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stage,23 プロローグ

 ――伝説の英雄。それは戦女神いくさめがみの力をその身に宿し、この世界を魔族の脅威から救った勇者。

 彼の活躍により平和となったこの世界。再び魔族の脅威が迫った時のために、彼が振るった剣はある一族の手によって守られることとなった。

 それから二千年。平和と繁栄を享受きょうじゅしていた人々は魔族の存在も忘れ、戦女神や英雄ですら、おとぎ話の中の人物となってしまっていた。

 しかし、確実に()()()は訪れる。『英雄剣』の存在が、まさにそれを告げているのだ――


 ()()()が来るまで剣を守れ――それがオレの故郷の(サーブルシュ)村の伝説。オレは信じていなかった歴史。だけど、魔族は実際に存在していて、戦女神もおとぎ話じゃなかった。

 オレの前に現れた戦女神――アスカは、オレに英雄剣を授け、オレを現代の英雄として見定めたのだ。

 そして、そのアスカは今、オレの隣で再び世界の平和を守るために……


「――あ~、楽しかった。まさかゲームの中で舞台演劇を見ることになるとは思ってなかったわ。シナリオはなんだか桃太郎に似てた気がしたけど、なかなかった演出だったわ~」

「…………」


 ……ア、アスカは今、四人の勇士が鬼を倒すという演劇を見てそんなこと言いながらも、心の奥では平和を守るために魔族を倒す策を練っているに違いない。

 アスカの隣には、捕らえることに成功した魔族の一種族、鬼人きじんのオージンがいる。彼の監視だって、今もこうしてオレとアスカが鋭い目を光らせていて、きっと彼は肩身の狭い思いの中で……


「ホンマじゃわ。二千年前はこんなん無かったけぇの。最後、鬼が成敗せいばいされたとこなんか、スカッとしたわ!」

「…………」


 色んな意味でオージンまでも目を光り輝かせていた――って、違う! 

 こいつら、オレが真面目にモノローグに浸ってる最中だってのに、何を楽しんじゃってるの!? 緊張感をください、どんぶりに大盛りつゆだくでっ!


「どうしたのよ、ガウル? さっきから無言で目をわらせて。トイレでも我慢してた?」

「違うわっ!」

「ほんなら、劇がつまらんかったん? ラストシーンとかカッコよかったが」

「さらに違うわっ! つーか、オージンも鬼なのに、鬼が成敗されて喜ぶなっ!」


 何なんだ、こいつらは。口を開けばボケしか出てこない。悪意すら感じる。

 そんなボケにつっこむオレの気持ちを知れよ……


「あのなぁ……オレは、なんでアスカとオージンと三人で平和にのんきに舞台演劇なんか見てんだろうって自問自答してただけだよ!」

わしが王立魔導研究所の人から演劇のチケットを二枚、もろうたけんじゃろ? したら、アスカが見たいうて一緒に来たん、もう忘れとんの?」

「そうじゃなくてぇ……。二人共、緊張感って知らないの?」


 仮にも戦女神であるはずのアスカはいつもマイペース。一方、人間の敵であるはずの鬼人のオージンは、今は魔法で人間に化けてて興奮気味に人間の街を観光中。

 とても機界人きかいじんが復活を果たして、世界が空前の危機にさらされてる状況だとは思えない。


「演劇を見るのに緊張感って必要? ドキドキ感は必要だけど」

「ボケ倒すのもいい加減にしろ! オージンも機界人を完全に封印できてないなら、こんな所で油売ってて平気なのかよ!」

「そう焦らんでも。捕縛魔法を定期的にかけ直しょうりゃあ、まず勝手に解けることはない。仮に、悪意ある誰かが外から強引に魔法を解こうとしても、安全に魔法を解除できるんは儂だけ。失敗すりゃあ、ブービートラップに引っかかって自滅するで」


 機界人をあっという間に石の塊に変えてしまったあの魔法。捕縛魔法と呼ぶらしいが原理はオレにはさっぱりわかんない。

 しかし、そんな罠を仕掛けてたのか。鬼だな、こいつ。いや、鬼なんだけど。


「ま、生きとし生けるもの全ての敵である機界人を、わざわざ野放しにしようなんぞ誰も考えんじゃろうけどな。ただ、儂が死ぬりゃあ勝手に魔法が解けちまうけん。気ぃ付けんさいよ」


 そう言ってヘラヘラと笑うオージン。

 本当に何を考えているのかわからない男だ。鬼人のくせにオレ達に危害を加える様子もなく、今のところ機界人の再封印をできるのは彼だけなので、死なせるわけにもいかないからずっと誰かがそばにいる。そうしてるうちに、すっかりオレ達の仲間みたいになってしまった。

 いくら友好的といえど、簡単に信用してもいいものなのか悩むところだが……


「だから、オレやリゼが交代でお前を監視しつつ護衛してるんだろ」

「ホント、大変な立場よね。オージンって」


 オージンを疑わずに信用してる様子でアスカが明るく言い切った。

 いや、オレも大変だぞ。むしろ一番大変だぞ……


「アスカ。お前はなんでもかんでも他人事ひとごと扱いしすぎなんだよ」

「他人事だなんて思ってないわよ。他人事でゲームしても楽しくないじゃん」

「楽しむ前提なのが問題なんだよ……」


 アスカいわく、オレ達の世界は『エンター・クロス・ファンタジー』というゲームの世界らしい。

 アスカの世界とオレ達の世界は別次元にある。それは事実なのだろうと、オレも最近は受け入れつつある。

 だけど、オレ達の世界がゲームの世界というのは、なかなか受け入れがたいものがある。ゲームって要するに遊びや娯楽ごらくのことだろうし。そう、今見た舞台演劇のような娯楽だ。


 今、オレ達がいる王都の大劇場の客席には、公演が終わってもなお多くの観客が残っている。アスカの言うことを丸っきり信じると、オレやここにいる全員がアスカを楽しませるための娯楽ゲームの中の作り物ってこと――やっぱり、そんな風には思えない。


「すごい人の数ね。もう公演は終わったのに、みんな楽しそうに話してるわ」

「今日最後の公演じゃけ。客席から急いで出されることもないけんじゃろうな。でも、どうかしたんか? そんな珍しいんか?」

「ううん。そうじゃなくて、この人達にも性格があって生活もあって、みんな生きてるんだなぁと考えると、なんかすごいことだなって感じたのよ」


 そう言ってアスカはもう一度笑う。

 当の彼女はオレ達が作り物だなんて思っていないようで、生きた人間として接してくれるようになった。でも、それで逆にオレは困ってしまった。

 ゲームで遊ぼうとしてるのか、オレ達と真剣に交流しようとしてるのか、アスカの心がわからない。

 そりゃあ、オレ達が生きてるって思ってくれる方がいいに決まってるんだけど……


「制作費、どれくらいなのかしら。このゲーム……」


 ほらまたそんな余計なこと言っちゃうし。結局、アスカはどうしたいんだ?

 ああ、わからないわからない……


「そういえば、そもそもゲームしてるってどんな状況なんだ?」

「どんな状況って?」

「前に、ボタンでオレを操作してるみたいなこと言ってただろ? でも、お前ボタンらしきものを持ってないじゃないか」

「ああ。今、どういう状況でガウル達のこと見てるかってことね。そんなの普通よ。テレビにゲーム機を繋いでソフトを入れてコントローラーを握ってて、テレビに映ってるガウル達に向かってマイクに話しかけてるだけよ」

「…………」


 謎単語多すぎる。()()()とか、()()()とか言われてもわかるかっ!


「で、コントローラーのボタンで今はこの体を動かしてるの。モーションを選んで……こうやって手をあげたり、ガウルの頭をなでてみたり!」

「…………」


 アスカが楽しそうにオレの頭をくしゃくしゃとなでる。なんかもうわけがわからず、なでられた場所から魂が抜けそうだ……


「アスカ。ガウルの奴、理解できずに気絶しそうになっとるぞ」

「えー。これ以上わかりやすく説明できないわよ。そもそもガウル達の世界にテレビゲームがないんじゃあ、想像もできないでしょ?」


 いや、テレビなるものも知りませんが。

 アスカのことを知ろうにも、この通り一歩目から理解不能におちいって出鼻をくじかれる毎日。


「儂も理解しきれとるわけじゃねぇけど、アスカは演劇を見とる感じなんじゃろうかの」

「え?」


 首をかしげるオレに微笑みかけ、オージンはさっきまで劇が上演されていた舞台の方を見る。


「儂らが舞台役者。アスカは観客、兼監督ってところじゃろうか。儂らと一緒に舞台に立ちながら口を挟んでシナリオ通りに、あるいはシナリオを変えて演劇を進める進行役みたいな、そんなんじゃないんかの」

「そうそう。そういう感じよ!」

「そういや前にアスカが、映画見てる感じでどうこう文句言ってたな。テレビって映画のことか」

「むしろ映画は知っててテレビは知らないのね」


 苦笑いしてるアスカ。なんか田舎者だってバカにされてる感じがしたぞ。


「映画ってのは、今見た舞台演劇を光魔法で録画して、別の場所で投影して見るものだよ。故郷の村にもよく映画投影士プロジェクターって魔法使いが来てくれて、オレ達に映画を見せてくれてたんだから知ってて当然だろ」

「プロジェクターって機械じゃないんだ。何それ、すっごいファンタジーしてる!」


 なぜか感動してるアスカ。テレビゲームというのはそれを超える魔法みたいなものだろう。異世界に干渉してるんだし。なんで映画魔法なんかに驚いてんだ?

 ともかく、アスカの言うことは完全にオレの理解の範疇はんちゅうを超えている。これはもう今まで通りオレはオレの人生を生き、未だゲームとして満喫中のアスカにちょっかいを出されても、英雄なんだから仕方がないとあきらめるしかない。

 現実逃避――ああ、なんてステキな言葉の響き。


「まあ、自分の人生に他人の進行役がるんは、あまり気持ちのええもんじゃないんじゃけどな」

「そうっ! それだよ。全くその通り!」


 あきらめようと思ったばかりだが前言撤回。オージンの意見に同意してブンブンと首を縦に振りまくっていると、アスカの殺気が横から突き刺さる。


「へぇ、ガウルもオージンもそんなこと言うんだぁ?」

「なんだよ……、その天使のような悪魔の微笑みは……」


 優しい笑顔から漏れ出す殺気。女性恐怖症のオレが気付かないとでも思ったか!

 オージンもそれを察したのか、目を泳がせる。


「ま……まあ、ガウルはこの舞台の主演の英雄なんじゃし、アスカのうことはちゃんと聞きんさい」

「何をいきなり裏切ってるんだよ!」

「いやぁ、アスカは怒らせん方がええと思うんよ……」


 完全にそっぽを向いて苦笑するオージン。何かされるって気付いてるな、こいつ……

 オージンを問い詰めようとすると、アスカに肩を叩かれる。振り向けば、未だ微笑んでるアスカが優しく言う。


「ねぇ、ガウル。今度、英雄剣抜いた瞬間に装備をはずしてあげよっか?」

「装備をはずす? って、どういうことだよ?」

「一瞬で素っ裸になるじゃろな」

「……は?」


 一瞬で服を脱がされるってどういう状況だ?

 いや、待てよ。アスカの奴、前に一瞬でドレスから今の服に着替えたな。ということは、裸になるのも一瞬で――


「ちょっと待てぃ! おかしいだろ、なんだよそれ! 人を勝手に裸にできるって、もはや犯罪だろ!」

「装備をはずしたら裸になるゲームって、別に珍しくないわよ?」

「珍しい珍しくないって話をしたいんじゃねぇっての!」

「大丈夫よ、そこまで焦らないでも。パンツまでは脱がせられないから」

「当然だ! むしろパンツ以外は脱がせられる状況が大丈夫じゃねぇんだよ! 何の権限でそんなことできるんだよっ!」


 オレの問いにアスカは、長い黒髪を軽やかにふぁさーっと掻き上げながら爽やかに答える。


「だって私。神様だもの」

「…………」


 そうか。オレは戦女神の英雄なんだから仕方ない、やっぱりあきらめよう。アスカがそうしろと言うのだから、それは神様の言う通り、あのねのね――って、違う!

 なんか一瞬丸め込められそうになったけど、そうじゃないだろ。おかしいだろっ!


「……何よ、その異論反論がありそうな顔は」

「いや、お前。異世界の普通の女だって、もう正体バレてるから……。とにかく裸にするのだけはやめてくれ……」


 英雄が公然わいせつで逮捕なんてシャレにもならんだろうに。


「じゃあ、寝てる時にこっそり脱がすわ」

「やめいっ!」


 なんでそこまでオレを脱がそうとしてるの、この子。そのやる気は何……?


「なんじゃい、ガウル。別に裸くらい見られても減るもんじゃあるまいし、儂なんか全然気にせんぞ?」

「オージンは初めて会った時にほとんど全裸だったから今さらだろ。お前と一緒にしないでくれよ……」

「ま、アスカみたいな〈操作人プレイヤー〉にとっちゃあ、儂らは着せ替え人形みたいなもんじゃけ。さっさと割り切っとった方が気が楽じゃで?」


 故郷の村で一番の勝ち気な女の子が大事にしていたお人形さんを思い出した。乱暴に扱われてたのかひどくボロボロだったけど、まさかあれが明日は我が身だったとは……


「そういえばさ。オージンにも()()()()()人がいたのよね? どんな人だったの?」

「そ、その話はええじゃろ……」


 アスカの素朴な質問にオージンがうろたえる。いつも飄々(ひょうひょう)としてても芯は落ち着いてる彼が、あからさまに焦っている。


「どうしたんだ?」

「二千年も昔の話じゃけ。忘れっしもうたわ」

「いや、それだったらアスカより色々と詳しいのはおかしいだろ……」


 オージンはアスカも知らないようなことをよく知っている。たぶん、前に一緒だった人に教えてもらったんだろうけど、その人のことを二千年前だから忘れてるなら、他のことだって何もかも忘れているはずだ。


「さて。ほんなら、そろそろ帰ろうかの」


 と逃げるように立ち上がるオージン。オレ達も慌ててそれに続く。


「おい、待てって。はぐらかす気かよ!」

「今は機界人をどうするかでせわしいんじゃ。今日もこれから王立図書館に行って調べもんの続きせんといけんけん。んでも、腹減ったのぅ。なんかおごってくれん? 英雄殿」

「ったく、お前は……」


 オージンのマイペースっぷりにもあきれる。アスカと同じく危機感が足りない……

 いつも軽薄そうにヘラヘラしてるくせに、黙ってることは簡単に聞き出せそうにない。そういうところは強情そうなオージンである。


「――ダメね。オージンとは『コミュレベル』が低すぎて、今はまだ親密な話を聞いても、はぐらかされて終わりそうよ」

「コミュレベルって……信頼度とかの数値だっけ」


 オレを取り巻く環境は、なんでもかんでも数値化されてるらしく、アスカはそれが見えてるらしい。

 んでも、信頼度まで数字にできるってどういうことなのか。これも理解の範疇にない。


「コミュレベルってオレとアスカだけじゃなくて、オージン達にもあるのか?」

「ええ。私はガウルとだけだけど、ガウルは他のみんなともあるわよ」

「というか、あって当然か。人と付き合ってりゃ仲良くなったり嫌われたり、何かしら関係性は生まれるもんな。数値化されてるってのがおかしいだけで……」


 ああ……。謎の数値に縛られない普通の暮らしに戻りたい……


「ガウルはオージンだけじゃなくて、シェルティ達ともコミュレベルがまだ低いわね。信頼度が上がれば話に進展があるかもしれないし、今はみんなと仲良くなりましょ!」

「…………」


 オレの人間関係で遊ばれてる……。みんなと仲良くなることに異論はないけど、話を進めるために仲良くなれなんて、なんかやるせないこの気持ち。


「何よ、不満そうな顔して……脱がすわよ?」

「なんじゃ、儂と仲良くなりたいんか。じゃあ、うんと高めの料理をおごってくれるんじゃな!」


 理不尽な脅迫をしてくるアスカと、話を聞いてたのか笑顔で理不尽な要求をしてくるオージン。

 悪魔と鬼がいる。まごうことなき絶望を振りまく存在がここにっ!


「お前ら……オレが何をした……。くそ、こんなの悪夢以外の何ものでもないじゃないか……」


 オレはガックリと肩を落として、ニコニコ笑顔のアスカとオージンとともに劇場を出ていくのであった……




 ――機界人のことは進展なさそうだし、鬼人とは別の魔族、魔人まじんの方もさっぱり音沙汰なし。当面の目標は『仲間達と親密になろう!』ってか?

 だけど、オージンにシェルティにリゼとサアル。それに何よりアスカ。こんなクセ者ぞろいの仲間達と信頼しあえる未来は来るのだろうか?

 たぶん、オレが人間不信におちいる方が早いと思うよ……うん。きっとそう。

サアル編 窮鼠きゅうそ、猫を

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