stage,28 サアル編⑤
『謎の花』から一本のツタがオレ達のそばまで伸びてきて、ムチのようにしなって地面をバチンと打ち付ける。
「うおっ、いきなり攻撃かよ! あんなのに叩かれたら痛いじゃ済まないぞ!」
「迂闊に近寄るな! また来るぞ!」
今度は二本のツタがビチンバチンと、さらに続けて三本のツタでビチバチビッタンと地面を叩きまくる。だが、どれもあと少しでオレ達の体に届かない。
「ん……? 俺達が避けずとも当たらない攻撃ばかりだが、何をやりたいのだ、あいつは……」
「まさか、あいつ植物だけにあの場所から動けないんじゃないか? うわ、ダッセェ! 何しに出てきたんだよ、マジでウケる!」
どんなにツタを振るっても本体が動けないんじゃ意味がない。あとはここから遠距離攻撃で的にしちまえばオレ達の勝ちである。
やーいやーい!──とバカにして笑ってると、謎の花はツタで地面を押さえつけ始めた。あきらめて観念しちゃったか?
「あいつ、何をふんばっているのだ……?」
「ほっといてさっさと銃で仕留めちまえよ」
「ダメよ、ガウル! よそ見しないで!」
謎の花を無視してサアルを促してたオレは、アスカに言われて再び謎の花を見た。
すると、それはツタでふんばって自分の体を地面から引っこ抜くと、あらわになった複数の根を足がわりに立ち上がった。
すごい、立った! お花が立ったっ!?
「おい……何やら嫌な予感がするのだが……」
「うん……オレも……」
予感的中。謎の花は根をウネらせてオレ達に向かって突進してきた。その姿、海鮮市場で見かけたタコの如し!
「ぎゃあぁっ!」
ダサいとか言ってごめんなさい! 指差して笑ってごめんなさいっ!
パニクるオレをよそに、オレの体を操るアスカもサアルも謎の花の突進を辛くも避けた。
「何よ、あのタコみたいな花は! モンスター名が『未確認』になってるわよ!?」
「何ってオレも知らねぇよ! あんなのどんな本にも載ってなかったぞ!」
「いろいろなモンスターを討伐してきたつもりだが、俺もあいつは初めて見る……」
そろいもそろって困惑気味のオレ達。動けるのはいいがとにかく走り方がキモい。根っこがウネウネウネ……トラウマだ。
謎の花は猪突猛進でオレ達の間を通過したあと、方向転換もできずに頭からスッ転ぶ。
「ふむ。頭は直径五メートルはあろうかという巨大さだ。あれほど頭でっかちのせいでバランスがとれず、うまくは走れないようだな」
謎の花の動きを分析してサアルは冷静に銃を構えた。
「あれなら足を止めてしまえばどうということでもあるまい。そして、奴は植物! つまり──火炎弾装填! 爆ぜろ!」
炎の弾丸は謎の花の根に命中し、爆発して吹き飛ばした。なるほど。植物なら熱に弱いということか。
オレは適切な判断をするサアルに感心していたが、アスカはなぜか焦りだす。
「ちょっと待って! サアル、離れて!」
「アスカが叫んでも聞こえないだろ」
「だったら、早くガウルが伝えて! サアル、敵のツタの範囲に入っちゃってるわ!」
「え?」
オレがアスカと話してるうちに、シュルシュルと伸びたツタがサアルの体に巻き付いた。彼の体は軽々と持ち上げられて宙に浮く。
「うおおっ! しまっ──」
ツタに捕まったサアルは謎の花に引き寄せられていき、口らしき穴に頭から突っ込まれた。そして、そのまま足をジタバタさせながらズブズブと丸呑みにされていく……
なんか……すごいグロい光景を見た気がする。
「あ。〈ラプソディ〉使い忘れてたわ」
「アスカ。強い敵と戦うのが久しぶりだからってうっかりしすぎだぞ。サアルはよく戦ってくれた。足を奪っちまえばあのモンスターの脅威もなくなっただろうし、そろそろ本来の目的の種を採りに行こうぜ」
「そうね。そうしましょ」
と、オレが回れ右した瞬間、穴の中からズボッと顔を出すサアル。
「──ちょっと待てぃ! 何をあっさりあきらめているのだ、貴様!」
「なんだよ、生きてるのかよ……」
わりと平気そうで何よりだ。しかし、サアルは体中がベットリと濡れていた。
「おい、それ溶解液じゃないのか! お前、溶かされるぞ!」
「違う。これは……ただの『蜜』のようだ。口の中が激甘でキツい……」
「舐めるなっ!」
すると、サアルは謎の花の口からペッと吐き出されて地面に倒れた。
よほどマズかったのだろう。なんでもかんでも口に入れちゃダメだぞ、謎の花よ。
「くっ……、なんだかすごく屈辱的だ。何がしたかったのだ、あいつは……」
「確かに。なんで捕まえたんだ?」
「ちょっとちょっと! ガウル、周りを見てっ!」
またまた慌てるアスカ。見るまでもなくブーンという嫌な羽音がオレの耳に届いた。恐る恐る見てみると、こちらに向かって飛んでくるのは蜂の群れ。
「あれは殺人蜂モンスターのサンレッド・ビー!? まさか自分が動けないからって、蜂に襲わせるためにサアルに蜜を塗ったのか!」
「な、なんということだ!」
謎の花の蜜にはモンスターを引き寄せる効果があったのだろうか、大きさが人の頭ほどもある蜂の群れに襲われて助かる見込みなどない。
蜂に気をとられているうちに、謎の花がオレも捕まえようとツタを伸ばしていることに気付いたが、とっさに避けようとしても体が動かない。
「アスカ! 避けろ!」
「は? 何よ、どっちにっ! あっ……」
アスカの操作でオレの体はツタを避けることには成功したが、隣にいたサアルの体に激突して一緒に転んだ。おかげでオレの体まで蜜でベトベトに……
「どっちに避けてるんだよ……痛いし、臭っ! この蜜、臭っ!」
「うるさいわね。いきなり大声出されて驚いて操作間違えたの! ガウルが悪いんでしょ!」
「なんでオレのせいなんだよ!」
オレとアスカがもめていても、サアルはオレの体を受け止めたまま一向に離れない。
「サアルも、いつまでオレの体にくっついてるんだよ。早く離れろよ!」
「いや、動かないのだ! 体がっ!」
「えっ……」
気付けばオレ達の体の蜜はガチガチに固まっていて飴のようになっていた。
「ヤバッ、ガウルの体も動かせないわ!」
「おいおい! これって時間が経つと固まる蜜なのかよ!?」
そうこうしてるうちにも迫る蜂の群れ。どんなにもがいても蜜は砕ける様子はない。
「もう何よ、これ! レバガチャしてもダメ!」
むしろレバガチャが何よ、それ……って、つっこんでる場合じゃない。蜂の群れはもう目の前だ!
「嘘だろ、おい……」
「蜂め! 刺すなら俺だけを刺せ! 英雄を死なせるわけにはいかん!」
動かない体でもオレをかばうように、サアルはそう叫んだ。
その挑発を聞いたかのように、ひときわ大きい蜂がサアルに針を向けて迫ってきた。
「バカヤロ! サアルッ──」
サアルがやられる──と思った瞬間、「チウッ!」という聞き覚えのある鳴き声が響き、白い毛玉がサアルと蜂の間に飛び込んだ。
毛玉に体当たりされて墜落する蜂。毛玉の方もオレ達のそばに落ちて転がった。それを見たサアルの顔が俄に引きつる。
「なぜ、シロモフがここに!?」
転がった毛玉──シロモフは、相討ちで蜂に刺されたところから血を流し、真っ白な綺麗な毛を赤く染めていく。
「俺を、助けてくれたのか……?」
「チゥ……」
シロモフはサアルの無事を確認すると弱々しく鳴き、ゆっくり目を閉じてそのまま動かなくなった……
「シッ……シロモフーッ!」
響き渡るサアルの悲鳴。何、このコメントしづらい悲劇っ!
確かに、なぜシロモフがここにいるのかわからないが、気付けばクロマフとモコブチも来ていて必死に蜂の群れと交戦している。
「おのれ……よくもシロモフを……おのれぇっ!」
怒り狂ってバキバキと蜜の塊を砕いて立ち上がるサアル。すぐさま銃を構えると魔法弾ではない普通の弾を連射する。
しかも適当に連射しているわけではなく、一発一発が確実に蜂を仕留めている。なんという的確な射撃だろうか。
しかし、弾丸も無限ではない。とても蜂の群れを倒しきれない。
「……チッ、弾切れか。クロマフ、モコブチ! 連係して突進! かみ砕いてやれ!」
サアルの命令を聞いて、クロマフもモコブチも次々に蜂を倒していく。
モンスターを巧みに操り、戦闘を繰り広げる──まさか、これこそがオージンが言っていた魔物調教師か!
というか……オレ、さっきから実況ばっかりしてるけど蜜で固まったままなんだが。いつ助けてくれるのかな? もしかして忘れてる?
「ガウル。あんた、完全に忘れられてるわよ……」
「言わないで! 今、オレも気付いたから言わないでっ!」
オレのことはガン無視でクロマフとモコブチに攻撃を任せ、呪文を唱えていたサアルが焦点の定まっていない目で前を見据える……
「シロモフは……いつもそばにいてくれたのだ。父上が亡くなり、母上も忙しかったあの頃……独りの俺の心を癒やしてくれたのは……シロモフだったのだっ!」
「あいつ……。だからシロモフを溺愛してたのか……」
「そういえば、サアルのお父さんが亡くなったのは二十年前で、シロモフが生まれたのもその頃って言ってたわね……」
サアルのつらい境遇はよくわかった。わかったんだけど……重くね? ぬいぐるみのようなネズミにかける思いが重いわ。重すぎるわっ……
そして、やっぱりオレを無視してサアルはスッと天空を指差した。
「よくもシロモフを……許さぬ! 罪深き貴様らに黄金の鉄槌を下してくれるわ! フハハハッ!」
「ああ……もう完全にイッちゃってる……」
空には暗雲が立ちこめ、サアルの心と同じく荒ぶ。やがてそこには電光が集い、雷鳴がとどろくのを合図にして彼は大口を開いて宣言する。
「──〈ゴールディオン・パニッシャー〉!」
天空から打ち下ろされた黄金の雷が蜂も謎の花も全てをのみ込んで地面を貫いた。たぶん雷を落とす光魔法だろう。
あとには黒コゲになった謎の花の姿しか残されていなかった。大群の蜂達は跡形もなく消滅している。仲間扱いのクロマフ達は無事の様子。
にしても、やりすぎだ……鼓膜が破けるかと思ったぞ……
「シロモフ……なぜ、俺を……」
サアルは目に涙を浮かべて四つんばいになり、シロモフの亡骸にゆっくりと手を伸ばす。しかし、触る勇気が持てなかったのか、その手で地面を殴った。
「シロモフッ……くそっ、俺は守れなかった……」
なんとも痛ましい光景にオレもサアルにかけてやる言葉が見付からない。
「──ねぇ。シロモフ、たぶん生きてるわよ? だって、HP残ってるし」
「は?」
空気を読まずにあっけらかんと響くアスカの声。だが、オレもようやく気付いた。
「そうか、サアル! モンスターは死んだら黒い霧になって消滅するはずだろ? 亡骸なんか残らないんだよ!」
「じゃ、じゃあ……これは……」
改めてサアルがなでると、目を覚ましたシロモフがチウチウと鳴いた。
「シ、シロモフッ! 今、助けてやるからなっ!」
サアルは滝のようにドバドバと涙を流しながら、回復魔法でシロモフの治療を始めた。
よかったよかった……とは思うけど、ナンダコレな展開で閉口するしかない。
「ガウル。今回あなた、何もしてなくない?」
「あのな、アスカ。オレって旅立ってからこれまで何か英雄らしいことしたか……?」
オレはそこにいるだけで、活躍するのはいつも周りの誰かという。
英雄って、なんだろう。生きるって、なんだろう──そんな哲学に悩まされてるうちに、元気になったシロモフがオレの体の蜜をペロペロと舐め取ってくれたので、ようやくオレも動けるようになった。
「あ、サアル。さっきはありがとな。オレのことをかばってくれただろ?」
「いや、別にあれは……」
なぜか赤面するサアル。こいつ、マジでわかりやすい。
「お前って口ではオレに厳しいけど、やっぱり内心は違うんだな。ひょっとしてオージンのこともそうなのか?」
「それとこれとは話が違う!」
「でも、今朝ゲッソリしてたって言ってたよな? 嫌ってるわりによく見てるじゃないか」
「うっ……。そうだ。なぜシロモフ達がこんな所に?」
反論に困って話題を強引に変えやがった!? ま、いいか。オージンも気にしてなかったし、この話は終わりでも構わないだろう。
それにしても、確かにシロモフ達はどうやってここまで来たんだろうか?
「さあ? オレに聞かれても──」
「サアルちゃ~ん!」
オレの声に被さって遠くから響く呼び声。見れば、手を振り駆けてくるアリアさんの姿があった。
「母上!? なぜ、母上まで!」
「……あぁ、走ったら疲れたわ。ごめんね、昨日の夜にオージンちゃんから魔物調教師の話を聞いてたら、私もなりたくなっちゃって。シロモフちゃん達と練習しようとしたら、みんな逃げ出しちゃって……」
「なりたくなったんだ……」
犯人はアリアさんだったようだ。影響されやすい人だな……
「母上。一人で外出してはならないと、いつも言っているでしょう!」
「ごめんなさい、だけどシロモフちゃん達を放っておけなくて……」
アリアさんを叱っているサアルを苦笑しながら眺めていると、いきなりアスカが地面を指差した。
「ガウル、ダメッ! まだ謎の花生きてるわ!」
「えっ……」
黒コゲになりながらもまだ動いている謎の花。しまった、亡骸が残らないのはあいつも同じだったのに!
すると、直後にアリアさんの足元の地面が割れて根が飛び出し、彼女の体に巻き付いた。まだ動かせる根が残ってたのか!
「母上っ!」
「しまった! あのまま地面に引きずり込まれたらっ──」
アリアさんの命が危ない──と叫ぶ前に、謎の花は急に苦しみだしてウオオと吠えながら白い塵になって消滅した。
「あ、あれ?」
「母上、ご無事ですか。もしや母上が何かなされたのですか!」
「いいえ。いきなりビックリしちゃってそれどころじゃなかったわ。あ~、怖かった」
危機的状況だったのにアリアさんはニコニコ笑っていた。大物すぎてあなたの方が怖いです。アリアさん……
無事ならそれでよかったけれど、オレ達には疑問が残る。
「なぜ、奴は突然消えたのだ?」
「最期のあがきだったんじゃねぇの?」
「でもHPは残ってたわよ? アリアさんを捕まえた瞬間、一気になくなっちゃったけど」
「終始、よくわからねぇ奴だったな……」
見たことがない謎のモンスターのよくわからない最期に、オレもサアルも顔をしかめるしかなかった。
「ところで、シロモフちゃん達はどこ?」
「どこって、ここに三匹とも──っ!?」
シロモフ達がいなくなってることに言われてから気付いた。そして、ひまわり畑の方に目をやったサアルが凍り付く。
オレも遅れて見てみれば、そこには片っ端からひまわり畑を荒らすシロモフ達の姿が──
「うわあぁぁっ!!」
オレとサアルが頭を抱えて叫んだ。
サアルが何度も止めようと命令するが、シロモフ達はすでに言うことを聞かなかった。というわけで、オレは今一度この言葉を心に刻もうと思う。
……やっぱり、あいつらモンスターじゃん……
──それからしばらくの間、王都を震撼させた事件のニュース。
ひまわり畑に見たことがないまん丸なラットが出現し、盛大に荒らされて甚大な被害がでた。そこには偶然にも聖騎士と英雄も居合わせたが、その二人でさえ及ばぬ魔族級の脅威だった、と。
事実のようで真実とはほど遠いそのニュース。オレ、もう知~らないっ!
サアル編 窮鼠、猫を噛む
Clear!
リゼ編 毒を喰らわば皿まで
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