stage,17 第四話⑤
「たっだいま~っ!」
と元気よくアスカが戻ってきた時には、オレ達はすでにヴァシティガの洞窟にたどり着いていた。
「あれ、もう着いてたんだ。もしかして私を待ってた?」
「いや、馬車を急がせたってのもあるし、思ってたほどの距離でもなかったみたいだぜ。たった今到着したばかりだから待っちゃいないよ」
「戦女神様もご帰還されたようだな?」
「あ、ああ……」
「よし、では向かおうか」
サアルにリーダーを持っていかれてる気がしてなんとも微妙な気分だ。
だが、こうしてオレ達は薄暗い洞窟に足を踏み入れた。冷たい空気と湿った土の臭い。環境の変化に五感が一気に刺激される。
「暗いな。待っていろ、俺が明かりを灯そう」
と言って、サアルは右手の手皿を胸の前に持っていき、呪文を唱える。
「――〈グロウ・ブライト〉」
サアルの手に現れた光の球が辺りを明るく照らす。見えたのはコケだらけの変哲のない洞窟。モンスターの姿はない。
「光魔法、便利だナ」
「そうですね。明かりなら炎魔法でも出せますけど、狭い通路だと熱くて大変なんですよ」
「はは。この程度、お安い御用だ」
どうせオレは明かりすら出せないですよーだ。って、何考えてんだオレは。これじゃオレの方が歩く嫉妬心じゃねぇか……
「――どうしたのよ、ガウル。さっきからムスッとしちゃって……」
「別に。なんでもないよ」
「そういえば、やたら経験値が入ってたけど、私がいない間に何かあったの?」
「ああ、お前が消えた直後にな――」
オレはアスカに事の次第を説明した。
「――というわけで、あいつが大活躍ってなわけ」
「なるほど。で、嫉妬してたんだ、ガウル」
「してねぇよっ!」
バレてるっ……
「まあ、サアルって全体的にステータス高いしね」
「マジかよ……」
「さすがに魔法攻撃力はシェルティが、武器攻撃力と素早さはリゼの方が上だけど。専門職だしね、二人共」
「オレは? オレがサアルに勝ってるところは!」
「……ないわね!」
うああ……あんまりだぁ……。英雄って! 英雄って何!?
「まあ、全体的にステータス高くても最終的に器用貧乏になりそうだし――って、聞いてる? ガウル?」
「……オレの存在意義って、一体……」
「ああ、聞こえてないわ。これ……。せっかく英雄限定の『超必殺技』の話、しようと思ったのに」
超……必殺技? 英雄限定!?
「なんだ、それ! この際、その安直すぎるネーミングにはつっこまないから詳しく教えてくれ!」
「ガウル。あんたも大概単純ね。その方がいいけどさ。超必殺技っていうのは、私達の『コミュレベル』がお互いに五になった時に使えるようになるらしいの」
「コミュレベル?」
「コミュニティレベル。信頼度や絆の値のことかしら」
オレとアスカの信頼度まで数値化されても困るんだが。そもそもどういう基準で数値にしてんだよ……
「ちなみに、今のオレ達は?」
「それがさぁ……二人共、四で止まってるのよ」
「止まってる? って、上がらなくなったのか?」
「そう。次のレベルまであといくつって数字が出るんだけど、それも〇になったまま上がらないのよ。何か特別な条件でも必要なのかしら?」
「オレに聞かれても……」
普段からオレが心の中でブツブツ文句言ってるのが影響してるんだろうか。何それ、心まで見透かされてるの? 怖い……
「ちなみに、超必殺技ってどんなのだ?」
「さぁ? 単純に大ダメージを与える技か、防御に徹する技か、実際に覚えてみないとわからないわよ」
「行き当たりばったりだな、おい……」
何度も感じてるけど、戦女神の英雄なのに戦女神の管理下にないような気がする。やっぱりアスカは戦女神じゃない――待て。そんな考えが超必殺技の修得を妨げてるのかも。
「この前の〈ヒロイック・コンビネーション〉だって行き当たりばったりだったでしょ。そういえばあれって、他の組み合わせでもできるのかしら?」
「とにかく、一緒に頑張ろうぜ! 戦女神様っ!」
「何よ、いきなりキモいわね。笑顔引きつってるし……」
オレだって仲良くなろうと頑張ってるのに、キモい発言はひどいだろ。コミュレベル、上がる気がしないな、これ……
「でもさ、ガウルはガウルができることをすればいいんじゃないの?」
少し困ったように呆れたように、でも優しく、アスカはそんな笑顔を浮かべてオレにそう言った。
一瞬、何か胸の奥で震えた気がした。その感情が何だったのかオレにはわからない。
「……その『できること』がないから嘆いてるんだよ」
そして、オレはただ情けなく、そう言い捨てることしかできなかった。
――その後、洞窟を進んだオレ達は、ラットなどの弱いモンスターに何度か遭遇したものの、特に何事もなく最深部に到着した。
最深部は洞窟内でありながら広いドーム型の広場になっていて、そこにあったのはたった一つの白い金属製の扉。中央には扉が開かないように四角い緑色の石がはめ込まれていて、キラキラと輝いている。
「モンスターが集結していると聞いたが、内部にまでは及んでいないようだな」
「でも、これが例の開かずの扉? 周囲の風景に馴染まナイ、変な扉ダナ」
「周りはコケと土と岩ばかりですしね。調査というのは具体的に何をすればよいのでしょう?」
しばらく周囲を見て回るオレ達。もちろん扉はどうやっても開かず、他に特に何か変な場所もない。
オレ達が行き詰まっている中、ふとアスカが扉の石に近付く。
「四角い緑色の石。明らかに人工的な石よね。エメラルドかしら、これ……」
アスカが石に触れた瞬間、地面が揺れて地中から扉の石と同じ石が二個飛び出してきた。
「なんだ、あれ!?」
「攻撃魔法と同じ気配……。皆さん、気を付けてください! ただの石にしか見えませんがモンスターだと思います!」
「なんだって!」
オレ達は慌てて武器を取って身構えた。アスカは〈ラプソディ〉を使い、敵の注意を引く。
二個の石はクルクル回りながら中央に浮いていただけだったが、そのうちの一個が勢いよくサアルに突進していく。
「なっ、なんだ! こいつらはっ――」
サアルは石を避けながら叫ぶが、その石がいきなり直角に曲がって避けきれずに突き倒された。
「お、おい! 大丈夫か!」
「ぐっ……構うな、平気だ」
「オレに攻撃してこない。ってことは〈ラプソディ〉が効かない? 石だから意思がないからか?」
「何それ、オヤジギャグ?」
「違うわっ! アスカ、そんなこと言ってる場合じゃないっての!」
この期に及んで笑えない漫才しててどうする。サアルはオレを無視して銃を構える。
「おのれ、雷撃弾装填! 迸れ!」
サアルの銃から放たれた弾丸が石に当たると、カキュンッと跳ね返ってオレの足元に着弾してバチバチと放電した。
「う、うわっ!」
「あっ……。跳弾に気を付けたまえ」
「あっ……って何だよ! 撃ってから言うなっ!」
オレとサアルが遊んでいると、リゼは瞬間移動で石を短刀で斬りつける。だが、膜のようなものに弾かれてしまう。
「今の〈パッシブ・ガード〉? 魔族以外でも使えるノカ!?」
「短刀を弾いたなら物理攻撃がダメってことか」
「なら、魔法で攻撃するだけですね。わたくしにお任せを!」
シェルティが呪文を唱え始めた瞬間、石が猛スピードでシェルティの体にぶつかっていく。
彼女は悲鳴にならない声をあげて激しく地面に倒された。
「マズいわ、ガウル! 何度か〈ラプソディ〉をかけてるのに全く意味がないみたい。さっきの一撃でシェルティのHPも半分くらい減っちゃったし……」
シェルティを守らないといけないのは確かだ。だけど、あの石の速度は相当速い。走って逃げ切るのは難しいだろうし、直角にも曲がれるようで動きが読めない。
どうすればいい……と考えてもすぐに答えは見付かりそうもない。とりあえずまずやるべきことを優先させないと。
「回復魔法だ! シェルティの回復を!」
「了解した」
ゆっくり上半身を起こしたシェルティに駆け寄ると、サアルが呪文を唱えようとするが、そこでシェルティの声が響く。
「待ってください、サアルさん!」
直後、今度はサアルの方へ石は飛んでいく。それが背中に直撃してサアルはシェルティを押し倒すように地面に突っ伏す。
「……痛たた。鎧がなければ危なかったな」
「サアルさん……あの……手をどけてください」
「うおぁっ! こ、これは不可抗力だ。断じてわざとでは断じてないっ!」
断じて、を二回言うくらい焦って飛び起きるサアル。オレからは見えなかったけど、どこ触ったんだ……あいつ……
「って、イチャついてる場合じゃないぞ。あいつ、呪文を唱えようとすると攻撃をしかけてくるみたいだ!」
「はい。攻撃魔法でも回復魔法でも、全ての魔法に反応してしまうようです」
「武器が効かズ、魔法は唱えられナイ。なら、どうすればイイ!?」
確かにどうすればいいんだ、この状況。
いや、そういえば〈スラッシュ〉の斬撃は魔法攻撃扱いだったな。
「よし! 〈ヒロイック・スラッ――ぶっは!」
オレが全部言い切る前に石が顔面に直撃。鼻が潰れるっ!
「な、なんだよ! 剣の技も魔法攻撃扱いならダメなのかよっ」
「ちょっと油断しないで! 今、治してあげるから――」
と、アスカはオレに〈ヒーリング・エール〉を使う。それには石は反応しなかった。アスカの技は魔法扱いじゃないようだ。
オレはケガしてもアスカに回復してもらえるなら、ここはやっぱりオレがなんとかすべきなんだろう。でも、どうするかが問題だ。
石は二個あるが、魔法で狙われた方だけが狙った人を攻撃していた。なら、勢いよく間に割り込めば、もしかしたら妨害できるかも。
「試したいことがある。お前、もう一回呪文を唱えてくれ!」
「なぜ俺が!?」
「シェルティだったら、もし失敗した時に体力がもたないんだよ!」
サアルならHPに余裕がある――と、アスカからの助言を受けての判断だ。オレの狙いはただ一つ、〈ヒロイック・ステップ〉で加速して石の攻撃を受け止める。できるかできないかはやってみないとわからない。
サアルは渋々うなずいて呪文を唱え始める。やはり石はすぐに動き出した。
「アスカ! 走れ!」
「ええ。うまくやってよね! ガウル!」
アスカに体をそっちへ走らせてもらって、オレは〈ステップ〉を発動させる。すると、石は割り込んだオレの鳩尾にめり込んだ。
「ぐえっ……って、今だ!」
吐きそうになりながらもオレは叫び、アスカはオレに石が逃げないように片手でつかませた。いい判断だ。
だが、待てよ? 今回もこれって仲間の魔法に巻き込まれるパターンでは?
「――〈ディバイン・ブレイド〉!」
「ちょっ、待てぃ!」
放たれた光の剣がオレの胸ごと石を貫いた。サアルの奴、オレを殺すつもりでこんな魔法をっ!
って、貫かれた胸は痛みがないどころか一滴の血も出ていない。全く斬れていないようだ。
「うろたえるな。光魔法に巻き込まれても貴様に危害はない!」
そうか。巻き込まれると水には流されるし、風には吹き飛ばされる。それは魔法でも自然の水や風と同じ特性があるからだ。
光魔法もそうだとしても、自然の光には照らされるだけで実害までは及ばない。せいぜい眩しい程度だ。なるほど、光魔法って超便利。
そんな光魔法に貫かれた石は半分に割れて地面に落ちた。どうやら倒せたようだ。残るはあと一つ!
「じゃあ、もう一個の方も頼むぜ!」
「ちょっと待って、ガウル! 私の回復スキルがまだ使えないの。HPがもたないわ!」
「大丈夫。〈ステップ〉のあとに〈ガード〉を使えばいいんだよ」
「あ、そっか」
同じ要領で〈ステップ〉で飛び込んだ瞬間、オレが〈ガード〉を使うと勝手に石を片手で受け止めた。痛みもほとんどない。〈ガード〉成功ということだろうか。
そこへまたもサアルの魔法がオレの胸ごと石を貫いた。
「いかんな……〈ディバイン・ブレイド〉で貴様の体を貫くことに、なんだか快感を覚える……」
「待てぃっ! 痛くないってわかってても剣で体を貫かれるのは怖いんだぞっ!」
変態気質のサアルにつっこみつつ、周囲を見渡しても他に石は現れない様子。地面には割れた石の破片が四つ転がっているだけだ。
「これで勝ったのか? オレ達……」
「では、これでシェルティ殿の治療もできるな」
と、サアルはシェルティの隣に膝を突いて呪文を唱え始める。
「でも、また動き出すと怖イ。粉々に砕いてしまおウ」
リゼが石の破片に短刀を突き立てようとすると、緑色だった石の破片が赤く激しく光りだす。
「これはっ、しまッタ! 『自爆』かッ!!」
いち早く察したリゼは、石の破片を誰もいない方へ蹴り飛ばしつつ、猫のようにしなやかに身を捻らせて後方に飛び退いた。直後に破片が爆発する。
「おいおい、自爆とか物騒だな……」
「ガウル! もう一個の方の破片がなくなってるわ!」
「え……」
見れば、割れる前の勢いはないが、サアルの方に飛んでいく石の破片があった。しかも、色は赤く変色している。
間違いなく、サアル達を巻き込んで自爆する気だ!
「まずい! アスカ、走れ!」
「ダメ! 全然、動かないの!」
「クソッ、そうか、〈ガード〉を使っちまったから……」
〈ヒロイック・ガード〉はダメージを減らす代わりに身動きを制限されてしまう。今からじゃあ、もう間に合わない!
「自爆に巻き込まれたら、二人は……」
隣で顔面を蒼白させるアスカ。いつも無責任だが、彼女はそういう奴だ。誰も失いたくないんだ……
それはオレだって同じだ。英雄とか関係ない。オレが二人を守りたいんだ。できることがないって嘆いたままで終わらせたくない! そのための力が欲しいんだっ――
「シェルティ! サアルッ!」
届かない手を差し伸べてオレは叫んだ――その瞬間だった。
何か再び胸の奥で震えた。熱く燃えるような感情。アスカに操られてるのとは違う力がオレの体を突き動かす。
すると一瞬、視界が暗転し体が地面から離れたような妙な浮遊感を覚えると、直後、オレはシェルティとサアルの目の前に立っていた。
「へっ?」
瞬間移動した?――と思った瞬間、背後で爆発が起きてオレは爆風に押し倒され、目を丸めてオレを見ていたサアルの額に頭突きした。
「――っ!!」
その衝撃で英雄剣を手から取り落とし、悲鳴もあげられずに頭を押さえてのたうち回るオレとサアル。ああ、目の前に星が見える……
「〈ヒロイック・コンビネーション〉その二。〈ガード〉と〈ステップ〉で、仲間の元に瞬間移動してダメージを肩代わりする技を覚えたみたいよ!」
アスカはマイペースかつ無責任に瞬間移動の解説中。悪いけど、今は全然頭に入ってこないです……
「ガウルさん、助かりました。ありがとうございます。わたくし、足を引っ張ってばかりで……」
「い、いや。いいんだ、大丈夫だから。シェルティは大丈夫か?」
「はい! ガウルさんが不思議なバリアを張ってくださったみたいで、爆風すら感じませんでしたよ。今のも英雄の技ですか? すごいです!」
「今のは……そう〈ヒロイック・ディフェンダー〉っていうんだ」
即興で技名を付けて、頭をさすりながらオレは笑った。それを神妙な顔付きで眺めていたサアルと目が合う。
「なんだよ、また何か言いたそうだな?」
「いや……」
そう言って目を背けるサアルだが、言いたいことは絶対ある。顔に書いてるからバレバレだ。
「お前、言ったよな? オレの戦い方は無様だって。確かにそうなんだよ、英雄の力って全然カッコよくねぇの。お前の方がよっぽど英雄っぽいぜ」
サアルは何も答えない。でも、オレはオレを卑下するつもりはなかった。
「英雄ってことにオレも必死になってたんだ。オレは英雄なんだから、英雄としてあるべき姿を見せようって。でも、アスカが言ってたんだ。『ガウルはガウルのままでいいんじゃないの』、『ガウルはガウルのできることをすればいいんじゃないの』ってな」
片意地を張って悩めば悩むほど、英雄としてできることなんてわからなくなっていた。本当は悩む必要なんかなかったことなのに。
「アスカの言いたいことはよくわかってなかったけど、オレは今、お前達を守りたいって思ったし、守れて嬉しかった。それで気付いたんだよ、これがオレのできることだって。そのオレのできることが英雄としてできることだってな!」
英雄になろうとしてもなれない。どんなに不思議な力を手に入れたって、ただ自分のできることを精一杯することしかできないんだ。
とは言い切ってみたけれど、しんと場が静まる。うーん、さすがにカッコ悪すぎただろうか。皆から見れば、やっぱりオレはすでに英雄なんだろうし。
「とにかく! オレにはこういった泥くさい戦い方しかできないんだよ。英雄っぽく華麗に戦うのは、子供の頃から英雄になるために必死に努力してきたお前に任せるよ。それで勘弁しろよな?」
サアルは英雄に憧れ、真面目に夢を見続けていた。どんなに気にくわない奴でも、その思いは本物だ。オレにそれを否定することはできない。だから、アスカもオレもサアルのことを守りたいって思えたんだろう。
「ガウル、無責任ねぇ。もう……」
呆れて笑うアスカ。いや待て。お前に無責任って言われたら死にたくなるからヤメテ……
すると、サアルがいきなり立ち上がる。
「……俺は貴様のことはまだ英雄だと思っていない。だが、無理と無茶は控えろ。皆が心配する。しかし、助けられたことは事実。だから、その……ありがとう、ガウル」
「お。初めて名前呼んでくれたな?」
「きっ、貴様が先に俺の名を呼んだからだ!」
また猿のように顔を赤くして叫ぶサアルに、オレ達は揃って笑った。
「……デレたわね」
「これがデレか。嬉しくはないな……」
「何の話だっ! シェルティ殿やリゼ殿まで何を笑ってるんだ!?」
必死に叫ぶサアルに再びオレ達が笑っていると、パキンと音を立てて開かずの扉の緑色の石も砕け、その扉がゴゴゴと重い音を響かせて勝手に開き始めた。
――洞窟の奥の遺跡の扉。開き放たれたその向こうでオレ達を待ち受けているものは……?
第四話 猿も木から落ちる Clear!
第五話 渡る世間に鬼は無し
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