stage,22 『キジンの復活』編 エピローグ
――ヴァシティガの洞窟での一波乱後、王都に戻って数日が経った。
王城内にある庭園をオレはアスカと歩いていた。小川が流れ、水車が回り、小さな池には鯉が泳いでいる。小高い木には名もわからぬ赤い花。この故郷を思い起こさせる落ち着いた空間に、今はオレ達以外には誰もいない。
「なぜ、ヨーロッパ風の城の中に日本風庭園……」
と、アスカは何やら困惑しているが、無視無視。
「ねぇ、オージンの方は何か進展があったの?」
「いや、まだ何も」
オレは鯉にエサをあげながら首を振った。
オージンは王都に着いてから、すぐに封印の首飾りを作り直そうと試みているようだが、現代は二千年前よりも技術力が低下しているようで頭を抱えていた。
材料も揃わず、今すぐに機界人を封印し直すことは不可能と判断して、機界人を捕縛している石は王都で厳重に保管されることとなった。
「オージンって鬼人のくせに魔王のこと知らないのよね?」
「ああ。魔王・ウラって奴なんか知らないってさ。そもそも魔王がキジンって言われても、鬼人なのか機界人なのかわからないんだろ?」
「うーん、魔王のことはわからずじまいなのね。まさか、いないとか?」
「オレ的にはそれでいいぞ」
「ゲーム的にはどうなのよ……それ。魔人の目的もよくわからないままだし」
「ああ、シューレイド以来、最近見てないな。出てこないならいいだろ、それも」
「いや、それもどうなのよ……」
なぜ、困難を望むのだろうか。アスカの奴。平和が一番だろうに……
「リゼは今、どうしてるの?」
「サアルに頼まれて相変わらずオージンの監視してるよ。悪さしないようにな」
「悪さどころか、二千年ぶりの世界にウキウキしてたじゃない。そういえばオージンって緑色の着物を着てたわね。あれも何故か和服だったけど嬉しそうに着てたし」
数ある色の中で「緑は癒しの色じゃ! 他の色の服なんてあり得ん!」って、なんかこだわって緑を選んだらしい。ヒーラーとしてのポリシーなのだろうか……?
「ワフク? リゼが選んだから森使国の民族衣装の着物にしたみたいだぜ。色はともかく、王都でも売ってるもんなんだな」
「謎の流通システム。ゲームでよくあることだわ。でも、武器に笑っちゃったわよ。鬼に警棒ってなんかのジョークかと」
「ケーボー? ああ、『警棒』のことか。あれ一応、長杖と同じで魔力強化用の武器の分類だから、ちゃんと魔力も増えるんだぜ? 先もとがってないからそれにしたってさ」
まあ、オージンなら自前の牙でかみ付いたり、角で頭突きしたり、尻尾でビンタした方が強そうだけど。
「それよりも笑えたっていえば、オージンとサアルだろ?」
「ああ! オージンが髪を整えて無精ヒゲも剃ったらサアルより若く見えた問題ね。サアル、号泣してて笑ったわ」
今もオージンは人間に化けている。ボサボサだった髪もさっぱり切り揃え、ヒゲを全て剃るとあら不思議。若いイケメンになったオージン。
ただし、しゃべるとあの調子だから『しゃべらなければ』が頭に付くイケメンだけど。
「オージンは三十五歳だったんだぜ。二十五歳のサアルがそれより老けて見えるとか、泣くだろ」
「あの二人は年齢設定入れ替えた方がいいわよ」
鬼人は不老不死ではなかったが、人間よりは長生きで成長や老化が遅いことが人間より若く見える原因らしい。人間に化けてるからなおさら若く見えるとのこと。
ちなみに不老不死なのは機界人の方らしい。どこかで混同されたのだろうか?
「で、そのサアルは騎士の仕事で忙しいんだっけ?」
「ああ。サアルだけじゃない、歴史の彼方に忘れ去られてた機界人とか出てきたから、城全体が慌ただしい感じだな」
「シェルティは?」
「今後どうするか決まるまでオレ達は王都に滞在することになっただろう? その間、王都の魔導大学院に通わせてもらうんだってさ。色々勉強になるらしいぜ」
「皆、それぞれ大変そうねぇ」
と、つぶやいてからアスカはオレを見てニヤニヤと笑う。
「でも、ガウルは暇そうね。せっかく王様からこうして自由に城を歩き回れる身分をもらえたのに」
「うっ……。これでも一応、王都の人達の厄介事を引き受けて解決してるんだよ! 英雄のやることじゃないけど……」
この前、王様から英雄としての特権と最上級の軍服をもらったのだが、なんだか馬子にも衣装という感じ。この軍服が鮮やかな赤色なのはアスカが選んだせいである。
赤色なんて目立つだろってつっこんだが、アスカいわく『リーダーは赤』らしい。何のこっちゃ。
まあ、村から着てきた麻服よりは英雄らしい見た目になれた気がする。見た目だけで中身は厄介事引受人なんだけども。
「まあ、今はこうしてても色々めまぐるしく回ってるし、いつまでこうしていられるか……」
「でもさ、こうして二人きりでのんびり話すのも久し振りというか、初めてに近いわね」
「アスカのことがよくわからんうちにシェルティと出会ったし、あれよあれよと言う間にここまで来ちゃったしな」
アスカと出会ってオレの人生は一変した。ここに今こうしていることも、ほんの少し前まで全く想像もしていなかったことだ。
まだそんなに多くない思い出を浮かべていると、ふとオレはアスカに聞いてみたいことを思い出した。
「――この世界はアスカからしてみたらゲームなんだろ? ExPだっけ?」
「そうだけど、どうして?」
アスカは困り顔。たぶんゲームだと言われることを嫌っていたオレから、こういう質問をしたせいだろう。
「聞きたかったことを聞きそびれてたんだよ。ゲームだから世界観が選べるんだろ? だったら、なんでギャグファンタジーなんか選んだんだ? 女なら恋愛とか選びそうなもんだけど」
「女なら恋愛って認識はどうかと思うけど……」
そう言ったあと、なぜか押し黙るアスカ。なんか変なこと聞いたのだろうか。
オレも何を続けて言おうかと迷っているうちに、アスカが再び口を開く。
「今さらちょっと言いにくいんだけど……」
「ん? なんだよ、珍しくしおらしいな」
「珍しく、とか言わないでよ。私、実はゲームは好きなんだけど……」
「好きなんだけど?」
しどろもどろなアスカにオレはオウム返しする。こんなアスカは初めて見るぞ。
「私、ゲーム……すっごく下手なの!」
「……は……?」
ん? つまりどういうこと?
打ち明けられた秘密にオレの思考が停止する。いやだってそれ――
「それ、知ってたぞ。初めて会った日に木に突撃していった時から知ってた」
「えっ、やっぱりバレてた?」
むしろ隠そうとしてたのかっていう……
「いや、それでどうしてギャグファンタジーを選ぶことに繋がるんだよ? 質問に遠回りで答えようとするのは女の悪いところだぞ」
「それ、男か女か関係あるの……じゃなくて、私、お兄ちゃんが二人いるんだけど、子供の頃は私がゲームが下手なことをグチグチ言われてて嫌だったのよ」
アスカって兄二人の末っ子長女だったのか。って、まだ遠回りしてて理由がよくわからん。
「大学に進学してひとり暮らし始めて、これでのびのびと遊べると思ってこのゲームを買ったんだけど、ゲームの主人公にまでグチグチ言われだしたらどうしようかと思って、主人公が笑って許してくれそうなジャンルを……」
「それでギャグ選んだのかよ!」
「だって、お笑いの人って寛容そうでしょ?」
「誰がお笑いの人だっ!」
「結論、私にトラウマを植え付けたお兄ちゃんのせい」
「人のせいにしてごまかすなっ!」
知りたくなかったこの事実。アスカの兄貴の陰謀でオレは英雄じゃなくて芸人を目指すのか。もうやだ、こんなの……タスケテ。
ケロリとしてるアスカがまた残酷である。
「でもさ、ギャグファンタジーを選んでよかったわ。ガウルに出会えたんだもの」
「え……」
一瞬、ドキリとした。恋に高鳴る胸というよりは、今後もいいように扱われる恐怖に震える胸……というたとえの方が正確。
「オレ、アスカの言いなりだもんな……」
「違うわよ。ガウル、言ってくれたでしょ。『会えなくなるなら死ぬのと同じ、殺されるのと同じ』だって。それってさ、『こうして会えるなら生きてるのと同じ、話して笑い合えるなら存在してるのと同じ』ってことよね」
「ん? うーん、そうだと思うけど、何が言いたいんだ?」
「ガウルはゲームの中の人だけど、生きてるのと同じなのかなって。そう思うようになったってことよ。そう思うと、より一層ガウルとこうしていられることが嬉しく思えたわ。これからも続く旅がどうなるのか、子供の頃みたいにワクワクしてるのよ」
アスカは微笑み、オレを眺めている。初めて会った時から見せているその微笑みは、今ではさらに優しく輝いているように見えた。
「『ゲームは楽しさを体験させてくれるもの』。それは絶対に譲れない要素だと思うの。これ以上の楽しい体験はないと思ったのよ。だから、それを教えてくれたガウルに会えてよかったわ」
ここがゲームの世界という自覚はないが、オレの世界からはアスカは遠い存在だ。目の前にいるけど、きっと手を伸ばしても届かない。だけど、そんなアスカと出会えて今こうしてるのも『キセキの力』のひとつなのだろうか。
何はどうあれ、オレだって今こうしていられることを素直に嬉しいと思う。あまりにゲームだゲームだと言われるのも嫌だけど、以前ほど嫌な気分にならないのは、アスカという遠い世界の人間の存在を受け入れたからだろう。
戦女神とかいうおぼろげなものではなく、アスカという人間がちゃんとそばにいる――と。
「何よ、なんか笑ってない?」
「いや、最初はオレを作られた物語の住人だとしか思ってなかったのになぁって思ってさ。オレも出世したもんだぜ。でも、これもツンデレって言うのか?」
「はぁ? 言わないわよ。バーカ」
「バカはひどいだろ、おいっ!」
庭園内を笑いながら逃げ回るアスカを追い回す。端から見れば独り鬼ごっこだけど、オレは追いかけ続けた。
「あ、クエスト依頼きたわよ」
「うあっ、いきなり止まるな! というか、その困った人を離れた場所から検索できる能力、便利だよな」
近くで新たな依頼が生まれると依頼者と依頼内容を教えてくれるらしい。サンブセロンの時も教えてくれてたのだろうか。アスカがその機能に気付いてなかっただけな気もする。
「街の薬屋さんから、薬草が生えてる洞窟にブラック・ラットが大量発生して困ってるって。でも、ブラック・ラットって何?」
「村の近くにホワイト・ラットっていただろ。あれの黒い奴。ちょっと気性が荒いくらいで強さは大差ないよ」
「ああ、あの大っきいハムスターね」
「モンスターな。でもまあ、ラットくらいならオレひとりでも大丈夫だろ。いこうぜ、アスカ!」
「うん、いきましょ!」
オレの誘いにアスカは笑顔でうなずき、そして、オレ達は駆けだした。
――その薬草の洞窟にて。
「どっわああぁっ!!」
オレは悲鳴をあげながら全速力で走る。後ろから迫るは黒いもふもふな津波。
「すごいラットの数。これ、勝てるの?」
「勝てないから英雄剣も抜かずに逃げてるんだよ!」
最初は十匹ほどだったラット。なぜか息を合わせたように仲間を呼び寄せて十匹が二十匹に、二十匹が四十匹に。今では何匹になっているのやら……
後ろから津波のごとく押し寄せてきている黒いもふもふの正体は、そのラット達である。
全然出口が見えない暗い洞窟の中、ズルッと足を滑らせたオレはずっこける。
「あ……死ぬかも」
起き上がる前に直感した。あのもふもふにのまれてオレは死ぬのだと。って、そんな死に方やだーっ!
だが、その直後だった。
「――輝煌弾装填! 瞬け!」
聞き覚えのある声が響くと同時に、目潰しの閃光弾が炸裂してラット達は目を回す。オレも巻き添えをくらって目を焼かれる。
「目がっ、目がぁーっ!」
「何やっとんじゃ。ほれ、回復!――〈ファスト・ヒーリング〉!」
目を押さえてのたうち回ったあと、回復魔法で視界を取り戻すと、そこにいたのはサアルとオージン。そして、なぜか爆笑してるアスカ。
「サアル! 何するんだよ、お前!」
「貴様、助けてやったのにその言い種はなんだ!」
「巻き添えにされて助かってねぇっての! そもそもなんで二人がここに!?」
「偶然リゼと儂があんたらを見かけて、なんか胸騒ぎがしての。皆を呼んで追いかけてきたんじゃ」
「皆?」
すると、暗闇から短刀を構えたリゼが飛び出してきた。
「リゼもいるゾ! くらえ――〈鎌鼬〉!」
地面に短刀を投げつけると、そこから巻き起こった風が爆発を起こしてラット達を吹き飛ばす。
さらにその向こうに長杖を青く輝かせたシェルティの姿も見えた。
「わたくしもいますよ!――〈スラッシュ・カーラント〉!」
「って、こんな狭いところでそれ使われても避けらっ――」
水流に「ごばぁっ」とのみ込まれると、オレはラット達を巻き添えにして転がる転がるどこまでも。
「あ、言われてみれば避けられませんよね。ごめんなさい……」
「気付くの遅いよ……シェルティ」
リゼは瞬間移動で回避済み。忍者ってズルい……
「いつもいつも大丈夫? しっかりしなさいよ」
「笑い堪えて手を差し伸べるなっ!」
文句を言いながらも、オレは堪えきれずに肩を震わせているアスカの手を取って立ち上がる。
「遊んでないで、さっさと掃討するぞ!」
「回復支援は任せときんさい!」
「リゼ、ネズミは苦手ダ。でも、頑張るゾ!」
「的が多いと楽しいですね! 魔法当て放題です! ふふふ……」
身構える皆に続いて、オレもゆっくりと英雄剣を抜く。
「やっぱり皆が揃ってる方が楽しいわね。いきましょ、ガウル!」
「楽しいって、お前なぁ。ま、いっか」
楽しいかどうかは別として、心強いことには違いない。
体の操作はアスカに委ね、オレは高らかに叫ぶ。
「いこうぜ、皆! 反撃開始だっ!!」
――伝説の英雄になったものの、英雄の現実はダサいしキツいし全くいいことなし。困難なんて、乗り越える前に増えていく始末。
だけれど、オレはひとりじゃない。この世界の仲間達と、この世界の向こう側にいるアスカとともに立ち向かえば、二人羽織でだって何だって、どんな困難だって怖くない……はず。
これは、そんな英雄と戦女神の物語である――
エクスペリエンス英雄譚
『キジンの復活』編 Clear!
『それゆけ!仲間達』編
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