stage,27 サアル編④
――夕食後、オレは使用人に案内されて三階の部屋に通された。
白い壁紙に木目調のテーブルと椅子。あとはタンスとベッドがあるくらいで意外と質素な感じ。
と言っても、広いバルコニーからは庭と王都が見渡せるので、殺風景の森に囲まれていた故郷の村の家とは比べられないほど豪華ではある。
使用人を帰してからオレは部屋をウロウロしているアスカに伝える。
「ここをオレの部屋として使っていいってさ」
「夜景も見えて綺麗だし、いい部屋じゃない。入り口から遠いのが難点だけど。内装と家具をいじれば完璧ね」
「言っとくけど、お金はあんまりないから家具を買いそろえられるかはビミョーだぞ?」
「じゃあ、余計にいろんな依頼を達成しないとね!」
報酬目当てのアスカは満面に笑みを浮かべている。
ホントにアスカが思い浮かべてる英雄像がわかんない。厄介事引受人には、もういい加減に慣れてきたけれど……
「それよりサアルだよ。何なんだ、あいつの態度は……」
「まあ、サアルは真面目そうだから仕方ないんじゃないの?」
「だけど、オージンだって協力してくれてるん――」
オレが話し続けてる最中に突然、部屋の扉が開いてオージンが飛び込んで来た。
「すまんっ、ちぃっと匿うて!」
「は?」
オージンはそう言いながら勢いよく扉を閉めた。その彼、なぜかまた鬼人の姿に戻っている。
「なんでお前、また変身を解――」
「シッ! 黙らんかっ!」
言われるがまま口をつぐむと同時に、部屋の外の廊下から誰かの足音が聞こえた。
「……ちゃん……オージンちゃん、どこ行ったの~? 尻尾にブラッシングしてあげますわよ~? 出てらっしゃ~い。オージンちゃ~……」
近づいてきた声はそのまま遠ざかっていった。間違いなくアリアさんだ。そして、オレは全てを察した。
「またおさわりされたのか……」
「ホンマに勘弁してほしいわ……」
心なしかグッタリしているオージン。おもちゃにされる苦しみが痛いほどわかってしまう自分が悲しい。
「尻尾くらい、ブラッシングしてもらえばいいのに。抜かれるわけでもないんだしよ」
「いや、なんか本気で抜きそうじゃし。尻尾に触られるんはあまり気持ちのええもんでもないんじゃ。儂らの弱点みたいなもんじゃから」
「弱点みたいなものだって、簡単に教えていいのかよ……」
オージンが言ってることも、どこまでが真実なのかわからないが、警戒心が全くなさそうなのがかえって怖い。
「なして? まさか、ガウルまで儂の尻尾を狙うとるんっ!?」
「違うわっ!」
勢いよくシュバッと距離をとるオージンに、オレも勢いよくつっこんだ。警戒心を放つタイミングがおかしいだろ……
「お前も災難だな。それだけ無警戒でオレ達に全面協力してるのに、サアルは冷たい態度しかとらないしさ」
「何が?」
オレが間違ったことでも口走ったかのように眉間にシワを寄せるオージン。
なんか、話がかみ合ってない気がしてきた。
「だから、さっきお前は鬼だからって、それだけで突き放すようなことを言ってただろ?」
「それが? 儂、気にしとらんよ。じゃって、正真正銘の鬼じゃし、あれが当然の反応じゃろ?」
嫌そうな顔はしてたのに、意外と気にしてなかったみたいだ。こいつ……
「オージンはガウルが思ってたより大人だったみたいね」
と、ケロッとしてるオージンを見て笑うアスカ。
オレもオージンみたいにサアルをスルーできる心を持ちたい。あとついでにアスカもスルーしたい、全力で。
「むしろ儂にゃ、あんたらの方が心配じゃ。儂を信用しすぎじゃなかろうか?」
「自分で言うことかよ、それ……」
「なっはっは!」
わざとらしく大笑いするオージン。
相変わらずつかみどころのない奴だな、こいつ……と、オレが呆れてると、笑顔のオージンが急に真顔になった。
「――ま、サアルも苦労しとるみたいじゃしの」
「苦労って、どういうことだ?」
サアルは王国のエリート騎士。苦労とは無縁の男だとしか思えない。村から一歩も出られなかったオレよりは天と地ほども違う境遇だろう。
すると、オレが理解してないとでも思われたのか、一度大きく息をついてオージンは扉の前から移動し、椅子に座って語りだす。
「この国の歴史を調べとってわかったことなんじゃが、王国騎士の称号は世襲制での。一度、王家から功績を認められりゃ、何かあって剥奪されん限り、後世まで騎士を名乗れるんよ」
「へぇ。私達の世界でも騎士制度は国ごとで違うとは聞いたことあるけど、ここの騎士はそうなのねぇ」
「でも、それって騎士だらけになるんじゃないか?」
一代だけならともかく、ずっと騎士ならいつかはそうなりそうな気がする。『騎士』という肩書きの特別感が薄れるだろう。
「そう。じゃけぇ、騎士の中にも格差があるそうでな。王都内に家を持てるのは騎士の中でも上流騎士のみで、王国聖騎士団に入るともなれば、さらにそん中から一握りの騎士に絞られるらしいんよ」
「もしかして聖騎士の座を奪い合ってるってことかよ……」
オレの問いにオージンはゆっくりうなずいた。
王国の騎士は憧れの的――という話は聞いたことがあるけど、オレが思ってるより華やかな世界にいるわけでもないのか。
「このモンターニュ家の前当主――つまりサアルの父親さんは、今から二十年前に病死しとるらしい。サアルは五歳の時に当主を継いだようじゃが、五歳の当主が生き抜くには大変な世界だとは思わんか?」
「もしかして……、サアルが異常なまでに伝説の英雄に強く憧れてたのは、この家を守るためだったのか?」
名前だけなら王国でも有名な戦女神の英雄。英雄になればそれなりの権威が与えられる。オレがそうであるように。
英雄が生まれたとなれば騎士家の名が落ちぶれることもないだろう。
「まあ、モンターニュ家の場合はあのおふくろさんが、ああ見えて稀代の魔法使いらしくての。そっち方面で頑張って、この家の名誉はそこまで揺らいどらんがったらしいけど」
それでも母親に頼りきり、というのは許せなかったんだろう。あいつ、バカがつくほど真面目だし。
「サアルは未成年のうちに王国聖騎士団に入ったそうじゃ。それは歴史上でも稀有なことでな、真面目に厳格に自分を律せんとそうはいかん。そんな奴が儂を易々と信用するんは難しいんじゃないかの」
オージンはサアルのことを理解していたから、何をどう言われても平静だったのか。
「歴史があるんは国や文化だけじゃのーて、人にも鬼にも歴史がある。今、ここに二本足で立っとることができるんは、自分の歴史の上に立っとるってことじゃろ? ガウルもアスカも」
「……なるほど。だから、サアルには簡単に信用されなくても仕方がないって思ったのか。達観してるんだな、お前」
「儂は今、椅子の上に座っとるけどな!」
と、楽しそうに話を締めくくるオージン。感心して損した気分。
オヤジ臭いギャグにオレが呆れてた時、部屋の扉が再び開く。入って来たのはアリアさんだ。
「あっ、ここがガウルちゃんのお部屋だったのね。空き部屋かと思ってノックし忘れちゃったわ。それより、オージンちゃんを見なかっ――」
オレの顔を見て驚いていたアリアさんが、しゃべっている途中で椅子に座ったオージンに気付き、とろけそうになった頬を支えるようにして手を当てる。
「あらぁ……みぃ~つけた……」
「ひぃっ――」
――その後、幸せそうにオージンの尻尾を引っぱるアリアさんと、涙目で「あぁあ――っ」と絶望しながら廊下を引きずられていくオージンを、オレとアスカはしめやかに見送った。
……今夜はいい夢見ろよ、オージン……
――翌朝。
目を覚ますとシェルティもリゼもオージンも、すでに出かけていなくなっていた。
オレは食堂で朝食のトーストをかじりながら、近くの椅子にに座ってコーヒーを飲んでいるサアルに尋ねる。
「みんな早くに出かけたんだな」
「ああ、シェルティは大学院に、オージンは研究所に急ぎの用があったらしい。リゼはオージンの見張りだ」
「そうか。やっぱりみんな忙しいんだな」
「オージンはどうしたのだ? 今朝は何やらゲッソリして、まるで青鬼になったかのように肌が青ざめていたが……」
あからさまに思い当たる節はあるが、オレは「さあ?」と苦笑して流した。それよりもサアルには聞きたいことがあったのだ。
「ところで、昨日オレに言いかけてた頼みってなんだ? 重要なことか?」
昨日、ネズミ小屋から出た時にサアルに声をかけられていた。なんかやたら深刻そうな顔をしてたが……
「そうだ。ぜひ、このあと付き合ってもらいたいのだ……」
声を低くして、やはり深刻そうにそう言うサアル。
本当に急に何事だろうか。まさか機界人や他の魔族のことで何か問題が起こったのだろうか……
「それで、オレは何をすればいいんだ?」
「俺と一緒に……『ひまわりの種を採りに行こう』!!」
……ぼとり。と、オレはかじりかけのトーストをテーブルに落とした。一方のサアルは頭を抱えて悶絶している。
「ああ、俺としたことが! シロモフ達のエサが今日一日分しか残ってないのに昨日気付くとは! 何たる怠慢、管理不行き届き……」
「……おい……」
「というわけだ。さっさと朝食を済ませろ!」
「オレの意見も聞けっ!」
何なんだよ、こいつは。もっと重要な任務かと思ったらペットのエサ採りかよ。緊張して損した……
「他のみんなも来るのか?」
「頼んでみたが皆、今日は都合が悪いそうだ」
「あいつら……逃げやがったな、絶対……」
なぜサアルと二人きりでひまわりの種を採りに行かないといけないんだ。絵面がひどいだろ……
「まあ、いいじゃない。すぐ終わりそうなイベントだし」
アスカはいつも通り楽しそうに微笑んでいる。
「また他人事みたいにイベント扱いする……」
「サアルはサアルで苦労してるってオージンと話したばかりじゃない。仲良くなるいいチャンスでしょ?」
「サアルの事情はわかったけど、別に仲良くなりたいとも思わないんだが……」
だが結局、断りきれずにサアルと一緒にひまわりの種を採りに向かうことになってしまった。
――家を出て、王都の周囲を囲う防壁の東門にたどり着いたオレは、前を歩くサアルに尋ねる。
「どこに行く気だよ?」
「ひまわりの種を拾いに海に行くとでも思うか? ひまわり畑に決まっておるだろう」
「ひまわり畑なんかあるのかよ……」
男が二人で花畑におさんぽ。ヤダ、思った以上にひどい状況……
「王都はひまわり油が有名だと言わなかったか? ここから東に少し行った所に国営の農場があるのだ」
「国営の農場からもらうのかよ。まあ、お前ともなれば王様の許可も下りてるか」
「…………」
さすがは王様も認める騎士。と誉めるつもりだったのだが。なんか、サアルがわざとらしく目をそらしたぞ。今……
「……おい。まさかお前、誰の許可も得ずに種をもらってるんじゃないだろうな?」
「さあ、いこうかー。のうじょうはこのさきだー」
「棒読みで無視するなっ! 窃盗行為だろ。大丈夫なのかよ!」
国に対して窃盗って怖すぎるんだが。仮にもオレは英雄なのに……
「し、仕方ないであろう! まさかラットにあげるためにくださいと言えるわけもなく。ギガントひまわりは巨大だし、ちょっと拝借するくらいなら気付かれはしない!」
「そういう問題かよ……。なんだかすっごい嫌な予感……」
頭を抱えてるオレの隣でアスカは笑っていた。無責任でいいよな……アスカって。
――こうして、乗り気でないままオレはひまわり畑に到着した。何人か従業員らしき人にすれ違ったものの、「モンターニュ様、巡回お疲れ様です!」と一礼されるだけだった。
いつも巡回扱いとして乗り込んでるのかよ、サアルの奴……
そんなこんなで端が見えない広大な農場を進めば、地面に直に花を咲かせている巨大なひまわりだらけの一帯にたどり着いた。
「うわ……。花の形はひまわりそのものだけど、思ってたより大きいわね。直径五メートルはあるんじゃない? まるで花時計だわ」
「ああ。しかも地面に咲くのかよ……」
花時計って何だろう――と思う前に、オレも異様なひまわりに呆然としてしまう。
「花が巨大に進化した分、茎は退化したようだ」
「ひまわりってお日様を追いかけて花を回すからひまわりなんだろ。これじゃすでにひまわりじゃないじゃんか……」
「種がおいしければ問題ない!」
「そういう問題でもないだろ……」
ラットのことしか考えられないのか、こいつは。
「ほら、さっさと枯れかけの花から種を採るのだ。大丈夫、ここらの従業者は少ないからな」
「手慣れすぎだろ……」
呆れて手頃な花を探していると、オレは異変を感じて立ち止まる。
「……どうしたの? ガウル。急に立ち止まって」
「なんか……臭くないか? 古いトイレみたいな、嫌なニオイがするんだけど」
「ごめん、私はニオイはわからないわ。テレビの向こうだし、わかるわけないじゃない」
「ああ、はいはい……またそういう話かよ……」
またアスカの理解不能状況に頭を抱えていると、嫌なニオイはさらに強烈になった。
「うっ……。おい、サアル! 何だよ、この悪臭は! いつもこうなのか!?」
「なんだっ、この掃除をサボったトイレみたいなニオイは……。こんなことは初めてだぞ!?」
オレもサアルも鼻をつまむ。すると、一人平然としているアスカが前方を指差した。
「ねえ、ここってひまわり以外の花もあるのね。あれって確か……『ラフレシア』じゃない? すっごい臭いっていう花」
「は?」
前方にはギガントひまわりと同じくらい大きな花がある。その花びらは一枚が大きく、赤くて黄色い斑点があるが、綺麗というか腐りかけてる印象。中央には口のようにぱっくり開いた穴がある。
そして、花の周囲にはウネウネとうごめく無数のツタ。
「その……ラフレシアって花は、動くのか?」
「そんなわけないでしょ」
オレの問いかけに真顔で即答するアスカ。じゃあ、あれはもしかしたらもしかしなくても――
「ガウル! 気を付けろ、モンスターだっ!」
「デスヨネー……」
なんでこんな所で戦闘に……。でも、戦うしかないようだ。
オレとサアルは謎の花のモンスターに向けて武器を構えた。