stage,16 第四話④
――王都ドミル・サントロウに着くや否や、オレ達は王城に案内された。
城の周辺には、白くはないがサアルの鎧と似た鋼の鎧を着た兵士が見回りを続けている。でも、慌ただしく走っている兵士の姿も見て取れた。
「何かあったのでしょうか?」
「確かに。いつも穏やかな城内が、このように慌ただしい様子は俺も初めて見るな」
眉をひそめるシェルティとサアル。そして、耳を澄ましていたリゼも深刻そうに眉間にシワを寄せる。
「……モンスターがどうのこうノ、『ヴァシティガ』が何とか、って話してるみたいダ」
「リゼ、耳がいいんだったな。遠くの話し声でも聞こえるのは便利だな」
「ですが、ヴァシティガって何でしょう?」
シェルティが首をかしげると、わからないオレとリゼも首をかしげた。ただ、サアルだけは何か心当たりがあったのか、アゴヒゲをさすりながら答える。
「『ヴァシティガの洞窟』のことだろう。王都から北東に少し行った場所にある洞窟で、奥には遺跡らしき建造物があったはずだが、取り立てて何か騒ぎになるような場所でもなかったはず……」
洞窟とモンスターで大騒ぎ。嫌な予感しかしないこの状況にオレはさらなる嫌な予感を覚える。
「何か事件よ! すぐ行きましょ、ガウル!」
「すぐ行くって、意味もわからずやる気を出すなよ! 絶対危ない状況だろ。洞窟でモンスターって!」
やっぱり首を突っ込もうとするアスカ。せめて事態を把握してくれ……
「戦女神様も何か感じ取られてらっしゃるのか。わかりました、このサアル。急ぎ陛下のもとへ行き、事態を確認して参ります!」
「お前までやる気出すなっ! こいつのはただの遊び心とお節介なんだから、何も感じてねぇよ!」
「また貴様は戦女神様にそのような態度を……。どちらにせよ、陛下に謁見せねばならないだろう? 俺が先に行って話をしてくる。陛下に拝謁を賜るのに、いきなり押しかけていいと思ったのか? 田舎者!」
「悪かったな! 田舎者で!」
マジで嫌な奴だな、こいつ……。言ってることは間違ってないけど、言い方がムカつく。
「兵士に貴賓室に案内するように伝えておく。そこで待っていてくれ」
「ええ!? わたくし達も貴賓扱いになるんですかっ!」
「当然だ。経緯はどうあれ、伝説の英雄とそのお仲間をここに突っ立たせておくわけにはいかんだろう。では、失敬」
そう言い残してサアルは行ってしまった。田舎者扱いしといて貴賓も何もないだろうに……
「――何、怒ってるのよ。顔にイライラしてますって書いてるわよ」
「怒ってねぇよ。あいつ、ここで仲間から外れてくれるんだろうな?」
「え? 唯一の回復魔法使いなのに外すの?」
「王様に頼んで別の誰かを紹介してもらえばいいだろ。あんな嫉妬心の塊、一緒にいてもムカムカギスギスするだけだろ?」
今後も魔族と戦うんだから、仲間とは常に仲良く和気あいあいでいられればいいって思ってるわけじゃないけど、だからってギスギスと軋轢を生むのは問題だ。特にあいつは第一印象から再会以降も印象悪すぎ。
「そんな子供みたいに毛嫌いしなくても。不器用なだけだと思うんだけどな、あの人」
「なんだよ、アスカはあいつの味方か? あいつのこと、まだ何もわかってないくせに」
「味方したいわけじゃないけど、さっき馬車の中でガウルも皆も寝ちゃったあと、あの人、独り言つぶやいたのよね。私に聞こえてるの忘れてさ」
「独り言? なんて?」
「――英雄になれなくても、英雄に仕えることができればそれだけでよかったのに。どうして素直になれんのだ、俺は……だったかな?」
「……あいつ、んなこと言ってたのかよ」
本当に英雄に心酔してんだな、あいつ。バカ真面目で不器用っていうのはオレも気付いてたけど……
魔族を倒して世界の平和を守りたい気持ちはオレにもあるけど、英雄に対する思いはサアルの方が格段に強いのだろう。アスカの人柄を知っている分、オレは英雄に対して冷めてる部分もあるだろうし。
「もしかして私達の跡をつけてたのだって、仲間になりたいって声をかけるタイミングを見失ってただけなのかもよ?」
「どんだけ面倒くさい奴なんだよ、それ……」
「極度のツンデレね、あれ」
ツンデレ。前に聞いたことがある嫌な響きの謎単語。
「そういやツンデレの意味、聞いてなかったけど……?」
「表向きはツンツン冷たく接するのに、実は心の中ではデレデレしたい、あるいはふと思わずデレデレしちゃうって感じな人かしら」
「うあ、マジで面倒くさいわっ!」
どうすりゃいいんだ、対処に困るぞ。しかも相手は年上の大男。
「確かに男キャラでそれはどうなのって思うけど、突き放すのは可哀想よ。仲間にするとなんか面白そうだし」
「本音漏れてるぞ、お前……」
なんか面白そうなことになりそうだから仲間にしちゃう流れかよ。こっちはシェルティとリゼだけでも手一杯だっての……
「英雄に憧れる騎士か……。オレはどうすりゃいいんだよ……」
オレが肩を落としていると、そこに兵士が現れてオレ達を城の中へ迎え入れてくれた。
――通された広い部屋。オレ達三人しかいないのに、二十人は囲んで座れそうな長いテーブルが中心にあり、真っ赤な絨毯が目に刺さるほど鮮やかだ。
多分、ここが貴賓室という所なのだろうか、よくわからんがとても落ち着いていられる空間ではない。
「こういう時、オレは田舎者って痛感するよな」
「何よ、まだサアルに言われたこと気にしてるの?」
「違う。こういう時、英雄ならどうしてればいいんだって悩んでるだけだよ」
「ガウルはガウルのままで、ガウルらしく普通通りにしとけば大丈夫よ」
「オレらしくって、またそんな無責任なこと……」
オレは頭を抱えるが、アスカはニコニコしながらオレを眺め続けた。マジでこいつには敵わないな……
アスカはいつもいつでも自分を貫いていそうで、なんかすごいと思うが、誉めてるみたいで癪だから黙っておこう。
すると、シェルティが苦笑しながらふとしゃべりだす。
「ガウルさん、なんだか行く先々でトラブル続きですね」
「全くだな。疫病神にでも取り憑かれてんのかな」
「誰が疫病神ですって?」
「にらむなよ、アスカのこと言ったんじゃないから!」
今にも祟ってきそうなアスカをなだめていると、リゼは満面に笑みを浮かべて言う。
「さすがガウル。そういう運命なんダナ! 英雄の星ダ!」
「ははは……輝くのに疲れた星だけどな」
そうこう話しているうちに部屋の扉が開いてサアルが入ってきた。
「待たせたな。陛下がお待ちだ、案内しよう」
「意外に早かったな。もっと時間がかかるのかと思ってた」
王様ともなれば公務も多そうだと勝手に考えてたけど、案外自由が利くのだろうか。
「伝説の英雄が訪れたのだ。すぐ会わないで済ませるような陛下ではない」
「なるほど。計らってくれたんだな」
「騒ぎの真相はつかめたのですか?」
「……それについては陛下が直接説明したいらしい」
シェルティの問いにサアルは微妙に顔をしかめて言葉を濁した。
「とりあえず来てくれ、こっちだ」
サアルに連れられて廊下を進むと、すれ違う兵士は次々と敬礼をしていた。そういえばサアルも一応、エリート騎士の王国聖騎士団だったな。皆からの信頼は篤いようだ。
そして、ひときわ大きな扉の、その向こうに見えた赤い絨毯が続いた先には、金の椅子に腰掛けた白髪と白ヒゲの爺さんが――って、あの人が国王だよな。口に出して爺さんなんて言ったらどうなるか。
「金の刺繍の白ローブに、金の装飾品がジャラジャラ。いかにも王様ですって感じのお爺さんね」
「……ここにもいた。国王を爺さん呼ばわりする奴……」
「ほら、いくわよ。ガウル」
ホントに姿が見えないってうらやましい。と思いつつ、アスカのあとに続いて歩きだす。
国王の前まで移動するとサアル達がスッとひざまずき、オレも遅れてひざまずく。
「陛下、お連れいたしました。彼が伝説の戦女神の英雄であります」
「ガ……ガウル・フェッセラースです! よろしくお願いいたします……」
そういや作法とか全然教えてもらってない。面をあげるのが怖い。オレのあとに続いてシェルティ達も自己紹介していたが、極度の緊張で耳に入ってこなかった。
「私が王であるグレゴルだ。グレゴル・デッサス・ロワ・ドミル。硬くならんでもよいぞ? ガウル殿」
恐る恐る顔を見上げると、王様は柔和に笑っている。いい人そうでよかった。
「まずはシューレイドの街を救っていただいたことに感謝いたす。本来ならば、国をあげて歓迎せねばならぬのだが、今は火急の事態に直面しておって慌ただしく何もできないでいる。このような非礼をお許しいただきたい」
「いいえ、それはいいんです。それよりも火急の事態というのは?」
「ふむ。サアルから少し聞いておると思うが、この王都から北東方向にヴァシティガの洞窟という場所がある。そこに近隣のモンスター達が集結しつつあるのだ」
洞窟にモンスターが集まっている。とても不可解だ。集まる理由が思い浮かばず、オレやシェルティもリゼも眉をひそめる。
「俺も先ほど、初めて聞かされたのだが、あの洞窟の奥には『開かずの扉』があり、その向こうには『鬼人が封印されている』――という伝説があったのだ」
「確かに、昔に調査を派遣した際、開かずの扉は確認できた。何やら強固な魔法で封印が施されており、開くことはかなわずにそのままずっと放置されていた」
「その時にはモンスター達はいなかったんですか?」
オレの問いかけに国王はうなずく。
「自然と棲みついたモンスターが少しいた程度で何の異常もなく、つい最近までそれが続いていた。しかし、数日前に事態は急変したのだ。理由はわからぬが、まるで『呼び寄せられるように』モンスター達が洞窟に向かって集まりだしたのだ」
「陛下はそれを、モンスター達が『鬼人の復活』を目論んでいるのではないかと懸念されている」
『鬼人の復活』か。なんか嫌な展開だな。鬼人は魔人より強いらしいし、復活されたら一気に魔族側に勢力が傾くかもしれない。
「じゃあ、オレ達が鬼人の復活を目論んでるかもしれないモンスター達を討伐すればいいんですか?」
「いや、モンスター討伐は騎士団や傭兵達で充分に対処可能だ。ガウル殿には洞窟最深部の調査を依頼したい。戦女神様がご一緒ならば、我々では知り得なかったことがわかるやもしれぬからな」
「陛下はあの洞窟に本当に鬼人が封印されているのか、もしそうなら封印解放の阻止は可能なのか。それを知りたいのだ」
「でも、アスカは記憶が……」
「それはサアルから聞いている。それでも我々にはもう猶予はない。ガウル殿や戦女神様に頼るしか方法は残されておらぬのだ……」
と、国王は頭を下げた。国王がそこまでしてくれてるんだ。とても断れない。シェルティもリゼも断る気は毛頭ないのか、オレを見てうなずいている。
「……わかりました。準備ができ次第、ヴァシティガの洞窟に向かいます」
「おお。ありがたいことだ。心より感謝いたしますぞ」
こうしてオレ達は国王の前から去ろうと立ち上がると、国王がオレを呼び止める。
「ガウル殿。相談なのだが、是非サアルも同行させてやってはくれまいか?」
「え……?」
「へ、陛下!? それは俺から直接頼むべきこと。陛下のお手を煩わせるようなことでは……」
「いや、サアルの父君には私も世話になったのでな。是非とも推薦したいのだ。サアルは珍しく光魔法も使えるし銃もお手のものだ。回復魔法も使えるようだし、いかがかな? ガウル殿」
「うっ……」
ひ、卑怯だ! 王様に言わせるなんて断れるわけないだろ!
ああ……、アスカが横でほくそ笑んでる。陰謀だ、謀略だ! 理不尽だぁ!
「オレからも……お願いしたいです……」
「おお! では、サアル。頑張ってくるのだぞ?」
「は、はっ! このサアル。命を懸けてこの任、お引き受けいたします!」
こうして、歩く嫉妬心が正式に仲間になっちゃったじゃん……サイアク。
――準備を済ませたオレ達は手配された馬車に乗り、急ぎヴァシティガの洞窟に向かって出発した。
「ハァ……」
「なんだ? さっきから俺の顔を見る度に溜め息をついてないか?」
「気のせいだろ……」
「貴様、そんなにハーレムがよかったのか?」
「違うわっ!」
変な言いがかりはやめてもらいたい。悪い奴じゃないのはわかってるけど、とにかく面倒くさそうで……
と、そういえばアスカがしばらく静かだということに気付いた。
「おい、アスカ。なんか静かだけど大丈夫か?」
「あ、いや――ちょっと急用なんだけど、中断していい?」
「は?」
中断すれば一時間は帰ってこられないはず。もう馬車は走りだしたってのにどうするつもりだ。
「なんで早く言わないんだよ」
「急用って言ってるでしょ!」
「お前なぁ……」
「どうしたのだ? 何か問題が?」
揉めてることに気付かれてサアルがオレに尋ねかけてきた。
「アスカがまた消えないといけないんだ。消えてる間は英雄の力が使えなくなる。一時間くらいだと思うけど」
「洞窟までは一時間と少しかかる。問題はないのでは? 洞窟に着いてもやることは調査であるし」
「そうか。王都に来るまでも問題なかったしな」
オレや皆の許可を得られたアスカは笑顔でオレに手を振る。
「んじゃそういうことで、またあとでね!」
「おう。またな」
アスカの姿がフッと消えた直後、馬車が止まった。
「む? どうした?」
「前方にモンスターを確認。いかがいたしましょうか!」
「は……?」
馭者からの報告にオレ達は絶句する。よりによってアスカが消えた瞬間にモンスター襲撃ってどういうことだよ。
サアルは動揺を見せずに問い返す。
「モンスターの数と種類は!」
「一体です。魔動人形系ですので動きも遅く、馬車で振り切ることは可能ですが……」
ゴーレム系モンスター。村では見たことはないが、魔力で動く土や岩の人形。大抵は巨大で動きは鈍いが、攻撃力が高いモンスターだと本で読んだことがある。
「いや、王都にほど近いこの場所で無視するわけにもいかぬだろ」
「そうですね。ゴーレムは強力な破壊兵器を持っている危険がありますから」
厄介事はもう慣れっこだ。ここは見過ごすことはできない。
「戦おう。アスカがいないから英雄剣は使えないけど、相手が魔族じゃないなら――」
「貴様が出る幕でもないだろう。ここは俺に任せてくれ」
オレの声をさえぎってそう言い、銃を片手にサアルが真っ先に馬車を降りる。なんと自信満々なことか。
オレ達も馬車から降りると、前方に巨大な石像が突っ立っていた。緑色に輝く体と赤く光る目が不気味だ。
「ビリジアン・ゴーレムです。サアルさん、大丈夫なんですか!」
「一体だけだ、どうにかできる。皆はそこで見ていろ!」
サアルは数歩だけ前に駆け、何やら呪文を唱え始めた。
「シェルティ。ビリジアン・ゴーレムとは何ダ? 強いのカ?」
「ええ。体高は五メートルもあり、体は金属ですので守備力も高いモンスターですよ。魔法攻撃には弱いですけど、普通の武器では歯がたちません」
「調子に乗ってるけど大丈夫か? あいつ……」
サアルの戦うところは、しっかり見たことはないから実力はわからない。いくら相手がのろくて一体だけだとしても、本当に大丈夫なのだろうか。
オレ達の心配をよそに、サアルはゴーレムに向かって手を伸ばして叫ぶ。
「――〈ライトニング・ウェッヂ〉!」
その手から放たれたのは雷撃のような五条の光線。その光線はゴーレムの胸と両手足を貫く。すると、ゴーレムの動きが完全に止まった。
「あれは光魔法の束縛魔法!? そういえば王様がおっしゃっていましたね。サアルさんは光魔法が使えるって」
「光魔法は使える者が貴重デ、とても強力なんだったナ?」
「それはもう回復も攻撃も、人間が使える最強クラスの魔法が勢ぞろいですよ」
シェルティもリゼも驚いて目を丸めている。それはオレだって同じだ。
しかし、こちらには見向きもせず、サアルは冷静さを保って銃を構える。
「動きを止めてしまえばただの的だ。火炎弾装填! 爆ぜろ!」
サアルは銃の弾倉に赤い弾を込めて引き金を引く。そうして放たれた銃弾はゴーレムの胸に命中し、直後に爆発する。魔法の銃弾だから、そういう芸当もできるのか。
胸に大穴が開いたゴーレムだが、まだ動こうとしている。
「おい、まだ生きてるぞ!」
「わかっている。やはり銃弾では威力が低すぎるか――」
想定内だったのか、迷うことなくサアルは呪文詠唱を再開する。そして、まっすぐゴーレムを指差して叫ぶ。
「くらうがいいっ!――〈ディバイン・ブレイド〉!」
サアルの周囲に光の粒が集まり、それはやがて剣の形になって流星のごとくゴーレムに向かって飛んでいき、それを貫き砕く。
あっという間にゴーレムは粉微塵になってしまった……
「ざっとこんなものだ」
ぱんぱんと手を打つサアルの顔はどこか誇らしげで、余裕さえ見て取れる。
強い。単純に感心した。王様がモンスター討伐は騎士団や傭兵達で充分だと言っていたが、確かにサアルみたいな奴が大勢いるなら、それで事足りるのもうなずける。
しかし、何だろう……この感じ。何か足りないような……
「そうか……オチがない!」
「なぜ、貴様は俺の戦いにオチを求めてるんだ」
「ああ、いやこっちの話……」
だってアスカが、これはギャグファンタジーって言ってたんだもん。これじゃサアルがただのカッコいい騎士様じゃないか。
「まあ、これが本来の華麗な戦い方というものだ。参考にしてくれたまえ、伝説の英雄殿」
「……ホントに嫌らしい奴だな、お前」
フフンとすまし顔のサアルにオレは肩を落とす。
エリート騎士で珍しい銃と光魔法使い。実力も申し分ない。これで性格さえよければ完璧だったのに……