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stage,18 第五話① 渡る世間に鬼は無し

「…………」


 ――オレ達は沈黙していた。

 ヴァシティガの洞窟の最深部さいしんぶ。そこには『開かずの扉』と称される、文字通り何をやっても開かなかった()()()扉があった。

 しかし、モンスターらしき()を壊したところ、その扉はあっけなく開いてしまったからだ。


「扉が……勝手に開いた?」


 扉の奥をのぞき込むと、その先も暗く湿っぽく、土と岩だらけの洞窟が続いている。白い金属で作られた自動で開く扉がかなり場違いな感じだ。


「調査ならば奥へと進む必要があるだろう。しかし、今は体勢を立て直すべきだ」

「また変なモンスターに襲われるカモしれないからナ」

「確かに。サアル、回復を頼むぜ」

心得こころえた」


 サアルはシェルティの隣にひざまずいて彼女の体に手をかざす。


「――〈ファスト・ヒーリング〉!」


 その声に呼応こおうして、彼の手がまるで蛍の光のようにやわらかな緑色に光ると、シェルティの体もそれに合わせて優しい光に包まれた。


「――アスカ。〈ファスト・ヒーリング〉って?」

「初級の回復魔法みたいね。対象は単体。回復量は私の〈ヒーリング・エール〉と同じくらいよ」

「全員を一気に回復させる魔法はないのか?」

「私に聞かれても……」


 と、困り顔のアスカ。その会話を聞いていたのか、シェルティを治療中のサアルが体勢を変えずに答える。


「そんな高位こういな回復魔法は使えない。最初に言っただろう? 簡単なものなら使えると」

「えー……。一人ずつじゃ回復が間に合わないだろ?」

「それはそうだが、使えないものは使えない。一人でも回復できることはすごいことだと思ってもらいたいものだが?」


 中途半端な回復役だな。サアルって……

 銃も使えて攻撃も回復も魔法が使えてステータスも高いのに、銃の威力は低そうだし回復魔法も初級だけ。頼りになりそうでならなそうな。


「もし先に進んで鬼人が出てきたらどうすんだよ……」

「そういえば鬼人って鬼よね。『豆』ぶつけたら勝てるかしら」

「なんで豆なんだよ。そんなので勝てるなら苦労しないっての」

「そういう風習があるのよ。節分せつぶんっていって、鬼を追い払う祭り――違うか。儀式みたいな感じ?」


 絶対それ、迷信めいしんとかおまじないレベルの話だと思う。

 オレがもつ鬼の印象は、頭に闘牛のような鋭い角があって、大猿おおざるのような屈強な肉体をもつ人型の化け物といった感じ。

 でもそれは空想上の存在のようだ。本物の鬼人も似たような存在だとは思うが、鬼人の絵は本でも見たことがない。


「田舎のおじいちゃんやおばあちゃんは、節分には『いわしの頭』や『ひいらぎの葉っぱ』も飾ってたわ」

「なんで鰯の頭? それに柊って葉にトゲがある木だよな?」

「理由を聞いたことあるんだけど……忘れちゃったわ」

「おいおい……」


 気楽すぎるアスカにはうんざりだが、まあそれも迷信だろう。そんなもので鬼人が倒せる理由がわからん。

 一方、開いた扉の向こうを眺めていたリゼがつぶやく。


「この先も洞窟みたいダ。何があるんだろうカ? やっぱり王様が言った通り、鬼人が封印されてるノカ?」

「それは行ってみなければわからない。しかし、これまでどうやっても開かなかった扉が、なぜこうもあっさり開いたのか。ガウル。戦女神様は何か記憶を思い出されたか?」


 サアルに問われてオレはアスカの顔を見るが、アスカは肩をすくめて首を横に振る。そもそも記憶喪失ってのが間違ってる認識なんだよなぁ。アスカには最初から記憶そのものがないんだから、喪失するものは何もない。


「アスカは頼らない方がいいと思うぜ? 鬼には豆をぶつけろとか、鰯の頭や柊の葉っぱが効くとか迷信めいたことばっかり言ってるし」

「なるほど。鬼人には豆鉄砲と鰯の頭、柊の葉が有効なのか!」

鵜呑うのみすんなっ!」


 オレのツッコミを無視してサアル達は相談を始める。


「豆鉄砲はないが、俺の銃は有効だろうか」

「鰯なら海洋生物なので召喚できるかもしれません。したことはないんですけど」

「柊は王国にはあるノカ? 森使国しんしこくならいっぱいあるんダガ……」

「おーい……。そんな相談、してもムダだと思うぞ」


 こいつら皆、単純だ。悲しいくらい単純だ!

 アスカもそんな皆を眺めて笑っている。


「皆、純粋ね。ガウルが一番純粋だけど」

「無邪気にオレにトドメ刺すなよ、アスカ……」

「でも、扉が開いたってことは、もしかしてすでに封印を解かれちゃってたりして?」

「はっ……。なんでもっと早くそれを言わないんだよ!」

「いや、気付きなさいよ。あんた達……」


 すでに奥に誰かが侵入していて、今のはあとから来たオレ達の足止め――という可能性。

 もちろん、現段階で絶対にそうだとは言えないけど、洞窟周辺に集結しようとしているモンスター達も、もしかしたら邪魔者の足止め目的だったのかもしれない。

 そんなオレの考えを皆にも伝え、オレ達は回復もそこそこに奥へと急いだ。





 ――程なく進むと、再び金属製の扉が現れた。緑色の石がないだけで、さっきの扉と全く同じデザインだ。

 その扉はオレ達が前に立つと自動で開いた。どういう原理でそうなってるのかわからず、オレ達は顔を見合わせるが、アスカだけは怪訝けげんそうにそれを眺めていた。


「――自動ドアなんて急に機械的ね」

「そういや、アスカ。この世界には機械的なものが見当たらないって言ってたな。こういうのがそうなのか?」

「そうだけど……。なんで急にここだけ?」

「さあ?」


 オレ達は扉の先の真っ暗な部屋を警戒しつつも一歩踏み込む。すると、部屋はいきなり明るい光に照らされた。

 そこは壁も床も天井も金属でできていて、四角い箱の中にいるようだった。しかも広い。入り口から奥の壁までは百メートルはありそうだ。天井も十メートルはあるだろう。

 さっきまで変哲もない洞窟だったのに、ここはもう洞窟の奥だとは感じさせない不思議な空間だ。


「緑色に輝く石柱せきちゅう……ですかね?」


 シェルティが首をかしげる。

 部屋の中央に円型の石舞台いしぶたいがあって、それを囲むように緑色の水晶のような透き通った石柱が八本立っていた。その石が放つ光が部屋を明るく照らしている。


「石舞台の中央にも、ひときわ大きい石柱があるナ。綺麗だけど、なんだか不気味ダ……」

「この部屋にあるのはそれだけのようだ。ここは一体……?」


 この部屋のどこに目をやっても違和感しかないけど、他に誰かが侵入している形跡はない。オレ達は警戒をおこたらずに石舞台に接近してみた。

 すると、いきなりシェルティが「きゃあっ」と叫んで石舞台の方から目をそらす。


「どうしたんだ!? シェルティ!」

「ガ、ガウルさん、石の中に裸の男の人がいます……」

「は……?」


 震えているシェルティの指が指し示す方を見れば、石舞台の中央にそびえ立つ石柱の中に、はりつけにされたように宙吊りにされて眠っている男の姿が見えた。

 その男、腰にボロきぬを巻いているだけでほぼ全裸。ただ、拳大こぶしだいの宝石がたくさん付いた重そうな首飾りを首にかけている。


「あいつ、肌が真っ黒で耳がとがってるシ、尻尾があるゾ? 黒い縞模様しまもようの虎みたいな尻尾ダ」

「よく見れば頭にも角らしきものが見えますな」


 リゼとサアルも目を丸くしている。

 角――といっても、それはまるで春先に地面から頭をのぞかせたばかりのタケノコの穂先ほさきのような、そんな程度の短さの角が髪の隙間から二本見えているだけ。闘牛の角どころではない小さくて短い角だ。

 さらに体格はひょろりと細い。オレと大差はないんじゃないだろうか。


「随分と細マッチョな鬼ね。顔がよく見えないわ……」


 アスカはおびえるどころか興味津々。細マッチョというのは、細い体格のことを言ってるんだろうか。とりあえず、シェルティみたいにもうちょっと恥じらいを見せてもいいんじゃない……?

 アスカのことは置いといて、今はとにかくあの裸の男だ。


「あいつが鬼人? 鬼っていうくらいだから、サアル以上の大猿な筋肉ダルマ男を想像してたんだけど」

「待て。誰が大猿筋肉ダルマだ!」

「お前だよ。鎧を脱いでても鎧を着てるみたいに暑苦しいだろ」

「失敬な!――って、違う。今はそんな話をしている場合ではなかろう。確かに体は細めだし角は短いし尻尾はあるし、想像とは色々と違っているが、この洞窟の奥には鬼人が封印されているといわれていて、ここに人間とは思えない男の姿があるなら、それが指し示す事実は一つだ」

「やっぱり鬼人なのでしょうか。もしそうなら大変ですよ」

「ああそうだ、こうしてはいられない。急ぎ陛下のもとに戻り、このことを報告せねば!」

「ここを放って帰るのか?」


 オレ達が話し合ってるうちに、もっと近付こうとしたのか、アスカが勝手に石舞台に登る階段に一歩足を乗せる。その瞬間、パシィッと音を立てて石舞台中央の石柱に亀裂きれつがはしり、音に驚いたオレ達は思わず身構える。


「お、おい、ガウル! どういうことだ!? なぜ亀裂がっ!」

「オレに聞くな! アスカ、何したんだよ!」

「何もしてないわよ! ここに上がろうとしただけよ!」


 そうこう揉めてるうちに亀裂は大きくなり、やがて石柱は粉々に砕けて、その中から鬼人らしき裸の男が石舞台の中央に倒れ込んだ。

 石柱から出て初めて気付いたが、あの男、肌は赤みの強い褐色かっしょく――赤銅色しゃくどうしょくというのだろうか。真っ黒に見えていたのは、緑色の水晶の石柱の中にいたから色が混ざって見えていたようだ。髪の色も今になって銀色だとわかった。


「…………」


 封印が解けた!? 赤鬼かっ! そもそも何が起こってる!――と、言いたいことはいっぱいあるはずなのに、オレ達は誰も声を発しない。この状況に全員混乱し切っていた。

 やがて男はムクリと体を起こす。銀髪のボサボサ頭に無精ぶしょうヒゲ。なんともえない見た目の男だ。


「……うーん?」


 男が側頭部の短い角をカリカリ掻きながら寝起きが悪そうな顔をこちらに向けている。オレ達はやっぱり声が出ない。


「って、なんじゃっ! 人間っ!」


 思い出したようにシュバッと飛び起きてオレ達を指差す男。オレ達も反射的に武器を構えた。


「なんじゃって……お前、鬼人なのか?」


 オレはようやく言葉をしぼりだす。その質問に男は顔をしかめる。


わしが鬼人以外の何に見えるんなん?」

「ホントに鬼人かよ……。封印が解けちまったのか、クソッ!」

「解けちもうた? 解いたんは、あんたらじゃろうが!」

「は……?」


 言葉遣いがなまってるようで聞き取りにくいが、オレ達が封印を解いたって言ってる?


「緑の『封印石ふういんせき』があったじゃろ? それをがしたら連動して封印が解けるんじゃ。じゃねぇとここへは来れんじゃろ」

「封印石って……えええっ!」


 扉の前で襲ってきたあれが封印を解く鍵だったのかよ。じゃあ、本当に鬼人の封印を解いたのはオレ達ってことか……?


「では、あれは我々に封印を解かせるトラップだったのか!」

「ちゃうわ。あんたらが無理やりがして来たんじゃろうが!」

「向こうから襲ってきたってのに無理やり壊すも何もないだろ!」


 多分、めがすって壊すってことだよな、と思いつつ反論するオレに鬼人が顔をしかめる。


「地面の中に封印しとった封印石が勝手に動くわけなかろうが。大方おおかた、あんたら()()の誰かが妙なことしたんじゃろう?」

「五人……?」


 鬼人の発言に今度はオレ達が顔をしかめる。アスカを含めれば五人だが、さっき英雄剣をとっさに抜いて構えてるからアスカの姿は敵にも見えないはず――って、まさか!


「まさか私の姿、見えてるの?」

「見えとるも何も……。ん? そういや、人間の()()()は四人分しかないのぅ。そこの女から何も感じんが……」


 そう言いながら鬼人はアスカからオレが構えた英雄剣に視線を移すと、一瞬だけ目を見開いてからその目をそらす。


()()()は……」

 

 なんだ、あいつ。英雄剣を知ってる……?

 すると、鬼人は薄ら笑いを浮かべてアスカをまっすぐ指差して続ける。


「ははーん、そういうことか。お前、普通の人間じゃねぇんじゃろ?」

「そ、そうだけど。これ、どういう展開?」


 首をかしげるアスカ。いや、素直に答えるなよ。オレだって首をかしげたい展開だ。

 でも、アスカと会話できてる。やっぱりあいつはアスカが見えてるんだ。


「どういうコトだ? 戦女神様、見えてるノカ?」

「シューレイドの魔人には見えている様子はありませんでした。どういうことでしょう?」

「鬼人だから特別に戦女神様が見えるとでも?」


 困惑するリゼ達。皆にもアスカの姿は見えないんだから、それも仕方のないことだ。

 すると、鬼人は腹を抱えて笑いだす。


「あんたが戦女神? そいつは傑作けっさくだっ!」

「何がおかしいんだよ! 大体、なんでお前はアスカが見えてるんだ!」

「今はそんな話はどうでもええ。あんたらは何も知らずにここに来て、うっかり儂の封印を解いてしもうた。そうじゃろ?」


 鬼人の指摘に反論できない。うっかりで済まされる話じゃないが、よくわからないうちに封印を解いてしまったのは事実だ。


「とにかく、今は時間がない。事情を知らんなら、あんたらはさっさとね」

「いね? さっきからお前、共通語でしゃべれよ!」

「ここからはよう帰りんさいってうとるんじゃ! あんたらの共通語ってなんじゃい。これが儂の知っとる共通語じゃ!」


 そういえばこいつ、大昔から封印されてたのか。その間に言葉が変わったのか?


「早く帰れだと!? そんなことできるはずがない! こうして鬼人が復活したとなれば我が王国の危機! そうと知って敵前逃亡などあり得ん!」

「儂がせっかく、ここへ誰も近付けんように魔力でモンスターを呼び寄せとったのに、それをわざわざここへ入ってきて勝手に儂の封印を解いて、その上でその言いぐさか。自分勝手なもんじゃなぁ」


 ここにモンスターが集まっていたのもこいつの仕業しわざか。

 でも、なんだか言っていることが変だ。こいつ、自分の封印が解けないように自分で守ってたような言い方をしている?

 サアルはそんなことは気にもめていないのか、反論し続ける。


「モンスターを呼び寄せられる力があるなら、余計に放ってはおけない!」

「放っておいてくれりゃあ、儂はここからは出ん。それに、あんたらにも危害は加えんぞ?」

「そんなこと言われて、はいそうですかと退けるわけがないだろう!」


 反論を続けるサアルにうんざりした顔でもう一度角を掻く鬼人。


「面倒なっちゃなぁ。ほんなら、儂を倒すんか?」

「もとよりそのつもりだっ! ガウル達も何を黙っている! ここで奴を食い止めねば王国は終わりだぞ!」


 サアルの奴。完全に頭に血がのぼってるな……

 でも、確かにあいつの言っていることに違和感はあるが、それを鵜呑みにするのも危険だ。

 あいつは裸で身に付けているのは首飾りのみ。武器は何も持っていないのだ。それなのに、それぞれが武器を構えたオレ達を前にしてもこの余裕。人間には負けないという強い自信でもあるのだろうか。そんな奴を放置していられるわけがない。


「……まあ、ええわ。儂も、そこの戦女神呼ばわりされとる女を放置しとけん。ここは心を鬼にして、あんたらに痛い目、見せちゃろう!」

「いや……お前、元から身も心も鬼じゃねぇかよ」


 飄々(ひょうひょう)としていて緊張感が薄い鬼人だが、その余裕はやはりあなどれない気がする。それにどうしてアスカを狙っているんだ、こいつ……


火炎弾ファイアー・バレット装填そうてん! ぜろ!」


 サアルの発砲によって、鬼人との戦闘の火蓋ひぶたは切って落とされた。

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