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stage,01 第一話① 旅は道連れ、世は情け

 ――木々の葉が緑色に輝き、そよ風に揺れている。木漏れ日が、鏡のように清らかな泉の水面みなもに反射して、今日もきらめいていた。

 泉のほとりに建つ小さなほこらの中には、ひとふりの古めかしい剣がまつられている。オレは見慣れた景色の一部として、ぼんやりとそれを眺めていた。


「――『英雄剣えいゆうけん』か」

「どうしたんだ? ガウル?」


 オレがつぶやくと、首をかしげてオレの名を呼ぶのは、同じ村の自警団じけいだんに所属するライド。同じ村で兄弟のように育った幼馴染おさななじみだ。

 オレ達は今、祠の中の剣――英雄剣を警備している。


「どうしたもこうしたも、あの剣ってさ、本当にすごい剣なのか? オレ達が生まれる前からあそこにあって、オレ達が生まれる前から村の皆で守ってて、今はオレ達が守ってる。そこまでして守る価値がある物だとは到底思えないんだけどな」

「村に伝わる古くからの仕来しきたり、習わしってやつだろう。村の人達だって皆が皆、あの剣のことを真剣に考えてるわけじゃないさ。今のお前みたいにな」


 と、ライドは笑う。

 英雄剣とは、『戦女神いくさめがみ』と呼ばれる神様の力をその身に宿した『英雄』が振るったとされる伝説の剣であり、今から二千年ほど前、この世界で魔族が人間を滅ぼすために起こした戦争を終わらせた剣。

 次にまた魔族が戦争を起こそうとした時、戦女神は再び降臨し、新たな英雄と共に立ち上がって人間達を救うであろう――そんな伝説のもと、『剣守つるぎもり』の一族と呼ばれるオレ達は、あの剣を二千年もの間ずっと守っている。


 だけど、そんなのただの伝説だ。それが本当かどうかなんか誰もわからない。そんな剣を日夜にちや守り続けて、一体どうなるっていうんだ。

 しかも、一族の男は死ぬまで村から出ることは許されない。ホントに馬鹿げた仕来りだ。


「だが、ガウル。都会の方じゃ魔族が暴れだしてるって聞いたぞ。いよいよあの剣の出番かもな」


 明らかに冗談半分でライドは笑っている。

 確かに魔族達の王――いわゆる『魔王』の復活が近くて、魔族達の行動が活発になったとか聞いたけど、今まで魔族なんて見たこともないし、実在しているという実感はない。

 でも、もしもその話が本当なら、戦女神と英雄剣も本当に伝説通りなのか……?


 直後、耳をつんざく爆発音に、オレ達は驚いて周囲を見回す。


「な、なんだ!? 爆発!?」

「ライド! 村の方からだ! 戻っ――」


 オレがライドの方へ振り向いた瞬間、黒い霧かもやのようなものがライドの胸で爆発して、ライドの体を大きく吹き飛ばす。一瞬、事態がつかめずにオレはそれを呆然ぼうぜんと見届けてしまう。

 泉の畔に倒れ込んだまま動かなくなってしまったライド。その反対側に気配を感じて振り向くと、そこにはいつの間に現れたのか、濃い青紫色の肌と羊のように巻いた角を持ち、背中にはコウモリのような翼がある人間が――いや、あれは……


「ま、魔族……」


 絵でしか見たことがなかった魔族が目の前にいる。ライドを吹き飛ばした霧も、あいつの仕業しわざか。

 かないっこない――とオレは直感する。そりゃ自警団として剣の戦闘訓練は受けている。だけど、所詮しょせんは辺境の村の自警団員にすぎない。

 そんなオレが怪しげな魔法を使う魔族に敵うわけがない。でも、よくもライドをっ!


「あいつは……、あいつはいい奴だったんだぞっ!」


 剣を抜き放ち、オレは魔族に向かって突進する。敵わなくたって、せめて一撃。

 渾身こんしんの力を込めて振ったオレの剣が魔族の脇腹をとらえた瞬間、何かバリアのような魔力のまくはばまれ、剣は弾かれてあっさり折れてしまった。

 魔族は呆然とするオレに向かって手の平をかざす。そこに集まる黒い霧のうず

 ――終わった。オレがそう察した瞬間、『上』から女の声が響き渡る。


「こ、このタイミングで始まるの!?」

「は……?」


 声がした方を見上げると、長い黒髪をなびかせながら女が空中に浮かんでいて、オレを見下ろしながらアタフタと動揺している。

 その女の服装は、白いウェディングドレスのようなヒラヒラしたドレスの上にはがねの胸当てをつけている。なんともミスマッチなファッションだ。

 と、待てよ。確か戦女神の絵も、あんな格好の黒髪の女だったような……?


「ゲッ! 何よ、この服、センス悪っ!」


 女は空中で自分の服装に自分でつっこんでるが、緊張感もないし、何がしたんだよ。


「な、なんだ。お前……」

「わわっ! やっぱり私のこと、もう見えてるんだ!」

「あ、ああ。スカートの中も丸見――」

天誅てんちゅうっ!」


 女が急降下してオレを踏み付ける。勝手にオレの頭の上に現れておいて、理不尽りふじんきわまりない。


「な、何すんだよ! お前誰だ! って、ド突き漫才してる場合じゃない! 今、オレは魔族に襲われてて……あ、あれ?」


 魔族は手の平をオレに向けたまま制止している。というか、空には逃げ惑う鳥達が、飛んでる途中で空に貼り付いてしまったかのように浮かんでいて、まるで時間が止まってしまったかのような――


「って、ホントに時間が止まってるのか!?」

「ゲームの始まりだから敵は止まってるのね」

「ゲーム……の始まり?」

「ん? 私から説明しなくちゃいけないんだ。このゲームは『エンター・クロス・ファンタジー』っていって、通称ExP(イーエクスピー)。物語の主人公とコミュニケーションしながら、クリアを目指すって体験型RPG(アールピージー)なんだけど――」

「待て待て! いーえくす……ぴーじー? な、何言ってんだ? お前、というかあなた様は伝説の戦女神じゃないのか?」


 さすがは神様のおおせの言葉。さっぱり意味がわからん。でも、一応敬語を使ってみたけどゲームとか体験型とか、なんか神様って感じがしないんだけど。


「私が戦女神!? あ、そういう設定なんだ」

「なぜ驚く。というか、設定って? それに物語の主人公って……どういうことだよ」

「主人公、あなたでしょ? あれ、自覚ないの? もしかして、これって言わない方がよかったのかな。『あなたは作られた物語の主人公』ですって」

「わざわざ念を押して、はっきりと言い切るな!」


 どういうことだろうか。つまりオレは作られた物語の――ゲームの中の登場人物? 架空の存在?

 ちょっと待て。オレは確かに村から出たこともないけど、ちゃんと今ここに生きてるぞ。子供の頃からの記憶だってあるし、それが全部作られた物語なわけがないだろ……?

 なんだ、このいきなり最終回的な展開は。いや、最終回ってなんだよ、既にのまれ始めてるぞっ、オレ!


「あの~……、思考停止状態になっちゃってます? ごめんなさい、知ってるものだとばかり思って、つい……」

「ついじゃねぇよ! とにかく今は悠長ゆうちょうに話してらんねぇだろ! お前が戦女神なら魔族を倒せる方法がわかるはずだ! 教えてくれ、早く!」

「ちょっと待って、かさないでよ。えっと、英雄剣を取りに行って! そうしたらバトルチュートリアルが始まるはずよ!」

「バトルチュートリアル……? もっとオレにわかるように言ってくれっての! とにかく剣を取ればいいんだな!?」


 なんかもうわけがわからんが今は従うしかない。英雄剣は祠の中だ。

 祠に駆けつけるやいなや、オレは英雄剣をつかみ取る。


「英雄剣を取っても、これはさやから抜けないはずだが……」


 子供の頃、抜こうと試したことがあったが、鞘にくっついているかのように抜けなかった。もちろん、勝手に触ったことをあとでひどく怒られたが。


「まさか、戦女神が現れた今なら抜けるのか?」

「いいから早く抜いて! 敵が動き出しちゃった!」

「おいおい、いつの間にっ! ええい! もうどうにでもなれ!」


 力一杯に剣を引くと、それはゆっくり鞘から抜けて激しく輝いた。その光を浴びた魔族は動けなくなってる。今がチャンスだ!


「……って。おい! 剣を抜いたらオレの体も動かなくなっちまったぞ!」


 まるで立ったまま金縛かなしばりにあったみたいに、オレは首から上しか動かせない。


「英雄剣を抜くと私に操作が移るのよ」

「操作……? って、まんまとオレの体を乗っ取ってんじゃねぇよ! これが狙いだったのか!」

「違うわよ。これから戦うんだからちょっと黙ってて!」

「どあっ、体が勝手にっ――」


 意思に反して勝手に走り出したオレは、前方に立つ魔族に向かうと思いきや、途中でななめにれて、そばの立ち木のみきに全速力で激突する。


「ぶっは! い、痛ってぇ……って、なんで見えてる木に真正面からぶつかってくんだよ!」

「仕方ないでしょ! コントローラーにまだ慣れてないんだから!」

「コントローラーだと!? ふざけるのも大概にしろ。体を乗っ取ったんだったら走るくらいまっすぐ走――」


 オレがまだしゃべってるのに、体が勝手に飛び退いて魔族の攻撃を避けた。


「って! しゃべってる途中でいきなり動くな! 舌噛むだろ!」

「あんた、ちょっとうるさい! 集中させてよ!」


 目をわらせた戦女神がオレをにらみつける。勝手に体を乗っ取っておきながら、この理不尽さ。


「おい、敵の動き止まってるぞ。こっちの様子をうかがってるみたいだな。今がチャンスだろ?」

「ええ。言われなくてもわかってるわよ。いくわよ、必殺っ!」


 戦女神の威勢のいいかけ声と共に、オレの体はおもむろに『防御の体勢』をとる。


「…………」


 心なしか唖然あぜんとしてこちらを見ている魔族と、攻撃もされてないのに防御するオレ。そんな気まずい時間が数秒間続いたあと、戦女神の声が響く。


「ごめん。押すボタン間違えたわ」

「今……、ボタンで動いてるのか……オレ」


 驚愕きょうがくの事実と絶望感に疲れた。もう、疲れたんだよ。早く普通の男の子に戻りたい……

 と、現実逃避してる場合じゃない。冗談じゃねぇぞ、この状況!


「テメェ、戦女神のくせに戦闘経験ねぇだろ!?」

「ゲームするのは久し振りなんだから仕方ないでしょ!」

「ゲーム感覚で人を戦わせるなっ! まっすぐ走ることすらできない奴に体を乗っ取られてるこっちの身にもなってくれ!」

「……ここでこのボタンね」

「人の話を聞け!」


 と、次の瞬間、オレの手にある英雄剣が再び輝きだす。その光を浴びた魔族は再び動きがにぶる。


「今度こそ! いくわよ、必殺剣!」

「やっとかよ……」


 あきれ果てて頭を抱えたい気分だが、今も自力で手が動かせない。オレの体、終わればちゃんと戻ってくるんだろうな?


「…………」


 だが、待てど暮らせど一向いっこうに技を使わない。剣を光らせたまま、またも変な間が数秒続く。


「おい、どうしたんだよ?」

技名わざめいを叫ばないといけないんじゃないの?」

「はぁ? 技名なんか知るわけねぇだろ?」

「これも私が教えるの!? 面倒くさいわね」


 英雄剣を抜いたのは今日が初めてだっていうのに、なんでオレが知ってると思ったんだろうか。


「いちいち技名を叫ばないと使えねぇ方が面倒くさいっての! で、なんて言えばいいんだよ?」


 オレの問いに戦女神は真顔でたった一言、返す。


「ヒロイック・スラッシュよ」

「…………」


 ダサい。絶望的にダサい。それを叫べと? 無理だ、恥辱ちじょくだ、絶句するしかない。


「言っておくけど、私が考えたんじゃないからね。ほら、早くしないと! いくらチュートリアルだからってやられちゃうわよ?」

「どんな状況だろうと〈ヒロイック・スラッシュ〉なんて叫べるかぁっ!」


 オレの声に反応した英雄剣の光は、やがて虹色に変化し、およそ人間業にんげんわざとは思えないほどの勢いで勝手に振り抜かれた剣から光の斬撃ざんげきが放たれた。

 魔族は再びバリアを張るが、斬撃はそれごと体を真っ二つに斬り裂いた。


「しまったぁ! 思わず叫んじまったじゃねぇか!」

「結果オーライ!」


 戦女神はクスクスと笑うが、オレは自尊心を傷付けられたぞ……

 そして、剣を鞘に収めるとオレは体の自由を取り戻す。


「やっと戻ってきた……。オレの体……」

「こんなに動かせないものなのね。新発売のゲーム機でコントローラーの形が変わっちゃったのが痛いわ。ちょっと練習が必要かも」

「ちょっとじゃねぇだろ。というか、マジでオレはこれからどうなるんだよ。こんな変な奴に取りかれて……」

「人をオバケみたいに言わないでくれる? こっちだってコミュニケーションゲームだと思ってたんだから。そしたらやたら初期設定は丸投げだわ、主人公はうるさいわ、何も知らないわ、言うこと聞かないわ」


 散々(さんざん)好き勝手言ってくれるな、こいつ。


「というか、あなたって反応が生々しくて、生きてる人間が中に入ってるみたいなのよね。最近のAIエーアイってすごいわ」

「えーあいだか言い合いだか知らねぇけど、中に入ってるどころか、オレは中も外も生きてる人間だっつーの!」

「まあ、こういうのもこれはこれで面白そうかも。ちょっとうるさいけど……」

「さっきからお前の方が人の話を聞いてねぇだろ!」


 こいつ、オレのことをからかって遊んでるな。神様だからって横暴おうぼうだ。不愉快ふゆかいだ。

 とはいえ、魔族をあんなにもあっさり倒せるなら英雄剣の力は本物だ。これがないと世界は救えない。オレが伝説の英雄となって世界を救うしかっ――


「こいつと一緒に……? 無理そう……」

「何よ、不満そうに」


 見た目は可愛い女だ。だけど、このまま気を許すとたぶんマズい。好き放題やられるに決まってる。


「こいつとか失礼でしょ。私は『アスカ』、コウヤ・アスカよ。あなたは?」


 名乗って微笑む戦女神――改め、アスカというらしい。

 黙ってそうしていれば可愛いんだが。どうしたものか……


「コウヤ……アスカ? 名前の方が後ろなのか、変な名前だな」

「ホントに失礼ね。一応、本名なのに。それで、あなたの名前は?」


 と、にらみつけるアスカ。いや、にらみつけたいのはオレも同じなんだが。仕方ない、自己紹介くらいしてやるか。


「オレはガウル。ガウル・フェッセラースだ。とにかく、もっと詳しい話を聞かせてくれ。正直、まだ何が起こったのか理解し切れてないんだよ」

「それはいいけど。やられたお友達は放置?」

「あ……」


 見れば倒れたままのライド。すっかり忘れてたなんて口に出して言えない。

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