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stage,29 リゼ編① 毒を喰らわば皿まで

「──というワケで、掃除に来たゾ! ガウル!」


 ノックもせずに勢いよくオレの部屋の扉を開いて、リゼがいきなり宣言した。

 彼女は雑巾ぞうきんとバケツ、ホウキとちりとりを持っていて頭に三角巾と服はエプロン姿。いつものしの装束しょうぞくじゃないのは新鮮だが、なぜそこまでやる気満々なのかわからない。


「え……? 何が『というわけで』掃除なんだ?」


 椅子に座ってアスカと今日は何のクエストをこなすか相談してたオレは、驚きを通り越して呆然とリゼに尋ねた。

 オレの部屋の掃除なんか頼んだ覚えはないのだが……


「リゼ、将来のガウルの奥さんダ。だから、花嫁修業の一環いっかんで家事手伝いをしてみようと思ウ!」

「は、花嫁修業……」


 まだ言ってるのか、リゼの奴……

 森使国ナンスッドの偉い人に、お前は英雄と運命をともにするべきとか何とか言われたから、オレと結婚するつもりらしいが。たぶん『運命』の意味を間違えてる……


「いや、この部屋に来てまだ一週間くらいだから簡単な掃除だけで充分綺麗になるし、頼めば使用人がやってくれるだろ?」

「やりたいノダ! いいダロウ!?」


 グイグイと詰め寄ってくるリゼ。目力めぢからがすごい。ムダにすごい。


「で……でも、オージンの見張りもあるだろ?」

「オージン。今日はアリアと約束があって屋敷やしきカラ出ないそうダ!」


 アリアさんに『拘束こうそく』されて屋敷から『出られない』──が正解だと思うが。オージン、生きてるかなぁ……

 じゃなくて、今はそういう話じゃなかった。


「せっかくの休みならゆっくりしてればいいだろ?」

「ガウル、優しいんダナ。だけど、休みだからこそ花嫁修業ナンダ!」

「……引き下がってくれない……」


 ゲンナリと肩を落としていると横からアスカの声が届く。


「嫌ならいいってハッキリ断らないからよ。リゼって純粋に猪突猛進ちょとつもうしんするタイプだし」

「どんなタイプだよ……」


 オレの隣で半笑いしていたアスカは、なぜかベッドの下をのぞく。


「だけど、そこまで嫌がるって何か理由があるの? ベッドの下に何か隠してるとか──うーん、何もないわね」

「あるかっ! 何を疑いながら人の部屋を物色ぶっしょくしてるんだよ……お前は……」


 オレのプライバシーが、ほぼ完全に消滅してからもうかなり経ってしまった。慣れ始めてる自分が嫌だが、慣れないと死にたくなるのもまた事実。


「じゃあ、断る気がないなら掃除くらいやってもらえばいいじゃない」


 あっさりと正論を言われてしまっては反論もできないが、なぜだろう……すでに嫌な予感がしてたまらない。


「わかったよ……。じゃあ、リゼ。簡単でいいからよろしく頼むよ」

「承知!」


 リゼは意気揚々(いきようよう)と掃除道具を床に置くと、バケツの中から水で濡らした雑巾を絞りもせずに取り出し、ビチャリと床に置いて拭き掃除を始めようとした。


「待て待て! 床の拭き掃除は一番最後の方がいいだろ。それ以前に、雑巾を絞らないと床がびしょ濡れになって危ないだろ?」

「え……」

「え……って」


 今、知らなかったって顔したぞ! 本気で素の反応だったぞっ!?


「す、すまない。いさみ足ダッタ……」

「どう勇んだのだろう……」

「待っテロ。ギュッと絞るから安心してクレ!」


 と言いながらリゼが雑巾をギュッと絞ると、雑巾はブチィッと半分にちぎれた。


ねじ切った……だとっ!?」

「ちょっと力、入れすぎたみたいダ」

「いやいやいやっ! ちょっとやそっとで雑巾は捩切れたりしないからっ!」


 どんな握力してるの……この子。そもそも握力の問題なのかどうかすらもわからない次元だけど。

 そこへ、開けっ放しだった扉の向こうから、ひょこっとシェルティが顔をのぞかせた。


「お掃除されてるんですか?」

「ああ、そうなんだが……」


 部屋の中を見た瞬間、シェルティは壁の一点を指差して悲鳴をあげる。


「きゃあっ! ガウルさん、壁にゴキブリがっ!」

「え? ああ、大丈夫。俺も最初は驚いたけど、あれはただの壁のシ──」


 壁にあるのはただの()()。ぱっと見でゴキブリに見えてしまう形なので、近々壁紙を張り替えようかと思ってた。

 ──が、それをシェルティに伝える前に、俺の目の前を何かがビュンッと高速で通過し、ズドンと音を立てた。


「ミ……?」


 恐る恐る音がした方を見てみれば、壁のシミがあった場所にの方から垂直に突き立ったホウキがあった。

 って、なんでっ!? 石壁に木の柄のホウキが突き刺さるの!? どんな勢いで飛んでったの!? というか、ホントにゴキブリがいたとしてもやりすぎじゃない!?


「え、シミだったのか。すまナイ……、リゼもゴキブリに見えたから反射的に仕留しとめテしまっタ……」

「さすが、最高の攻撃力を誇る暗殺者系の職に就いてるだけあるわね」

「掃除に攻撃力って必要かなっ!?」


 のんきに解説してるアスカに勢いよくつっこんだ。リゼは突き刺さったホウキを引っこ抜き、シュンと落ち込んだ表情でオレを見つめる。


「本当にすまナイ……」

「だ、大丈夫。壁紙を張り替えようと思ってたし……だけど、やっぱり今日は掃除はいいよ……」


 こんなの、数分後に部屋が倒壊しそうだから無理っ!

 すると、リゼは涙目になった。


「そんなっ! 壁に穴を開けたノハ弁償スル。だから、お願いダ……」

「ガウル、リゼを泣かせちゃダメでしょ。女の子なんだから」

「オレが泣きたいわっ!」


 オレを困らせるためにいるのか、こいつらは。

 とにかく、リゼの意識を掃除から遠ざけないとマジで部屋が崩れる……


「家事なら他にもあるだろ? 裁縫とか洗濯とか」

「裁縫なら得意ダ!」


 パッと表情が明るくなるリゼ。よし、このまま話を裁縫の方へ持っていくか。

 でも、リゼが裁縫が得意だとは意外だった。得意と自負するだけあって、服とかぬいぐるみとかも縫えちゃうのだろうか。


「すごい自信満々だな。例えば、何を縫うのが得意なんだ?」

「傷口」

「え……何……?」

「傷口」


 ちっがーうっ! それ裁縫じゃねぇっ! 思わず二度聞きしちまったじゃねぇかーっ!


「麻酔ナシでもあまり痛くないと好評ダ。ガウルも今度ケガしたら縫ってやるゾ?」

「遠慮します! 回復魔法で我慢するから結構ですっ!」


 この子、怖い……。すでに何を修業したいのかわからない……

 アスカは横でヒィヒィ言いながら爆笑してて腹が立つ。

 すると、入り口に突っ立ったまま苦笑いしていたシェルティが「あのぅ……」と言いながらポケットから何かを取り出した。それは、ひし形の小さな青い石だった。


「でしたら、これを使って洗濯を試してみませんか?」

「洗濯? その青いのって石けんか?」

「いえ、これは『魔法石まほうせき』です」


 魔法石というのは、魔法をこめることができる不思議な石。

 こめた後で触れるだけで魔法の効果を表せる石で、光魔法や炎魔法をこめると部屋の照明などにも使える。水魔法で水流を操れば、井戸から自動で水をみ上げる水道をひくこともできる。

 もはやオレ達の生活にはなくてはならないアイテムだった。


「でも、魔法石で洗濯ってできるのか? そんな石があるなんて聞いたことないけど」

「これはさっき、()()()()()オージンさんがくれた物です。オージンさんが加工して作った試作品らしいですけど、水をためた水槽に洗濯物と一緒に入れると、うず巻く水流を起こして洗濯物をかき回して勝手に洗ってくれるんだとか」

「渦に放り込むだけで洗濯物って綺麗になるのか? 洗濯って洗濯板でゴシゴシこするものだろ?」


 洗濯って力作業のイメージしかないんだが。リゼにやらせると、さっきの雑巾みたいになりそう……


「綺麗になるわよ。洗剤は必要だけど、私達は機械を使って似たようなことしてるし」

「へぇ。アスカの世界にもあるのか。なら、試してみる価値はあるか」

「ホントにすごいですね、オージンさん。魔法石の細工さいくもできるなんて、簡単なことじゃないんですよ。しかも、あんなにやつれるまで没頭して……」


 いや、やつれた原因は違うと思うんだが。アリアさんから解放されたのかな。とにかく生きててくれ、オージン……


「とにかく、勝手にやってくれるならリゼでもできそうだな」

「ああ。やってみたいゾ!」

「じゃあ、わたくしもご一緒してやり方だけ教えますね」


 こうして、リゼはシェルティと一緒に行ってしまった。オレは廊下で手を振ってそれを見送ったあと、大きく息を吐く。


「ハァァ……ようやく落ち着いたぜ」

「何よ、ガウルも一緒に行けばいいのに」

「バカ言うなよ。リゼもリゼだけど、シェルティだってすぐに魔法を暴発させる怖い子なんだぞ? 触らぬ神にたたりなしだよ」

「ガウルって、男のくせに女の子のこと怖がりすぎよ」

「誰のせいだと思ってんだよっ!」


 オレの周りにいるのは触らなくても祟ってくる女達。オレに救いの未来は訪れないのかもしれない……





 ──そして、夕方。そろそろ夕食の時間ということで、オレは食堂にやって来た。

 そこにいたのはシェルティと、すでに人間の姿を維持することすらあきらめて、テーブルにしてグッタリしているオージン。


「オージンは……そっとしておいてやるか。シェルティ、洗濯はうまくいったのか?」

「はい。リゼさんったら張り切っちゃってサアルさんの洗濯物もしてあげてたみたいですよ。わたくしは用事があって途中で出かけちゃいましたけど」

「へぇ。ホントにやる気満々なんだな」


 しかし、そのリゼの姿がない。おかしいな、洗濯物は成功したと聞いても、嫌な予感が消えない……

 直後、廊下の方からズドドドと走ってくる足音が響く。そして、大きな音を立てて勢いよく開かれた扉の向こうから飛び込んで来たのはサアルだった。


「な、なんだよ、サアル。驚かせるなよ」

「なんだ……これは……」

「は?」


 サアルが脇に抱えていたのはベッド用の白いシーツ?

 血走った目で怒りに震えている様子のサアルは、それを勢いよく拡げた。


「これは何なのだーっ!」


 白いシーツには目立つ茶色いシミが付いていた。


「それ……お前、二十五歳にもなってオネショかよ」

「ち、違ぁーうっ! 騎士の勤めを終えて帰って来てみたら、俺の私服なども色がグチャグチャに……」

「それ、がら物と一緒に洗ったんじゃろ。洗剤も試作品じゃったけぇのぅ。強力にしすぎたんか、改良の余地があるのぅ……」


 テーブルに伏したまま顔を上げて答えるオージン。洗剤まで作れるの、この鬼さん。


「貴様のせいかっ!」

「待ってクレ! 悪いのはリゼなんダ!」


 怒りに任せてオージンに掴みかかろうとしたサアルを、さっきまでこの部屋にいなかったリゼがそれを止めた。いつの間に現れたのか、気配を全く感じなかった……


「洗ったのはリゼなのダ。色が移るナンテ知らなくて……」

「リゼ。お陰で着る服がなくなってしまったではないか……」

「サアル、いいじゃないか。リゼだって悪気があったわけじゃないんだし」


 オレが味方をするとリゼの表情が明るくなった。


「ありがとう、ガウル。今日はガウルにもサアルにも迷惑かけタ。だから、お詫びに夕食はリゼが腕を振るって作ってミタ! ぜひ、食べてクレ!」

「は……?」


 リゼの手料理? 確かに料理は家事の中で最重要項目かもしれないが、この流れで料理って……絶対に何かが起きる! 間違いないっ!

 第二部の途中ですが、リゼ編から1話(1stage)分の文字数を5千~6千文字だったものを3千~4千文字に変更させていただきます。

 話の大きな1セット(サブタイトルの区切り)の文字数は変わりませんので1セット⑤くらいだったものが⑧以上になるかと思います。ご了承ください。

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