stage,34 リゼ編⑥
〈技能神の祠〉に足を踏み入れたオレ達。景色は岩肌むき出しの薄暗い洞窟だったが、しばらく歩くとたどり着いた行き止まりに一体の大きな石像があった。
それはローブ姿の筋骨隆々な男の像。背中には天使のような羽根を広げている。ロウソクの炎に照らされて、余計に筋肉が強調されている。
「これが〈技能神〉の像か。男の像なんだな……」
「女神像じゃなくて残念、って顔してるわね。ガウル……」
アスカの冷ややかな視線が突き刺さった。確かに女神じゃないのかよ……とも思ったけど。
「なんでにらんでるんだよ。料理のスキルを上げるなら女神の方が効き目ありそうだろ?」
「ああ、そういうこと。でも今時、男でも料理作るから関係ないでしょ」
「……むしろ、戦神こそ男の方が……」
「聞こえてるわよ、ガウル。それ、どういう意味かしら?」
ダメだ、これ以上言ったら、戦女神の理不尽パワーでリゼの前で服を脱がされそうだからやめとこう……
「リゼ! この像の前で祈るといいみたいだぜ」
「わかッタ! やってみるゾ!」
無視されたアスカがオレをにらみ続けてるが、さらに無視して進めよう。
像の前に立ったリゼはひざまずくのかと思ったら、立ったままお辞儀を二回し、パンパンと二回拍手したかと思うともう一度お辞儀をした。それからそのまま目を閉じて祈り始める。
「面白い祈り方するんだな。森使国の作法かな?」
「思いっきり神社のお参りね」
アスカは見たことがあるようだが、オレ達はひざまずいて両手の指を組んで静かに祈る。それが常識だ。
なんでこういう人気のない洞窟でもロウソクの火は消えないんだろう、とか考えつつ待っていると、祈り続けていたリゼの両手が緑色に輝き始めて驚いた。
「お、おい、リゼ! お前、手が……」
「これハ……」
リゼも驚いて目を丸めていたが、緑色の光はすぐに治まった。
「アスカ。お前ってリゼのステータスが見えるんだろ? 今ので何か変わったのか?」
「うーん……。料理スキルは別に変化ないみたいよ」
〈技能神〉の力で料理のスキルレベルを上げに来たのに、もしかして失敗しちまったのだろうか。リゼの表情も心なしか重く、暗い。
「リゼ。変わったって実感なくても、今日から練習すれば大丈夫だって!」
料理大会は明日だけど。絶望的だけど。
心に秘めたその本音を隠しきれず、顔が引きつってる気もするが、オレはリゼを全力で励ました。
しかし、心ここにあらずな呆然とした顔で、リゼは自分の両手を眺めたまま反応がない。
「おーい。聞いてるか……?」
「──えっ!? あ、すまない。ちょっと考え事シテタ。そうだ、練習ダナ! 今日は急いで帰ろう」
リゼは取って付けたような笑顔でそう答えた。
本当にどうかしたんだろうか。確かに両手が光ったら驚くだろうけども。そもそもあの光は何だったんだろう。
とはいえここで悩んでても仕方ない。引き返そうと出口の方へ向き直った瞬間、アスカとリゼが同時に動きを止めた。
「ちょっと待って、ガウル。今、誰か出口の方にいた気がするんだけど……」
「はぁ? またそれかよ……」
以前、オレの後をつけてたサアルにいち早く気付いていたアスカ。今回もまたそれか。
オレは走って祠の外に出て周囲を見回す。
「……見た限り、誰もいなさそうだけど?」
「ガウルも気付いノカ?」
リゼも慌てた様子でそう言った。そういえば忍者のリゼも周囲の気配を読むのが上手だったな。
「いや、気付いたのはアスカなんだ。でも、リゼも感じたなら本当に誰かいたのか……」
「さっき倒し損ねた魔人だったりして」
「アスカ。さっきの魔人だったら背後から不意討ちされてただろ」
「それもそっか」
魔人ではなかったのなら、じゃあ一体誰が……?
オレ達は周囲を警戒しつつ帰路についた。そして、結局何事もなくサアルの家に帰ってくることができた。
緑色の光や謎の人の気配も気になるが、今は直面してる大問題が優先だ。明日、リゼの料理で死んじゃわないだろうか……心配。
──翌日、王都の中心部にある闘技場にて、国王杯・手作り料理選手権が無事執り行われることとなった。
……いや、場内も観客席もパーティ装飾されて、並んだ机の上には豊富に食材も用意されてて、一見して立派な料理大会って感じがするけど、普段闘技場って闘牛とか人間同士の殺し合いとかしてる場所じゃなかったっけ。なんでこんなところが会場なのかな……
廃れ気味のイベントだとか聞いていたが、観客は思った以上に多い。たぶん英雄のオレを観に来ている人も多いのだろう。なんか見世物な気分だ。
「ガウルさーん!」
オレが緊張気味に審査員席の中央に座ろうとしたとき、シェルティが隣まで駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、シェルティ。まさかお前も審査員?」
「え、ええ。大学院からも審査員をひとり出さないといけないみたいで、運悪くクジを引き当ててしまったんです」
さらりと運悪く、とか言っちゃったよ。この子……
「儂も居るで」
とオレ達の背後から響いた声はオージンの声。鬼の姿ならば角がある辺りの側頭部をポリポリと掻いていた。
「オージンもかよ。一体どうして?」
「審査員を公募しとったけん、興味本位で応募したら当たってしもうての。ま、リゼをこの大会に誘ったんは儂じゃし、後悔はしとらんよ」
後悔するかしないかの話になってる時点で失礼だろ……。実際は生きるか死ぬかの問題なんだけど!
「……そして、俺もいる……」
気配も感じさせず、突然ヌッと現れたのはサアル。すでにこの世の終わりな葬式モード。
「この大会の審査員の大半は騎士なのだ……。まさか今年に限って俺が選ばれるとは……」
「いい加減にしろよ、どいつもこいつもリゼに失礼だろ!」
「ならばガウル。貴様だけでリゼの料理の審査をすればいい」
「断るっ! 全力で断固拒否っ!!」
自分が一番ヒドイ気もするが、これはゆずれない。死なば諸共だよ、みんな……
オレはサアル達がもめていると、横で笑いだすのはアスカだ。
「なーんだ。結局、いつものメンバーがそろったのね」
「アスカ。お前はホントに気楽そうでいいよな。見えないってうらやましい……」
「だって、神様だもの」
と、自慢げな笑顔でふぁさーと髪を搔きあげるアスカ。前にも見たが、もう無視無視。
こうして手作り料理大会は開幕した。リゼ以外の出場者は英雄のオレをもてなそうとしたのか、とても素人とは思えない豪勢でおいしい料理を作ってくれた。どれも甲乙つけがたいできばえだった。正直、この時点でもうレベルが違いすぎてリゼの優勝は無理そうだけど。
そして、一番最後にリゼが料理を運んできた。スパイシーな香りが場内を包む。
「最後の料理人は森使国出身のリゼさん。料理はナンスッド風カレーだ!」
と、アナウンスが流れた。なるほど、香りは完璧においしそうなカレーの匂いだ。
カレーをよそった皿をオレの前に置きながら、リゼは小さな声で言う。
「他の出場者の料理を見テ気付いタ。今のリゼの料理じゃ勝てナイ……」
つらそうなリゼの顔を見て、オレ達は言葉を失った。彼女らしくない弱気な顔だった。
しかし、オレ達の返事を待たず、リゼはすぐに微笑んだ。
「でも、今のリゼのできるかぎりの力で、みんなに笑顔にナッテ欲しいと気持ちを込めタ。それを食べてもらエルだけで、リゼ、嬉しいンダ」
その気持ちがぎこちない笑顔から痛いほど伝わってきた。
「リゼ……。オレに偉そうなことは言えないけど、その気持ちが料理で一番大事なスキルなんだと思うぜ」
「うん、わかった気がスル。これがリゼの第一歩。さァ、みんな! 召し上ガレッ!」
さっきまでリゼにヒドイ態度だったことを後悔しつつ、オレ達は笑顔を見せて一斉に彼女のカレーを口に運んだ。
──そして、思い知ることになる。どんなに感動的に話を持っていっても、変えることもごまかすこともできない『現実』ってあるんだなぁ……って。




