル。誰もいないぞ?」
「えぇえっ!? おい、アスカ! お前ってまさかオレ以外に見えないのかよ!」
「そうみたい」
「そうみたいって、これじゃオレが一人で騒いでるみたいじゃねぇか!」
「ガウル。お前、すでに独り言で騒ぐ危ない奴になってるぞ……」
引き気味にライドがつぶやく。今やオレは、誰もいないのに会話している変質者。
ああ……。呪いだ。やっぱり絶対これは呪いだ。
「ライド! 助けてくれよ! オレ、戦女神に取り憑かれて大変なことになってるんだよぉ……」
「戦女神に……取り憑かれて? お、お前、その手に持ってるのは英雄剣じゃないか! まさか、それで魔族を倒したのか!」
「ああ、そうだけど……」
ヤバい、この流れは実にヤバい気がするぞ。
「お前が――戦女神様に見定められし伝説の英雄!?」
「見定められたくなかったのが今の正直な感想です」
「何を真顔で即答してるのよ。喜びなさいよ」
「喜べるかっ!」
オレがアスカにつっこんでいると、ライドは神妙な顔付きになる。
「いや、喜ばしいことだろう。戦女神様の姿が見えるのも声が聞こえるのも、これが伝え聞く『神託』か!」
そういえば、そういう伝説があったことを忘れてた。
英雄剣を操る者は神の御力をその身に宿し、神の姿を目にすることや声を聞くことも許されると――それが戦女神の神託。
「って、こんな神託、嫌だっ!」
「神託だなんて、ホントに戦女神になった気分だわ。チヤホヤされるのも悪くないわね」
「お前、やっぱり戦女神じゃないんだろ……」
戦女神じゃないなら誰だって話だが、間違いなくアスカは戦女神じゃない! 絶対に、だっ!
「何を話しているのか聞こえないが、ガウル。戦女神様に向かってなんという口の聞き方を……」
「やーい。怒られてるわよー」
「うぐぅ……」
もうやだ。アスカのことが他の奴らにも見えるなら、こいつが戦女神っぽくないのも伝わるのに、見えてないせいで伝えられない。英雄剣を操れるようになった事実だけで英雄扱いされ、もちろん同時にアスカも戦女神だって断定されるだろう。
こんな不遇を背負って英雄になる。この流れは……ある意味、終身刑!
「とりあえず、ガウル。村に戻るぞ」
「あ、ああ……」
村に戻ったって、この展開から抜け出すことは無理そうな気がする。むしろ、逆に帰るのが怖い。
「故郷の村が吹っ飛ばされて旅立つって展開はよく聞くけど、ガウルの村は大丈夫かしら」
「淡々と物騒なこと言うんじゃねぇよ! ライド、アスカの奴、今オレ達の村が吹っ飛んでんじゃないかって言ってるぞ!」
「戦女神様は私達の村を気にかけてくださっているのか。なんという慈悲深きお心。お姿も見えず、お声が届かないのを残念に思いますが、このライド。感激、感謝致します」
「そぉぢゃなくてぇぇ……。ああっ、オレの味方が世界から消えたこの絶望感!」
しゃべればしゃべるほど絶望感に打ちひしがれる。拷問だ。しかもアスカは無条件に味方してもらえるという……
もうあがくのも虚しく、トボトボと村に帰っていると、隣を歩いていたアスカが何やら不満そうな表情を浮かべる。
「ガウルのイベントシーン中はプレイヤーの私は置いてけぼりでつまんないわね。まあ、イベントシーンは映画を見てるのと同じって言われたらそれまでだけどさ」
「オレの生活を映画を見てるのと同じにすんなつーの! いや違うな、それならむしろずっと映画を見てる気分でいてくれよ。『干渉』しないでくれ」
「映画を見てる気分でいろって言うのに『鑑賞』するなとは、これ如何に」
「真顔でボケるな!」
この子、怖い。タスケテ……
「でも、見てるだけならゲームである必要ないでしょ? 私はゲームをしたいのにそれだとつまらないし、あなたもそうだと思わない?」
「オレはゲームがしたいんじゃないっての!」
ボケ倒されてるのを知ってか知らずか、ライドはハハハと笑いだす。
「なんだ、ガウル。随分と楽しそうだな。戦女神様と談笑か、うらやましい限りだ」
「にこやかに傷口に塩を塗り込むスタイル、やめてよ、ライド……」
――そうこう話しているうちに、オレ達は村に帰ってきた。
村を一望できる高台から見渡すと、数軒の家が壊れているが、今でも魔族が暴れている気配はない。
「ガウル。この村は?」
「剣守りの村、『サーブルシュ』だ。英雄剣を守るためだけに存在しているオレ達の故郷……というか、この村に生まれた男はこの村から一生出られないんだ。だから、オレの故郷というか、オレの世界そのものって感じだな」
「ガウルもライドさんも村から出たことないんだ。厳しい掟があるのね」
「そうだよ。オレもライドも村から一歩も出たことがないんだ。掟は厳しいが、まあオレの生活の全てだから大事な村だぜ」
村の説明を受けたアスカは、もう一度村を見渡してからニコリと微笑む。
「――よかったわね。あなたの村は無事そうよ」
「あ、ああ。ありがとう……」
アスカは根は優しいのだろうか。よくわからない。
ただ、そう言って微笑むアスカの優しさはまっすぐに伝わってくる。それを否定できるほどオレは冷血になれない。
「そんな優しく笑えるなら、ずっとそうしてくれりゃいいのに……」
「なんか言った? プレイヤーの私に聞こえないようにしゃべるなんてどういうこと? 字幕出せないのかしら」
「そういうこと言わなきゃいいのにって言ってんだよ!」
アスカの相手は本当に疲れる。オレがゲンナリしてるのにも構わずに、ライドは真剣にオレに言う。
「確かに、私達は村から出られない。でも、それは今までの話。英雄として目覚めたお前は、この村を発つことになるんだろうな」
「え……」
そりゃあ、村を出ないと世界を救えるわけないけど、そうか。オレは村を出ないといけないんだな。
「どうした? 呆けた顔して。大丈夫か?」
「いや、大丈夫。早く村長のところへ行こうぜ」
こうしてオレ達は村長の家に向かい、状況を報告した。
村は魔族の手下と思われるモンスターに襲われたらしいが、ある瞬間、突然消滅したらしい。多分、オレがあの魔族を倒したからだろう。
「――まさか、ガウルが英雄剣の持ち主に選ばれるとは。村の中に英雄がいたとは本当に驚きじゃ」
英雄剣を携えたオレを村長と村長の家に集まった村人達が、まるで崇めるようにして見つめている。
「オレはこれからどうすべきでしょうか?」
「それはワシに尋ねるより、戦女神様にうかがった方が良いじゃろう。戦女神様が英雄を導く……。伝説ではそういわれておる」
「えぇえ……。やっぱりそうですよねぇ」
アスカに全て任せる。すごい賭けな気がする。むしろ自殺行為では……?
「何を嫌そうにしてるのよ?」
「嫌だからに決まってるだろ……」
「嫌? 戦女神様は何と?」
「ま、まだ聞いてませんよ……」
期待を込められて集まる視線。アスカの声すら皆には聞こえないのが面倒すぎる。
皆、アスカのことを何も知らないくせに崇めるなよ。体を乗っ取ると木に突撃するような奴なんだぞ……
とはいえ、無視し続けるわけにもいかない雁字がらめ。
「アスカ、皆が気になってるから答えてくれ。オレはまずどうすればいい?」
「待って。序盤までなら今日買ってきたゲーム雑誌に攻略が載ってたはずだから」
「雑誌にオレの人生の攻略が載ってるのかよ! 人生の攻略法がわかればどんなに楽か、って思ったことはあるけど、いざあると思うとなんかすごく嫌だぞ、それ!」
アスカの世界が怖い。魔族の世界よりも間違いなく怖い場所だろ。もう深く悩むのも恐ろしくなってきたので、さっさとあきらめた方がいいのか……?
「――というわけで、雑誌に載ってるらしいです」
「神界の書物をアテになさるのなら安心ですな」
「まあ、ある意味そうか。それでいいのかとも思うけど……」
「では、出立は明日ということで、ガウルもそれで良いな?」
「あ、はい……」
あれよあれよと言う間に村を出ることになったオレは、家に戻って支度を始めた。
村から出てみたい、仕来りや掟なんてくだらない――なんて文句ばかり言ってたオレだが、こうもあっさり村を出られることになると、拍子抜けというかなんというか……
「どうしたのよ、ガウル? あまり嬉しそうじゃないわね」
「いや、嬉しいけど。かなり不安も多いんだ。だって、村の外のことは何も知らないんだぞ。いろんな本を読んで最低限の知識はあるけど、経験はないってことがこんなにも不安になるとはな」
「そんなのは私も同じよ。お互い、レベルも上がってないしね」
「レベル……」
アスカと話してると、いろんなことがいろんな意味でどうでもよくなるな。
「ま、私もそばにいるんだから安心しなさい」
「……それが一番の不安材料なんだよ……」
なぜか自信満々のアスカ。オレは肩を落とさざるを得ない。
「まあ、もういい。あとは野となれ山となれだ。支度も終わったし外はもう暗いし、さっさと風呂に入ってメシ食って寝るか!」
気持ちを転換しようとして、ここで疑問が沸いて出た。
「ところで、アスカ。オレが風呂に入ったり寝てる時はどうするんだ?」
「え! ガウルってお風呂入るの!?」
「入るに決まってるだろ。むしろお前は入らないのかよ」
「リアルじゃ入るけど、こっちじゃ入らないわよ。困ったわね。ずっとそばにいないといけないのかしら……」
「ずっとそばにって……オレのプライバシーの危機っ!」
四六時中、誰かがそばにいて見張られてるなんて、世界を救う前に精神を病んで死んじゃうぞ。オレ……
「あ、『ガウルはお風呂に入りたそうにしています。シーンをスキップをしますか?』って表示されたわ」
「どこに表示されてんだ! そして、なんだよ!? そのペットみたいな扱い!」
「相変わらず、いちいちうるさいわね……。スキップできそうなんだからよかったじゃないの」
「スキップ――って、はずむように進む歩き方の?」
「違うわよ。シーンを見ずに飛ばして次に進めるの」
ということは――ひゃっほう! オレのプライバシーは守られた! 文字通りスキップしながら風呂場に向かえるぜっ!
「でも、『はい』と『いいえ』の選択肢があるから、いいえを選んだら見られそうね……」
前言撤回、再びっ!
「……ガウル。あんた、さっきからなんで無言で喜んだり泣きそうになってるのよ。情緒不安定?」
「誰のせいだよっ!」
「でも、これって女の主人公だったら入浴シーンを見られるってことじゃない。対象年齢いくつのゲームよ、どうなってるの!?」
「オレは最初から現在進行形でどうなってるのって気分なんだが。とにかく、風呂くらいのんびり入らせてくれよ!」
「はいはい。じゃあ、また後でね」
と、手をぱたぱたと振っていたアスカの姿がスッと消えた。
本当に消えたのか辺りを見回して、アスカの姿がないことを確信すると同時に、思わず溜め息が漏れる。
「はぁ……。なんかすごい久し振りに解放された気分。このまま元の生活に戻れたらいいのに……」
でも、オレの切なるその願いは風呂から上がった直後、アスカの帰還と共に打ち砕かれたのだった。