stage,35 リゼ編⑦
口の中に広がるスパイシーな刺激と芋と人参の甘み。鼻に抜ける香りは更なる食欲をそそる。
これは、まごうことなきカレーライス!
「……どうだ? ガウル?」
「どうだも何も、おいしいぞ。これ!」
「本当カッ!?」
不安そうにこちらを見ていたリゼの表情が明るくなった。いや、しかし本当に普通においしいカレーだ。やっぱり〈技能神〉への祈りは届いていたのだろうか。ただ単純にリゼの努力の賜物か。
「シェルティ達も何か言ってやれよ。おいしいだろ?」
と、リゼと一緒にシェルティ達の方へ振り向いた瞬間、ゴンゴンッと机を叩きつけるような大きな音が響きわたる。
見れば、オレ以外の審査員全員が机に顔面を強打する勢いで突っ伏していた。
「えっと……これって……」
デジャヴ! なんかすっごいデジャヴなんですけど!
すると、隣で見ていたアスカが気まずそうにつぶやく。
「ああ……、やっぱりガウルだけ無事なのね」
「おい、アスカ。これってどういうことだよ!」
「英雄剣を持ってるだけで発動するスキルがあったでしょ? 〈フィジカル・エンハンス〉っていうやつ」
〈フィジカル・エンハンス〉とは。確か英雄剣を抜いていなくても、携えてさえいればずっと発動しているスキルで、疲れや痛みを感じにくくなるといった人間離れした力を得るものだったはず。
「あれって二割くらいの確率で状態異常を無効化できるみたいなのよ」
「なるほど。だからオレだけいつも平気なのか」
できればいつぞやのキノコの胞子の時に発動してもらいたかったんですが、それ……
「──って、違う! そうじゃないだろ! なんでまたみんな状態異常になってんだよって話だ!」
「なんかこのカレー、できばえはプラス評価なのに状態異常がかかるって書いてるのよ」
「どゆこと……って、そうだ! アスカは料理のステータスも見られるんだったじゃねぇか! なんで食べる前に教えてくれなかったんだよ!」
「だって、さっきはリゼとの感動のシーンっぽかったじゃない。なんか言い出せる雰囲気じゃなくてさ……」
……普段、絶対しない遠慮を、なぜ今このタイミングでしたんだ。この子……
絶対わざとだ。気付いてて、これを食べさせたら面白いことになるだろうって思ってたに違いない!
「とにかく、どんな状態異常になってるんだよ!」
「〈ハート・リバース〉……って異常みたいね」
「またリバースかよ! つーか、何だよ、ハートがリバースって」
「『性格が反対になり、操作も上下左右が反転してしまう』……らしいわ!」
性格が……反対? 操作が……反転?
「だぁあっ! 言ってる意味がさっぱりわかんねぇよ! とにかく、誰か起こして確かめないと……」
すると、リゼが机に突っ伏したままのシェルティの体を揺さぶる。
「シェルティ、大丈夫カ……?」
「リゼ……さん?」
ゆっくりと頭をあげるシェルティ。とにかく、死んではないようだ。
しかし、リゼの顔を見た途端、シェルティは涙を流し始めた。
「リゼさん、ひどいじゃないですか! わたくし、こんなに小さくてか弱い子供なんですよ! カレーは甘口しか食べられないに決まってるじゃないですかぁ!」
と、まくしたてたあと、グビグビとコップの水を飲むシェルティ。
『…………は?』
呆然とそれを見ていたオレとアスカとリゼの声が見事にハモった。
確かに少々辛めではあったが中辛くらいだと思うし、そこまで騒ぐほどのことではないような?
いや、それよりもシェルティは今、自分は小さい子供って言ったか?
「シェルティって、小さいとか子供呼ばわりされるのは嫌ってなかったか?」
「ウン、確かそうダ」
「なるほど。『子供扱いされたくない』の反対は『子供扱いされたい』ね!」
「えっ、性格が反対になるってそういうことなのかよ!」
いや、そもそもそれは反対というのだろうか? 反対って対義語とかじゃないの?
「ということで甘口をください」
「いや、辛さはこれしかないンダ。すまナイ……」
「えぇ!? ヤダヤダ! わたくしは甘口が食べたいんですっ!」
子供みたいな駄々をこね始めるシェルティにオレ達が困惑していると、机からガバッと勢いよく飛び起きたサアルが、急いでオレの元に駆けつけてひざまずく。
オレを見上げたサアルの顔は口元にカレーがついてるものの、いつにも増して真面目なものだった。
「サ、サアル。お前も目が覚めたのか……?」
「ガウル様っ!」
「さ……さまぁっ!?」
サアルがオレの名前に敬称を!? その時点でもうヤバい感じしかしない!
すでにアスカは隣で爆笑中。オイコラ、やっぱり狙ってただろ、こいつ……
サアルは困るオレを無視して頭を下げる。
「申し訳ございません、ガウル様。伝説の英雄の護衛騎士でありながら、あなた様にこのような珍妙な物をお通ししてしまうとは! このサアル、一生の不覚にございます!」
「ち、珍妙……」
ガックリと肩を落とすリゼ。さすがにオレも苦笑いするしかない。
でも、いつもサアルは英雄のオレを嫌ってるせいか、それが反対になって好きになっちまったってことか。それはそれで嫌だけど……
「まてよ。でも、これならシェルティより話ができそうだ。サアル、みんなのために協力してく──」
オレが協力をうながそうとした瞬間、サアルはスッと顔をそらして、ゲスな顔に豹変する。
「……チッ。なんでこいつだけ無事なのだ。ここでこいつが暴れて英雄から失墜することになれば、次期英雄はこの俺になるというのに……」
「前言撤回! なんかこの人、こっそりひどいこと言ってるんですが! 全然、話が通じそうにないんですがっ!」
頭を掻きむしるオレ。サアル、オレのこと好きになってないじゃん! 何、この状況……
すると、爆笑してたアスカが真顔に戻って口を開く。
「まあ『ツンデレ』の反対って、単に『陰湿な腹グロ』よね」
「本音を隠しきれない性格は反対にならずに元のままなのは、一体どういう理屈なんですかねっ!?」
サアルがさらにヤバい奴になっちゃったじゃんか。どうすんだよ、これ……
頭が真っ白になりかけてるオレに、シェルティとサアルが詰め寄ってくる。
「ねぇねぇ。審査員ごっこは飽きたので英雄ごっこしましょうよ、ガウルさ~ん!」
「ガウル様、おや? カレーが残っていますよ。もう一口いかがですか? そして……それ喰ってできればすぐに死ね……」
「お前ら、いい加減に怖いっつーの!」
悪夢だ。長くはオレの精神が持たないぞ……これ。それもこれも原因はただひとつ。
「おいっ、リゼ! お前はどうやってこのカレーを作ったんだよ。なんでこうなったんだ!」
「どう、と言われテモ……。材料はこの会場にあった物デ、普通にカレーを作ッタだけだ。でも、途中で知らナイ女の子から、カレーがおいしくなるラシイ『謎の植物の種』をもらッテ、それを入れてみたンダが……」
「そ、それだーっ!」
知らない女の子から謎の植物の種って……おいおい。思わずビシッとリゼを指差して叫んじゃったじゃないか。
いやでもそれはさすがに怪しもうか。リゼさんよ……
「大体、知らない人から知らない物をもらって、それを料理に入れるなよ!」
「……すまナイ。カレーをおいしくしたい一心デ……」
オレに責め立てられたリゼはつらそうにうつむいてしまった。その間に立ったのはアスカだった。
「ガウル、ここでリゼを責めたって仕方ないでしょ。今はこの状況をどうにかしないと!」
「いや、原因のひとつにお前のせいってのもあるからな、アスカ……」
まあ、まだ言いたいことは山ほどあるが、アスカの言ってることも正論だ。
「リゼ。起きちまったことで落ち込むのはあとだ。今はこの状況をなんとかしよう」
「ウン……本当にすまナイ。これは状態異常なんダロ? なら回復。回復ならオージンだ」
「そうだ。オージン!」
と、オージンの方を見てみると、そこには机に突っ伏したままピクリとも動かない彼がいた。
「って、しまったーっ! オージンもさっきのカレー、食べてたんだったぁーっ!」
「……ねぇ。私、思ったんだけど、それってヤバくない?」
やたら神妙につぶやくアスカ。何が言いたいのかすぐに察しちゃったぞ。オレ……
「オージンの性格って、とても鬼っぽくなくて私達にも優しかったでしょ? それが反対になったら……」
「デスヨネー……」
オレとアスカが軽く絶望してることには気付かずに、リゼはオージンも起こそうと近付いた。
「オージン、しっかりシロ!」
「ちょっと待った、リゼ! この状態異常は性格が反対になるってものみたいなんだ。だからオージンを起こすのはマズ──」
とリゼを止めようとした瞬間、いきなりスッと体を起こすオージン。そして、そのまま据わった目でこちらをギロリとにらむ。
「──いぃっ!?」
変な声をあげて固まるオレ。間に合わなかった……オージンもきっと性格が反対になっている。これは非常にマズい。
とりあえず穏便に話しかけてみるしかない……
「えっと……オージン? 気分は大丈夫か……?」
「……大丈夫だよ。それより、ガウルこそどうしたんだい? 変な声をだして『僕』の顔をジッと見てさ。何かあったのかい?」
「きょ、共通語っ!?」
なんかすごい流暢な共通語をしゃべりだすオージン。しかも自分のことを僕とか呼んでるし、全然大丈夫じゃない!
「なるほど。『言葉が訛る』の反対は『言葉が訛らない』ね!」
「ちょっと待て、アスカ。さっきから思ってたけど反対になるってそういうことでいいのか!? なんか違う気がするぞ!?」
「変なガウルとアスカだね。いつもとは何か違う気がしてくるよ」
「いやいやいや。むしろオレ達はいつもと同じだから! オージンがいつもと違うんだから!」
アハハと明るく笑うオージンにオレは全力でつっこんだ。
キャラ崩壊どころか、キャラが原形をとどめてなくて消滅しかかってるオージンに言われたくないわ!
そんなオージンにもリゼは深く頭を下げた。
「オージン。頼ム……これは全部リゼのせい。ダカラ、みんなを元に戻してくれたら、なんでもいうコトきく……。お願いダ、回復魔法を使ってクレ!」
「なるほどね。わかったよ」
「オージン。やってくれるのか! よかった。そこら辺の性格は元のままなんだな!」
懇願するリゼにニコリと笑ってうなずくオージンは、変わらずオレ達に協力的だった。よし、これで万事解決だ!
「……もっと状態異常をひどくさせたら、混乱ももっと大きくなりそうだね。ふふふ……」
ヤダ。優しい笑顔が途端に黒い笑顔に変わったよ……
「って、お前は鬼かーっ!」
「何を言ってるのです? 僕は元々鬼ですよ?」
「うああっ! いつもと同じようでいつもと違うこのやりとりっ! ウザい上に絶望しかない……」
……うん。これはオージンに頼るのはダメだ。あきらめよう。
頭を掻きむしるのをやめてからオレは近くに転がっていたフォークを拾い、それをオージンに突きつけた。
「オージン。妙なマネしたら刺すから、静かにしてろよ?」
「ひぃっ! なんて理不尽なっ!」
極度の先端恐怖症はそのままで助かった。オージンには悪いけど黙っててもらおう。
早く別の方法を考えないと、これはいよいよヤバいことになる……




